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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十章 決闘遊戯
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第一一八話 速攻

『グランギニョール』の序列を再構成する『トーナメント』が遂に開始される。レオンとカトリーヌ、そしてオートマータのドロテアは、介添え人としてエリーゼをサポートすべく、闘技場の『待機スペース』に足を運ぶ。一方エリーゼは、闘技場にてトーナメント一回戦の相手『ベルベット』と対峙していた。

 貴族達がその身に纏うタキシードは、実に多彩だ。

 黒に限らず臙脂に緑、白に紫、グレーにブルー、思うが儘に着飾っている。

 婦人達の装いは、更に華やかさが増す。

 柔らかな風合いのバッスルドレスに色数の制限など無い、咲いて誇る華の様だ。

 そんな様々な色彩で溢れ返る観覧席が、歓喜と熱狂にゆらゆらと波打っている。

 演壇に立つ初老の男がコールする度に、貴族達は歓声を上げ、手を打ち鳴らす。

 これより演じられる最高の戯曲を愉しみ尽くすべく、羽目を外して狂喜する。

 その有様をカトリーヌは、待機スペース奥のベンチに座り、見上げていた。

 この国の実権を握る貴族達が享楽に耽る様を、呆然と見上げるばかりだった。


「――シスター・カトリーヌ、備えた方が良い。じきに始まる」


「は、はい!」


 傍らに立つレオンの声を聞き、カトリーヌは我に返る。

 眼前に用意された作業用テーブル、その上に設置された『蒸気式小型差分解析機』――スチーム・アナライザー・アリスを改めて確認する。

 ケーブルの接続は既に終えていた、蒸気を吐き出す差分解析機の側面部から、レオンの右腕義肢接続ソケットに向かって、赤いラインが緩やかな弧を描き繋がっている。

 更に右義肢から延びる青いケーブル三本は、カトリーヌの隣りに座るドロテアの、白い頸椎部に埋設された接続ソケットに挿入済みだった。


「ドロテア、君も準備は良いかい?」


 肩越しに問うレオンに対しドロテアは、右手の親指を立てると白い歯を見せた。

 戦闘時、エリーゼの『神経網』に掛かる莫大な負荷を、レオン自身の『脳と神経』を以て軽減する為のシステム――『知覚共鳴処理回路』。

 その稼働準備は、既に整っていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


「作法を――」


 歓声響き渡る闘技場でも、その声は涼やかに流れた。

 柔らかで穏やかな娘の声だ。

 俯いたまま上目遣いにエリーゼを見遣る、ベルベットだった。


「――作法を踏まえ、自己紹介させて頂きます。私は『ベルベット』。裡に抱えし魂の形は、憎悪と怨嗟の精霊『レギオン』。私の主・エリザベート・ピナリス・ベネックスの命により、あなたを討ち果たします」


 黒いワンピースと端正な顔立ち、黒縁眼鏡におさげ髪。

 愛らしいとも言える容姿に相応しい、涼やかで良く通る声だ。

 しかしその口角は吊り上がり、獣を思わせる鋭い牙がゾロリと覗いている。

 表情と言葉と気配に一貫性が無い、明らかに異質異様な佇まいであった。


「私はエリーゼと申します。前世は夜鳴ウグイス――『ナハティガル』。求道者を惑わせし精霊にございます」


 エリーゼも、これまで通りの口上を述べる。

 小さな身体を包むタイトな純白のドレスに、白々と輝く美貌。

 紅い瞳で真っ直ぐにベルベットを見据えている。


「――トーナメント決着のルールはみっつ! 損壊沈黙即敗北! コッペリアによる敗北宣言! ならびに介添人による敗北宣言! このみっつを以って、決着とします!」


 観覧席はオーケストラ・ピット脇の演壇に立つ、初老の男が宣言する。

 今回のトーナメント戦は『グランギニョール』の序列を再編成する為の仕合だ、決死決着が絶対の条件では無い。

 故に介添え人による敗北宣言という、新たな基準が設けられていた。


「それでは、お互いに構えて!」


 壇上の男が促す様に叫ぶ。

 同時にベルベットは、両脚を左右に開くと浅く腰を落す。

 左右に握る双剣――グラディウスを、身体の前面へ腕ごと垂らしている。

 やや俯き、黒縁眼鏡越しに見える眼は三白眼だ。

 口許に浮かぶのは獣の笑み。

 白く光る牙がギザギザと、艶やかな唇の下から覗いている。

 対するエリーゼは全くの無構え――自然体だ。

 ロングソードの鞘を両手で握り、前へ垂らしたまま足を揃えて立っている。

 が、これについて訝しがる観客はいない。

 過去二戦とも、この半ば棒立ちの状態から仕合を開始している為だ。

 この立ち姿にこそ秘密があるのだと、観客席でそう囁く貴族もいる。

 或いは油断を誘う為に、これほどの隙を見せているのだと考察する者もいる。

 事実は解らない。

 背筋を伸ばして立つエリーゼの胸中は、誰にも解らない。


 やがて観客席のざわめきが遠退いて行く。

 徐々に鎮まり、やがて静けさが広がり、沈黙が張り詰めて行く。

 その瞬間に向けて会場にいる者全てが息を殺し、目を凝らす。

 そして――


「始めぇ……っ!!」


 仕合の開始が高らかに宣言された。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 先に動いたのはベルベットだった。

 左右に握った剣を前方へ垂らしたまま、左側から回り込もうとする。

 腰を落しての足捌きは思いの外、軽快だ。

 闘技場に敷き詰められた石板の上を、黒いワンピース姿が滑る様に移動する。

 垂らされた剣の切先が、石板の上に繊細な二筋の火花を描いていた。


 対するエリーゼは動かない。

 タイトな白いドレスの裾が、微かに揺れるのみだ。

 鞘に納まったロングソード――その鞘部分を両手で握り、前に垂らしている。

 どうという構えも見せない。

 ただ紅い瞳だけが、ベルベットの動きを追っていた。


 観覧席の貴族達は、左へ回り込むベルベットの意図を予想し、愉しむ。

 エリーゼが手にしたロングソードの柄頭――これがエリーゼから見て右側、故にエリーゼの利き腕を右と考え、左側への抜剣は難しいと判断した為か。

 或いは左へ抜き放つならば、剣を持ち替える必要があるとの思惑か。

 何れにせよ行動に一手遅れが生じる、その隙を突こうという動きか。

 貴族達は様々に読み解こうとし、次の展開に心を躍らせる。


 ベルベットの行動は、凡そ貴族達の読み通りだろう。

 素早く移動し、相手の隙を伺い、一気に速攻を仕掛ける。

 それは過去四仕合ともに、ベルベットが選択した戦法だった。

 戦闘のセオリー――定石を踏まえた、理に適った動きだと言える。

 小兵であるベルベットが射程の短いグラディウスを使用するのだ、当然の選択だろう。


 ――が。

 ベルベットはこれまでの仕合、あまりにも正攻法な速攻を繰り返していた。

 回り込みつつ距離とタイミングを図り、隙を見て飛び込む――それはセオリー通りであり、教科書通りであり、しかし明確に読まれ易い速攻だ。

 事実、ベルベットは全ての仕合に於いて悉く速攻を回避され、反撃を受けるという展開を繰り返している。

 故に、定石は踏まえている、しかし何の工夫も無い――そう考える者も多い。

 或いは、杓子定規に繰り出される速攻は、ベルベットの魂である『レギオン』の特性に因るものでは――その様に考える者もいる。

 それでも四度、勝利を重ねている事実について貴族達の多くは、ベルベットの不死身性こそが強さの秘密であり、ベネックス所長の錬成技術に因るところが大きいと、その様に結論付けていた。


 ベルベットは低い姿勢のまま、迅速に移動する。

 左へ、左へ、更に左へ、軽快にステップを踏む。

 エリーゼを中心に回り込み、徐々に距離を詰めようという動きだ。

 エリーゼは脚の位置をずらし身体の向きを変え、ベルベットと対峙し続ける。


 ――と、次の瞬間。

 ベルベットは大きなストライドで、一気にエリーゼ目掛けて踏み込んだ。

 直線的かつ強烈な突撃だ。

 エリーゼとの距離が瞬く間に詰まる――かに思えた。

 しかしそうはならなかった。

 全く同じタイミングで、エリーゼも後方へと跳躍したのだ。


 いや、単なる跳躍では無かった。

 直前まで直立状態だったのだ、タイミング的に膝のバネを用いた跳躍は出来ない。

 背中に装備された蒸気駆動の特殊武装――『ドライツェン・エイワズ』を用いたのだ。

 円盤状の本体に仕込まれた八本の小型金属アーム、その一本からフック付きワイヤーを、数メートル後方へと放っていた。

 ワイヤーの先端に取り付けられた小型フックは、闘技場の床に敷き詰められた石板の隙間を捉えている、足首の反動のみで僅かに跳躍したエリーゼは、フックを支点にワイヤーにて、大きく後方へと牽引されたのだ。


 更にエリーゼは疾駆するベルベットに対し、カウンターを用意していた。

 後方牽引と同時に、携えていたロングソードを放棄、両腕を跳ね上げる。

 『ドライツェン・エイワズ』から新たに繰り出されたフック付きワイヤーを指先で操り、大腿部に巻かれたベルトから四本のスローイング・ダガーを抜き取ると、風を引き裂く勢いにて、強烈に撃ち込んだのだ。

 エリーゼの足元から四本の光条が波打ち、大きくうねりながら飛翔する。

 二本は床面スレスレを這う様に、残る二本は左右から光る弧を描き突き進む。

 狙いは、猛然と突っ込んで来るベルベットの両脚と両脇腹だ。


 交錯の刹那。

 ベルベットの両腕が閃き、左右に携えたグラディウスが全力で振るわれた。

 内から外へ火花が飛び散り、甲高い音が響く。

 スローイング・ダガーが、打ち払われた音だ。


 うち一本は、石床へと激しく叩き落されていた。

 うち二本は、あろう事か、観覧席の方へ撥ね飛ばされていた。

 フック付きワイヤーと繋がった状態で無ければ、弾かれたスローイング・ダガーは貴族達に被害を及ぼしていたかも知れない。


 そして残る一本は、ベルベットの左わき腹へ突き刺さっていた。

 防御に失敗し、弾き損ねたのだ。

 黒いワンピースドレスの腹部から、紅色の濃縮エーテルがジワリと染み出す。


「はぁーっ……」


 足を止めたベルベットは軽く息を吐きながら、わき腹のダガーへ視線を落す。

 グラディウスを握った左手の指先で摘まむと、力を込めて抜き取る。

 紅色に染まったダガーを、足元へ投げ捨てた。


 ワイヤーの牽引にて距離を取ったエリーゼは、低い姿勢で床の上に滑り込む。

 弾かれた三本のダガーを、接続されたままのワイヤーにて傍らへと引き戻す。

 エリーゼが両腕を躍らせると、ダガーは空中に留まり、高速にて旋回を開始する。

 すぐにダガーは輪郭を失い、半透明の球体と化し、エリーゼの背後に浮遊した。


 純白のドレス姿が、ゆらりと立ち上がる。

 背後に連なり浮かぶ三つの光球は、どこか不吉な鬼火を連想させる。

 その時、場違いなほどに穏やかな声が流れた。

「……次は逃しません」


 ベルベットだった。

 脇腹から溢れ出る濃縮エーテルを気にする様子も無く、再び低く身構える。

 黒縁眼鏡のレンズを光らせながら、手にしたグラディウスを握り直す。

 口角を吊り上げて微笑む口許からは、白く煌めく尖った牙。


「左様でございますか」


 エリーゼは表情を変える事無く、短く答える。

 死闘の行方は、未だ見えなかった。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・ベルベット=ベネックス所長所有のオートマータ。短剣を駆使する。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。エリーゼのサポートを行う。

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