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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十九章 櫛風沐雨
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第一〇九話 提案

・前回までのあらすじ

カトリーヌは『知覚共鳴処理回路』を使用するレオンのサポートを行うべく努力するが、エリーゼと体感情報を共有したレオンの苦悶する様子にショックを受ける。しかしその事をエリーゼに悟らせては負担になるだろうと、平静を保つべく努力し続けていた。その一方でエリーゼも、そんなカトリーヌに対して、自身も心苦しい想いを抱いており、本来であれば黙っているつもりだった事柄について吐露する。そしてエリーゼは自身の裡に存在する『アーデルツ』の想いに端を発するものではないかと告げる。カトリーヌはエリーゼの話を聞いた上で全てに納得し、これまで以上にしっかりとサポートする事を約束する。

 トーナメントの予選が終了し、既に四日が経過していた。

 本戦開催までの日数は、残り九日。

 その九日間をレオンは、エリーゼとの演習に費やすつもりでいた。

 義肢に内蔵された『知覚共鳴処理回路』の調整と、知覚共有時に発生する身体的負荷の耐性を、可能な限り上げる為だ。

 レオンとカトリーヌ、エリーゼの三人は、『ヤドリギ園』園長の許可を得て、当分の間、シャルルの邸宅に滞在する事を決めていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 シャルル邸の中庭を借り、レオンは演習と実験を繰り返す。

 しかしエリーゼの行う演武にレオンは、五分と耐える事が出来ない。

 『ドライツェン・エイワズ』を制御するエリーゼの『神経網』に掛かる負荷が、『知覚共鳴処理回路』を内蔵した義肢を介し、疼痛を伴う強烈な不快感となって、レオンの神経を蝕むのだ。

 簡単に克服出来るものでは無い。

 ただ『小型差分解析機』を用いた、カトリーヌによる緩和措置は有効に作用しており、高熱や嘔吐、意識の混濁、義肢の不具合といった明確な症状は、徐々に緩和されつつあった。


 とはいえ今のままでは、仕合に導入出来るとは思えない。

 エリーゼが演武を行うだけで、レオンは半ば動けなくなるのだ。

 仕合となれば、疲労と負傷が重なる筈だ。


「あと九日ある……シスター・カトリーヌの調整で、義肢に掛かる負担も、身体に掛かる負担も、大幅に軽減されている……後は僕が、この状態に慣れて、耐える事が出来れば……」


 午前中の演習を終えて中庭のベンチに腰を降ろしたレオンは、憔悴していた。

 既に『知覚共鳴処理回路』は解除されているが、状態は芳しく無い。

 背中を丸めて俯く顔色は青褪めており、掠れた声で低く呟く。 


 レオンの隣りではカトリーヌが真剣な面持ちで、膝の上に乗せた『小型差分解析機』を操作している。

 解析機側面部からは、何本もの接続ケーブルが伸びており、それらのケーブルは全て、レオンの右義肢と繋がっていた。カトリーヌは義肢を通じてレオンの神経に干渉、ダメージの沈静化と恢復に務めているのだった。


 ベンチの脇に立つシャルルは、険しい表情で二人を見下ろしている。

 時折、何か告げようと口を開き掛けるが何も言えず、再び口を噤む。

 無茶だ、止めた方が良い――そう言えずにいるのだ。

 止めたとしてどうするのか。他に方法があるのか。

 代案が無い以上、止める事など出来ず、この無茶な方法を認めざるを得ない。

 シャルルは中庭へ視線を送る。

 そこではエリーゼが、未だ黙々と演武を続けていた。


 タイトな白いドレスに包まれた小さな身体が、陽光に照らされている。

 芝生の上に逆立つ長剣の柄頭を揃えた爪先で捉え、真っ直ぐに起立している。

 恐ろしいほどに研ぎ澄まされた、信じがたいバランス感覚だ。

 更に両の腕を優雅に躍らせ広げては、羽ばたく様にうねらせる。

 その動きは、ある種の舞踊を思わせた。


 エリーゼの周囲には半透明の煌めく球体が四つ、音も無く浮遊している。

 ただ浮遊しているのでは無い、乱舞と静止を繰り返している。

 直径一〇センチほどの煌めく球体だ。

 それらは全て、空中にて高速旋回するスローイング・ダガーだ。

 エリーゼの背に装着された特殊武装『ドライツェン・エイワズ』――そこに設けられた八本の小型金属アームより紡ぎ出されるフック付きワイヤーを介し、腕と指先の動きにて、スローイング・ダガーを操作しているのだ。

 乱舞する球体の有様は、あたかも意思持つ鬼火か、小妖精の飛翔を思わせた。

 

 シャルルはエリーゼの演武から、視線を逸らす。

 胸の裡を苦いモノが伝う。

 眼前で憔悴しているレオンの姿と、エリーゼの演武を重ねて見てしまう為だ。

 エリーゼに悪意など、ある筈が無い。

 実際に命を賭して仕合い、傷を負い、血を流しているのはエリーゼだ。

 非難する事など出来ない。

 にも拘らず、黙々と演武を続けるエリーゼの姿に感情がざわめく。

 この感情のざわめきこそ、己が未熟を示すものではないかと思う。

 自身の不甲斐無さに、恥じ入るばかりだった。



「旦那様、電信が届いております――」


 その時、老齢のハウスメイドが、シャルルに声を掛けた。

 屋敷の戸口から静かに歩み寄ると、手にした電信用出力紙を差し出す。

 用紙を受け取ったシャルルは内容に目を通すと、レオンに声を掛けた。


「……レオン。『シュミット商会』のヨハンから電信があった。提案したい事があるので、話し合いの場を設けて欲しいとの事だ」


「ヨハンが?」


 ベンチに座ったまま、レオンは顔を上げる。

 シャルルは頷く。


「ああ――仕合が近いだろうから、出向いても良いと書いてある、どうする?」


「……解った、応じよう。日時の都合は合わせると返答してくれ」


 レオンはそう答えると、傍らで『小型差分解析機』の操作を続けるカトリーヌに声を掛けた。もう大丈夫だ、ありがとう――カトリーヌは微笑みで応じ、レオンの義肢に繋がるケーブルのコネクタを、ひとつずつソケットから取り外した。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 その日の午後、シャルルの邸宅にヨハンが訪れる。

 応接室にて対応するのは、レオンとシャルルの二人だ。

 大きなマホガニーのテーブルを挟み、ヨハンと向かい合っている。


「本日は突然の申し出にも関わらず、快く面会に応じて頂き、感謝する」


 濃紺のラウンジスーツを纏ったヨハンは、良く通る声でそう切り出した。

 シャルルは軽く頷き、鷹揚に対応する。


「いえ、お気になさらず。それと――」


 そこで言葉を切り、シャルルはヨハンの背後へと視線を送る。


「――後ろのお嬢さん……ドロテアさんでしたか、どうかお座り下さい。控えているのも疲れるでしょう」


 視線の向かう先――応接室の壁際に、黒いワンピースドレスを纏った娘が、静かに佇んでいた。

 短くカットされたライトブラウンの艶やかな頭髪に、端正な顔立ち。

 ただし、その目許は黒い布で覆われている。

 シャルルの言葉にヨハンは頷き、背後の娘へ肩越しに告げた。


「――ドロテア、こちらに来て、隣りに座りなさい」


 以前『シュミット商会』本部施設にて出会った事のある娘――『オートマータ』のドロテアは、嬉しそうに微笑むとシャルルに頭を下げる。

 そのままヨハンの隣りに、腰を下ろした。

 同じタイミングで応接室のドアがノックされる。

 姿を見せたのは、給仕ワゴンを押す老ハウスメイドだった。

 四人の前にティーカップが並んだところで、シャルルは質問する。


「ところで今日は、どういった御用向きでお見えになったのでしょう?」


 ヨハンは応じた。


「レオン君が開発した『知覚共鳴処理回路』についてだ。以前、僕が義肢への取り付け施術を請け負った際にも、問題点を指摘したと思う。今日はその問題の対応策を提案したいと、訪ねたんだ」


 レオンは思い出す。

 確かに以前、『知覚共鳴処理回路』の取り付け施術を行った際、ヨハンに指摘された。

 オートマータの『神経網』に掛かる負荷を、自身の脳と神経で肩代わりする『知覚共鳴処理回路』――このシステムを実行したなら、エリーゼの『神経網』はある程度保護されるだろうが、その反動でレオンの身体に、どれほどの負荷が掛かるのか想像もつかない……その様に懸念を示していた。

 そんなヨハンの懸念は、まさに的中していた。

 レオンは質問する。


「対応策の提案とは……どういった内容でしょうか?」


「彼女――ドロテアを試して欲しい。『知覚共鳴処理回路』使用時に発生する負荷を、軽減出来る筈だ。以前『グレナディ』の視覚情報を制御し、処理していた。その能力を応用する事で、エリーゼ君の神経網から発生する体感情報も、適切に変換制御出来る様、調整してある」


 ヨハンは傍らに座るドロテアへ視線を送った。

 ティーカップに口をつけていたドロテアは、名を呼ばれて顔を上げる。

 同時に口許を綻ばせると、童女の様な笑みを浮かべた。

 ヨハンは言葉を続ける。


「僕は君に大きな借りがある、エリーゼ君にもな。どうだろう、良ければ力になりたい。現在の状況について、聞かせてくれないか――」

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。


・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・ドロテア=ヨハンが錬成した、非・戦闘型のオートマータ。

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