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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十章 決闘遊戯
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第一二六話 不意

前回までのあらすじ

ベルベットの返り血を浴び、徐々に動きが阻害され、追い詰められてゆくエリーゼ。そんなエリーゼを仕留めようと猛攻を仕掛けるベルベット。二人の仕合を観覧しながら勝利を確信するベネックス所長。しかし決着間近と見えた次の刹那、エリーゼはベルベットの視界から忽然と消えたのだった。

 攻めるベルベット。

 後退するエリーゼ。

 交錯の瞬間、エリーゼは床の上へ仰向けに倒れる。

 否、倒れたのでは無い。

 ワイヤー牽引の加速を用いて、自ら勢い良く床に身を投げたのだ。

 同時にエリーゼは、眼前に翳した右腕を横に振るっていた。

 傷つき血に塗れた右腕を。


 途端に血飛沫が、眼前のベルベットに向かって撒き散らされる。

 双剣を振り下ろさんとするベルベットの眼鏡――左のレンズが血糊で塞がれた。


「……っ!?」


 次の刹那、ベルベットはエリーゼの姿を見失っていた。

 いや解る、死角へと逃れたのだ。

 つまり左側へと。


 即座に首を巡らせエリーゼを探す、どうにか視界内に捉える。

 床に倒れた状態から両脚を旋回させて後転、上体を起こしていた。

 ベルベットは身を捩ると大きく踏み込み、近づこうとする。

 が、エリーゼは既に新たなワイヤーを放っていた。

 特殊ワイヤーが伸びた先はまたもや死角だ。

 エリーゼは急激に左側へ牽引され、再び消えた。


「ちぃいいいっ!!」


 全力で振り向くベルベット、しかしエリーゼの姿を追えない。

 視界の左側が、血糊の着いたレンズで死角となった弊害は大きい。

 これが単なる伊達眼鏡なら、首でも振って外せば良いだけの事だ。

 しかしベルベットの眼鏡は、眼球を保護する為のゴーグルなのだ。

 簡単には外れぬ様、固定されていた。 


 ベルベットは『ゴブリン』の魂を有するが故に『錬成ガリウム合金』を素材とした身体を用いて、自己再生が可能となった。これは圧倒的なアドバンテージだ。

 だが『ゴブリン』の魂を有するが故、戦闘技量は決して高く無い。

 また身体は自己再生するが、眼球は再生しない、構造が違うのだ。

 ベルベットの眼球は、数少ない弱点のひとつだった。

 そんな弱点である眼球を保護すべく、強化ガラスのゴーグルが用いられていた。

 この配慮が仇となったのだ。


 立ち止まったベルベットは、刃を構えたまま身体を捻る。

 エリーゼの姿を追ったのだ。

 同時に、ベルベットは甲高い風切り音を聞いた。

 直後。

 死角より飛び込んで来たスローイング・ダガーが、身体に突き刺さった。


「――っ!」


 下腹部――位置で言えばへその下であり、恥骨の上に当たる個所だ。

 そこへ深々と突き刺さっていた。

 

 人間ならば完全に動けないダメージだ。

 オートマータであっても戦闘続行不能に近い。

 しかしベルベットは違う。

 こんな物はなんのダメージでも無い。

 刃を振り被りつつ肩越しに見据えた先、エリーゼの姿を捉えた。


「っ……!?」


 それは異様な姿勢であった。

 闘技場の石床の上。

 寝そべる様に仰向けとなり、両手を左右に広げ、その手にワイヤーを絡めていた。

 両手から左右に伸びたワイヤーは、床に敷き詰められた石板の縁を捉えている。

 それら二本のワイヤーを支点にエリーゼは、血塗れの身体を強烈に捻り上げていた。

 捻りながら背面に、弓なりに、激しく仰け反っているのだ。


 ギリギリと全身を撓ませ、更には両脚も後方へと引き絞っている。

 その爪先にて捉えている物は、抜き身のロングソードだ。

 試合開始直後、最初の攻撃時に放棄したロングソードだ。


 足指にてロングソードの柄頭を捉えている。

 煌めく銀の刀身は極限まで弧を描いて撓み、力を蓄えている。

 撓むロングソードの切っ先は、床に敷かれた石板と石板の隙間にて固定されていた。


 エリーゼの紅い瞳が、ベルベットを見ている。

 ガラス玉の様に乾いた、何の感情も籠らない瞳だった。


 ベルベットはグラディウスを両手に身体を翻す。

 そのまま一気に踏み込もうとする。


 その間、コンマ一秒、あるかないか。

 その隙間に。

 エリーゼの放つロングソードが輝きを伴い、弾けて波打ち、滑り込んだ。

 全身のバネと刀身のバネを余す所無く用いた、渾身の突き――刺突だった。


「おおっ……」


 そのロングソードの煌めきを、ベルベットは認識していた。

 が、踏み込むタイミングに合わせたカウンターだ。

 回避出来ない。


 ならば踏み込めば良い。

 エリーゼの刺突を食らいながらに、振り被った刃を振り下ろせば良い。

 『ゴブリンズ・バタリオン』は『死なずの軍隊』だ。

 死を恐れず、再生を繰り返す不死身の軍隊だ。

 故に――


「うおおおおおおおっ!!」


 ベルベットは全力で踏み込む。

 同時に振り上げたグラディウスを渾身の力で振り下ろそうと。

 そんなベルベットの腹部へ、エリーゼのロングソードが真っ直ぐに突き込まれる。

 腹部へ――スローイング・ダガーが突き立ったままの箇所へ。

 小さく火花が散った。

 ロングソードの切っ先は、ベルベットに刺さったダガーの柄頭を捉えていた。


「……っ!?」


 スローイング・ダガーが、完全に押し込まれる。

 ベルベットの腹部へ。

 黒いワンピースドレスを纏った身体が、くの字に折れ曲がる。


「ああっ……あ……あ……」


 振り下ろされたグラディウスは、エリーゼを捉える事無く床を打ち、火花を散らす。

 姿勢を崩したベルベットは、よろめきながら数歩歩き、やがて膝を着いた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇


「なっ……!?」


 猫脚のソファが音を立てて軋む。

 ベネックス所長が立ち上がったのだ。

 ビロード張りの欄干に手を掛け身を乗り出すと、改めてオペラグラスを覗き込んだ。

 ワインレッドのフリルブラウスに包まれた背中へ、マルセルの声が響いた。


「――皮膚を裂かれ、肉を斬られ、腱を断たれても、自己再生し続ける『ゴーレム』。とはいえ『内部骨格』及び『エメロード・タブレット』へのダメージは如何ともし難い。そこを突かれたかな?」


「馬鹿な……『ベルベット』の『内部骨格』を……? そんな……『エメロード・タブレット』の位置を把握するなど……そんな事が……」


 オペラグラスを握る手が震える。

 信じられぬとばかりに、ベネックス所長は眼を見開いている。


「強力なコッペリアとして顕現する『精霊』の『魂』は、己が意思で刃を振るう。どの様な理由であれ、最終的には闘争を我がモノとして捉え、我々の思惑を超える。それはボクですら制御し切れるモノじゃあ無い。イザベラ……キミは錬金錬成の技に見たロマンが、現時点で既に魔法の域へ達していると、そう思っていたのかね?」


 そう言って、マルセルは笑った。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・ベルベット=ベネックス所長所有のオートマータ。短剣を駆使する。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・ベネックス所長=レオンの古い知人であり有能な練成技師。

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