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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十四章 女王降臨
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第一五〇話 複製

・前回までのあらすじ

トーナメント一回戦・第四仕合『レジィナ。オランジュ』vs『コッペリア。コルザ』が開始される。

仕合開始と同時に突撃し一気呵成に攻め込むコルザだが、オランジュは余裕の姿勢を崩す事無く完璧に攻撃を見切るのだった。

 爆音の如き大歓声に包まれる円形闘技場。

 汗に塗れた顔を紅潮させながら仕合を観戦する貴族たち。

 彼らが見下ろす先には二人のコッペリア。

 ひとりは黒革のライトアーマーを着込み、大鎌を構えた巨躯の娘・コルザ。

 ひとりは純白のドレスを纏った一〇年無敗の『レジィナ』・オランジュだった。


 コルザは大鎌を担ぎ上げたまま、オランジュの左側面へ回り込む様に移動する。

 オランジュの隙を伺う為か、あるいは誘いか。


 対するオランジュは微動だにしない。

 コルザの動きを眼で追うのみだ。

 右手に握った得物――長さ一六〇センチの木の棒も、下方へ垂らしたまま構えない。

 戦闘の意思すら感じ取れない、そんな風情だ。

 しかし先の攻防ではコルザの猛攻を、僅かな移動と木の棒を用いて軽く往なしている。

 『レジィナ』として底知れぬ実力を秘めている事は、誰の眼にも明らかだ。


 二人の間合いは四メートルほど。

 コルザはその距離を保ち、オランジュを見据えたまま更に回り込み続ける。

 オランジュは未だ動かない、あろう事かコルザに自身の左側面を完全に曝している。

 ただ軽く首を巡らし、肩越しにコルザを見つめるのみだ。

 得物として携えた木の棒は右に垂らしている為、これは酷く無防備な姿だ。

 何か策があるのか、誘いを掛けているという事か。


 ――瞬間、コルザは一気に踏み込んでいた。

 策があろうと、誘いであろうと、これほどの隙を見逃す手は無い。

 大鎌の射程ならば、僅か一歩で事足りる距離だ。

 そのまま横殴りの斬撃、もちろん渾身の一撃。

 狙いは胴体、的が大きく上体を反らすといった動きでは対応出来ない部位だ。


「はあっ……!!」


 重く鋭い風切り音と共に、致死の刃が銀色の弧を描く。

 光速の銀光が向かう先は、棒立ちのオランジュだ。

 白いドレスに包まれた身体を両断せんと、強烈に殺意が迫る。

 全く構えていない状態から、オランジュは如何に対処するのか。


 その時、白いシュミーズドレスが波打ち、ブロンドの髪が広がる。

 それは風に吹かれ、緩やかになびく一輪の花を思わせた。

 殺意の一撃はオランジュを捉える事無く、空を斬る。


「……っ!」


 移動したのでも無く、回避したのでも無い。

 オランジュは真横へ倒れ込んでいた。

 が、その身を石床の上へ投げ出したのでは無い。

 手にした木の棒を傾がせ床に立て、それを支えに身体を横へ寝かせているのだ。


「しぃいいいッ……!」


 コルザは自身が放った攻撃の不発を悟ると、流れのままに大鎌を大上段へ振り被る。

 横殴りの加撃を避けるべく、半ば身体を寝かせて避けたオランジュの姿勢。

 膝のバネ、腕の力、いずれを用いて回避しようにも無理がある。

 これほどに大きな隙があろうか。

 コルザは、渾身の力で大鎌を叩きつけた。


「はああァッ……!」


 回避の余裕など無い、そうとしか思えぬ絶対的な隙。

 にも関わらず。

 オランジュは易々と回避してのけた。

 床に着いた木の棒の先――その一点を支えに、オランジュの身体が跳ね上がったのだ。


「!?」


 振り下ろした大鎌で床石を砕き散らしながら、コルザはオランジュを見上げた。

 その姿は、重力を無視したかの様な有様だった。

 力の籠らぬ横倒しの姿勢から、これほどに高く跳ね上がる事が出来るのか。

 膝にも、腕にも、溜めを作る余裕など無いように思えた。

 それでもオランジュは、手にした木の棒を支えに身体を浮かせたのだ。

 足首と手首、体幹の稼働を、完璧に連動させ、強烈なバネを得たというのか。


 オランジュは空中に弓なりの白い軌跡を描きつつ、数メートル後方へ着地した。

 軽やかに揺れる白いシュミーズドレスを見遣りながら、コルザは思考する。


 そう――嫋やかに見えようと、美麗であろうと、オランジュは戦闘用オートマータだ。

 一〇年無敗、無双最強のコッペリアだ。

 何より――その頭部に納まる憑代は、私と同じ『タブラ・スマラグディナ』だ。


 厳密に比較検証を行った事は無い、図れるものでも無い。

 それでも自身の優位性は理解している。

 恐らくは『処理能力』の大きさ。

 恐らくは『並列思考』の厳密さ、緻密さ。

 これらの要素で『エメロード・タブレット』を用いた既存のオートマータを、私は大きく上回っていると感じる。

 それは『精』として『霊』としての自身を、自在に現す事が出来るという事だ。

 その利点を最大限活かすべく、『コッペリア・オランジュ』及び『コッペリア・エリーゼ』を基に造られた我々は、全身を覆う強化外殻に、仕込みの武装を内蔵しているのだ。


 手にした大鎌を振るいながらであっても、近接にて打撃戦を行ったとしても、如何なるタイミングでも、私は全身に仕込んだ刃を適切に放ち、相手に痛打を与える事が出来る。

 極端な話、腕をあと四本増設したとしても一切混乱する事無く有効に戦える。


 現状、仕込み武装を用いるオートマータがさほど多く無い理由は、これだ。

 魂の基となる妖魔精霊が、複数の腕を自在に用いたという伝承でも無い限り、多腕化は難しい。制御出来るものでは無い。『並列思考』が迅速かつ適切に行われねば、増やした腕の動きなど不確実極まる代物となるだろう。


 つまり『コッペリア・オランジュ』は『タブラ・スマラグディナ』特有の現象――『並列思考』と『処理能力』の向上を活かし、自身の身体操作を極限にまで高め、人知を超えた俊敏な動きを可能としている――そういう事なのだろう。


 コルザは大鎌を構え直し、改めて腰を落す。

 視線の先、自然体にて立つオランジュとの距離は七メートルほど。

 次の交錯にて全霊を込めた一撃を放つ、その様に考える。

 ――と、オランジュは口許に微笑みを湛えたまま囁いた。


「……コルザ、良いかしら? 『あなた』は『私』ではあるけれど『私』は『レジィナ』なの。あなたは未だ挑戦者なのよ? 全力で来なさいな? でなければ……『あなた』は『私』の『複製』でしかない事を、思い知る事になるわ」


 コルザは更に身体を沈め、肩の筋肉を隆起させつつ目を細める。


「もちろん全力をお見せしよう……二度と『複製』とは呼ばせぬ……」


 コルセット風の黒いレザー・アーマーを纏う力強い巨躯が、更に激しく熱を帯びる。

 熱は目に見えぬ闘気となって、コルザの全身からゆらりと立ち昇り始めた。

・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。

・コルザ=ジュスト男爵所有のオートマータ。巨大な鎌を操るが、謎を秘めている。

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