表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十章 決闘遊戯
122/290

第一二一話 大罪

・前回のあらすじ

貴族達の欲求を満たすべく繰り広げられる人造乙女同士の決闘ゲーム『グランギニョール』。エリーゼとベルベットの仕合は、エリーゼ優位のまま展開してゆく。一方、介添え人として『待機スペース』にてサポートとして活動しているカトリーヌは、貴族達の歓声や歌声に嫌悪を感じつつ、それでも懸命に己の仕事をこなそうと力を尽くしていた。闘技場ではベルベットが何度目かの突撃を仕掛ける。その突撃に際しエリーゼは後方への回避を行おうとするが、唐突に牽引用のワイヤーが千切れ、ピンチに見舞われる。

 跳躍回避の為にエリーゼの身体を牽引していたワイヤーが、唐突に切れた。

 エリーゼは姿勢を崩し、石床の上に片膝を着いて落ちる。

 深手を負ったベルベットだが、このチャンスを見逃す筈も無く突撃を仕掛ける。

 瞬く間に二人の距離は詰まり、ベルベットは構えた刃を全力で振り切る。


 空間を切り裂く二筋の銀光。 

 

 ――しかし鋭い切っ先はエリーゼを捉えない。

 まさに紙一重、掠めるか掠めないか。

 ギリギリの位置を、高速の刃が薙ぎ払う。


 エリーゼの背に装備された『ドライツェン・エイワズ』。

 そこから新たに紡ぎ出されたフック付きワイヤーにて、エリーゼは再び跳躍牽引による回避を行ったのだ。


 渾身の斬撃は不発。

 真円を描く二筋の残光、次いで鮮烈な紅の色が、パッと広がる様に飛び散る。

 ベルベットの傷口から溢れ出た濃縮エーテルだ。

 瞬間、エリーゼは血飛沫が目に入らぬよう、両腕でガードする。

 視界が塞がったと見るやベルベットは、更なる追撃を加えようと足を踏み出し掛ける。

 その行方をワイヤーに繋がれたダガーが三本、上方より飛来して遮る。

 

「はぁっ……!」


 グラディウス一閃、ベルベットは三本纏めて薙ぎ払う。

 その隙にエリーゼは射程の外へと逃れた。


 低い姿勢でスライドと共に着地するエリーゼ。

 ベルベットは刃を振るった姿勢で足を止める。

 見合う二人の距離は、またもや六メートル。

 振り出しに戻った感がある。

 エリーゼはゆるりと立ち上がり、背中の『ドライツェン・エイワズ』を駆動させる。

 金属アームの内部機構を用いて、切れたワイヤーをフックごと切断、新たなフックと交換する。

 その間も両の腕はしなやかに波打ち、優雅に踊り続ける。

 先の攻防にて弾かれたダガー三本を、自身の周囲に引き戻し高速旋回、浮遊させては攻撃に備えているのだ。


 一方のベルベットは大腿部と肩に突き立つダガーを、またもや無造作に抜き取ると、投げ捨てた。

 どう見ても浅いダメージでは無い、深手だ。

 左右の肩、脇腹、左大腿部。

 痛覚は抑制出来ても、運動機能に問題が発生する可能性もある。

 何より濃縮エーテルはオートマータにとっての血液だ。

 これを大量に失う事は失血死を意味する。

 にも拘らずベルベットは、余りにもダメージに頓着が無い。

 そこに秘密があり、それ故に余裕があるという事か。


「……」


 その時。

 エリーゼは更に大きく左後方へと跳躍し、距離を取った。

 ベルベットが新たな突撃を仕掛けたわけでは無い。

 何の前触れも無く、いきなり後方へと退いたのだ。

 しかも自身の周囲に漂わせていた三本のダガーを全て放棄、同時にそのダガーを操作していたワイヤー三本も切断する。

 この行動を訝しむ者がいたかどうか。


 不意に風切り音が低く響く。

 エリーゼが腕を振るい、新たなフック付きワイヤーを遠方へと放ったのだ。

 だがこれは、ベルベットへの攻撃では無い。

 ワイヤーが伸びた先には、先の攻防にてベルベットを脇腹を刺突し、打ち捨てられたスローイング・ダガーが放置されていた。

 床に転がるダガーを手元に引き寄せたエリーゼは、差し伸べた手で受け止める。

 そのまま紅い濃縮エーテルが付着した、ダガーの切っ先を見遣った。

 次いでベルベットの返り血を点々と浴びた、自身の前腕に視線を落す。


「……」


 改めて顔を上げたエリーゼは、一〇メートルほど離れた場所に立つベルベットを見る。

 ベルベットもまたエリーゼを見つめており、口許には笑みを浮かべていた。

 鋭い牙を湛えた、剣呑な笑みだった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 闘技場・入場門脇に設けられた『待機スペース』。

 そのベンチに腰を下ろしたカトリーヌは、訝しむ様に眉を顰める。

 『蒸気式小型差分解析機』からタイプアウトされる数値に変化が見られた為だ。

 とはいえ、決して大きな変化では無い。

 が、この数値の変化は、レオンが或る種の不快感を感じている事を示している。

 カトリーヌは顔を上げ、闘技場を見つめるレオンの後姿を確認した。

 レオンは鉄柵に手を掛けたまま、身動ぎ一つせず立っている。

 様子は変わらない。

 しかしその上腕部には、痛痒にも似た症状が発生している筈だ。


「……レオン先生、問題はありませんか?」


 そう声を掛けた。

 レオンは闘技場から眼を離す事無く答える。


「ああ、大丈夫だ。問題無い」


 普段通りの声音だ、大した異変では無いという事か。

 カトリーヌは、隣りに座るドロテアに視線を送る。

 目許を黒い布で覆ったまま、俯き座るドロテアの様子にも変化は無い。

 穏やかに眠っている様にも見える。

 何か大きな問題が発生しているとは思えない。

 だけど、胸騒ぎを覚える。

 漠然とした不安を抱えたまま、カトリーヌはタイプアウトされる用紙に注視し続けた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 熱狂の坩堝と化した円形闘技場を見下ろす、観覧席最上段のバルコニー席。

 大理石の白い壁に区切られた、瀟洒な小部屋状の特別席だ。

 欄干の手摺りはビロード張りで、猫脚のソファもビロード張り。

 足元には臙脂色のカーペットが敷かれている。

 熱気渦巻く観覧席を離れ、プライベートな時間を楽しみたい貴族に人気の座席だった。

 

 そんなバルコニー席のソファに座り、ベネックス所長はオペラグラスを覗き込む。

 豊かな肢体を包むのは、ワインレッドのフリルブラウスに黒のロングスカート。

 引き締まったウェストにはボディス・コルセット。

 欄干の上にゆったりと肘を乗せ、仕合の行方を見守る姿は、何処か妖艶に思えた。

 

「ふふん……『コッペリア・エリーゼ』の様子を見るに、仕合の流れが変わったかな?」


 そう呟いたのは、ベネックス所長の傍らに立つ天才錬成技師・マルセルだ。

 長身痩躯を包むのはダークグレーのタイトなスーツ。

 白いシャツに白のクラバット、カフス・ボタンは漆黒のオニキス。

 左眼に嵌めた銀のモノクルを光らせつつ、口許には穏やかな微笑を浮かべている。


「ああ、ここからが『ベルベット』の本領発揮さ。スロースターターなのが玉に瑕だが――なに、問題無い。既に流れは掴んだ」


 銀縁眼鏡越しに、オペラグラスで闘技場を見下ろしながらベネックス所長は答える。

 艶やかな紅い唇が、優美な笑みを形作っている。

 ベルベットの勝利を疑っていない、余裕があるという事か。

 その艶やかな笑みを見遣りながら、マルセルもまた微笑みを浮かべる。

 黄金に鈍く光る左義肢の指先で、軽く顎を撫でながら愉しげに呟いた。


「しかしあれほど被弾を重ねて、ダメージを感じさせぬ挙動は不思議だね。どんな魔法を仕込んだものか、色々考えを巡らせると……想像が捗って楽しいよ」


「……ほう? マルセル君は、どんな魔法が『ベルベット』に仕込まれていると想像しているんだい?」


 ベネックス所長は顔を上げ、マルセルを見る。

 眼鏡の奥で煌めくヘーゼルカラーの瞳が美しい。

 艶やかな視線を受け止め、マルセルは頷く。


「うーん、そうだね……例えば、ここ一〇年ほどで『エーテル』に関する趣深い研究成果が『錬成機関院』にて次々と発表されている。まず『エーテルは独自の錬成概念を形成している』という学説だ。この説を基に発想を飛躍させ、エーテルが保有する錬成概念は『可能性』と『時』に対する干渉では無いかと、そんな意見が取り沙汰されている――」


「……」


 ベネックス所長の眼が、すっと細められる。

 マルセルはお道化た様に片眉を上げてみせた。


「――笑わないでくれ給えよ? グランマリーに阿る数多の『錬成技師』達だって、本気で一生懸命なんだ、イザベラ。キミら『クレオ派』の『錬金術師』達が百年以上前に通り過ぎた場所へ漸く辿り着いたのも、彼ら『グランマリー派』の『錬成技師』達が努力したからだ。もちろんボクは彼らに助言なんか与えない。ボクが『クレオ派』の秘術を知っていたとしてもね」


「……そうだったね。マルセル君は『私の母』から、幾らでも『クレオの秘術』を聞き出せる立場にいたんだった」


 吐き捨てる様に、ベネックス所長は言う。

 マルセルは肩を竦める。


「トゲのある言い方だなあ……まあ良いさ。ともかく過去四仕合の展開と、先の学説を踏まえて考察するなら、『ベルベット』に仕込まれた魔法は『エーテル』に付随する『時間』への干渉概念を流用した、ある種の『自己再生能力』なんじゃないかと、ボクは考えるね」


 そう言うとマルセルは、反応を伺う様に軽く首を傾げてみせる。

 ベネックス所長は視線を逸らすと口を開いた。


「ふん……それだけヒントがあれば、そこに辿り着くのは容易か。ま、とはいえ半分だ。いや、半分にも満たない。私の『ベルベット』は、その程度の代物じゃあ無い」


 言いながらベネックス所長は、改めてオペラグラスを構えた。

 再び闘技場を見下ろしながら呟く。


「何にせよ、ヒントを幾つも知るマルセル君だからこそ、その考えに辿り着いたのさ。だけど、あの子――レオンには無理だ。何の予備知識も無く『ベルベット』と対峙した時点で、死神に魅入られたも同然だ。あの子には私の理想の為に、ここで潰えて貰う」


「……やれやれ、イザベラはそんなにレオンの事が嫌いかい? アイツが子供の頃は、良く面倒を見てくれていたじゃないか」


 マルセルは軽く首を振りつつ、呆れた様に言う。

 ベネックス所長はオペラグラスを覗き込んだまま返答する。


「嫌いじゃ無かったさ。ずっと可愛かったよ――だけど憎しみは募るんだ。恵まれた血筋に生まれ、恵まれた環境にありながら、レオンは『義務』を果たそうとしなかった。そうだろう? 才能在る者は、その才能に見合う『義務』を果たすべきなんだろう? マルセル君」


 その言葉に、マルセルは小さく頷く。

 闘技場に視線を落し、口許に酷薄な笑みを浮かべた。


「――確かにね、その通りだ。才能在る者は『義務』を果たすべきだ。『錬成技師』を目指すべき人間が、その才能を放棄して燻るだなんて、裁かれて然るべき大罪だ。キミが『姉』として『弟』の過ちを断罪するというのなら……ボクがそれを見届けよう、イザベラ」


・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・ベルベット=ベネックス所長所有のオートマータ。短剣を駆使する。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。レオンのサポートを行う。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・ベネックス所長=レオンの古い知人であり有能な練成技師。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ