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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十八章 死闘遊戯
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第一〇一話 鋼鞭

・前回のあらすじ

トーナメント予選・第三仕合。かつてエリーゼと死闘を繰り広げたナヴゥルが姿を見せる。対戦相手は大貴族・バルザック辺境伯のオートマータであるメリッサ。メリッサはナヴゥルを挑発し、手にした鋼の鞭を駆使して仕合を優位に進めようとする。

 漆黒のレザースーツを纏ったナヴゥルは、低い姿勢で戦斧を構える。

 筋肉の束が浮き上がる両腕に、前方を睨む双眸に、力が漲っている。

 ――が、その精悍な横顔には、一筋の傷が刻まれていた。

 傷口からは濃縮エーテルが染み出し、頬を伝って顎へと流れる。

 鞭による一閃を受けての傷だった。

 

 紅いドレスを身に纏うメリッサは、背筋を伸ばして不敵に微笑む。

 右手に携えた鞭を、石床の上で波打つ様に軽く躍らせている。

 鞭の長さは柄の部分も含め、およそ三・五メートル。

 金属ワイヤーを編んで仕上げた、いわば鋼の鞭だ。

 この鞭を用いてメリッサは、ナヴゥルの頬を切り裂いたのだ。


 仕合開始時、二人は六メートルほどの距離を置いて対峙していた。

 間合いの遠い鞭を用いてなお、届かぬ間合いだ。

 にも拘らずメリッサは、予備動作の無い踏み込みにて一気に距離を潰し、鞭を振るったのだ。

 それは慎重に間合いを図るナヴゥルの、機先を制する一撃となった。


「ほほっ……眼を潰すつもりでしたが、上手く避けましたね」


 唇の端を吊り上げながら、挑発する様にメリッサは囁く。

 しかしナヴゥルは応じない。

 メリッサを見据える表情も落ち着いている。

 飛び退いた位置から改めて、じりじりと左側へ回り込もうとする。

 前腕を覆う強化外殻から蒸気を漂わせつつ、機を窺う様に移動する。

 慎重な動きだ。

 その様子に、観覧席の貴族達がどよめく。

 些か慎重過ぎるのでは無いか――そういう想いがある為だ。


 これまでナヴゥルは一貫して、攻撃的なスタイルを貫いて来た。

 その上でかすり傷ひとつ負わぬ、神業の如き回避を行っていた。

 烈火の如き攻撃と、圧倒的な回避。

 成立困難な攻防の極みを、成立させていたのが、ナヴゥルというコッペリアだった。


 そのナヴゥルが今回、相手の出方を伺い、しかも早々に被弾している。

 これまでの戦闘スタイルからは、想像もつかない展開だ。

 それほどにメリッサの攻撃が、冴え渡っているという事か。

 或いは。

 エリーゼとの仕合を経て、ナヴゥルの技量に問題が生じたのか。

 つまりは弱くなったと――貴族達はその様に感じているのだ。


「……ま、遠からず、その眼は潰しますがね? ほほほ……」


 嘲笑と共にメリッサは、ゆるりと一歩、ナヴゥルの方へ足を踏み出す。

 白い爪先が、前方へ伸びる。

 初弾を受け、後方へ跳躍したナヴゥルとの距離は、五メートルほど。

 この足取りならば鞭の間合いには、まだ届かない――

 にも拘わらず。

 その一歩を以てメリッサは、鞭の間合いに飛び込んでいた。

 先ほども見せた、何の予備動作も無い『踏み込み』だった。


 直後、強烈な風切り音と共に鋼の鞭が閃く。

 うねる鞭の先端は、完全に目視の限界を超えていた。

 弾ける様にナヴゥルが地を蹴り、左サイドへ飛び退く。 

 耳を劈く炸裂音が響き、ナヴゥルの黒いスーツ――その肩口が引き千切れる。


 間髪置かずメリッサの右手が、しなる様に動く。

 その挙動は半ば霞んでいる。

 鋼の鞭は、意思を持つ蛇の如くに跳ね上がり、ナヴゥルを狙う。 

 肩に攻撃を受けたナヴゥルは姿勢を崩しており、再度跳躍する事が出来ない。

 頭から床の上へ飛び込み、転がる事で回避する。

 しかし完璧な回避とは成らず、筋肉の隆起する背に、新たな傷が刻まれた。

 

「ほほっ……死と暴虐のナクラビィ、この程度ですかっ……!」


 メリッサは嘲り、更に踏み込むと、畳み掛ける様に攻撃を重ねる。

 鋼の鞭は銀光と化し、立て続けにナヴゥルを襲う。

 複雑に波打ち、煌めき、霞む高速の軌跡は、さながら稲妻だ。

 不可視の刃と化した強烈な連撃を、ナヴゥルはそれでも回避し続ける。

 機敏に飛び退き、身を翻しては転がり逃れる。


 が、鞭による攻撃は、僅かずつ、僅かずつ、ナヴゥルの身体を刻んでゆく。

 直撃こそ避けてはいるが、躱し切れてはいない。

 黒いレザースーツのあちこちが弾けて千切れ、濃縮エーテルが飛沫く。

 ナヴゥルは後方へ跳躍しつつ戦斧を振るい、追撃の鞭を弾こうとする。

 にも拘らず鞭は鋭敏に反応、振るった戦斧の柄を伝い、迅速に這い上がる。

 その動きは生ける蛇を思わせる、それも毒を持つ蛇だ。


 次の瞬間。

 鞭の先端が閃き、戦斧を握るナヴゥルの眼を狙った。

 ナヴゥルは咄嗟に首を巡らせ、ギリギリでその攻撃を回避する。

 しかし完全な回避には至らず、再び頬を切り裂かれ、紅色の飛沫が散る。


「ちっ……!」


 ナヴゥルは微かに眉を顰め、石床を蹴る。

 大きく、左サイドへステップした。

 そして改めて、戦斧を手に低く構える。

 戦斧の柄を握る強化外殻の関節部から、仄白い蒸気が溢れ出している。


 メリッサは放った鋼の鞭を、手元へ引き戻す。

 背筋を伸ばして立つ妖艶な姿に、変化は無い。

 イブニングドレスと同色の、紅い唇を歪めて嘲笑った。


「……どういうおつもりか知りませんが――」


 言いながら、手にした鞭を足元へ垂らす。

 床の上に伸びた鞭は脈打つ様にうねりながら、メリッサの周囲に広がる。


「――痛覚を抑制されていないのですね?」


 ナヴゥルはメリッサの言葉に答えず、じりじりと回り込む様に移動する。

 身に纏う黒いレザースーツのあちこちが、無残に切り裂かれている。

 裂けた箇所からは引き攣れた傷口と、滲み出す濃縮エーテルが見えている。

 前腕部を覆う強化外殻から溢れる蒸気は、ダメージによる流血を思わせる。


 メリッサの言葉通り、ナヴゥルが痛覚抑制措置を解除しているのだとしたら。

 全身を激痛で苛まれていても、おかしく無い。


「そういった趣味をラークン伯はお持ちなのかしら? でなければ、闘技場で痛覚を抑制しない理由なんてありませんもの。それとも痛みに苦しむ姿を主に敢えて晒し、情けを乞うて早々に仕合を放棄しようと?」


 嘲りの言葉を口にしながらメリッサは、移動するナヴゥルを眼で追う。

 ナヴゥルは一定の距離を保ったまま、左へ、左へと、回り込む。

 挙動の読みにくい鞭による攻撃を警戒しているのか。


 本当に痛覚を遮断していないならば、慎重になって当然だろう。

 しかしそんな事をする必要があるのか。

 結果、消極的な戦闘になるなら、本末転倒に過ぎるのではないか。


 観覧席より闘技場を見下ろす貴族達は、ナヴゥルの消極姿勢にどよめく。

 やはりエリーゼとの一戦が原因か。

 敗北を経て、歯車が狂ったのか。


 思えば仕合開始直前の、空砲を用いたセレモニーも無かった。

 爆音と共に姿を現し、観覧席に向かって己が聖戦をアピールする。

 己が力を誇示し、絶対の回避を披露し、絶対的な決死決着へと雪崩れ込む。

 それがナヴゥルの仕合であった筈だ。

 自己を顕示する事を止めたのか。意識に変化があったのか。

 いずれにしても、過去に一度も見せた事の無い姿だった。


「――痛みに怯えて逃げ惑い、自ら間合いに踏み込む事すら出来ない。死と暴虐のナクラビィがこの程度だったとは。興も醒めるというものですわね」


 メリッサは唇の端を吊り上げたまま、右手の鞭を勢い良く振るった。

 耳を劈く風切り音、そして炸裂音。

 足元の石床を、鞭の先端が強かに打ったのだ。

 その僅か一撃で、床に敷き詰められた石板の一枚が、砕けて散った。

 巨大なハンマーで打ち据えたかの様な、重い打撃だ。

 粉塵が立ち昇る中、メリッサが嘲る様に言った。


「ならば私が臆病な贄を打擲する事で、興の乗った娯楽としましょう。せいぜい無様に逃げ惑えば良い……伝承にあるナクラビィに倣い、全身の皮膚を、ひん剥いで差し上げましょうかね? ほほほっ……」

◆登場人物紹介

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・メリッサ=バルザック伯が所有するオートマータ。非常に強力。

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