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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十五章 虎視眈々
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第一五三話 理解

・前回までのあらすじ

序列一位『レジィナ・オランジュ』vsコルザの仕合、コルザが己の全存在を賭けた相討ち覚悟の特攻を仕掛けるも、オランジュは最後まで余裕の姿勢を崩す事無くカウンターにて仕留めた。しかしその様子を間近で確認していたベネックス所長は、先の攻撃は『カウンター』では無いのではという見解を示す。

 『グランギニョール』トーナメント一回戦が全て終了し、レオン達は帰路に着く。

 閉会のセレモニーに参加するつもりは無かった、エリーゼの治療が最優先だった。

 シャルルが手配した三台の駆動車に分乗し、皆でレオンの工房へ向かう。

 シャルルとヨハンに確認を頼んだ残り三仕合の聞き取りも、工房で行う予定だった。

 

 時計の針は既に夜の九時を示していたが『特別区画』の街並みは未だ華やいでいた。

 有力な貴族達が複数のホールを借り切り『サロン』と称した夜会を開いているのだ。

 そこで酒と音楽を愉しみながら『グランギニョール』での仕合を振り返りつつ、次なる勝負の行方を占う、或いは著名な錬成技師を招いては『コッペリア』についての簡易な勉強会が行われる事もある。とはいえそんな勉強会も、あくまで娯楽の範囲に留まる。

 『特別区画』に於いてはあらゆる種類の娯楽享楽が、日常と化していた。


 レオン達を乗せた駆動車が、エーテル水銀式街灯の連なる街路を走り抜ける。

 絢爛かつ重厚なゴート風の建造物がひしめき合う都市部を離れ『特別区画』の郊外へ。

 そのまま数十分――一行はレオンの工房に到着した。 


 ◆ ◇ ◆ ◇


 漆喰仕立ての白い壁に白い天井、足元のタイルも白い。

 工房内は清潔に維持されていた。

 レオンは複数の錬成機器を手早く起動させると、エリーゼの治療準備に取り掛かる。


 各種機器の排気ダクトから、白い蒸気が微かに漂い始める。

 天井で旋回する換気扇の音が聞こえる。

 更には強固な金属フレームの内側で、三〇〇超の金属ドラムが旋回する音も聞こえる。

 それは広々とした工房の壁一面を、全て占有するほどに巨大な錬成機器だ。

 いわゆる『蒸気式精密差分解析機』――スチーム・アナライザー・ローカスだった。


 カトリーヌは椅子に座るエリーゼに付き添い、圧迫止血の為に巻かれた包帯を解きつつ、真水で改めて傷口の洗浄を行っている。洗浄を受けるエリーゼの首筋からは、複数の金属コネクタが露出しており、そこには『差分解析機』と繋がる音響測定用ケーブルが、何本も接続されていた。

 痛覚抑制措置とエリーゼの状態記録が、並行して行われているのだろう。

 その傍らでは、強化ガラス製の水槽と各種機器によって構成された『錬成用生成器』が作動しており、透明度の高い薄桃色の希釈エーテル製剤が、徐々に充填されている。

 レオンは『小型差分解析機』より出力された専用用紙を確認しながら言う。


「――とりあえず外傷に関しては、早い段階で完治するでしょう。問題はやはり、前腕の筋繊維と神経に負ったダメージだ、裂傷に加えて科学熱傷によるダメージが深い、一週間での完治は難しい……エリーゼとヨハンさんの提案通り『強化外殻』着装準備を、治療と並行して行います」


「解かった――エリーゼ君の『強化外殻』は、僕がきっちりと調整しておく。肩から腕に掛けてのパーツだけで無く、それ以外のパーツも全て使用可能な状態に仕上げておくよ」


 そう応じたのはヨハンだ。

 二人のやり取りに、シャルルとドロテアは黙したまま耳を傾けている。 

 レオンはお願いしますと答え、作業を続ける。

 全ての工程に一切の無駄が無く、驚くほど正確だ。

 やはり『アデプト・マルセル』との血の繋がりを感じる。

 その手際の良さに、一流錬成技師として名を馳せるヨハンすらも瞠目していた。


 滞り無く作業は進行し、やがて『錬成用生成器』が希釈エーテル製剤で満たされると、酸素吸入器を装着したエリーゼがカトリーヌに支えられながら、ゆっくりと水槽内に身体を沈めた。

 『差分解析機』のタイピングボードに向かうレオンが、おもむろに口を開く。


「――これで『差分解析機』にバックアップされた身体情報が、自動で『生成器』に入力され、再錬成が促されます。完調には届かなくとも、神経網の損傷も可能な限り修復されるでしょう」


「ああ……君が身体を張った『知覚共鳴処理回路』の成果だな。エリーゼ君の神経網は十二分に保護されている、負傷による損傷はやむを得ないよ」


 エリーゼのデータが記載された出力紙に、ヨハンは眼を通しながら頷く。

 危険な消耗戦となった『ベルベット』との仕合だったが、神経網へのダメージは想定を下回っていたのだろう。次戦が一週間後でさえなければ、もう少し楽観的な状況だったのかも知れない。


「エリーゼ、現状の再錬成措置に問題や違和感は? こちらの声は良く聞こえるか?」


 レオンは水槽の内側で身体を休めるエリーゼに、そう話し掛ける。

 薄桃色に透き通る希釈エーテル製剤の中、強化ガラス越しにエリーゼは答える。


「はい、問題ございません。伝声管にも問題を感じません」


 酸素吸入器を経て、くぐもった声が伝声管から響く。

 レオンは頷いた。


「解かった。それではシャルルとヨハンさんから、トーナメントで行われた残り三仕合の聞き取りを行う、エリーゼも参考として聞いて欲しい」


「はい」


 エリーゼが了承すると、シャルルは話し始める。

 仕合で見た事実のみを淡々と、出来る限り詳細に話す。

 途中でヨハンが錬成技師の視点から意見を追加し、話を補強する。

 『マグノリア』の仕合。

 『ナヴゥル』の仕合。

 そして『オランジュ』の仕合。

 全ての仕合について話し終えたシャルルは、締め括る様に言った。


「――『ナヴゥル』も『オランジュ』も、強敵には違いないが……やはり今、最も注意すべき相手は次戦の『マグノリア』だろう。両手に握った三〇センチほどの針だけで、序列五位の『アドニス』を半ば完封している。『アドニス』は決して弱く無い。こう言っては失礼かも知れないが……モルティエ氏が錬成した『グレナディ』に、勝るとも劣らぬという評判を耳にした事もある」


 隣りに立つヨハンが、シャルルの言葉に首肯する。


「ダミアン卿の言う通りだ――序列五位は伊達じゃ無い。その『アドニス』にして『マグノリア』への加撃は左前腕への一撃のみ。その一撃も『マグノリア』が不覚を取ったワケじゃ無い、攻撃を止めるべく敢えて差し出した左腕だ。『アドニス』が全力で放ったロングソードによる一撃を、前腕で受け止めたんだ。本来ならそんな事は不可能だ、ダメージには違いないだろうが……ウィークポイントになるかは判りかねる。ただ、そういう事実があった事は伝えておく」


 そう言ってヨハンは、自身の左前腕を示す。

 改めて話を続けた。


「それと――『マグノリア』は針を用いて相手の動きを縛り、或いは自身の身体を硬化させる事も可能だと聞き及んでいる。『グランギニョール』で序列一位に登り詰めた時の話だ。彼女の裡に在る魂は『バジリスク』……その伝承に倣い『石化』の能力を再現しているんだと思う」


 タイピングボードの脇に立ったまま、レオンが応じた。


「ヨハンさんの想定通りだと思います。僕が先の仕合で腕を負傷した際、あの『マグノリア』に応急処置を施して貰った。彼女は針二本で、ほぼ完璧な止血と麻酔を行っています。東洋医療にそういった技術が存在すると聞き及びますが、あの技術を、仕合でも応用出来る……という事なのでしょう」


 ヨハンとレオンの言葉に耳を傾けていたシャルルは、ふとカトリーヌを見遣った。

 カトリーヌは軽く俯き、口を噤んでいる。

 どうという感情も読み取れない表情だ。

 ただ……敢えて言うなら『諦念』が垣間見えるかどうか。

 シャルルは言い難そうに口を開いた。


「――シスター・カトリーヌ。仕合回避の方法を見出せないまま、ここに至ってしまった事を申し訳無く思う。もちろん僕の方から、絶えず『衆光会』へのアプローチは続けている、しかし厳しいというのが実情だ、力になれず済まない……」


「いえ、そんな……。ダミアン卿には感謝しかありません、謝罪なんて……」


 カトリーヌは顔を上げると首を振り、謝意を口にする。

 しかしヨハンもシャルルと同じく、物憂げな様子で言った。

 

「シスター・カトリーヌ、闘技場の控え室でも伝えたが……『知覚共鳴処理回路』の制御を行うに当たって、『ドロテア』のシステムにはまだ余力がある。確かに今のままではレオン君に若干の負荷が掛かるかも知れない、しかし一週間の猶予がある。その間に適切な調整を行えば『ドロテア』だけでも対応出来る様になる筈だ」


 二人の様子に、カトリーヌは思う。

 ダミアン卿もモルティエ氏も、シスター・マグノリアが、私の恩人である事を知っている。

 だから次戦、私にサポートを頼み難いと感じているのだろう。

 その心遣いはとても有難く嬉しい――だけど。

 エリーゼとレオン先生は、戦いに赴く事を決めている。

 この二人に全てを任せて、私だけ退く事は出来ない。

 

「モルティエ様、私は……」


 ヨハンの提案を辞退すべく、カトリーヌが口を開き掛けた時。

 『錬成用生成器』の伝声管から、くぐもった声が響いた。


「次戦――私はシスター・カトリーヌのサポートが、必須だと考えております」


 希釈エーテル製剤の中で、エリーゼが目を伏せたまま言った。

 誰とも視線を合わせる事無く、紅い瞳に白い床のみを映していた。


 エリーゼもまた、私を気遣ってくれているのだろう。

 その上で――心苦しいと感じながらも、助けを求めているのかも知れない。

 だったらもう、何も迷う事など無い。

 カトリーヌは微笑み、答えた。

 

「うん……解ってる。一緒に頑張ろう、エリーゼ」


 ――そう。

 少しでもエリーゼの役に立ちたかった。

 レオン先生の負担を軽減したかった。

 それが胸を張れる選択なのだと思った。


 その結果――どれほど酷い現実と直面する事になろうとも。

 シスター・マグノリアと同じく、正道を歩むのだと。

 

 ただ……自分がいったい何を『解っている』のか。

 カトリーヌは全く解っていなかった。

※来週の更新はお休みとなります。ご容赦下さい!


・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。

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