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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十四章 女王降臨
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第一五二話 運命

・前回までのあらすじ

トーナメント一回戦・第四仕合『レジィナ・オランジュ』vs『コッペリア。コルザ』の仕合、コルザは相討ちすら辞さぬ覚悟で攻め込むも、オランジュを攻略出来ない。オランジュは余裕の笑みと共に仕合の終わりが近い事を告げるのだった。

 絶え間無く突き上がる無数の拳が、汗の飛沫を撒き散らしている。

 円形闘技場内の熱気に曝され、今や観覧席に並ぶ貴族達は全て汗塗れだ。

 それでも彼らは絶叫と共に、拳を突き上げる事を止めない。

 眼前で繰り広げられる戦乙女同士の死闘に、熱狂を余儀なくされている。

 生と死が交錯する『グランギニョール』――その魔性に魅入られている。

 闘技場の床に鮮やかな血溜まりが広がるまで、彼らの熱狂は醒めないのだ。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 仕合開始直後からコルザは圧倒的な速攻を仕掛け、果敢に攻め込んだ。

 大鎌による斬撃を狙い、仕込み刃による刺突を狙い、相打ち覚悟の近接戦を狙った。

 にも関わらずオランジュは、ここまで一切のダメージを受けていない。

 全くの無傷だ。

 むしろごく僅かな隙をついては反撃に転じ、コルザに手傷を負わせている。


 ――強い。


 手にした大鎌を振り被りつつ、改めて低く身構えたコルザは思う。

 相手の動きを読み切る力、空間把握能力、正確性、瞬発力、柔軟性。

 オランジュは戦闘に必要なあらゆる要素が、恐ろしく高いレベルで融合している。

 ここまでの展開、一度たりとも本気を出してはいない事も解かる。

 震えるほどの難敵だ。


 それでもこの機会を得た以上、勝たねばならない。

 私は『私』を確立すべく『オリジナル』のオランジュを超えねばならない。

 『複製』という立場を覆し、私こそが唯一無二の『私』となる。

 この機会は天啓――退く事など在り得ず、勝利以外の決着もまた在り得ない。


 姿勢を低く前傾に、全身のバネをじりじりと撓めながら思う。

 私がオランジュに勝る点があるとするなら、それは筋力と耐久力だ。

 この二つは確実にオランジュを凌駕している。

 ならばこの二つを活かす攻撃こそが突破口だ。


 つまり――先ほど行った、超近接からの相打ち狙いは正しい選択だ。

 オランジュの仕合は全て、明確なカウンターにて決着している。

 その決着は美しくさえある。

 が、その美しさは、混乱と混沌の組打ち状態から生まれるとは思えない。

 仮にカウンターを取られたとて、相討ちになったとて、耐久力と筋力で押し切る。

 既に重要な事は、トーナメントに勝つ事では無くなっている。

 オランジュに勝つ事、それが全てだ。

 そうで無ければ勝てない。


 向かい合う二人の距離は六メートル。

 コルザは両腕に、両脚に、全身に力を漲らせての前傾姿勢だ。

 そのまま正面から突撃する、そう宣言しているに等しい。

 

 そんなコルザをエメラルドグリーンの瞳で見据えるオランジュは、やはり構えない。

 白いドレスの裾を揺らし、手にした木の棒を垂らし、静かに起立するのみだ。

 何処にも力を込めている様には見えない。

 煌めく様な美貌だけが、甘い微笑みを浮かべている。

 ふと、紅い唇が微かに動いた。


「来なさいな……? この仕合は、これで決着にしましょう……」


「あなたが決める事では――」


 オランジュの静かな声に、コルザが唸る様に応じる。


「――無いっ!!」


 その巨躯が一瞬にして前方に流れ、霞んだ。

 地を蹴ると共に、撓めた力を一気に解放したのだ。

 僅か六メートル。

 大鎌を手に頭から突っ込めば瞬く間に交錯する。


 ――だが。

 そうはならなかった。

 一歩踏み込むや否や、コルザは構えた大鎌を全力で振り切ったのだ。

 間合いには全く遠い位置で、横殴りに振るわれる大鎌。


 風を切り裂く重い音。

 旋回しながら飛翔する銀光。

 鎌の部分のみが柄から外れ、解き放たれていた。


 『グランギニョール』では、武器の投擲自体は禁じられていない。

 ただ、投擲された武器が観客に被害を及ぼした場合、投擲した側が責任を負うという取り決めが成されている。故に投擲武器を使用するコッペリアは、僅かしか存在しない。


 しかし、コルザには勝算があった。

 まず、オランジュが手にした得物は、単なる木の棒だ。

 全力で投擲された重厚な大鎌の刃を、木の棒で防ぐだけでも至難だ。

 加えて放たれた刃は、オランジュの足元へ向かっている。

 これを彼方へ弾き飛ばすなど、更に至難だ。

 どうあっても観覧席へ撥ね飛ぶ事などあるまい。

 撥ね飛んだとすれば、故意に事故を誘発せしめたという事だ。

 だからこそコルザは、大鎌の刃を全力で放ったのだ。


 一瞬を、更に一〇で区切ったほどの薄い隙間。

 オランジュは手にした木の棒を、ゆらりと前方へ差し出した。

 そのタイミングは絶妙だ、とはいえ如何せん無造作に過ぎないか。

 どの様な形であれ、飛来する大鎌の刃を打ち据え、方向を逸らそうという事か。


 ――が、その刃を凌ぐだけでは終わらない。

 刃を射出直後にコルザは、間髪置かず猛烈な勢いで疾駆したのだ。

 これは相打ちも辞さぬとばかりの圧倒的な突撃――タックルに他ならない。


 大鎌を木の棒で逸らす間に、コルザのタックルを浴びる可能性がある。

 突撃するコルザにカウンターを併せようとすれば、大鎌が脚を襲う。


 捨て身の特攻だ、もちろんコルザもただでは済むまい。

 それでもこれは、理に適った必殺に足る攻撃だった。


 コルザは手にした大鎌の柄を放棄、両肘から仕込み刃を弾き出す。

 そのまま絶対的な加速に身を任せ、オランジュに向かって突っ込む。

 オランジュは差し出した木の棒で、如何にこの危機を回避するのか。

 飛来する大鎌を弾くか。こちらにカウンターを併せるか。


 来い。

 私は相討つ覚悟にて挑む。

 相討ちの先にあるものが、薄氷の如き生であっても構わない。

 それを勝利として、私はあなたを乗り越える。

 『私』が『私』となる為に。


 そして次の刹那――


 ◆ ◇ ◆ ◇


 ――オランジュは。

 飛び来たる刃に木の棒を沿えると、軌道を脇へと逸らした。

 そこへ間断無くコルザが、全力疾走にて踏み込んで来る。

 オランジュは木の棒を改めてコルザに向け、構え直す。

 それでもコルザは止まらない。

 自身の脇腹に鋭く尖った木の棒の先端を受け、そのまま貫通させる。

 構う事無くコルザは距離を詰め、右肘の刃でオランジュの胸元を斬り裂いた――







 ◆ ◇ ◆ ◇


 ――オランジュは。

 飛び来る刃を避けるべく、横方向へ足を踏み出し移動を試みる。

 そこへ間断無くコルザが、全力疾走にて踏み込んで来る。

 オランジュは跳ね上げた木の棒を、コルザへと一気に突き込む。

 それでもコルザは止まらない。

 左肘の仕込み刃で棒の先端を払い除け、そのまま左肩をざっくりと抉らせる。

 構う事無くコルザは距離を詰め、右肘の刃でオランジュの首筋を斬り裂いた――







 ◆ ◇ ◆ ◇


 ――オランジュは。

 旋回しつつ飛び来たる刃を、木の棒でそっと、上から抑える様に触れた。

 その干渉によってバランスを崩した刃は、床の上に弾けて滑る。

 オランジュは軽く踏み込みざま、滑る刃を何事も無く足の裏で止めた。

 そこへ間断無くコルザが、全力疾走にて踏み込んで来る。

 オランジュは手にした木の棒を緩やかに跳ね上げ、コルザ目掛けて突き込む。

 それでもコルザは止まらない。

 自身の左肘より突き出た仕込み刃で、棒の先端を払い除けようと――


 ◆ ◇ ◆ ◇


 神々しいほどに煌めくオランジュの美貌。

 口許に浮かぶのは蕩ける様な微笑。

 嫋やかな右腕が、真っ直ぐ前方へ伸びていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


「……っ!?」


 差し出された木の棒は、コルザの左胸に突き刺さり、背中まで貫通していた。

 胸を貫かれたコルザは両眼を見開いたまま、オランジュの脇を走り抜ける。

 そのまま数メートル。

 胸を木の棒で貫かれた巨躯は、よろめきながら倒れ込んだ。


 純白のシュミーズドレスを揺らし、オランジュは肩越しに振り返る。

 じわじわと広がる血溜まりの中で動かぬコルザを一瞥し、そっと囁いた。


「致死の運命は避けようも無く、逃れる事も出来ない……この私以外はね?」


 ◆ ◇ ◆ ◇


 勝負有りッ……! 勝負有りッ……!

 司会進行の男が演壇上の伝声管に向かって絶叫する。

 途端に、円蓋天井を突き破らんばかりの大歓声が巻き起こる。

 観覧席を埋め尽くす汗塗れの貴族達は、両手を打ち鳴らしながら叫び続ける。

 『レジィナ・オランジュ』の不敗伝説に、惜しみ無い賛辞を贈る。

 オーケストラ・ピットの管弦楽団が、勝利を讃える勇壮な曲を奏でる。

 青いドレス姿の目許をマスクで隠した女が、煌びやかな高音にて歌い始める。

 オランジュはそれら全てに微笑み掛けながら、右手を軽く掲げて応えた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


「とんでもないカウンターだ……どうやって撃ち込んだ?」


 観覧席最上段のバルコニー席より闘技場を見下ろしながら、シャルルは呟く。

 傍らのヨハンが答えた。


「あれが『魔法』の様なカウンターだ。今まで全てあのやり方で勝ち続けている。相手の攻撃を緩やかに制し、刺突の瞬間のみ電光石火でカウンターを併せるんだ。回避しながら撃ち込んでいるのか、瞬間的に速度で勝っているのか、その両方なのか。何れにせよ、間合いと速度を完璧に把握していなければ、あんなカウンターは放て無い筈だ――」


 オペラグラスをテーブルの上に置きながら、シャルルは目許を指先で揉む。

 ヨハンはゆっくりと退場するオランジュを見つめたまま、言葉を続けた。


「――僕が『グレナディ』を序列一位の『レジィナ・オランジュ』に挑戦させなかったのは、あのカウンターに対する絶対の勝ち筋を見出せ無かったからだ。今でも有効な攻略法を見出せていない」


 シャルルは肩越しにヨハンを見上げ、口を開く。


「しかしエリーゼにはひとつ有利な点がある……彼女の主武装は『遠距離』からの攻撃に特化しているからな。あの槍みたいな武器では、簡単にカウンターなんて取れない筈だ」


 その言葉にヨハンは頷く。


「確かに……ダミアン卿の仰る通り、エリーゼ君の武装は有効かも知れない。遠距離からの集中砲火、カウンターに対する突破口としては十分か……」

 

「それに『グランギニョール』ではルールの関係上、射出武器を使用するコッペリアが少ないと聞く。『レジィナ・オランジュ』と言えど、遠距離攻撃を行う者との仕合経験は少ない筈だ。エリーゼはきっと、やりにくい相手だと思う――ともかく一旦、レオンに伝えるべき事を伝えに控え室へ戻ろう」


 シャルルは椅子から立ち上がると、口許に笑みを浮かべた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


「なんだ……今のは……」


 入場門脇に設けられた『待機スペース』にて、ベネックス所長は掠れた声で呟く。

 何時の間にか椅子から立ち上がると、驚愕の形相で闘技場を凝視していた。

 マルセルは煌めくモノクルの下で眼を細めつつ、愉しげに答えた。


「――どうかな、イザベラ。キミの眼にはどう映った?」


「カウンターだとか、そういう戦闘技術的な問題じゃ無いな……」


 ベネックス所長は、睨む様な眼差しでオランジュを見遣りながら言う。

 その答えを聞いたマルセルは、嬉しそうに相好を崩した。


「その通り。ここに連れて来た甲斐があったよ」


「どういう理屈なんだ、アレは。何故、あんな事が……」


 自分の視たモノが信じられないといった様子で、ベネックス所長は頭を振る。

 マルセルは『待機スペース』と闘技場を隔てる鉄柵に肘を乗せたまま言った。


「ボクたち『錬成技師』が目指すべき『場所』のひとつさ」

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・ベネックス所長=レオンの古い知人で実の姉。有能な練成技師。


・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。

・コルザ=ジュスト男爵所有のオートマータ。巨大な鎌を操るが、謎を秘めている。

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