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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十三章 暗中模索
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第一四四話 矛盾

・前回までのあらすじ

カトリーヌはエリーゼの抱えた不調が、その内面に息づく『アーデルツ』の想いにあるのでは無いかと考えて尋ねる。エリーゼは素直に応じ、自身の裡に生じている事柄について語り始める。

「――人は本来、闘争も戦火も望みません。平和こそが豊かさの象徴、平和こそが至福、皆そう理解しております。……にも拘らず人々は些細な事で、戦乱を引き起こしてしまう。平和を望みながらも、戦乱に突き進んでしまうのです」


「……」


 レオンとカトリーヌは黙したまま椅子に座り、エリーゼの言葉に耳を傾けている。

 エリーゼは診察用の簡易ベッドに身を横たえ、目蓋を閉じて続ける。

 円形闘技場の地下に設けられた控え室に、静謐な声が流れる。


「戦乱が続けば、豊かさも幸福も消えて失せ、誰も彼もが絶望する。絶望の中で戦乱の終息を、平和と安寧を願う。ですが戦乱は治まりません。誰に祈れど戦乱は続き、誰に願えど戦火は広がり続けるのです」


「……」


 カトリーヌは幼少の頃を思い出してしまう。

 焼け崩れた街並み、街路に散らばる人々、耳を劈く砲声、銃声、火薬の匂い。

 幸せの欠片すら見当たらぬ、地獄の底の底。


「……やがて人は、忌避すべき戦乱を、我が事として受け入れざるを得なくなる。戦乱を早く終結させようと、戦勝を願うのです。戦って勝つ事だけが、安寧への近道なのだと。家族の為、友の為、恋人の為、安寧を望みつつ、戦乱の渦へ飛び込まねばならなくなる」


 レオンは傷ついたエリーゼの横顔を見つめながら、ガラリアの歴史を思う。

 エリーゼの言葉通りなのだろう。

 ガラリア神聖帝国が覇権国家となり一〇〇年――『喜ばしき凪の時代カルム・エポック』が訪れるまで、ガラリアも含めた周辺諸国は争い続けていた。

 錬金の技を、錬成の技術を求め、強引に推進し、或いは規制する。

 それが原因で争いが起こる。

 錬金術、錬成科学、これらの富を独占しようとした結果だ。


「耐え難き戦乱の日々、神に祈れど救いは無く、敵は際限無く迫り来たる。知人は死に、自らも傷つき、それでも戦は終わらない。やがて人々は、平和をもたらす神では無く、戦勝をもたらす者をこそ、望む様になる」


「……」


 大陸の至る所で争いが勃発し、勃発した争いは瞬く間に戦争へと発展した。

 戦争は留まる事無く延々と、数百年にも渡り繰り返された。

 その様な歴史が、確かに存在した。

 それ故に――


「戦乱に巻き込まれ、否が応でも刃を振るい、苦痛に耐えて血を流す者達に、真の意味で寄り添う存在。戦場に於いて共に戦い、勝利をもたらしてくれる存在を、人々は求めた」


「……」


「死地にて微笑み、戦勝せよと兵士を鼓舞する存在」



「……」


「苦しむ兵士達の隣りに在り、絶大な力を振るう存在」


「……」


「血の色に燃える戦場を、歓喜と共に駆け抜ける存在」


「……」


「常勝を約束する異能の戦場精霊――その様に求められたのが私です」


「……」


 戦場精霊。

 きっと伝承の中に存在したのだろう。

 これまでのエリーゼの言動が、物語っている。

 覚醒した瞬間から、レオンはエリーゼの特異性に気づいていた。


「――ただひたすら戦勝し続ける事に、私は何の疑いも持たなかった。勝利を重ねる事で歓びが増す、この私が負ける事など無いと確信していた。血生臭く残酷無残な死闘、敗北を予兆させる焦燥、皮を裂かれ肉を抉られる激痛、正誤定かならぬ選択を繰り返す煩悶――そうした恐怖すらも全て愉しめた。勝利を前に、失う物など何も無かった」


 エリーゼは、ゆっくりと目蓋を開く。

 透き通る紅い瞳は、寂しげなカトリーヌの相貌を映し出す。

 

「ですが――今はもう、その様に思えません……」


「エリーゼ……」


 掠れた声でカトリーヌが応じると、エリーゼは淡く微笑んだ。


「以前、シスター・カトリーヌと、ご主人様に、お伝えした通りです」


「……」


「シスター・カトリーヌも好ましい、ご主人様も好ましい。ヤドリギ園にも、子供達にも、愛着を感じる――この想いはもはや揺るがし難い。これが『アーデルツ』の想い。戦闘格斗に対する想いと共に、私という存在の根幹に根づいてしまった」


「……」


「私はきっと、この想いが失われる事を、別離を、『怖い』と感じているのでしょう」


 レオンは微かに頷き、言った。


「――人は皆そうだよ。別離が怖い。それでも生きている。愛する者の為に、守るべき者の為に、すべき事の為に。何かの為にと思うから、人は生きて行けるんだ」


 エリーゼはレオンを見遣る。

 寂しげな微笑みを浮かべたまま、微かに首を振った。


「異能異端の戦場精霊は――この眼に刹那の真実を映し続けねばなりません。誰かの為、何かの為、生きる事を望めば『瀬戸際』を見誤りかねない――」


「……」


「――駄目なんです。死地に於いては『瀬戸際』と刹那以外に囚われてはならない。生きて残る事を期待されるならまだしも……自ら生きる事を、決して望んではいけない」


「……」


「己は無であると弁え、刹那の真実のみを直視する。それが『瀬戸際』に立つ為の資格」


「……」


 穏やかな口調で紡がれるエリーゼの言葉は、しかし地獄の理だった。

 レオンの経験則には一切存在しない思想思考だった。


「……ですが私は今、別離を怖れ、生への執着を感じている。生への執着が、どれほどに『瀬戸際』を見誤らせるか知りながら、それでも生き残りたいと感じてしまう――それが、私の感じる『怖れ』でございます」


 闘技場に立つエリーゼは『ヤドリギ園』の為に勝利を求めている。

 その為には己が『生』を否定し、『死』を受け入れねばならない。

 生死を分かつ、その『瀬戸際』を見極める為に。

 死闘を制する為に、それが必要なのだと――エリーゼは言っている。

 しかし『戦勝』を求める理由が、愛着ある『ヤドリギ園』であるなら。

 生き残らねば『ヤドリギ園』には帰れないという想いが湧いてしまう。

 ――が、その想いこそが『瀬戸際』を見誤らせ、死を招くのだと。


 つまりエリーゼが抱える『怖れ』とは『背反二律』にあるという事か。

 レオンは唇を噛む。

 どう答えて良いのか解らない。

 それは、あってはならない『背反二律』だ。


 エリーゼの横顔を、泣きそうな表情で見つめるカトリーヌも、口を開く事が出来ない。

 何をどうすれば良いのか、理解が及ばない。

 ただ――以前、エリーゼより聞かされた話を思い出す。

 エリーゼが仕合を行う事になった、本当の理由についてだ。

 レオン先生の父親――マルセル・マルブランシュ氏の奸計に『ヤドリギ園』が巻き込まれた為だと、エリーゼはそう言っていた。

 しかしエリーゼは、その事実を隠し通す事が心苦しくなり、私に事実を伝えたのだ。

 エリーゼはその頃からずっと思い悩み、苦しんでいた。

 この悩みを私は正しく理解し、寄り添う事が出来たのだろうか。

 解らない。どう寄り添って良いのか、解らない。

 

 その時、レオンの手元で稼働していた卓上の小型差分解析機――スチーム・アナライザー・アリスが、断続的に小さく警笛を鳴らし、蒸気を吐いた。

 レオンは視線を落すと、差分解析機から出力される専用用紙を確認する。


「リンゲル液が不足するかも知れない。これまでの仕合と違い、化学熱傷を負った為か……暫くはアナライザーで調整出来るが、早めに追加のリンゲル液を用意しないと」


「あ……あの、私が取りに行きます。闘技場の管理局で申請すれば受け取れますよね?」


 俯き呟くレオンに、カトリーヌは申し出た。


「いや、しかし……」


 顔を上げたレオンは、微かに表情を曇らせ逡巡する。

 シスター・カトリーヌは南方大陸の出身だ。

 ここは『特別区画』――南方大陸に強い偏見を持つ者も少なくない。

 闘技場内の『管理局』へ申請に行くだけの事だが、不安を感じているのだろう。

 そうしたレオンの意を汲んだか、カトリーヌは小さく微笑んで見せる。

 気にした風も無く言った。


「大丈夫です、儀礼用のベールを着用しますから。それにリンゲル液不足でエリーゼの容態が急変した際、レオン先生で無いと適切に対応出来ない可能性もあります」


 レオンは若干不安げな表情だが、椅子から立ち上がろうとするカトリーヌに頷く。


「すまない、宜しく頼む」


「任せて下さい」


 カトリーヌは応じながら、黒いベールで顔を隠す。

 運搬用のキャリーケースを用意すると、部屋の戸口へ歩き始めた。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

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