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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十一章 諸行無常
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第一三三話 弟御

・前回までのあらすじ

マルセルと母親との再婚を聞かされ、心苦しさを感じるイザベラ。表向きは二人を祝福するものの、内心穏やかではいられず、二人と距離を置こうとしてしまう。しかし折り悪く、二人が暮らす『ジブロール自治区』にて内戦が勃発、移動の制限がなされ会う事が出来なくなる。自身の狭量さを悟ったイザベラは二人に手紙を送るものの、その返答には母親の体調不良と妊娠が記載されていた。

 内戦状態に陥った『ジブロール自治区』への移動制限が行われ、数ヶ月が過ぎた。

 市街地や住宅街がどんな様子なのか、それを正確に伝えるニュースも無かった。

 治安維持軍による情報統制が成されている為だ。

 突如として発生した内戦に、学習院の生徒たちも関心を寄せていた。

 風光明媚な『ジブロール自治区』は、数多くの貴族達が利用する保養地として有名だ、それだけに土地の権利問題が複雑に絡み、治安維持軍の活動が阻害されているのではないか――その様な噂が、学習院内ではまことしやかに囁かれた。


 いずれにしてもイザベラに出来る事は無かった。

 すべき事も見えて来ない。 

 どうしようも無く、心が鈍く重い。

 胸の裡に抱えた、わだかまりのせいかも知れない。

 マルセルの子供を母親が身籠ったという事実に感じた、仄暗いわだかまりだ。


 もちろん母親の事は大切だ、心から心配している。

 マルセルの事だって、何も伝えなかった自分が悪いのだ。

 それでも――苦い想いを拭えない。


 母とマルセルを許そうと思った筈なのに、己の幼さを反省した筈なのに。

 心の奥底からの納得には至らない。

 そんな袋小路の状況から目を背ける様に、イザベラは勉学に励んだ。

 勉学に没頭していられる時間だけが救いだった。

 つらい状況から逃れる様、必死で勉学に縋りついた。


 季節が巡り、冬から春へと移り変わった頃。

 また、マルセルから手紙が届いた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 キミにつらい事実を伝えなければならない。

 キミの母親であるゾエが、危篤状態に陥った。

 先日、ゾエは無事に男児を出産したのだが、後に体調を崩した。

 産褥期中、容態が徐々に悪化、医師達も懸命に力を尽くしたが改善に至らなかった。

 内戦は未だ収束せず、移動も儘ならぬ為、イザベラに伝えるべきか迷ったが、ゾエの頼みを聞き入れ、キミに伝える。

 どうか心を強く持って、過ごして欲しい。

 キミの母親は、いつでもキミの幸せと健康を祈っていた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ああ……」


 信じられぬという想いがあった。

 信じたくは無かった。

 でも、これは事実なのだろう。

 こんな馬鹿な嘘を手紙にしたため、送付する理由など無い。

 出産とは錬成科学と医学が進んだ現代であっても、危険が伴うとは聞き及んでいる。

 また、母親の年齢を考慮するなら、身体的負担が大きかった可能性もある。

 ただ、それ以上に――信じられない。

 こんな事が、本当に起こってしまうだなんて。


「ママ……ママ……ごめんなさい……」


 何処かで何かを間違ってしまったのか。

 そんな間違いを犯したが為の、これは罰なのだろうか。

 机の上に突っ伏したまま、イザベラは泣いた。


 もう、母親に会う事は出来ない。

 ずっと大切に育てて貰ったのに。

 自分の我が儘で、会って話す機会を失ってしまって。

 つまらぬ事で意固地になって、会いにも行かず。

 気苦労を掛けてしまったのかも知れない。

 でも、それを謝罪する機会すらもう無い。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇


 更に数ヶ月が過ぎて夏。

 『ジブロール自治区』で発生した内戦が、沈静化しつつあるとのニュースが流れた。

 自治区内で武装蜂起を行った者達の多くが拘束され、また土地の所有権に絡む様々な問題も解決し、人々の移動制限も解除されたとの事だった。


 イザベラは帰郷を決めていた。

 母はもういない、会う事は出来ない。

 それでも帰らずにはいられない。

 葬儀にすら参加出来なかったのだ、せめて墓前で謝りたいと思っていた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇


 夏季休暇、汽車で帰郷するイザベラは、車窓から見える景色の変化に驚愕する。

 緑豊かだった『ジブロール自治区』の山間部が、無残に削り取られていたのだ。

 削られた跡には幾つものバラック小屋と、蒸気式の巨大重機が並んでいた。

 更には地下へと延びる何本ものトンネル入口が、抉られた山の中腹に口を開けている。


 それらは地下資源を採掘する為の採掘場だった。

 そうした採掘場が山間の至る所に設けられ、緑を削りつつ連なっているのだ。 

 採掘場の近隣には、巨大な精錬施設も併設されている。

 施設の煙突からは黒々とした煙が途切れる事無く、上空へと吐き出されていた。


 『ジブロール自治区』で発生した内戦のきっかけは、資源採掘反対運動の激化が原因だったとされている。

 ――が、既にこれほどの規模で、採掘作業が行われているとは思わなかった。

 空は灰色に濁り、山肌は黄土色にくすみ、線路脇の街道を巨大な運搬用車両が行き交う、そんな光景をイザベラは、暗い眼差しで眺めていた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇


 『ジブロール自治区』の中央駅に到着した。

 汽車を降りてすぐ、イザベラは周囲の様子が大きく変化している事に気づく。

 駅前を彩っていた華やかなカフェやショップの類いが、軒並み閉店しているのだ。

 修繕の為か、改築の為か、無骨な木製の足場で囲われている建造物ばかりが目につく。

 これも内戦の影響だろうか、気持ちが沈む。

 重い足取りで幾らほども歩かぬうちに、イザベラは迎えの黒い駆動車を見つけた。


「お帰りなさいませ、イザベラお嬢様」


 年老いた運転手は枯れた声でそう言いながら、慇懃に頭を垂れる。

 彼に会うのは久しぶりだ、幾分、老け込んだ様にも見える。

 イザベラは挨拶を返しつつ、車内に乗り込む。

 運転手はドアを閉めると自身も座席へ戻り、ハンドルを握る。

 駆動車は静かに走り出した。


 市街地を離れて郊外へ、しかし内戦の傷跡が、そこかしこに見て取れる。

 タール・マカダム舗装された道路の至る所が破損し、ひび割れている。

 損壊した駆動車両が乗り捨てられ、横転したままの軍用車両も放置されている。

 広大な麦畑だった土地は無残に掘り返され、大量の土砂が無造作に積み上がっていた。

 屋敷まで続く広大な森林も、至る所が切り倒され、虫食いの様に失われている。


 もはや『ジブロール自治区』の景観は、風光明媚とは言い難い。 

 それでも屋敷へと近づくにつれ、損傷の跡は薄らいで行く。

 貴族達の居住区を避けて、内戦が行われたという事だろうか。

 やがて駆動車が走りゆく先に、懐かしい屋敷の外観が見えて来る。

 同時にイザベラは気づいた。

 屋敷の周囲も街並みと同様、変化していたのだ。


 見慣れた屋敷のすぐ隣りに、兵舎と思しき真新しい家屋が建てられていた。

 ガラリアの帝国旗が掲げられており、敷地内には軍用の武装駆動車も停車している。

 内戦勃発に際し、母親のゾエに護衛がついていたという事なのだろうか。

 詳しい事情は窺い知れないが、物々しい気配を感じてしまう。

 

 程無くして屋敷の前庭へ駆動車は滑り込み、静かに停車する。

 そこには幾人かの使用人達が集い、駆動車から降りるイザベラを出迎えた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 そう言いながら歩み寄ったのは、古びたエプロンドレス姿の老婦人――使用人長だ。

 イザベラは子供の頃から彼女に、良く面倒を見て貰っていた。

 馴染み深い柔和な笑みに、イザベラも応じる。


「ただいま」 


 しかし。

 彼女以外の使用人は皆、真新しいエプロンドレス姿の、見知らぬ者達ばかりだった。

 以前この屋敷で働いていた、他の使用人達はどうしたのだろうか。

 内戦勃発に際し、街で暮らす家族と共に逃れたのかも知れない。

 もしくは――母親のゾエが亡くなり、屋敷での生活に見切りをつけたのか。


 それでもイザベラは居並ぶ使用人達に労いの言葉を掛け、今までの不在を詫びた。

 謝意を口にするイザベラに対し、使用人達は儀礼的に頭を垂れる。

 

 そんな使用人達の背後に立つのは、スーツ姿の長身痩躯――マルセルだった。

 静かな笑みと煌めくグレーの瞳。

 昔と変わらぬ優しい声が響く。


「おかえり、イザベラ」


「……ただいま、マルセル」


 イザベラは顔を上げ、微笑もうとする。

 ――が、口角が引き攣る、ぎこちの無い笑みだった。


「上がりたまえ、疲れただろう」


 マルセルは差し伸べた手で、屋敷の奥を示す。

 イザベラは短く答える。

 

「……ええ」


 マルセルから視線を逸らし、歩き出す。

 胸の奥が、どんよりと冷える。

 ここは私とママの屋敷だったのに――そんな考えが頭をもたげる。

 それは利己的な思考かも知れない、マルセルは母親と婚姻関係にあったのだ。

 つまりは家族であり、マルセルがこの屋敷で主の様に振る舞うのは自然な事だろう。


 ただ、簡単に割り切れるものでは無い。

 加えて見知らぬ使用人達ばかりという状況。

 内戦の傷跡も生々しい街の景観。

 少し、人間不信に陥っているのかも知れない。

 複雑な想いを飲み込み、イザベラは口を開いた。


「部屋で着替えて来るね。外は埃っぽかったし」


「ああ、そうしたまえ。それと……着替えを終えたら、客間に来てくれないか?」


 イザベラは頷くと自室へ向かった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 身支度を整えたイザベラは客間へと足を運ぶ。

 そこではマルセルと、使用人長である老婦人が待っていた。


「お嬢様、こちらへいらして下さい――」


 使用人長は微笑みと共にそう告げると、右手で前方を示し、歩き出す。

 その後にマルセルも続く。


「行こう、イザベラ」


 案内された先は誰も使用した事の無い、来客用の寝室だった。

 使用人長は軽くドアをノックし、声を掛けて後、入室する。


 南向きの部屋は明るく、そして暖かだった。

 家具調度品の類いはどれも簡素だったが、綺麗に手入れが成されていた。

 そして部屋の奥には小さなベッド。

 隣りには椅子が設えられており、そこには一人の女が座っていた。

 やはり新たに雇い入れた使用人だろう、豊かな体躯の年若い女性だ。


「彼女はお嬢様の、弟御の世話を担当している乳母でございます」


 使用人長がそう紹介する、乳母は目を伏せ、挨拶の言葉を口にした。

 その胸元には、柔らかそうな風合いのくるみ布団が抱かれている。


「弟……」


「――見てごらん、イザベラ」


 当惑するイザベラの隣りで、マルセルが囁く。

 イザベラはくるみ布団に顔を近づける。

 小さな赤ん坊が眠っていた。

 

「キミの弟――レオンだ」

・イザベラ=偉大な錬金術師の娘。後のベネックス所長。

・ゾエ=イザベラの母親。偉大な錬金術師。

・マルセル=錬成技師の青年。後の天才錬成技師。

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