表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十三章 暗中模索
144/290

第一四三話 内面

・前回までのあらすじ

エリーゼとの再戦を熱望するラークン伯所有のナヴゥルは、『錬成機関院』の息が掛かった謎の多いコッペリア『ルミエール』を、完全に封殺する立ち回りを見せて圧勝した。

「――凄いな、序列二位を完封か」


 アリーナ最上段に設けられたバルコニー席。

 ヨハンは暗い眼差しで闘技場を見下ろしながら、低く呟く。

 シャルルもハンカチで額の汗を拭うと、口を開いた。


「全くの無傷で勝ち上がった、トーナメント戦ではかなり有利な状況だ」


「確かに――それにしても『コッペリア・ナヴゥル』は確実に強くなっている。エリーゼ君との仕合から半年も経っていないのに、この変化は驚異的だ」


 冷静に応じるヨハンの表情は、しかしどこか暗く沈んでいた。

 観覧席ではオーケストラ・ピットの管弦楽団が、勇壮な曲を奏で始める。

 同時に、全身を派手に着飾った貴族達による大音声が広がり始める。

 清濁入り乱れた怒涛の混声歌唱は、偉大なるグランマリーと戦勝したナヴゥルの功績を讃えつつ、興奮状態に陥った貴族達の滾りを、効率良く昇華する為の儀式でもあった。

 聖歌が反響する中、シャルルは物憂げな様子のヨハンを見遣る。


「モルティエさん、先ほどから表情が冴えないが……やはりエリーゼの負傷が原因かな。怪我の程度が、一週間後の仕合に差し障るという様な……」


 気づかわしげなシャルルに、ヨハンは束の間逡巡したものの、低く応じた。


「いや……万全では無いという、先にお伝えした言葉通りだよ、ダミアン卿。それについては部分的に『強化外殻』を装備する事で対応しようという話になった。恐らくそれで凌げる筈だ。しかし……」


「やはり何か問題があるのか?」


 訝しむシャルルに、ヨハンは告げる。


「エリーゼ君だが、身体面より心理面に問題を抱えているのだと感じる……」


「心理面?」



 ヨハンは控え室でのやり取りを、要約して伝えた。

 シャルルは当惑した面持ちで、椅子に座り俯いているドロテアへ視線を向ける。


「――エリーゼは、仕合をしたく無いと考えているのか……」


「エリーゼ君は否定していた……が、彼女の神経とリンクしていたドロテアは、その様に認識している。過去の例から考えて、間違っているとは思えない」


 ヨハンの言葉にシャルルは、眉根を寄せて俯く。

 やがて呻く様に、口籠りながら言った。

 

「正直なところ……俺はエリーゼに戦って欲しく無い。とはいえ状況的に無理だという事も理解している。だけど、エリーゼが本当に戦いたく無いと考えているのなら、俺は彼女に無理強いなんて出来ない……」


「難しいところだが――エリーゼ君自身、自覚が無いまま深層心理下に、戦闘を忌避する想いが生まれた……そんな風に考える事も出来る。なので外部から接触したドロテアには認識出来たが、エリーゼ君は自覚出来ないのかも知れない」


 俯くシャルルを見遣り、ヨハンは答える。

 その回答を受けてシャルルは、更に苦い表情を作る。 


「――他に負債の返済方法があるなら、すぐにでもそちらを選択したい……例えば俺が、俺の所有する地位と権利を全て手放したなら……或いは……」


 ヨハンは首を振る。

 そして諫める様に言った。


「それは間違っているよ、ダミアン卿。そんな事をすれば、貴方の友人であるレオン君だって許さないだろう。確かに状況は良く無いが……可能性を放棄したくも無い、恐らくエリーゼ君も同じ筈だ。だからこそ彼女は戦闘続行の意思を示したのだと思う」


 ヨハンは再び、闘技場へ視線を向ける。

 トーナメント一回戦、最終の仕合が始まろうとしていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 天井に取り付けられたシーリング・ファンが緩く旋回する、闘技場地下の控え室。

 カトリーヌは治療器具を片付けると、傍らの医療用簡易ベッドに視線を送る。

 そこではエリーゼが顔を伏せ、静かに身を横たえている。

 腕に脚、肩から胸元、腰から腹部、全身に巻かれた圧迫止血用の包帯が痛々しい。

 応急処置を終え、今は輸液措置と音響測定による構造解析を受けているところだ。

 隣りではレオンが診察デスクに向かい、卓上の『蒸気式小型差分解析機』――スチーム・アナライザー・アリスから出力される専用用紙に、目を通している。

 カトリーヌはベッド脇の丸椅子に腰を下ろすと、小さな声でエリーゼに話し掛けた。


「……エリーゼ、少し良い?」


「はい、シスター・カトリーヌ」


 エリーゼは普段と変わらぬ声音で応じる。

 カトリーヌは僅かに逡巡しつつ、尋ねた。


「エリーゼは『アーデルツ』さんの事を、レオン先生に相談した事ある? その、『アーデルツ』さんの『想い』について……」


「――いいえ、ございません」


 エリーゼは短く答える。

 カトリーヌは頷くと続けた。


「私は……レオン先生に相談した方が良いと思う。どうかな?」


「――シスター・カトリーヌが、そう仰るのでしたら」


 エリーゼの応対は普段通りだ。

 カトリーヌは、少し安心する。

 改めて頷くと、レオンの方へ向き直った。


「レオン先生、お話があるのですが……宜しいですか?」


「ああ――構わないよ、シスター・カトリーヌ」

 

 レオンは顔を上げて応じる。

 カトリーヌはエリーゼの様子を確かめながら言った。


「エリーゼの事で、相談したい事があるんです……」


 言葉を選び、丁寧に説明する。

 エリーゼの胸中に芽生えたという『アーデルツ』の想いについて。

 価値観の変化について。

 不殺の約束を交わした理由について。

 

「――エリーゼは、レオン先生が錬成した『アーデルツ』さんの身体を得た事で、物事の価値観が変化したそうです。戦闘で得られる高揚感以上に、優先すべき事に気づいたのだと、そう言っていました……」


 口を噤んだまま話を聞き終えたレオンは、思案顔で目を伏せると、口許に手をやる。

 カトリーヌは不安げな面持ちで、その様子を見つめる。

 幾許かの時が流れて後、レオンはエリーゼに尋ねた。


「エリーゼ。君は自身の内側に『アーデルツ』の『意識』を感じているのか?」


 エリーゼは簡易ベッドの上で首を巡らせ、紅い瞳でレオンを見上げる。

 落ち着いた口調で答えた。


「恐らく私は『アーデルツ』という方の『想い』や『感情』を、認識しているのでしょう。ですが『意識』や『記憶』を共有している訳ではございません」


 レオンは探る様な眼差しで、エリーゼを見つめたまま続ける。


「その事で『行動』や『思考』に支障が出るという事は?」


 エリーゼは僅かの間、口を閉ざしていたが、程無くして口を開くと応じた。


「……ございません。ただ――」


「ただ?」


「ただ、仕合うに際し『怖れ』を感じる様になった……それは事実です」


「……その『怖れ』が原因で、戦闘を忌避する感情が湧いた――という事は?」


 カトリーヌは二人の会話に耳を傾けながら、胸元に手を添えて口を噤んでいる。

 傷包帯が巻かれたエリーゼの相貌を、辛そうに見つめている。

 エリーゼは、いいえ……と、答えた。


「戦う事、仕合う事。いずれも私が私である為に、必要不可欠な事柄。ご主人様も薄々お気づきの事でしょう。私という存在は、刃を捨ててこの世に在る事など、全く出来かねるほど……それほどに業の深い存在でございます」


 囁く様に言いながら、エリーゼはそっと目蓋を閉じる。

 長い睫毛が微かに震える。

 そして細く息を吐きながら、改めて言葉を紡ぎ始めた。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ