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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十二章 死闘遊戯
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第一三八話 煩悶

・前回までのあらすじ

仕合に勝利したエリーゼ、しかしその表情は冴えず、カトリーヌに対し不殺の約束を守れなかったと謝罪する。カトリーヌはそんなエリーゼを受け入れ、自分もその業を背負うと告げる。エリーゼの応急措置が行われる中、仕合を観戦していたヨハンが訪れ、エリーゼの不調について質問する。埒の開かぬ問答が繰り返される中、エリーゼをサポートしていたドロテアが近づき、エリーゼは戦いたくないと仕合中に思っていた……その様にヨハンに伝え、ヨハンは困惑する。

「――エリーゼ君、君はもう、戦いたく無いと考えているのか……?」


 そう尋ねるヨハンの眼には、困惑の色が浮いている。

 エリーゼの脚に圧迫止血用の包帯を巻くカトリーヌが、作業の手を止める。

 簡易ベッドの上、肌を晒してうつ伏せに横たわるエリーゼは答えた。


「……いいえ、決してその様な事はございません」


 明確な否定の言葉だ。

 それでもヨハンの表情は優れない。


「これは意図した仕様では無いんだが……レオン君の『知覚共鳴処理回路』を介し、エリーゼ君の神経網と繋がっていた『ドロテア』が、君の内面に感応したらしい。過去に『グレナディ』の視覚制御を行っていた際にも、感情共有の状態に陥った事がある」


「……」


「君が仕合の最中、戦闘に躊躇し、悲嘆し、もう戦いたくないと――ドロテアはそう感じていたそうだ」


「……」


 ドロテアはヨハンの傍らに寄り添い、涙で濡れた顔を伏せている。

 エリーゼは美しい横顔に伝う痛々しい火傷の痕を晒したまま、答えない。

 口を閉ざしたその表情からは、どの様な感情も読み取れない。

 ヨハンは続ける。 

 

「君の魂は『精霊』だ。『グレナディ』を下したほどの『精霊』だ。無数の人間が望み願った想いの結晶だ。そんな君に言うべき事では無いのかも知れないが、本当にそんな想いを抱えて仕合っているのだとしたら……危険だ」


「……」


「ただでさえ君はギリギリの戦闘スタイルを選択している。強化外殻を装備せず、敢えて身体的ハンデを抱える事で自身を追い込み、相手の隙を突く様な、酷くリスキーな方法を実行している……そうだろう? であるなら、精神的な揺らぎは危険なノイズだ。可能な限り解決すべき問題だと思う――本当に『知覚共鳴処理回路』が理由では無いのか?」


「……はい、問題ございません」


 淡々とした口調で、エリーゼはヨハンの質問に答える。

 嘘や偽りを口にしているとは思えない。

 しかし納得出来ないという表情で、ヨハンはエリーゼを見下ろしている。

 腕の切創を縫合し終えたレオンが尋ねた。


「――エリーゼ。その問題はシスター・カトリーヌとの『約束』に由来しているのか?」


「……『約束』というのは?」


 エリーゼが回答するよりも先に、ヨハンは尋ねた。

 レオンは『待機スペース』での出来事を簡潔に伝える。


「……つまりエリーゼ君は『ヤドリギ園』で暮らす子供達の為、『不殺』を貫こうとしていたのか」


 ヨハンは表情を曇らせる。

 言い難そうに、言葉を選びながら続けた。


「エリーゼ君……それは恐らく道義的に正しいと思う。間違いじゃない、しかしあの『グランギニョール』で、その認識はやはり、危険過ぎると言わざるを得ない」


「……」


「子供達を思っての事だろうが、敗北してしまえば子供達の保護は叶わない。それが解らぬ君では無い筈だ……いずれにせよ『不殺』は現状、足枷にしかならない」


「そ……その、レオン先生、モルティエ様……」


 それまで黙って耳を傾けていたカトリーヌが、声を上げた。


「今のお話は……『約束』を交わした私にも責任があります、ですから咎は私にも……」


 上擦った声だった、動揺しているのだろう。

 エリーゼとの『約束』が俎上に上がり、思わず口を挟んでしまったのだ。

 ヨハンはカトリーヌを見遣ると、穏やかに微笑む。


「いや、シスター・カトリーヌ。決してエリーゼ君を責めているわけじゃ無いんだ。咎なんて無いよ、ただ……いや、そうだね……気を悪くしたのならすまない」


 紳士的な物腰だった。

 が、その対応にカトリーヌは恐縮し、言葉を濁す。


「い……いえ、違うんです、申し訳ございません、言葉足らずでした……」


 ヨハンがエリーゼを責めている訳では無いという事は、カトリーヌも理解していた。 

 ただ、言葉を選べぬまま意識が先走っていた。

 その先走りは、カトリーヌの裡に芽生えたひとつの疑問に端を発している。

 つまり、エリーゼが抱える『問題』を考慮すべきでは――そう思ったのだ。


 その『問題』とは過去に何度かエリーゼが口にしていた『アーデルツ』に関する事柄だ。

 先の『約束』も『アーデルツ』の想いを踏まえた上で交わされた約束なのだ。


 『アーデルツ』という方の想いが私に息づいている――エリーゼはそう言っていた。

 子供達にも、シスター・カトリーヌにも『業』を背負わせない、それが『アーデルツ』の願いであり、私の誓約なのだと――。

 

 エリーゼが語る『アーデルツ』の『想い』と『願い』。

 レオン先生とモルティエ氏は、その事を知っているのだろうか。

 カトリーヌは思う。


 知らないのだとしたら伝えるべきか。

 或いは重要な事柄なのかも知れない。

 しかし、エリーゼはどう考えているのだろうか。

 私の口から伝えても良いのだろうか――


「――モルティエ様。宜しいでしょうか?」


 カトリーヌの逡巡を断ち切る様に、澄んだ声が流れた。

 エリーゼだった。


「なにかね、エリーゼ君」


 ヨハンは即応する。

 エリーゼは火傷痕が広がる横顔を向けたまま、口を開く。

 

「次の仕合――『強化外殻』の腕部を装備したく存じます。お願い出来ますか?」


 エリーゼの提案を確認する様に、ヨハンは繰り返す。


「腕部を? それは腕部のみという事かね?」


「左様でございます――今日の仕合で前腕を損傷しました。次戦は一週間後、完全錬成は望めません。『強化外殻』にてカバー致します。肩口から上腕、前腕までを覆う形となりましょうか」


 ヨハンは顎に手を遣り黙考し、改めて尋ねた。


「――負傷は腕だけに留まらないのだろう? 完全装備で仕合に臨むべきなんじゃ無いのか? いや、エリーゼ君の戦闘スタイルは理解しているつもりだ、しかし……」


 それはレオンも考えていた事だ。

 再錬成による完全回復は恐らく望めない。

 皮膚はともかく、筋繊維にはダメージが残ったままとなるだろう。

 リスクを最小限に抑えるなら『強化外殻』によるサポートが望ましい。

 エリーゼは言った。


「全身鎧わば受け身となる、受け身にて凌げる状況ではございません。また、重量の変化に慣れぬままの仕合となりましょう。重量が増せば『ドライツェン・エイワズ』の牽引にも、幾らかの遅延が発生する可能性もございます」


 確かに『強化外殻』の総重量は三〇キロを超える。

 モリブデン練成合金を受肉置換する事で錬成されたエリーゼの体重は八〇キロ強、全身に外殻を纏えば一一〇キロ超だ。『ドライツェン・エイワズ』の出力ならば、それでも十分に牽引可能ではあるが、大幅な重量の変化は姿勢制御の難易度を上げる事になる。

 そういった事柄をエリーゼは懸念しているのかも知れない。


「――解った。それでは肩から腕に掛けての『強化外殻』を用意しよう」


 ヨハンは頷く。

 レオンの方へ向き直り告げた。


「レオン君。今回僕がエリーゼ君の為に用意した『強化外殻』は、かつて『アーデルツ』君の為に設計した物を適切に再調整した流用品だ」


「……」


 レオンは顔を上げる。

 過去にヨハンは『衆光会』の要請を受け、『グランギニョール』に参加する『アーデルツ』のメンテナンスを担当していた。その際に『アーデルツ』は、ヨハンが錬成した『強化外殻』を装備し、仕合を行っていたのだ。

 ヨハンは続ける。


「先の仕合で『グレナディ』が君を負傷させてしまい……僕がエリーゼ君のメンテナンスを手掛けたワケだが、その際に行った音響測定で、僕は彼女の身体が『アーデルツ』君と完全に同一である――と、その様に認識している。ここに間違いは無いね?」


「――はい、仰る通りです」


 レオンは応じる。

 今まで確認せずにいたが、ヨハンならば把握済みだろうと考えていた。

 エリーゼの身体は『アーデルツ』の身体を流用している――その事について隠すつもりは無かった、『蒸気式精密差分解析機』の音響測定機能を用いて精査すれば、オートマータの内部構造は、比較的容易に把握する事が可能である為だ。


「僕が『アーデルツ』君に増設した『強化外殻』用のコネクタを、レオン君は全て皮膚下に埋めた様だが、あれをもう一度、使用出来る様に露出させて欲しい。簡単な施術で可能だと思う――どうだろう」


「解りました、その様に対応します」


 ヨハンの提案にレオンは首肯した。

 レオン自身、エリーゼに『強化外殻』の装備を勧めた事がある。

 その際、過去に増設されたコネクタの再利用を考えていた。

 ヨハンは頷き応じると、頼んだよ――そう言い残し、戸口の方へ向かう。

 ソファ脇のラックに掛けておいたジャケットに袖を通しつつ言った。


「僕は一旦、ダミアン卿の許へ戻るよ。仕合から得られる情報もあるだろうからね。ドロテアも一緒に来なさい」


 声を掛けられたドロテアは、小走りにヨハンの傍へ近づく。

 レオンは、ジャケットのボタンを留めるヨハンに謝意を伝えた。


「――ヨハンさん。これほどのご支援とご協力、心より感謝致します」


「いや、僕に感謝の言葉は不要だ」


 ヨハンは軽く首を振る。

 シャツの袖を整えると、レオンを見遣った。


「……レオン君。僕と『グレナディ』は君に重傷を負わせた――この罪はやはり重い。本来ならば、どの様に責められようと、言い訳出来ない立場だ」


「しかしヨハンさん、それは――」


 否定しようとするレオンを、ヨハンは右手で制し続けた。


「にも関わらず君は、非難の言葉を一切口にする事が無かった。エリーゼ君も同様だ。今、僕がここにいるのは、君達に対する敬意を行動で示す為だ。今後も可能な限り君達をサポートする、何がどうあろうとね。『グレナディ』もきっとそう望むだろう――行こう、ドロテア」


 ヨハンは軽く微笑み、ドロテアと共に控え室を後にした。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。


・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。


・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。

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