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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十章 決闘遊戯
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第一二〇話 忌避

前回までのあらすじ

距離を取って仕合を有利にすすめるエリーゼに対し、ベルベットは強引な突撃を繰り返しては被弾を重ねる。にも拘わらず、ベルベットの表情には幾らほどの焦りも感じ取る事は出来なかった。

 観覧席を埋め尽くす、享楽に蕩けた紳士淑女の笑みと、突き上がる拳。

 管弦楽団のうねる様な演奏と、腹の底を揺さぶるスチーム・オルガンの重低音。

 貴族達はシルクのシャツに汗染みを作りながら、声を張り上げ聖歌を謳う。

 眼下で繰り広げられる死闘に酔い痴れ、飛び散る紅の色にボルテージを上げる。

 仕合うコッペリアが傷つく度に、歓喜の色合いを深めて行く。


 そう、ベルベットの被弾と手傷、溢れ出す血潮に、貴族達は歓喜していた。

 闘技場を濡らす濃縮エーテルの紅に、鮮烈な血の色彩に、狂喜していた。

 大歓声が止め処も無く湧き上がるほど、興奮していた。


 その一方で貴族達は、仕合の行方を真剣に占いもしていた。

 攻めあぐねるベルベットの戦い方を、真面目に分析していた。

 短剣であるグラディウスを用いて近接戦闘を仕掛けたいベルベットに対し、ワイヤーとスローイング・ダガーを駆使して、遠距離より攪乱攻撃を狙うエリーゼの対戦だ、元より噛み合わせの悪い仕合になる事は目に見えていた。更にベルベットは、近接戦闘を好むコッペリアではあるが、決して俊敏さに特化しているわけでは無い。バランス良く調整されてはいても、身体能力に抜きん出た所の無いオートマータだ。

 故に、遠距離での戦闘を得意とするエリーゼを相手にするなら、苦戦は必至だろうと、皆が皆、その様に予想していた。


 にも拘らず、ベルベットがこのままあっさり敗北すると考える者は皆無だ。

 仕合の流れを掌握され、徹底的に追い込まれ、全身に深手を負う事になったとしても、ベルベットがこのまま惨敗するなどとは、誰も考えていない。


 何故なら過去四戦、圧倒的な逆転勝利を繰り返している為だ。

 全身を裂かれ、頭部を砕かれ、瀕死の状態に陥っても、そこから逆転して来たのだ。

 これほどの逆転が四度繰り返されたとなれば、それはもう偶然や幸運の類いではない。

 何かしらの謎が、錬成技術的な秘密が、そこに隠されていると考える方が自然だ。

 この仕合に於いても奇跡の逆転劇が成される可能性を、貴族達は考えている。

 故にベルベットが攻め手に欠き、半ば一方的とも思える展開に陥ったとしても皆、興奮し、熱狂する。

 逆転の瞬間を待ち侘び、愉しむ事が出来るからだ。


 或いは。

 或いはこのままベルベットが敗北を喫したとしても。

 それはそれで良し――その様にも考えている。

 対戦相手であるエリーゼもまた過去二戦、格上と思われた相手に勝利している為だ。

 しかもエリーゼを錬成した『ピグマリオン』は『アデプト・マルセル』のひとり息子だという。

 ならば。

 あの天才の息子ならば、ベルベットに秘められた不死身性の謎――その謎すらも覆し、討ち果たす、その可能性は十分在り得る。


 つまりは勝って良し、負けて良し。

 何れの展開に成ろうとも、愉しむ準備は出来ている。

 円形闘技場内に満ちる歪んだ愉悦に、際限など無かった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 むせ返るほどの熱気を感じている。

 額に、首筋に、汗が滲み出す。

 群れ集う貴族達の、絶叫にも等しい粗野な声援を耳にしながら。

 厳かさの欠片も無い聖歌の響きに、違和感を覚えながら。

 カトリーヌは入場門脇に設えられた『待機スペース』で、解析作業を続けていた。


 ベンチに腰を下ろし、眼前のテーブルに設置された『蒸気式小型差分解析機』から、次々とタイプアウトされる専用用紙に眼を通す。

 そこに印字された各種数値データは、ケーブルと義肢を介して得られたレオンの身体情報だ。

 レオンは今、闘技場と『待機スペース』を隔てる鉄柵の傍に立ち、エリーゼの仕合を見守っている。

 義肢に埋設した『知覚共鳴処理回路』を起動させ、エリーゼの『神経網』に掛かる負荷を、自身の『脳と神経』で処理し続けている。

 カトリーヌはそんなレオンの状態を随時チェックし、過剰な負荷の発生に対応すべく、備えているのだった。


 カトリーヌの隣りには、灰色のワンピースを纏ったドロテアが座っている。

 ドロテアは目許を黒い布で隠し、膝の上に手を乗せ、顔を伏せたまま動かない。

 その頸部には、レオンの義肢から伸びる三本のケーブルが繋がっている。

 彼女もまた、体内の感応機能を用いてレオンのサポートを行っていた。


 闘技場では戦闘が開始され、既に数分が経過している。

 今のところ、レオンに際立った変化は見られない。

 タイプアウトされる数値からも、レオンの後姿からも、問題の兆候は感じ取れない。

 エリーゼは未だ、ダメージを負っていないという事なのだろう。

 改めて出力用紙を確認しながらそう思う。


 カトリーヌは仕合が始まって以降、闘技場へ目を向けて無い。

 今朝方、ダミアン邸を出発する際、エリーゼに言われた為だ。

 凄惨な仕合を見れば迷いが生じるかも知れない。

 闘技場へ目を向ける事無く、レオン先生のサポートに集中して欲しい。

 その言葉に従ったのだ。

 エリーゼの仕合う姿を見れば、きっと不安に心が揺らぐだろう。

 万全なサポートを行う為にも、リスクを減らす為にも、見ない方が良い――そう思う。

 同時に、この残酷な決闘ゲームを喜色満面で観覧席より見下ろし、歓声を上げ続ける、貴族達の姿を見たく無かった。


 何が愉しくて彼らは、こんなモノを見ているのか。

 何が嬉しくて彼らは、人が傷つけ合う様子を眺めているのか。

 大怪我をするかも知れないのに、死んでしまうかも知れないのに、なぜ笑えるのか。


 そんなに悲惨なモノが見たいなら、そんなに酷いモノが見たいなら。

 みんな瓦礫と化した南方の街・マウラータへ行けば良い。

 あの残酷と絶望を味わえば良い。

 爆音と業火を目の当たりにして笑えるのか、試してみれば良い。


 胸の奥から湧き上がる、そんな仄暗い感情を振り払いながら。

 カトリーヌは唯ひたすら、レオンのサポートに集中していた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 ベルベットは二振りのグラディウスを垂らし、再び低い姿勢でステップを刻む。

 エリーゼを目視したまま、改めて回り込む様に動き始める。

 脇腹と両肩から溢れる濃縮エーテルが床の上を汚そうと、些かも気にする様子は無い。

 いずれの傷も浅い傷では無い、ダガーは深く突き立っていたのだ。

 戦闘用オートマータならば痛覚の遮断は行っているだろう、しかし濃縮エーテルの減少は問題となる筈だ、にも関わずベルベットに焦りの色は一切無い。

 問題など無いと――己が身体に秘められた不死身性に、絶対の自信があるという事か。


 エリーゼは変わる事無く、脚を揃えた直立の姿勢だ。

 ただ両腕のみ緩やかに躍らせ、『ドライツェン・エイワズ』より紡ぎ出されたフック付きワイヤーを、その白い指先にて操作している。

 風に靡き漂うワイヤーが、大腿部に巻きつけた革ベルトへ伸びると、更に三本のスローイング・ダガーを抜き出す。

 自身の周囲で高速旋回させては、空中に留め置いている。

 現在、エリーゼの背後に浮かぶ光球の数は五つ。

 五本のダガーが宙を舞い、ベルベットを迎撃せんと待ち構えている。


 その時、ベルベットの身体が低く沈み、流れる様に疾駆した。

 大きく弧を描く軽快なステップからの、猛烈な突進だ。

 ただ、これで三度目の突進であり、速度自体も過去二回と殆ど変わらない。

 言わば何の工夫も無い、ありきたりな突進だった。


 即座にエリーゼは左後方へ跳躍、大きく移動する――ワイヤーによる牽引だ。

 更に浮遊していた五つの光球が、五条の光線と化し、解き放たれる。

 スローイング・ダガーにて、カウンターを狙うつもりなのだ。

 ワイヤーで操作されたダガーは、不規則に波打ちつつ地を這う様に、空間にカーブを描いては左右から回り込む様に、或いは勢い良く跳ね上がり頭部を襲うという様に、五本のダガーは全て異なる方向から、悪意を秘めた意志持つ蛇の様に、微妙なタイミングのズレを伴いベルベットに殺到した。


 その剣呑な弾幕に向かってベルベットは、一切の躊躇無く踏み込んで行く。

 恐れも、警戒も、迷いも、何も無い。

 作戦や機転すら無いのではないか。

 携えたグラディウスを眼前に交差させ構えると、一気に頭から突っ込む。


 耳を劈く金属音が立て続けに響き、小さな火花が複数飛び散った。

 グラディウスが左右に閃き、飛来したスローイング・ダガーを弾いたのだ。

 ――が、濃縮エーテルの紅色も、床の上へ新たに撒き散らされる。

 左の大腿部に一本、右の肩に一本。

 鋭い刃が深々と突き刺さっていた。


「ふっ――!」


 しかしベルベットは脚を止めない。

 肩口から、脇腹から、大腿部から、濃縮エーテルを溢れさせつつ、全力で疾駆する。

 無茶な暴走を選択したか。

 否、そうでは無かった。

 このタイミングで唐突に、エリーゼが姿勢を崩した為だ。


「っ……」

 

 後方跳躍牽引の最中。

 ベルベットへの攻撃を繰り出した直後だった。

 空中にて牽引する力が不意に失われ、エリーゼは石床の上に落下し片膝を着いた。

 あろう事か『ドライツェン・エイワズ』より紡ぎ出された特殊ワイヤーが切れたのだ。


 レオンが行った事前の検査は万全であり、ワイヤーに劣化など無かった。

 エリーゼも使用時に、些かの違和感すら覚えていなかったのだ。

 にも関わらずワイヤーは切れ、エリーゼは不自然な姿勢にて着地したのだ。


 いかに手負いであっても、この隙を見逃すコッペリアなどいまい。

 ベルベットは遮二無二突っ込んで行く。

 身体から紅色の雫を派手に撒き散らしつつ、口許に凶悪な笑みを貼り付けたまま。

 両手のグラディウスを左右に大きく広げ踊り掛かると、一気に距離を詰める。

 そして射程にエリーゼを捉えるや否や、渾身の力で白刃を振るったのだった。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・ベルベット=ベネックス所長所有のオートマータ。短剣を駆使する。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。

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