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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十一章 諸行無常
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第一三〇話 才能

・前回までのあらすじ

ベネックス所長=イザベラの過去がどの様なものだったのか――内戦のあおりを受けて故郷を追われてガラリアに移住した幼少期、移住した先のガラリアで確固たる地位を築いたイザベラの母。そして第二の故郷となった『ジブロール自治区』にて母と共に勉学に励む中、イザベラはマルセルと出会う。

「――ボクの名は、マルセル・ランゲ・マルブランシュ。『錬成技師』だ」


 街角のカフェで出会った背の高い青年――マルセルは、そう告げた。

 引き締まった痩身に黒いフロックコートが良く似合っていた。

 艶やかなグレーの頭髪を後ろに流し、きっちりと整えてあった。

 イザベラを見つめるグレーの瞳は、子供の様にキラキラと輝いていた。


「モルティエ卿は偉大な『錬成技師』だ、でも『コッペリア』を錬成する『ピグマリオン』では無いから、一般的な認知度はそこまで高く無い。にも関わらずキミは、モルティエ卿の著書を読んでいる、その本の内容を理解し、興味を持てる者は『錬成技師』に於いて他に無い……そう思ってね、思わず声を掛けてしまったんだ」


 そこまで話したところでマルセルは、おもむろに口許へ手をやり、口を噤む。

 軽く咳払いをすると、手にしたシルクハットをクルリと回し、胸元に添えた。

 改めて口を開き、ご一緒させて頂いても? ――と、尋ねた。


 何処か惚けたコミカルな身振りに、イザベラは口許を綻ばせる。

 マルセルを見上げたまま、鷹揚に頷いてみせた。

 悪い人では無さそうだし、身のこなしや口ぶりも洗練されていると感じた。


 マルセルは眼を細めて謝意を口にし、テーブルを挟んでイザベラの向かい側に座る。

 そんなマルセルの元へ、カフェの店員が歩み寄った。

 オーダーを取るのと同時に、イザベラの様子を見に来たのだ。

 更に、カフェの脇に停められた駆動車の中から、イザベラのガードマン兼運転手が、じっとこちらの様子を伺っている。

 イザベラはカフェの店員に微笑みかけ、遠く離れた運転手にもアイコンタクトで何も問題無いと伝えた。

 マルセルは店員に人好きのする笑みを浮かべ、コーヒーを頼む。

 そして再びイザベラを見遣り、穏やかな口調で続けた。


「――そう、キミが手にしている本は、錬成科学の基礎を把握してなきゃ理解出来ない物だ、そもそもモルティエ卿が研究している『電信技術』自体、発展途上で『ガラリア・イーサ』でも、ようやく普及し始めたばかりの新システムだからね。キミは随分と博識なんだな。だけどそうか――『ジブロール自治区』には高名な『錬金術師』の『ベネックス先生』がいる。或いはキミが、彼女から何らかの教えを受けたという事なら……どうだろう? キミは『ベネックス先生』に会った事はあるのかな?」


 淀みの無いマルセルの声は、不思議な安心感を伴って響いた。

 イザベラは小さく頷くと、質問に答える。


「――私の母です、その『ベネックス先生』というのは」


「おっと……これは奇遇だ。そうか、キミは『ベネックス先生』のご息女か」


 イザベラの返答にマルセルは、満面の笑みを浮かべる。

 テーブルの上に両手を乗せ、軽く身を乗り出した。


「ボクは九年前に『ガラリア・イーサ』の『錬成機関院』で『ベネックス先生』の講義を何度も受けたんだ――画期的かつ斬新な『錬金術』の講義は、当時のボクのみならず、全ての学生を惹きつけた。以来ボクは『錬成機関院』が推奨する『錬成科学』のみに囚われる事無く、自由に発想する事を心掛けているんだ」


 マルセルは、懐から白い封筒を取り出す。

 それをイザベラに示しながら言った。


「……これはね、『エルザンヌ共和国』の研究者に書いて頂いた紹介状なんだ。『ベネックス先生』の力をお借りしたくてね、キミが先生のご息女なら話が早い。どうだろう、先生にお会いする事は可能だろうか? えーと、マドモアゼル……」


「エリザベートです。イザベラで良いわ、マルセル」


 イザベラは微笑み、そう応じた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇


 その日の午後、イザベラはマルセルを屋敷まで案内した。

 街を離れて郊外へ、森林沿いの道を黒塗りの蒸気駆動車は、ゆっくりと走る。

 バックミラー越しにマルセルを見遣る運転手の視線は鋭い。

 しかしマルセルは、そんな視線を気にする事無くイザベラに話し掛ける。

 イザベラは運転手の心配を他所に、コロコロと笑った。

 交わされたのは他愛の無い世間話だったが、マルセルの口ぶりが面白く惹き込まれる。

 歳の近い友達がいなかった事もあり、気さくな会話は新鮮だった。

 とはいえマルセルの年齢は幾つくらいなのだろう。

 自分よりも結構年上だと思う。

 母の生徒だと言っていた事を考えると、二十代半ばくらいだろうか。

 精悍で整った相貌だけれど、その眼差しは優しく、少年の様だった。

 程無くして駆動車は速度を落し始める。

 森林沿いに走り続けた駆動車は、古い石造りの邸宅――ベネックス邸に到着していた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇


「まあ……本当にマルブランシュさんだわ、お久しぶりね……」


 応接室に通されたマルセルを見て、イザベラの母親・ゾエは懐かしそうに眼を細めた。

 マルセルは姿勢を正すと礼儀正しく眼を伏せ、挨拶の言葉を口にする。


「突然の訪問、その無礼をお許しください、ベネックス先生。ご無沙汰しております、マルセル・ランゲ・マルブランシュです」


 ゾエはマルセルの傍に歩み寄る。

 軽く背伸びをして左右の頬に頬を近づけ、親愛の情を示した。


「良く覚えているわ、マルブランシュさん。飛び級で入学して、主席で卒業したんですもの。その後の噂も耳にしたわよ? 最年少で『錬成機関院』の職員になれたのに退職して、留学したんですって? せっかくエリートコースだったのに勿体無いって、みんな話していたわ」


「エリートコースですか……魅力の感じられない言葉です、ベネックス先生。それよりもボクは『錬成技師』でありたい――自由に物事を発想出来る、本物の『錬成技師』を目指したかった」


 マルセルは静かな眼差しでゾエを見下ろし、そう告げた。

 ゾエはマルセルを見上げて微笑むと、ソファに座るよう勧めた。 


「それで? わざわざ紹介状を持って会いに来てくれたそうだけれど、どんなお話かしら?」


「はい――ボクの父が生前、お世話になった人物に『シュネス伯』という方がおられました。代々続く『エルザンヌ共和国』の有力者なのですが――伯の前身は『クレオ派錬金術師』……だったと、父より聞いております」


 ソファに腰を下ろしたマルセルは、懐から封筒を取り出すとゾエに差し出した。

 ゾエは封筒を受け取ると、そこに刻まれた紋章――印章を確認する。


「これは……」


 そこに刻まれた印章は、古い『クレオ派錬金術師』が使用する紋章だった。

 この様な印章を使用する文化自体、『神聖帝国ガラリア』には存在しない。

 そしてゾエは封筒の中から便箋を抜き出す。


「ボクが留学した先は『エルザンヌ共和国』です。『錬成機関院付属学習院』で学んだ『錬金術』について、更に深く学びたいと考えました。そこでボクは、父と親交のあった『シュネス伯』のご子息に援助を頼み、某所にて『古代の錬金術』に纏わる貴重なサンプルを回収、伯の知恵もお借りして解析を試みたのです――が、満足の行く結果に、辿り着けませんでした」


 マルセルの言葉を聞きながら、ゾエは便箋に眼を通す。

 顔を上げると口を開いた。


「……つまりそのサンプルの解析を、手伝って欲しいという事かしら?」


「はい、仰る通りです。ベネックス先生。『クレオ派錬金術』の後継者として、お力添え頂けたらと。『シュネス伯』も、サンプルの解析が成される事を『クレオ派錬金術師』として、望んでおられました」


 イザベラは母親であるゾエの隣りに座り、二人のやり取りに耳を傾けている。

 真剣な眼差しのマルセルに視線を送り、そのマルセルを見つめる母親の様子を伺う。

 やがて母親――ゾエは、小さく頷いて微笑むと答えた。


「良いわ――解析を手伝いましょう」

 

 ◆ ◇ ◆ ◇


 マルセルは『ジブロール自治区』市街に宿を借り、そこで生活を始めた。

 イザベラの母親――ゾエと共に、サンプルの解析を行う為だ。

 サンプルの解析には、それなりに時間が掛かるという事なのだろう。

 以来マルセルは、定期的に母親の工房を訪ねては、共同作業を行う様になった。


 一方でイザベラの生活に、大きな変化が起こるという事は無かった。

 母親から『錬金術』について学ぶ時間も変わらず設けられ、自由時間も変わらない。

 母親のゾエも、マルセルも、イザベラに配慮しているという事なのだろう。

 そんな配慮がイザベラ的には有難く、それはマルセルに対する好意にも繋がった。

 

 イザベラは母親から『錬金術』を学ぶ傍ら、親しくなったマルセルからも『錬成科学』の基礎について学び始めた。

 それは純粋な知的好奇心からであり、マルセルに対する興味からでもあった。

 マルセルの知識は深く、解説も丁寧で解り易く、何よりその対応が優しかった。

 或いは未だ知識の浅いイザベラの未熟な質問に対しても、真摯に回答する。

 仮に誤った認識から意見の食い違いが発生しても、マルセルはその意見を正面から否定する事無く己の中で咀嚼した上で、異なる意見として正解を提示したりもする。


 母親は優しかったし、街の人々も皆、イザベラに対して優しかった。

 でも、彼らのイザベラに対する態度は、大人が子供を庇護する様な態度だ。

 安心出来るし嬉しいけれど、何となく認めて貰えていない様な、そんな気がしていた。

 だけどマルセルは違う。


 マルセルの態度は、イザベラを子供扱いする物では無かった。

 かといって無理に大人扱いして、イザベラを振り回す様な事もしない。

 マルセルはイザベラに対し、一人の研究者に相対する様、接していたのだ。

 それは母親であるゾエに対する態度と同じものだった。

 そんなマルセルの態度が、姿勢が、イザベラにはとても心地良かった。

 もし自分に『兄』がいたなら、こんな感じだったのかも知れない。

 そんな風に思う事もあった。


 その日もイザベラはマルセルを捕まえ、錬成科学に関する質問を行っていた。

 マルセルは母親・ゾエとのサンプル解析作業を終えた直後だったが、嫌な顔一つせずに対応してくれた。


「……この事象を発現させる為の『錬成概念』は、同一事象を顕現させるべく用いられた『錬金術』による記述と、共通の書式であると記されているけれど、でも実際には異なる記述が必要だと思うの。だって発現する事象に微妙な差異が生じているんですもの」


 応接室のテーブルに広げた参考書籍とノートブックを示し、イザベラは言う。

 テーブルを挟んで向かい側に座るマルセルは、相槌を打ちながら話を聞く。


「発現した事象に差異が生じたというのは、自分で検証した事なのかい? イザベラ」


「うん。『翠玉切片』に鏨で錬成概念を刻んで確認してみた。事実かどうか確かめてみないと、気になっちゃうでしょう?」


 マルセルの質問にイザベラは頷き答えた。

 次いで小さなケースに納められた『翠玉切片』を、テーブルの上に置く。

 マルセルはケースを手に取ると、懐から拡大ルーペを取り出し確認する。

 確認を終えて後、イザベラを見遣ると微笑んだ。


「――キミには才能が在るよ、イザベラ」


「才能……?」


 囁きにも似たマルセルの言葉を、イザベラは復唱する。

 マルセルはイザベラを見つめたまま続ける。


「そう、キミには『才能』が在る。錬成科学を理解する『才能』が在る、錬成技術を努力研鑽する『才能』が在る、錬成技師として生きるに足る『才能』が在る……」


「……」


 キラキラと煌めくマルセルの瞳を、イザベラは見つめ返す。

 心地良く響くマルセルの言葉を耳にしながら、イザベラはマルセルを見つめる。

 マルセルは愛おしい者を見る様に眼を細めると、静かに告げた。


「……才能在る者は、その才能に見合う『義務』を果たすべきだ。キミはその才を以て『錬成技師』を目指すべきだと、ボクは思う」

・ゾエ=イザベラの母親。偉大な錬金術師。

・イザベラ=偉大な錬金術師の娘。後のベネックス所長。

・マルセル=錬成技師の青年。後の天才錬成技師。

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