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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十九章 櫛風沐雨
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第一一二話 概念

・前回までのあらすじ

トーナメントの組み合わせを確認すべく『喜捨投機会館』へと赴いたレオンとシャルル。そして次の対戦相手が、レオンとは旧知の仲であるベネックス所長が錬成した『ベルベット』である事を知る。『ヤドリギ園』の負債を返す事に専念したいレオンだったが、折り悪くベネックス所長と遭遇、宣戦布告とも取れる言葉を投げ掛けられる。

 エーテル式水銀灯の明かりが燈る、白くて広い部屋だった。

 高い天井も、窓の無い壁も、全て漆喰仕立ての白で、床も白いタイル敷きだ。

 汚損に際し対応する為の措置だろうが、視覚的に寒々しく感じられる。

 そこは『特別区画』内に設けられた、レオン所有の錬成工房だった。


 工房内には大小様々な錬成機器が並んでいるが、大半の機器に埃避けの白い布が被せられており、白い工房内にあっては大小様々な形状の氷塊を思わせた。

 それら白い氷塊の連なりを通り過ぎると、壁一面を埋めるほどに巨大な、鋼鉄製のオブジェを見上げる事になる。

 オブジェは白い蒸気を淡く漂わせつつ、微かな駆動音と共に稼働していた。

 『蒸気式精密差分解析機』……スチーム・アナライザー・ローカスだった。


 スチーム・アナライザー・ローカスは、重厚な金属フレームで構成されており、フレーム内部には、長さ一三〇センチ、直径五センチの金属ドラムが林立していた。金属ドラムの数は三〇〇を超え、全てに夥しい数の極小アームとギアが組み込まれ、それらギア類が互いに干渉、複雑に絡み合いつつ旋回する事で、高度な演算処理を実行し、外部よりキータイプ入力されたデータを適切に解析する――『オートマータ』の錬成及びメンテナンスには、必要不可欠な装置だった。


 スチーム・アナライザー・ローカスの傍らには、強化ガラスで造られた巨大な水槽を思わせる『錬成用生成器』が鎮座している。

 ひと一人が納まるサイズの水槽――『錬成用生成器』の内側は、透明度の高い薄紅色の希釈エーテル製剤で満たされており、そこへオートマータを浸すと、アナライザー・ローカスの音響システムと、水槽内側に刻まれた数式概念が作用、身体情報の測定や損傷個所の再錬成、及び修復が促される仕組みとなっていた。


 そんな薄紅色に染まる水槽には、エリーゼが目蓋を閉じて沈んでいる。

 白磁の様に艶やかな肌と、後頭部で束ねられたプラチナの頭髪が美しい。

 口許には酸素吸入器、身体の各所に計測用プラグを接続された状態で、静かに身を横たえている姿は、微睡んでいる様にも見える。

 そして、スチーム・アナライザー・ローカスの脇に設置されたタイピングボードの前には、施術用の白衣を纏ったレオンが座り、タイプアウトされる専用用紙に目を通している。

 明日に控えた仕合を前に、エリーゼの最終確認を行っていた。


 レオンの隣りには、同じく白衣を纏ったカトリーヌが、神妙な面持ちで木製の椅子に腰を降ろている。オルゴールの音色にも似た、スチーム・アナライザー・ローカスの微かな駆動音を聞きながら、レオンの作業を見学しているのだ。


「――エリーゼは眠っている様に見えるかも知れないけれど、覚醒状態にある。スチーム・アナライザーに、アーク管が接続されているだろう? 青く発光している、あの状態は覚醒を示しているんだ。その隣りに並ぶ二対のアーク管は点滅を繰り返しているが、あれは鼓動と呼吸に連動している。もちろん随時タイプアウトされる用紙にも記録されているけれど、あのアーク管を確認すれば、即座にリアルタイムで状況を把握出来る」


「はい……」


 落ち着いた口調でレオンは状況を説明する。

 説明に耳を傾けるカトリーヌは緊張した様子で、水槽内のエリーゼを見遣る。

 エリーゼに変化は無く、やはり眠っている様にしか見えない。


「タイピングボードの横にある管は『伝声管』だ。生成器内のエリーゼとコンタクトが取れる。エリーゼは覚醒状態だから会話出来るよ、話し掛けてごらん」


「えっ? は、はい。えっと……エリーゼ、どう? 大丈夫?」


 レオンの提案を受け、カトリーヌは口籠りつつも声を掛けてみる。

 すぐに生成器の内側から返答があった。


「はい、何も問題ございません」


 普段と変わらぬエリーゼの声が聞こえた。

 薄紅色に澄み渡る希釈エーテル製剤の中で、ゆっくりと目蓋が開かれる。

 カトリーヌは小さく右手を振って視線に応えつつ、ふと疑問を口にした。


「あの……その中で目を開けても大丈夫? 染みたりしない?」


「はい、些かも。何も問題ございません」


 再び答えるエリーゼに変化は無い。

 レオンがカトリーヌの疑問に答えた。


「希釈エーテル製剤は成分的に、濃縮エーテルを僅かに含んだ真水みたいなモノだからね。人体にもオートマータにも無害だよ。濃縮エーテルは、人間の血液とも近似している……オートマータの血液としても使用されているし」


 その言葉にカトリーヌは今一つ納得出来ないのか、僅かに首を傾げたままだ。

 再び口を開いた。


「その……いわゆる『エーテル』は、地中から採掘されますよね? 『錬成機関院』と『枢機機関院』が共同で管理、精錬していると。レオン先生が仰った成分的な話も、過去に学んではいるのですが……未だに理解出来ないんです。どうして地中から湧き出るモノが、人間の血液に近いのか。オートマータの血液として利用出来るのか。そして『蒸気機関』を始めとする、あらゆる動力に利用出来るのか……」


「うん、その疑問はもっともだね……」


 カトリーヌの疑問は、錬成技師ならば一度は感じるであろう事柄だった。

 そう、地中から採掘される近代社会にとって不可欠な液体――『エーテル』。

 この液体を簡単に説明するならば――『エーテル』とはあらゆるエネルギーの源であり、あらゆる運動エネルギーを増幅させる事が可能な、究極の要素である――その様に結論づける事が出来る。

 液状で保管、利用される事が多く、レオンの説明にあった通り、人間の血液にも近似しており、鮮やかな紅色をしている。また、人間及び動物の体内にも、生体エーテルとして僅かながら存在しており、オートマータには濃度一〇〇パーセントの濃縮エーテルが血液として用いられている。


 この辺りの知識は、錬成科学に携わる者ならば、常識として共有されている。

 しかし、カトリーヌが感じた疑問――何故、万能の要素であり、人間の血液にも近似した『エーテル』が土中から採掘されるのか――この疑問に答えられる錬成技師は、実際のところ存在しないのだ。

 太古の『錬金術師』達が『エーテル』を発見し、その活用法を編み出した、現代の錬成技師達は、その知識と技術を流用しているに過ぎない――その様に説く錬成技師もいる、そしてその説は、あながち間違いでは無い。 

 レオンはカトリーヌに対し『エーテル』に関する一般的な知識を簡潔に教示すると、更に一歩踏み込んだ話を聞かせた。


「……確かにシスター・カトリーヌの疑問通り『エーテル』には、未だ解明されていない謎が多い。とはいえ長期の研究と検証を経て、幾つかの新たな発見もあったんだ」


 そう言いながらレオンは、普段持ち歩いている鞄から一冊のノートを取り出すと、そこにスクラップされた雑誌の切り抜き記事を示した。


「これは一〇年前の記事だ。独自に『エーテル』の研究を続けていた錬成技師が、『エーテル』は攪拌や振動に拠らず、常に自ら一定の波動を発している――そんな発表を行った。この発表は注目され、多くの錬成技師も研究を行い、その結果、『エーテル』が発する波動の揺らぎは、或る種の『練成的概念』を形成しているのではという、そんな仮説が立てられるに至ったんだよ」


「そうなんですね」


 レオンは楽しげにノートの頁をめくる。

 カトリーヌは、レオンの顔とノートを交互に見遣りながら頷く。


「――錬成技師も古代数字を用いて『練成的概念』を紡ぎ出すんだが、それは一定の法則やエネルギーを所定の場所に発生させる、神学的技術体系に基づき構築された技法なんだ。例えば『意識を誘導する』『熱量を操作する』『疑似的霊魂を固着する』……という様な、様々な効果を生み出せる。対して『エーテル』は、ごく自然に『練成的概念』を波動として紡ぎ出している――と、当時の研究者達はその様に結論付け、仮説は真実であると断定したんだよ」


「……そうなんですね」


「うん、そして複数の検証結果が発表された、その中には『エーテル』が紡ぎ出す『練成的概念』とは『可能性』或いは『時に対する干渉』では無いか――そんな新説もあった。これは突飛な発想に思えるけれど、しかし生物無生物を問わず、状態を安定させ、同時に加速させ、にも拘らず劣化を遅延させ、しかもオートマータの血液として酸素や栄養素を運ぶ事すら可能という……これほど多岐に渡る、そして矛盾すら内包する作用を合理的に解釈するなら『可能性及び、時に対する干渉』という発想は、そう悪くない様に思える」


「なるほど――」


 レオンは目を輝かせながら、ノートを示しつつ続ける。

 カトリーヌは柔和な笑みと共に、レオンの横顔を見つめて頷く。


「更にもうひとつ、人体内で作用する『生体エーテル』と、オートマータ体内で作用する『濃縮エーテル』、実は『生体エーテル』も『濃縮エーテル』も体内で作用する際、その人物固有の波動を発している――という事が解って来た。つまり『エーテル』が生み出す波動で、その人物を特定出来るのでは、と――そんな風に考える事も出来る、そうだな……血液型には大きく四種類しか無いけれど、『生体エーテル』の波動は、人の数だけ存在するという……」


 そこまで話し、レオンはふと顔を上げた。

 微笑みを浮かべて、こちらを覗き込むカトリーヌと目が合う。

 レオンは罰が悪そうに苦笑し、謝罪した。


「……すまない、つい長々と話をしてしまって。僕の悪い癖だ」


「え? いえ! そんな、とても興味深いお話でしたよ?」


 カトリーヌは慌てて首を振り、弁解する様に答える。

 胸元に右手を添えると軽く呼吸を整え、俯いたまま取り繕う様に言った。


「その、えっと……私はレオン先生の助手ですから、錬成科学についての知識も深めたいですし、もっと勉強すべきだってずっと思ってて、だから先生から、色んなお話を聞かせて貰えると、凄く嬉しいんです。話が長いだなんてそんな事、思った事なくて、何時だって、もっと先生のお話を聞きたいって思ってて……」


「――ありがとう、シスター・カトリーヌ」


 カトリーヌは顔を上げる。

 口許を綻ばせたレオンと、再び目が合った。


「君がいてくれて、本当に良かった」


 カトリーヌの耳に心地良く、レオンの声が響いた。

 君がいてくれて、本当に良かった……その言葉を噛みしめて嬉しくなる。

 途端に顔が耳まで熱くなり、どんな表情をすれば良いのか解らなくなる。

 思わず咳ばらいをしながら、ぷいっと、横を向いてしまう。

 レオンの顔を、真っ直ぐに見る事が出来なくなる。

 だけど、自分からも感謝の言葉を伝えなきゃ……そう思う。


「わっ、私も、私も……レオン先生がいてくれて、本当に良かったって……思ってて、だから、その……」


 横を向いたまま、上擦った声で口籠りながらも、どうにか言葉を紡ぐ。

 胸の奥から湧き上がる気持ちを、伝えたいと思う。

 顔はまだ熱い、真っ赤になっているのかも知れない。

 こんな顔、誰にも見られたくない。

 でも、レオン先生には。

 勇気を出して、顔を上げたところで。

 『錬成用生成器』の中から、じっとこちらを見つめるエリーゼと目が合った。

 

「……」


「私の事は、お気になさらず」


 傍らの伝声管から落ち着いた声が響き、エリーゼは頷く。

 カトリーヌは両手で顔を覆うと、その場に蹲った。

・来週の更新はワクチン接種と多忙が重なった為、お休みとなります>< 

 ご容赦下さいませ……。



・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

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