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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十三章 暗中模索
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第一四五話 排他

・前回までのあらすじ

カトリーヌの指摘を受けてエリーゼは、自身が抱える不安の理由を打ち明けた。『アーデルツ』の身体を得て以降、エリーゼは僅かずつ『アーデルツ』の想いに感化され、今では仕合に際して自身の命が惜しくなるほど、カトリーヌやレオン、『ヤドリギ園』の子供達と別れがたくなってしまっており、別れを恐れ、死を忌避する想いが、戦闘に際してマイナスに働く事を知りながらも、その想いが拭えないのだと告げた。

 カトリーヌは修道服の裾を翻し、円形闘技場の地下通路を足早に歩く。

 科学熱傷を負ったエリーゼに必要な追加のリンゲル液を入手すべく、キャリーケースを引きながら、闘技場内の『管理局』に向かっていた。

 『グランギニョール』に参加するオートマータのメンテナンスは、基本的に担当の錬成技師が行い、メンテナンスに必要な機材は全て持ち込みとなる。しかし闘技場を運営する『枢機機関院』も万が一に備え、濃縮エーテルやリンゲル液、消毒液、包帯といった、保存可能な消耗品の類いをある程度確保してあるのだ。闘技場内に設けられた『管理局』とは、オートマータのメンテナンスに必要な機材の管理を行っている部署であった。


 控え室が連なる廊下を通り抜けると、古びた石床と石壁が続く通路に切り替わる。

 大昔の施設をそのまま流用した闘技場だ、貴族が立ち入らない様な区画は、修復作業と設備増設工事のみ行い、造り直したりはしていない。

 『管理局』とは言うなれば冷凍冷蔵等も行える倉庫であり、貴族が自ら立ち入る様な場所では無い以上、堅牢さと利便性に問題が無ければ良しという事なのだろう。


 控え室から『管理局』までの距離は徒歩数分、それなりに距離がある。

 闘技場の真下近くに設けられており、かつては演出用の大道具や、罪人と戦わせる為の猛獣等を格納しておくスペースがあったらしい。

 仄暗いエーテル水銀式黄色灯の下、カトリーヌは先を急ぐ。

 直ぐにエリーゼの容態が変化する事は無いだろうが、楽観は出来ない。

 緩く弧を描く通路に沿って進み、あと僅かで『管理局』が見えて来るというその時。


「あっ……」


「な、なんだっ……!?」


 不意の出来事だった。

 通路脇の枝道より、いきなり歩み出て来た男達と、ぶつかってしまったのだ。

 その衝撃でカトリーヌはよろめき、たたらを踏む。

 しかしどうにか転倒は免れ、持ち応えた。

 カトリーヌは振り返ると、胸元に右手を添える。

 グランマリー式の作法にて頭を垂れると、男達に謝罪の言葉を述べた。


「申し訳ございません、お怪我はございませんか?」


 こちらの不注意を詫びるばかりだ。

 カトリーヌとぶつかった男は不機嫌そうな声で、しかし慇懃な態度は崩さず応じた。


「……いや、こちらこそ失礼した、シスター」


 茶色のフロックコートを纏う年若い男だ。

 カフスボタンは瑪瑙、首に巻かれたクラバットはシルク、煌めく懐中時計の鎖。

 身に着けた装飾品はどれも高価だ、裕福な貴族なのだろう。

 その男の背後には、従者と思しき中年の男達が四人ほど付き従っていた。


「ちょっと待て、コイツ……おかしいぞ?」


 いきなり横合いから、咎める様な声が響いた。

 先に対応した男の傍らに立つ、もう一人の若い男だった。

 ラウンジスーツを着たその男は、訝しげに眉を顰めるとカトリーヌを睨めつけている。

 仕立ての良いスーツの生地は艶やかであり上質だ、この男も貴族なのだ。

 男は再び声を上げた。


「コイツが着ている修道服……『枢機機関院』の職員が着ている物じゃない。しかもコイツの手を見ろよ――南方大陸の人間なんじゃないのか?」


「なに……?」


 フロックコート姿の貴族も、疑わしげな眼でカトリーヌを見下ろす。

 カトリーヌは顔を強張らせると、胸元に添えた右手を、それとなく背後へ回す。

 会話を断ち切る様に改めて頭を下げると、男達の脇を足早に通り過ぎようとした。


「あっ!?」


 ――が、いきなり右手首を掴まれた。

 フロックコートを着た男が刺々しい眼で、掴んだカトリーヌの手を凝視していた。


「……この肌の色はなんだ? 何故、南方大陸の人間がこんな所にいる? その服も……『グランマリー』を侮辱しているのか?」


 低く唸る様に言った。

 更にラウンジスーツの男が手を伸ばすと、カトリーヌの顔を覆うベールを剥ぎ取る。


「ああっ……」


 カトリーヌは声を上げる。

 男は顔を顰め、忌々しげに叫んだ。


「ほらっ、やっぱり南方大陸の人間だっ! 『グランマリー聖下』のお膝元である『ガラリア・イーサ特別区画』に、お前みたいな奴が、なんで立ち入れた!? 顔まで隠してっ!」


「貴様……グランマリー・に仕えるシスターの姿を模した現時点で重罪だぞ? 解かっているのか? 南方大陸人の分際でっ!」


「違うっ……誤解です!」


 カトリーヌは弁解の言葉を発する。

 しかし男達は聞き入れない。

 更に荒々しい口調で吐き捨てる様に続けた。


「こんな所にまで入り込んで! どうやった? 何が目的だ!?」


「そのケースはなんだ!?」


「いや、武器か何かを隠し持っている可能性もある! 調べるべきだ!」


「そうだな! よしっ、貴様ら……この南方大陸の女を取り押さえろ! そこの通路に引き摺り込むぞ!」


「はいっ……!」


 二人の貴族は興奮した面持ちで、従者たちに指示を出す。

 背後に控えていた四人の従者達は、何の躊躇も無くカトリーヌの傍に近づく。 


「そんなっ……離して、離して下さいっ!」


 身の危険を感じたカトリーヌは、掴まれた右手を振りほどこうとする。

 しかし振り解けない、強い力で掴まれているのだ。

 脚が竦みそうになる。

 でも、怯えている場合では無い、そう考える。

 負傷したエリーゼに、リンゲル液を届けなければならないのだ。

 カトリーヌは更に力を込めて、掴まれている腕を引き剝がそうと歯を食い縛る。


「くっ……離してっ……」

 

「コイツ! 抵抗するな、動くんじゃない!」


「この南方大陸人が!」


「こっちに来るんだ! ほらっ、早くしろ!」


 灰色の制服を着た従者達の手が、カトリーヌの肩を、腕を、腰を掴んだ。

 更には口も手のひらで塞がれてしまう。

 そのまま彼らが歩み出て来た枝道の方へ、ぐいぐいと強引に引き摺り込まれる。

 枝道の奥には部屋のドアが見えている、そこへ連れ込もうというのか。

 六人もの男達に身体を捕らえられ、カトリーヌは身動き出来ない。


「――ッ!! ――ッ!!!」


 心の底から湧き上がって来る恐怖。

 そして絶望。

 それでもカトリーヌは、懸命に身を捩って抗う。

 エリーゼに、リンゲル液を届けないと。

 レオン先生が待っている。

 だから。

 だからなんとか……なんとかしなければ。

 絶対に――私は……








 ◆ ◇ ◆ ◇


「……キミらはいったい、この『聖地』で何をしとるのかね?」


 その声は野太く、しわがれていながら、しかし狭い通路に良く響いた。

 カトリーヌを捕らえていた男達は、一斉に枝道の入口を見遣った。


「なっ……だ、誰だ?」


 でっぷりと肥え太った壮年の小男が、そこに立っていた。

 身長は低い、しかし体積は常人の倍ほどもあるだろうか。

 腹周りのボタンが弾け飛びそうなほどに張り詰めた、紫色のコートを纏っていた。

 派手なフリルの白いドレスシャツに、光沢を帯びたオレンジ色のタイを併せている。

 薄い頭髪と口髭は、整髪油でピッチリと撫でつけられ、整えられていた。

 頬も、顎も、眼の下も、ブルドッグの様に垂れ下がり、弛んでいる。

 緩んだ口許から白い歯が見える、笑っているのだ。

 しかし男達を見つめる細い眼は、全く笑っていなかった。

 小男は嘲るような調子で言った。


「ああ? 質問に質問で返せと、君はご両親からそう教わったのかね? 随分とまあ、ご立派な教育方針のご家庭で育ったようですなあ?」


「なっ……何を言ってっ……!!」


 カトリーヌを取り囲む男達は気色ばむ。

 ラウンジスーツ姿の若い貴族は怒りに任せて小男の方へ、一歩踏み出そうとする。

 が、まったく同じタイミングで。

 何か硬い物がミシミシと軋み、砕ける音を聞いた。

 その不吉な異音に、思わず足を止める。

 直後、若い貴族は異様な物を見た。


 通路側から枝道へと通じる入口――その縁に、鋼鉄製の太い指先が掛かっていた。

 その指先は、枝道へ通じるコンクリート壁に、深く食い込んでいる。

 伸ばして掛けた指先が、コンクリート壁を無造作に砕き、軋ませているのだ。

 肥え太った小男の背後。

 そこに巨大な黒い人影が、ゆらりと姿を現した。


「ふぅうううう……」


 身長一九〇センチを優に超える美貌。

 肉感的かつ蠱惑的な、それでいて一目で解かる危険さを孕んだ女だった。

 流麗な曲線で構成されたしなやかな全身を包むのは、漆黒のレザースーツ。

 炎を模した刺青が刻み込まれた肩と腕は太く、狂おしく、猛々しく、力に満ちていた。

 鋼鉄のワイヤーを捩り合わせ、ギリギリと束ねた様な腕だった。

 更に太腿筋、腹筋、広背筋も、レザースーツの上からでも解かるほどに隆起している。

 前腕部は鋼鉄製のガントレットに覆われ、関節部から微かに白い蒸気を漂わせている。

 鈍く光る鋼の指先は、コンクリートの壁を砕き、無造作に五本の溝を作っている。

 短くカットされた黒い頭髪は汗に濡れ、口許には酷薄極まりない微笑。

 愉しげに細められた両眼は赤光を放ち、眼前の男達全てを射竦めている。 

 血の色にも似た赤い瞳がトロリと濡れて、妖しく光り輝いているのだ。

 全身から溢れ出す圧倒的な暴力の気配は、とても人間のものとは思えない。

 獰猛な大型肉食獣を思わせる女だった。


「こ、この女……『コッペリア・ナヴゥル』です……」


「あ……」


 カトリーヌの腕を掴んでいた従者の一人が、震える声で呟く。

 その一言に、従者の主であるコート姿の若い貴族は顔色を変えた。

 この大女が『コッペリア・ナヴゥル』ならば。

 この醜く肥え太った小男はつまり。

 スーツ姿の貴族が、掠れた声で言った。


「ジャン・ゲヌキス・ポンセ・ラークン……殿」


「ほほほう? ご両親から私の名を教わっておられましたかな? それは重畳――」


 ラークン伯は、顎をしゃくり上げながら、嗤い答える。

 その背後に立つナヴゥルもまた、唇の端を吊り上げて嗤う。

 捲れ返る赤い唇の下から覗く鋭く尖った犬歯は、獣の牙にしか見えなかった。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。


・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

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