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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十三章 暗中模索
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第一四八話 納得

・前回までのあらすじ

危ういところを対立関係にある・ラークン伯に救われたカトリーヌ。カトリーヌはラークン伯と対話し、彼にも一定の正当性があると理解した事で、自身の抱える問題解決の難しさに悩むのだった。

 カトリーヌが控え室に戻ると、レオンが安堵の笑みと共に出迎えてくれた。

 『管理局』までの往復に随分と時間が掛かった為、心配していたのだろう。

 カトリーヌは帰りが遅くなった事を謝罪し、一連の事柄について伝えた。


「――そしてラークン伯は『相互不干渉』の取り決めがあると仰って、この先の通路で別れたのですが、最後まで見送って下さいました」


「シスター・カトリーヌ、さっきの話だが……何処にも怪我は無いんだね?」


 話を聞き終えたレオンは表情を曇らると、確認する様に尋ねた。

 確かに『特別区画』には、排他的な者が多い。

 だからこそレオンは、カトリーヌの単独行動を心配していた。

 しかし闘技場の地下通路で通り掛かった貴族に襲われるなど、予想外だったのだろう。

 カトリーヌは目を伏せ、謝意を示しつつ答える。


「はい、問題はありません。ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません」


「いや、僕がもう少し気をつけていれば……しかし……」


 そう呟くレオンの表情は暗い、自身の判断ミスを悔やんでいるのかも知れない。

 それでもカトリーヌを安心させる為だろう、無事で良かったと言って口許を綻ばせた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 キャリーケースからリンゲル液のボトルを取り出し、二人は輸液の準備を行う。

 レオンは取り出したボトルの調整を行い、そのまま金属スタンドに固定する。

 カトリーヌは輸液用のゴムチューブと瓶針を用意しつつ、エリーゼに視線を送る。

 簡易ベッドの上、うつ伏せに横たわったエリーゼは、目蓋を閉じて動かない。

 身体の各所から露出する金属の接続ソケットには、何本ものケーブルが繋がっている。

 『蒸気式小型差分解析機』にてエリーゼの身体状況を確認、計測する為だ。

 

「エリーゼの容態は如何ですか?」


「安定している、問題無いよ。今は休息の為に眠っているだけだ」


 作業を終えたカトリーヌの質問にレオンは答え、点滴筒内を確認する。

 輸液措置の受けている間、エリーゼは全くの無反応で目を覚まさなかった。

 それほどに疲れているという事か。

 不安げな様子のカトリーヌに、レオンは言った。


「エリーゼの睡眠は彼女自身の意思によるものだ。『エメロード・タブレット』は人間の脳と違い、急激に疲労するという事は無い。人工脳髄に付随する機能を用いて、意図的に意識を遮断して代謝を抑え、記憶情報を処理しつつ、身体的負担を軽減しているんだ」


「そうなんですね……」


「うん……そうだな、化学熱傷による反応をある程度中和出来たら、シャルルとモルティエさんの帰りを待たず、僕の工房へ先に搬送しても良い。現時点でエリーゼの容態は安定しているけれど、シスター・カトリーヌの憂慮も尤もだからね」


 自分を気遣っての事だ――カトリーヌはそう思った。

 地下通路での事も考慮した上で、早期の撤収を提案してくれているのだ。

 何処か不安げに見えるのかも知れない。

 しかしカトリーヌの裡に湧いた不安と困惑は、それに起因するものでは無い。

 レオンを見つめ、おもむろに問い掛けた。


「――レオン先生。先生は『歯車街』と『ヤドリギ園』の在り方について……どう思われますか?」


「どう……というのは? 済まない、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」


 質問意図が掴めなかったのだろう、レオンは質問を返す。

 カトリーヌは口籠りつつ、地下通路でラークン伯と交わした会話の内容を伝えた。

 そして自身が感じた疑問を口にする。


 『国営孤児院』は多くの子供達を引き取っているという実績がある。もし『国営孤児院』が子供達にとって過ごし易い環境だったなら、レオン先生やエリーゼに負担を強いてまで『ヤドリギ園』を維持する必要があるのかどうか。

 確かに、子供達にも一次的に負担を強いてしまうかも知れない、でも『ヤドリギ園』と同等の環境が用意されているのなら、そちらを選択しても良いのではないか。 

 もし『歯車街』がラークン伯の計画通り『巨大物流拠点』となったなら、多くの失業達が職を得て、働ける様になるのではないか。失業者が減れば貧困問題も改善される、『ヤドリギ園』で行っている様な食料配給などより、よほど意義があるのでは無いか。

 ガラリア・イーサ――国益という大きな枠組みで考えた場合、『ヤドリギ園』と『歯車街』の現状を維持するという考え方は、誤りなのではないか。

 私が良かれと思い望んだ事柄は、実は欺瞞なのではないか。


「――子供達の為に、『歯車街』で暮らす人達の為に……私はそう思っていました。ですが、大局的な視点に立って考えると……本当にこの判断で正しかったのか、ラークン伯と話をする中で不安になってしまったんです……」


 俯きながら、カトリーヌはそう言った。

 黙って話に耳を傾けていたレオンは頷くと、口を開いた。


「確かにラークン伯の発言は、ある種の正論かも知れない。だけど僕は彼の発言が全て正しいとは思わない」


 カトリーヌは顔を上げる。

 レオンは言葉を続けた。


「まず、多くの孤児達が『国営孤児院』に引き取られているからといって、『ヤドリギ園』の孤児達も、それに倣わなければならないという道理は無い。それに『国営孤児院』の状況が『ヤドリギ園』と同じく安定しているのかどうか解からない、解からないものには頼れない、子供達の安定した生活が賭かっているんだからね」


「……」


「また『歯車街』の開発計画も、国益という観点から見れば正しいのかも知れない。しかしそういった事柄を、計画当初より予定していたとラークン伯が主張するなら、それは『歯車街』を含め、土地一切の権利を有するルイス卿と、事前に交渉していなきゃ筋が通らない。だけど実際はそうじゃない、ルイス卿が土地を手放したがっているという情報を知ったタイミングで、土地の取得に動いている。そろばんを弾いて損益が出ないと判断した後で、開発計画の青写真を描いている。ならば失業者の雇用云々に関する事柄は、打算であり後付けだ。本当に多くの失業者が救われるかどうかなんて解らない」


「……」


 レオンは眠り続けるエリーゼの横顔に視線を落し、更に続けた。


「僕は大多数に少数が倣うべきをいう考え方を、正しいとは思わない。大多数の為に少数を切るという発想は、どう言い繕っても結局のところ、物事の妥結に必要な手続きの簡略化を図っているだけだ。『納得』には遠い『妥協』の産物だ。もちろん他に解決策が無く、決定を急ぐ必要のある場合は、多数決が有効である事も理解している。でも、今回のケースに当て嵌まるとは思わない」


「……」


「失業者の為、子供達の為、国益の為、本当にラークン伯がそう考えていたのなら、まず『ヤドリギ園』と『歯車街』の住人に打診すべきだったんだ。交渉の余地を残すべきだった。にも拘らず、そうしなかったのは、失業者の再雇用や子供達に関する事柄を深く考慮しなかった左証だ。だから僕はラークン伯の発言を支持しない。何の釈明も無く、大人の都合に子供達を巻き込んで良いわけが無い」


「……」

 

「何より子供達が『ヤドリギ園』を出て行きたいと思うわけが無い。シスター・カトリーヌと別れたい筈が無い。シスター・カトリーヌの想いは、欺瞞じゃ無い」


 再びカトリーヌを見遣ると、レオンは微笑んだ。


「……ありがとうございます、レオン先生」


 カトリーヌは感謝の言葉を口にして、目を伏せる。

 胸の裡に抱えた虚ろな重さが、レオンの言葉で確かに軽くなるのを感じた。


 ただ、それでも――どうしようも無く拭えない想いが残る。

 エリーゼと、レオン先生の事だ。

 子供達と『ヤドリギ園』の命運を、二人に任せている現状が正しいとは思えない。

 これほどの負担を強いる権利なんて、誰にも無い。


 だけど、エリーゼもレオン先生も、仕合を放棄する事など決して無いのだろう。

 レオン先生の父親であるマルブランシュ氏が、『歯車街』の土地買収に関わっているのではという疑惑――二人ともに、その事で負い目を感じている。

 だから二人には、仕合を辞めるという選択肢が無い。

 どうすればこの状況から抜け出せるのか。

 このままエリーゼの仕合をサポートするしか無いのか。

 カトリーヌは全身に包帯が巻かれたエリーゼを見下ろし、自身の無力を噛みしめた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 熱気渦巻く円形闘技場が、地鳴りと共に揺れている。

 それほどの大歓声が湧き上がっているのだ。

 すり鉢状に積み上がる観覧席では、居並ぶ汗塗れの貴族が見事に総立ちだ。

 興奮を抑え切れず、拳を突き上げながら叫び続ける紳士もいる。

 バッスルドレスの裾を鷲掴みにして、絶叫する貴婦人もいる。 

 狂乱の空間に辛うじて秩序をもたらしているのは、管弦楽団の演奏だ。

 力強く、優雅に紡がれ広がる勇壮な演奏だ。

 そして蒼いドレスを纏い、目許をマスクで隠した女による美しい歌声。

 蕩ける様なソプラノ・ドラマティコ。

 玲瓏極まる彼女の主旋律に誘われて、貴族達も徐々に聖歌を口ずさみ始める。

 少しずつ音量を増して行く混声合唱は、やがてうねりを帯びて轟き響く。


 出でよ! 冠絶の『レジィナ』!

 出でよ! 卓絶の『レジィナ』!

 闇斬り裂きしは至高の一閃! グランマリーの威光を示さん!

 神の意思秘め臨みしは死線! グランマリーの威信を示さん!

 嗚呼、聖女・グランマリーよ! 我らに彼の者遣わせし御業に感謝を!

 嗚呼、聖女・グランマリーよ! 我ら伏して聖なる汝の御業に感謝を!


 繰り返される大音声の下、闘技場中央に佇むのは、筋骨逞しい巨躯の娘だ。

 見事に隆起し、美しく張り詰めた筋肉を覆うのは、コルセット風のレザー・アーマー。

 くびれたウエストには革ベルトが巻かれ、下半身は同じくレザーのショートパンツ。

 力強い両の腕、その前腕を覆うのは蒸気を纏った鋼の強化外殻手甲。

 その手に握られた得物は、全長二・五メートルはあろうかという両手持ちの巨大鎌。

 敵対する者の魂を刈り取る『フェデノリー』の魂を有した人造乙女。

 ジュスト男爵所有の『コッペリア・コルザ』だった。

 

 トーナメント一回戦・第四仕合。

 最終仕合であり、メインイベントだ。

 彼女は先に入場を終えており、鋭い眼光で正面を見据えたまま待っている。

 対戦者の入場を待っている。

 一〇年無敗、常勝の伝説を実現した強者の入場を待っている。

 観覧席より響く怒涛の聖歌は、その強者に捧げられたものだ。


 おもむろに、金属の軋む重々しい音が場内に響き始める。

 コルザの見据える先、七〇メートルほど向こう。

 闘技場内壁に設けられた、巨大な鋼鉄製の門――東方門が開かれる。

 一際激しい大歓声が、業火の如くに湧き上がる。

 入場したのは、白モスリンのシュミーズドレスを纏った美姫だった。


 真っ白な素足で、石床の上をゆっくりと歩いて来る。

 揺らめくドレスに包まれた、豊満にして滑らかな肢体。

 オレンジ色の柔らかな布が、細いウエストに巻かれている。

 優雅にたなびき夢の様に広がるのは、ブロンドのロングヘアで。

 長い睫毛に縁取られた瞳は、エメラルドグリーンに煌めいていた。

 彼女こそがこの世に顕現した女神であると言われたならば、誰もが納得するだろう。

 艶美優美の極み――『レジィナ・オランジュ』だ。

 『レジィナ・オランジュ』は前へ垂らした両手に得物を握り、嫣然と微笑む。


 手にした得物は、長さにして一六〇センチほど――槍を思わせるがそうでは無い。

 先端部を斜めにカットした、単なる木の棒であった。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。


・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。

・コルザ=ジュスト男爵所有のオートマータ。巨大な鎌を操るが、謎を秘めている。

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