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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十八章 死闘遊戯
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第一〇三話 覚悟

・前回までのあらすじ

ラークン伯所有のコッペリア・ナヴゥルは、バルザック辺境伯所有のコッペリア・メリッサに追い込まれる。しかしナヴゥルは全身に傷を負いながらも覚醒、とどめを刺そうと追撃するメリッサの攻撃を全て回避し、素手による攻撃で逆転勝利を納める。

 人もオートマータも『動く』為には、筋肉の伸縮が必要となる。

 筋肉の伸縮運動を司るのは、神経だ。

 神経が『エーテル粒子』を『波動』として筋肉へ伝達する。

 筋肉は『エーテル粒子』の『波動』に感応、伸縮稼動する。

 これが、人とオートマータが『動く』為の基本的な原理だ。


 『エーテル粒子』による『波動』の伝達。

 錬成医学では『エーテル・プルス』と呼称される現象だ。

 この『エーテル・プルス』を、ナヴゥルは戦闘に利用している。

 己が魂の形――精霊『ナクラビィ』の能力を活かした、特異な利用法だ。


 『ナクラビィ』は、古の水妖海魔として伝承されている。

 水辺に彷徨い出た人畜の『命の調べ』を手繰り近づき、害を成すのだという。

 ナヴゥルは『水辺にて人畜の命の調べを手繰る』という伝承を『エーテル・プルス』の感知という形で、再現していた。


 つまり自身が保有する『エーテル粒子』を、大気中に大量散布する事で――例えば空砲等を用いて、同質の粒子を闘技場内に撒き散らしたならば――ナヴゥルはその粒子が漂う空間を『海』と見立て、そこに存在する『生物』の『エーテルプルス』を『命の調べ』とし、知覚する事が出来るのだ。

 ナヴゥルはこの能力で、対戦相手の『エーテルプルス』を知覚、あらゆる行動を事前に察知し、神懸かり的な回避能力と先読みを実現していた。


 だがナヴゥルは今回の仕合、空砲による『エーテル粒子』の散布を拒否した。

 あまつさえ痛覚抑制の措置も断ったのだ。

 調整を担当する錬成技師も、主であるラークン伯も、真意を問い質した。

 ナヴゥルは答えた。

 このやり方では、エリーゼに届かぬと。


 確かに『エーテル・プルス』を利用した先読みの能力は、圧倒的だ。

 『グランギニョール』の序列一位――『オランジュ』にも通用する筈だ。

 しかし前回の仕合。

 エリーゼに仕組みを看破され、攻略されたのだ。

 今のままでは――少なくともエリーゼには勝てない。

 新たな試みが必要なのだと。


 そしてナヴゥルは打開策を考案する。

 前腕を覆う強化外殻を用いて、自身の体内から直接『エーテル粒子』を抽出、外殻より排出される蒸気に混合し、散布する事にしたのだ。

 この方法なら、より高濃度な『エーテル粒子』の散布が可能だ。

 より正確な『エーテル・プルス』の知覚を可能となる。

 その一方で、粒子を知覚出来る範囲は、極めて狭くなる。

 半径数メートルといったところか。

 この問題を解決する為にナヴゥルは、痛覚抑制措置の停止を実行する。

 それは、どの様な判断によるものか。


 エリーゼの言葉を借りるならば。

 『死地』にて『覚悟』を決める為の行為であった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 円形闘技場内に大歓声が吹き荒れていた。

 メリッサは地に伏したまま動かない。

 バルザック辺境伯サイドの介添え人達が、血相を変えて闘技場に雪崩れ込む。

 ナヴゥルは彼らに視線を送る事無く、歩き出す。

 口許には自信に満ちた、力強い笑み。

 歓声と喝采は治まらず、やがて聖歌の合唱へと移り変わって行く。


 絢爛たる混声合唱が降り注ぐ中、ナヴゥルは悠然と歩き続ける。

 そして貴族達の歌声に、鋼の得物ごと右腕を突き上げ、応じてみせた。

 改めて観覧席が、興奮と熱狂に沸き返った。


 逞しい長身を包む黒のレザースーツは、あちこちが引き裂かれている。

 腕や脚、頬に背中、全身至る所に負った裂傷から、血が滲み出している。

 仕合の最中、危うい場面が何度もあった。

 或いは以前の様に、戦えないのではと危ぶまれた瞬間もあった。


 それでも貴族達は、ナヴゥルの圧倒的な強さを讃え、高く評価していた。

 かつての完璧な仕合ぶりで無くとも、打たれ傷つき血を流そうとも。

 ナヴゥルの獰猛な本質に変わりは無い――その事を確認し、興奮していた。

 ナヴゥルの仕合ぶりに、佇まいに、貴族達は魅せられていたのだった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 仕合を終えたナヴゥルは入場門脇のゲートを潜り、闘技場を後にする。

 そのまま自陣営の待機スペースへ向かうべく、廊下を歩き始める。

 しかし程無くして廊下の奥から響く、複数の足音に気づき立ち止まった。


 ナヴゥルは淡く微笑み、目を伏せる。

 その場に片膝を着き、手にした戦斧を傍らに置く。

 空いた右手を床の上に添えると、低く頭を垂れた。


 跪くナヴゥルの元に駆けつけて来たのは、汗に塗れたラークン伯だった。

 後ろに続くのは、眼鏡を掛けた瘦せぎすの錬成技師が二人、そして黒のスーツで身を固めた警護の男たちが五名。

 皆、介添え人として、待機スペースで仕合に立ち会っていたのだ。

 警護の男達と錬成技師はともかく、ガラリアきっての大貴族であるラークン伯自らが、闘技場の待機スペースに立ち入るなど、前代未聞の出来事だった。


 本来、コッペリアを直接サポートする者以外、立ち入る事の無い場所だ。

 そこで仕合中の事故等に巻き込まれたとしても、何の保証も無い為だ。

 介添え人達は、コッペリアと共に仕合を行っているも同義である――闘技場がかつて、仇討ちの場や、決闘場として使用されていた頃よりの慣習であった。


 ラークン伯は丸々と肥え太った身体を揺すりながら、息を切らせて走り寄る。

 ナヴゥルは主に戦勝の報告を行うべく、口を開いた。


「我が主よ――怨敵、討ち果たして参り……」


 その言葉が途切れるより早く、ラークン伯はナヴゥルの前に膝を着いた。

 コートの裾とスーツの膝が石床の上で汚れるが、気にも留めない。

 額に脂汗を滲ませつつ、辛そうに眉根を寄せると、ナヴゥルを見つめる。

 たるみ切った頬と顎を震わせ、呻くように言った。


「傷は……傷は痛むか? 無理をしたのでは無いか?」


 ラークン伯は、顔を伏せたままのナヴゥルに、そっと手を伸ばす。

 そのまま、ナヴゥルの頭を自身の胸元へ抱き寄せた。

 ナヴゥルはラークン伯の腕の中、小さく呟く。


「我が主よ、その様に我を掻き抱けば、召し物が汚れように……」


「構わぬ、私の為に流れた血と汗、誰が厭うものか、厭う筈も無い」


 汗に濡れた短い黒髪を、ラークン伯は慈しむ様に撫でる。 

 警護の男達と技師達は、黙したまま背後に控える。

 が、やがて錬成技師の一人が、ラークン伯に低く声を掛ける。

 程無く、次の仕合が始まる為だ。

 ラークン伯は鷹揚に頷くと、ナヴゥルに立つよう促した。


「――そうだな、早く傷の手当をせねばならん、すぐに控室へ戻ろう。傷が痛むであろう、鎮痛の処置を取らねばな」


 戦斧を手に立ち上がったナヴゥルは、優しい眼差しでラークン伯を見下ろす。

 穏やかな口調で答えた。


「大事無い、むしろ我が主の心遣いに、痛みなど忘れてしまおうというもの」


「戯れとる場合で無いわ……」


 ナヴゥルの言葉にラークン伯は、小さく鼻を鳴らし唇を歪める。

 そして足早に歩き始めた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 控室へ戻ったナヴゥルに、差分解析機を用いた鎮痛措置が施される。

 全身に浅からぬダメージを受けたのだ、応急の処置が必要だった。

 レザースーツを脱いだナヴゥルは、全裸で簡易ベッドの上に横たわる。

 腕から濃縮エーテルの輸液を受けつつ、傷の治療を錬成技師達に任せた。

 筋肉のラインが美しく隆起するナヴゥルの肩に、腕に、腹部に、脚に、生々しい傷が幾つも刻まれている。

 傍らに立つラークン伯は、その傷を痛ましげに見つめながら、口を開いた。


「……痛覚抑制措置を施さず、仕合う意味など本当にあるのか? これほどに傷ついて……大事無いなど、その言葉が信用出来ん……」


 しわがれた声に、苦悩の色が滲む。

 ナヴゥルはラークン伯を見上げると、落ち着いた口調で応じた。


「ご案じ召さるな、我が主よ。此度の仕合にて確信を得た」


「確信?」


 不安げに眉を顰めるラークン伯に、ナヴゥルは口許を綻ばせる。

 そっと右手を差し伸べつつ、言った。

 

「先の仕合、『衆光会』のエリーゼに敗北した理由――奴と我の差よ」


「差だと?」


 錬成技師の一人がラークン伯に近づき、椅子を勧める。

 腰を下ろしたラークン伯は、差し出されたナヴゥルの手を取る。


「痛みの伴う仕合。苦痛の伴う闘争。その在り様は――やはり恐怖だった。踏み込めば斬られる、裂かれる、打たれる。加撃される事への恐れが、胸の裡に湧いた」


「……」


「斬られ、裂かれ、打たれ、痛みを覚えた。痛みは更なる加撃への恐怖を生み、恐怖は足を竦ませる。不安と焦燥の中、己が命の弦の危うさを、意識せざるを得ない」


「……」


 ラークン伯は険しい表情のまま、ナヴゥルの手を両手で包む。

 ナヴゥルは静かに続ける。

 

「そして理解した。敵の刃が、我が命の弦に届くまでの距離――その瀬戸際を」


 二人の錬成技師は、忙しなく応急処置を続ける。

 ラークン伯は口を噤んだままだ。


「瀬戸際こそが『死地』だ。『死地』に在り続ける事こそが『覚悟』だ。エリーゼは『覚悟』の意味を理解していた。我は見誤っていた。そこに差が生じた。しかし、もはや二度と見誤るまい――」


 ナヴゥルは濡れ光る紅い瞳で、ラークン伯を見つめる。

 口許に浮かぶ微笑みは美しく、そして優しい。

 ナヴゥルのしなやかな指が、そっとラークン伯の指に絡む。


「次に仕合わば我が勝つ。我が主の望みを、必ず叶えよう」


 ラークン伯は、ナヴゥルの紅い瞳を、じっと見つめる。

 黙したまま、ナヴゥルの手を握り、真っ直ぐに見つめる。

 分厚い唇が震え、開き掛けては止まる。

 垂れ下がる頬肉も、腫れぼったい瞼も、微かに震えている。

 濁った小さな眼の奥で、仄かに光が揺れる。 

 が、やがてラークン伯は、喉の奥から絞り出す様に、低く応じた。


「――期待して……おるぞ、ナヴゥル」

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。

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