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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十二章 死闘遊戯
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第一四二話 深海

・前回までのあらすじ

シャルルとヨハンが観戦する中、ラークン伯所有の『ナヴゥル』と、錬成機関院所属の『ルミエール』が激突する。互いに一歩も譲らず、勝負の行方は未だ混沌としていた。

 円形闘技場中央。

 ナヴゥルはスタンスを広く、腰を落して戦斧を構える。

 赤い瞳は真っ直ぐに、四メートル先のルミエールを捉えている。

 

 そのルミエールは穂先を垂らしたまま、軽やかにステップを刻み始める。

 ナヴゥルを見据え、横へ横へと回り込む動きだ。

 時折前方へ鋭く踏み込んでは、素早い突きを放つ。

 その攻撃は戦斧にて弾かれるが、ルミエールは構わずサイドへ回り、改めて突きによる攻撃を繰り返す。


 攻めあぐねているのでは無い。

 カウンターを狙うナヴゥルに、牽制にて揺さぶりを掛けているのだ。

 緩急をつけた攻撃で隙を伺い、僅かでも綻びたなら一気に飛び込むつもりなのだろう。

 

 しかしナヴゥルは、盤石の構えを維持したまま崩れない。

 ルミエールのヒット・アンド・アウェイを、確実に捌き続ける。

 重厚かつ長大な戦斧にて、鉄槍の軽快な連突きを悠々と往なしている。

 どれほどの膂力と反射神経が、これほどの動きを可能たらしめているのか。

 かつて見せた様な、爆発的な突破力こそ鳴りを潜めてはいるが、決して弱体化などしていないと、ナヴゥルの安定した防御力が物語っていた。


 ルミエールは更に八度、九度と、鋭く踏み込みつつ刺突を繰り返す。

 が、ナヴゥルにはいずれも届かない、全て弾かれ、逸らされる。

 一〇度目の刺突は一際深く踏み込みながらの、脚を狙った一撃だった。


「しっ……」


 牽制とは思えぬ強力な攻撃だ、それでもナヴゥルには通じない。

 それどころかナヴゥルは、戦刃で打ち込まれる鉄槍の穂先を弾くや否や、手の中で戦斧の柄を激しく回転させると、ルミエールの手元を狙い、突き込んだのだ。


「ふんっ……!」


 高速旋回する斧刃は、煌めく円柱となって伸びる。

 その有様は、触れた物を削り取るグラインダーを思わせた。

 

「ちっ……」


 ルミエールは前傾した姿勢を強引に立て直すと、ナヴゥルの反撃を避ける。

 回避の瞬間、ルミエールの前腕を覆うガントレットから微かに火花が飛び散る。

 僅かに掠めたのだ、とはいえダメージは無い。

 だが、あと数ミリ距離を見誤っていたならば、指が飛んでいただろう。

 一歩、二歩、ルミエールは後方へ大きく退くと、距離を取る。

 ナヴゥルは追撃を仕掛けない、戦斧を構えたまま目で追うのみだ。

 やがて口許を歪め、低く告げた。


「ふーっ……貴様は悪く無い、良く動き、良く攻める」


「……」


 戦斧を握るナヴゥルのガントレット――強化外殻から蒸気が溢れ出す。

 その様子をルミエールは、鋭い眼差しで見つめている。

 互いの距離は凡そ六メートル。


「しかし、現時点では我に届かぬ。故に退け」


「……っ」

 

 あろう事かナヴゥルは降伏勧告を口にした。

 序列上位のルミエールに対する降伏勧告だ。

 ルミエールの目つきは鋭さを増し、殺気を帯びる。

 侮辱と受け取った為か。

 手にした鉄槍を構え直したルミエールは、改めてステップを刻む。

 やはりサイドへ、サイドへ、軽快な足取りで回り込む。

 先程までと同じ、ヒット・アンド・アウェイを選択したという事か。


「――それでは我に届かぬと言った」


「……」


 ルミエールの移動に併せて身体の向きを変えながら、ナヴゥルは言葉を続ける。

 声音に嘲る様な調子は無い、しかし挑発以外の何物でも無い。

 一切応えようとはせず、ルミエールはフットワークを続ける。

 ナヴゥルを中心に、回り込む様に、回り込む様に。


 ――と、次の瞬間。

 何の予備動作も無く、ルミエールは深く大きく踏み込んだ。

 早さも申し分の無い強烈な刺突だ――狙いは戦斧を構えるナヴゥルの腕だった。


「小賢しやっ!」


 ナヴゥルは短く吐き捨てると、ルミエールの踏み込みに併せ、自らも踏み込んだ。

 突き込まれた穂先を、差し出した斧刃で脇へと弾き逸らす。

 更にその勢いを殺す事無く、前に出るルミエールの胸元へスピアヘッドを――


 微かな金属音が響いた。

 ルミエールが突き出した鉄槍の穂先からだ。

 穂先から左右に一五センチ程の刃が、音を立てて飛び出している。

 対ジゼル戦でも用いられた仕込みの刃だ。

 その刃を以てルミエールは、戦斧を握るナヴゥルの指、左手の指を削ぎにいったのだ。


 反応するには薄すぎるほどの刹那。

 仕込み刃は一気にナヴゥルの指を削ぐかと――再び金属音が響く。

 防ぐ事など不可能、そう思えたルミエールの一撃が止められていた。

 

「小賢しいと言った!」


 仕込みの刃を止めたのは、ナヴゥルのガントレットより突き出した鋼の鉤爪だった。

 四本の鉤爪が鉄槍の穂先より伸びた刃を拉ぎ、捉えているのだ。

 これによりルミエールの鉄槍は、突く事も、引く事も叶わぬ状況に陥る。

 そしてナヴゥルは、右腕一本でも自身の得物を自在に振るう事が可能だ。

 つまり、この時点でルミエールは『詰み』と言えた。

 ――が、しかし。


「はぁああああっ!!」


 ルミエールは咆哮する。

 敗北を察した為では無い。

 ナヴゥルを睨む眼に、弱さは微塵も無い。

 つまりここから逆転する策が残されていると――


 ――いきなり、戦斧を経てナヴゥルの手に掛かる鉄槍の圧力が消えた。

 ルミエールの使用する鉄槍が、在り得ぬほどに大きく湾曲したのだ。


「――!」


 否、湾曲では無い。

 正確には鉄槍の柄が八つに区切られ、分裂したのだ。

 それぞれの部位は凡そ二五センチ。

 それぞれの部位を繋ぐのは金属の鎖だ。

 東洋には『九節鞭』なる鉄製の鞭が存在するが、ルミエールの鉄槍は一瞬にして『九節鞭』と近似の状態に変化していた。


「はぁっ!」

 

 鉄槍は大きくうねり、同時にナヴゥルの拘束から穂先が逃れる。

 鎖の擦れる音がギリギリと響き、研ぎ澄まされた穂先と張り出した刃が波打つ。

 その有様は、獲物を狙う蛇の様だ。

 光を反射させ、渦巻き、そして一気にナヴゥルの喉を引き裂くべく閃いた。


 直線の動きから、いきなり繰り出される曲線軌道。

 穂先を確実に捉えたと確信した直後。

 しかも、鉄槍の柄を結束する鎖にて射程も伸びている。

 間髪置かず積み上がる、三つの予測不能。

 これに対応出来るオートマータなど存在しない。


 ――筈だった。


 三度響いた金属音は、酷く濁った音だった。

 ナヴゥルの喉を裂くべく放たれたルミエールの鉄槍。

 その穂先を。

 獰猛に剝き出されたナヴゥルの歯が喰い締め、完全に捕らえていた。


「……っ!?」


 驚愕の中で眼を見開くルミエール。

 それでもルミエールは右腕を打ち振るう。

 多関節の鉄槍をうねらせ、穂先を奪い返し様、ナヴゥルの顔面を打とうとしたのだ。

 しかし、その反撃は叶わなかった。


「しいぃいいいっ……」


 ナヴゥルの右手より放たれた戦斧のスピアヘッドが、鎧に覆われていないルミエールの左肩を貫通していた。

 その衝撃にルミエールは、大きく後方へと姿勢を崩す。

 更にナヴゥルは、うねる鉄槍の柄を左手で掴んだ。

 身体を固定され、獲物を捕獲され。

 もはや完全に『詰み』であった。


「ふはぁーっ……仕込みの武装に仕込みの刃、初見であればこそ有効な仕掛けよ」


 ナヴゥルは歯に捉えていた穂先を吐き出すと、低く呟いた。

 ルミエールは自身の左肩を貫いた、戦斧のスピアヘッドを引き抜こうと身体をゆする。

 だが、ビクともしない。

 ナヴゥルが腕一本にて、刺し貫いたルミエールの身体を僅かに持ち上げている為だ。

 痛覚抑制が施されていなければ、激痛で失神しかねないところだ。

 もちろん前へ進む事も出来ない、巨大な斧刃が張り出している。


「先に行われたエキシビジョン――貴様の仕掛けは、我が主より凡そ聞き及んでいる」


 ナヴゥルはルミエールが、複数の仕込み武装を使用すると知った上で、仕合に臨んでいた。これはトーナメント予選にて『コッペリア・アドニス』が『コッペリア・ブロンシュ』を下した時と同じ理由だ、いかに巧妙な仕掛け――仕込み武装であっても、それを使用すると警戒したなら、仕込み武装の威力は半減する。


 とはいえルミエールも、そんな事は百も承知で戦っていたのだ。

 仮に仕込み武装の使用を予め想定されていたとしても。

 卓抜した技術と体術を組み合わせたなら、十二分に有効な武装として成立する。

 が、ナヴゥルには通じなかった。

 何故ならば――


「そしてこの場は既に、我が『深海』の領域よ。『深海』に至らば、我は『命の波動』を手繰る事が出来る。貴様がどの様に立ち回るのか、全て知覚出来る」


 ――そう。

 『水妖・ナクラビィ』の魂を有するナヴゥルは、体内に有した『エーテル粒子』を、両腕のガントレットから溢れる蒸気と共に散布する事で、周囲一帯を『海』と見立て、その場に存在する者の『神経伝達』を『波動』として、把握する事が出来るのだ。

 つまり、敵の『挙動』を『神経伝達』の『波動』として事前に知覚し、行動を読み解く事が可能なのだ。

 それは経験則に基づいた『先読み』すら超越した、ナヴゥル固有の特殊能力だった。

 しかもナヴゥルは、痛覚の抑制も解除し、極限まで自身の知覚を高めている。

 この状態のナヴゥルにはもはや、欺瞞や眩ましといったフェイントの類いも通用しない。

 『エーテル粒子』散布という条件さえクリアしてしまえば。

 もはや防御に於いて一切の死角など無い。

 そう断言しても過言では無いレベルに、ナヴゥルは達していた。


「この戦斧を抜けば、貴様は静脈からの大出血にて仕合うどころでは無くなる――敗北を認めよ。此度の仕合、決死決着の約定は無い、我に勝利したくば次の機会に託せ」


「……っ」


 ナヴゥルの言葉にルミエールは、歯噛みしながら俯く。

 一秒、二秒。

 おもむろにルミエールは、分割された鉄槍から手を離す。

 そのまま右手を掲げた。


 『錬成機関院』の関係者が控える『待機スペース』の奥から、困惑の声が響く。

 しかし程無くして、スーツ姿の介添え人達が、よろめきながら闘技場に姿を見せる。

 彼らは動揺を隠す事も出来ぬまま、震える声で宣言した。


「わっ……我々の敗北をっ……せっ、宣言するっ……!!」


 汗塗れの貴族達で埋め尽くされた観覧席が、盛大などよめきに揺れた。

 『序列二位』の陥落であった。

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・ルミエール=『錬成機関院』所属コッペリア。グランギニョール序列二位。

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