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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十章 決闘遊戯
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第一二七話 瑞夢

前回までのあらすじ

あと一歩という所までエリーゼを追い込んでいたベルベット。しかしエリーゼはそんなベルベットの隙を突き、再生が叶わぬ『エメロード・タブレット』の位置を見極め、攻撃を成功させるのだった。

 すり鉢状に積み上がる観覧席が、怒涛の大歓声に沸き返っていた。

 その激しさは質量すら帯びている様で、建造物が揺れたかと錯覚するほどだった。

 興奮に顔を火照らせた貴族達の群れは、汗に塗れながら際限無く拳を突き上げている。

 仕合の決着に際し、それが礼儀だと言わんばかりの奔放な狂騒だった。


 腹部から大量の濃縮エーテルを滴らせたベルベットは、よろよろと石床の上を歩いた。

 意思を以ての動きでは無い、惰性による移動だ。

 二歩、三歩、四歩。五歩目を踏み出したところで、ベルベットは床の上に膝を着く。

 グラディウスを携えた両腕も力無く垂れて下がり、その切っ先が石床を打つ、耳障りな金属音が弾けた。

 背を丸め、前のめりにうずくまるベルベットの足元に、じわじわと血溜まりが広がる。

 その血溜まりを、血糊に汚れた眼鏡のレンズ越しに見下ろしながら、ベルベットは息を吐いた。


「はあ……はあ……はあああ……」


 黒いワンピースドレスに包まれた肩が震えると同時に、身体の周囲に靄の如き白い蒸気が立ち込める。

 それはベルベットの胴体部に備わる『呼吸器官』から排出された蒸気だった。

 顔を伏せ、床の上で動けないベルベットの背後で、エリーゼが立ち上がる。

 エリーゼもまた血に塗れた姿だ、純白だったドレスは完全な紅色に染まっていた。


「……その技量は拙くとも『ゴーレム』故にダメージを恐れず、拙い技量故に被弾を招き、夥しく流れ出す『血』は、それ自体が策であり攻撃の手段――」


 紅い瞳でベルベットを見下ろし、エリーゼは口を開く。

 血溜まりの中で動かないベルベットは蒸気に包まれ、俯き喘いでいる。

 二人の距離は、およそ三メートルほど。


「痛覚抑制が通常対応の『グランギニョール』に於いて、あなたの『血』を用いた策は恐らく、察知する事すら難しい『猛毒』として機能していた事でしょう」


 エリーゼの声が静かに流れる中、ベルベットはゆるりと顔を上げた。

 そのまま上体を捻ると首を巡らせ、背後のエリーゼを見遣る。


「どの様な特殊技術が用いられたか……よもや『不死身』かと思わせる程の身体を錬成し、曲がりなりにも攻防一致を成立せしめ、技量を超えた『能力』にて勝負を掛けた――ですが」


「はぁ……はぁ……くはああぁ……」


 ベルベットはエリーゼを見据えたまま、流血の止まらぬ身体を震わせている。

 力を失い萎えた両脚を、無理矢理に動かそうとしているのだ。


「この世に形を成し、顕現した以上『不死身』など成立せず、また内部骨格にて駆動する『ゴーレム』であれ、人格を有する『オートマータ』なら、臓器等は不要であっても『エメロード・タブレット』は不可欠、つまり『エメロード・タブレット』を討たれたなら、その『不死身』性は瓦解する――」


「くふぅうう……うう……」


 紅色の濃縮エーテルに濡れたベルベットの両脚が、戦慄く様に蠢いている。

 石床にグラディウスを立て、それを支えに上体を起こそうとする。

 が、その動きは酷く緩慢であり、もはや戦う力が残っている様には見えない。


「上体を前傾させた攻撃偏重の強引な突撃、速攻目的にせよ、攻撃に対する反応を考慮するならやはり無防備、己が技量を推し量れぬ筈も無く、ならばそこに何らかの意図があるのでしょう、或いは急所の防御など最小限で事足りる、或いは急所が急所では無い、或いはその姿勢こそが真の防御態勢であるとするなら。そういう理由があるとするなら――」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ふらつく脚で再び石床を踏み締め、ベルベットはヨロヨロと立ち上がる。

 双剣を握る両腕は垂らしたまま、血飛沫の飛び散る蒼白の顔を上げる。

 紅色に濁ったレンズの下で、それでもベルベットの瞳は未だエリーゼを捉えていた。


「――『オートマータ』として妖魔精霊を顕現させるには『エメロード・タブレット』だけで無く『人工脳髄』も必須、つまりある程度の容積が必要、急所である頭部と胸部を避け、回避難度の高い腹部も避ける、手足などに納まる筈も無く、であれば『エメロード・タブレット』の位置は自ずと定まろうというもの」


「お……『お母さま』は……私に……『夢』の様なひと時を……与えて下さいました……」


 滔々と紡がれるエリーゼの言葉に、ベルベットの掠れた声が重なった。

 口許が、穏やかな笑みを形作る。

 紅色の血を滴らせ、背中から蒸気を溢れさせながら、ベルベットは言った。


「……こ、この『世界』は、『人』の世は……美しくて、楽しくて、なのに悲惨で……哀しくて……でも、だからこそ、愛おしいのだと、きっと『お母さま』は……そう思って……」


 ベルベットは両手に携えたグラディウスを左右に広げ、構えて見せる。

 しかし足元はぐらつき、双剣を掲げる腕も震えている。

 血の気を失った青い唇が動き、言葉を続ける。


「青く煌めく豊かな山河……辺り一面に咲き誇るタンポポの愛らしさ……兵士達は……哀しみの詩を口ずさみながら……銃を取り……それでも……だ、誰かの為に、血に塗れ……子供達の為でしょうか、奥方様の為でしょうか……思い出の為かも……こ、こんなに悲惨なのに……その想いは……い、愛おしくて……」


 ゆっくりと立ち上がるベルベットの姿を、エリーゼはじっと見つめている。

 やがて紅く染まったしなやかな腕を、躍らせ始めた。

 紅い瞳に、仄かな煌めきが宿る。


 その背後に銀色の光球がふわりと浮かび上がった。

 それは最後の一本となった、研ぎ澄まされたスローイング・ダガーだった。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇


「ベルベット……」


 バルコニーから身を乗り出し、ベネックス所長は震える声で呟く。

 その表情は動揺為か強張り、酷く青褪めていた。

 そんなベネックス所長に、背後からマルセルが声を掛ける。


「いいかね? イザベラ。差し出がましい事かも知れないが……待機スペースの『連中』に『敗北宣言』を行う様、伝えないのかね?」


 その言葉に、ベネックス所長は苦しげに答える。


「彼らは……『ベルベット』の勝利を確信して揺らが無い……そういう『者達』なんだ。でも万が一の場合、私は『ベルベット』に敗北を宣言する様、指示してある……これはトーナメントで、次に望みを託せば再起も可能だと……」


「――ボクの眼には、仕合を続行しようとしている様に見えるがね」


 そう応じたマルセルを、ベネックス所長は見遣る。

 その眼に力は無く、救いを乞う様に潤んでいた。


「そんな指示は出さない、こういう局面では敗北を宣言すべきだと伝えてある……」


 マルセルは頷く。


「――なるほど」


 黄金に煌めく左の義肢――その指先で自分の顎を、そっと撫でる。

 モノクルの下では、灰色の瞳が煌めいていた。


「彼女は立派に『オートマータ』であり『コッペリア』だったって事だ。この世に顕現し、闘争を我がモノとして捉え、錬成技師であるボクや、創造主であるキミの思惑を超えて、己が意思で刃を構えるに至ったんだ……」


 マルセルは微笑みを浮かべ、そう呟いた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇


「――敗北を宣言すべきです。逆転の目は、もうございません」


 よろめきながら立ち上がるベルベットを見据え、エリーゼは言った。

 その言葉に、ベルベットは淡く微笑み答えた。


「兵士達は……私の為に命を捧げ……私は兵士達に……ただ守られて存え……夢を見て……報いる事も出来ぬままに……」


 両手にグラディウスを握り締めたまま、腕を前後に構える。

 片脚を後方へ引き、少しずつ腰を落し、前傾姿勢を取る。

 突撃を仕掛けるつもりなのだ。


「……ならばここに報いたい……私は……か、彼らの忠節に……精強に……純粋に……値する、山河の煌めきでありたい、花の色でありたい…。微睡みにあっても、ただの一瞬たりとも、彼らを軽んじた事など無かった……この想いに殉じたい……」


 蒼白の相貌に微笑みを浮かべ、ベルベットは呟く。

 更に姿勢を低く沈める、沈み込ませて行く。


「――左様でございますか」


 エリーゼは濡れ光る瞳で、その姿を見据え、応じた。

 背筋を伸ばし起立したまま、両腕を優雅に躍らせている。

 微かな風切り音と共に、光球と化した一本のスローイング・ダガーを漂わせている。


「い、行きます……私はレギオン……『ゴブリンズ・バタリオン』が頭目……」


 力を込めて撓められた全身から、血と蒸気が吹き出す。

 血に濡れた眼鏡の下から覗く澄み切った瞳が、真っ直ぐにエリーゼを捉えている。

 

「ベルベットッ……!」


 鈍い音と共に、闘技場の床に敷き詰められた石板が、爆ぜて砕けた。

 全身が紅黒い疾風と化すほどの勢いで、ベルベットが疾駆したのだ。

 瞬く間に距離が詰まり、双剣が振るわれる。

 ――と同時に、エリーゼも左右の腕を全力にて振るった。


 瞬きの如くに薄い刹那。

 二人の交錯は、その直後に訪れた。

 放たれたスローイグ・ダガーは、鮮烈な光と化して弧を描く。

 光はそのまま、ベルベットの腹部へと吸い込まれた。


 小さな火花が散る。

 既に打ち込まれたダガーの円環部を、新たなダガーの切っ先が捉えたのだ。

 つまり、先のダガーは更に奥へと打ち込まれて。


 ベルベットの放った二筋の斬撃は、エリーゼを捉える事無く空を薙ぐ。

 石床の上を力無く弾き、ベルベットの身体もまた、崩れ落ちた。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・ベルベット=ベネックス所長所有のオートマータ。短剣を駆使する。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・ベネックス所長=レオンの古い知人であり有能な練成技師。

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