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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十八章 死闘遊戯
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第一〇〇話 挑発

・前回までのあらすじ

コッペリア・クロエとの仕合に勝利したベルベットは、しかしかなりのダメージを負ってしまう。ベルベットの主であるベネックス所長は、その事をマルセルに指摘されるものの気にした風も無く、賭けの成立に喜んで見せる。

 円形闘技場内は熱気に包まれ、狂乱の坩堝そのものと化していた。

 仰天の逆転劇にて『コッペリア・ベルベット』が勝利を収めた第二仕合。

 その興奮も冷めやらぬ中、次戦が執り行われようとしていた。


 トーナメント予選・第三仕合。

 入場門・西側。

 ラークン伯爵所有、暫定序列十一位『コッペリア・ナヴゥル』。

 入場門・東側。

 バルザック辺境伯所有、暫定序列六位『コッペリア・メリッサ』。


 失う事を恐れよ! 途切れる事を恐れよ!

 立ち上がりて刮目せよ! 死を司る精霊を迎えよ! 

 見よ! かの者を見よ! 死を司りし戦乙女の姿を見よ!

 死に際を朱に彩りし戦慄の戦乙女! その勇姿を拝め!


 喜色満面に拳を突き上げる貴族達が、声を枯らして聖歌を謳う。

 激闘に華を添えようと、根限りに絶叫しては闘技場内の空気を掻き回す。


 西側の入場門より姿を見せたコッペリアは、屈強かつ優美であった。

 短くカットされた黒い頭髪に、ルビーを思わせる紅い瞳。

 研磨された刀剣の如くに、精悍な美貌。

 ラークン伯爵が所有する『コッペリア・ナヴゥル』だった。


 一九〇センチに届く長身は、漆黒のレザースーツに包まれていた。

 露出した肩の筋肉は、鋼のワイヤーを束ねたかの様に、力強く隆起していた。

 スーツ越しに見える腹筋も、背筋も、脚部の筋肉も、見事に張り詰めている。

 にも関わらず身体のラインは、しなやかなS字を形作るほどに豊かだ。

 その佇まいは、妖艶さと獰猛さを兼ね備えた、猫科の大型肉食獣を思わせた。


 左右の前腕部を指先まで覆うのは、金属製の強化外殻だ。

 各関節部が淡く発光し、仄白い蒸気をゆらりと立ち昇らせている。

 右手に携えた得物は、巨大な戦斧――ハルバード。

 長さは二・五メートル、重さは三〇キロを超えているだろう。

 先端から柄尻まで全てが鋼鉄製の、人間では扱えぬ武装だ。

 悠然と歩くナヴゥルは、やがて闘技場の中央で足を止める。

 そのまま手にしたハルバードの柄尻を、石床に突き立てた。


 鈍い金属音が響くと同時に、東側の入場門が開かれる。

 姿を現したのは、オフショルダーの紅いイブニングドレスを纏った美麗な娘。

 バルザック辺境伯が所有する『コッペリア・メリッサ』だった。


 長い睫毛に縁取られた切れ長の眼、煌めく瞳はサファイアの藍。

 真っ直ぐに通った高い鼻梁、笑みを形作る紅い唇。

 ブロンドのロングヘアは形良く結い上げられ、白い背中が美しい。

 小さなトーク帽はドレスと同色で、白いダリアがあしらわれている。

 黒いリボンが揺れる胸元はふくよかで、ウエストは細く括れている。

 スリット入りのロングスカートからは、白くしなやかな脚が垣間見える。

 足は素足だ、形の良い足の指先が見えていた。


 およそ戦いの場にそぐわぬ風情だが、その手には得物が携えられている。

 メリッサの手に握られているのは、ゆったりと束ねられた鞭だった。

 それもただの鞭では無い。金属ワイヤーで編まれた鞭だ。

 この鞭を用いてメリッサは、過去に数多のコッペリアを葬っている。

 序列六位の実力に、一切の偽りは無い。


 闘技場中央まで歩み出たメリッサは、ナヴゥルを正面に見据えて立ち止まる。

 二人の間は、距離にして六メートルほどか。

 観覧席に設けられた演壇の前に立つスーツ姿の男が、伝声管に向かって叫ぶ。

 これより第三仕合を執り行いますっ――改めて貴族達の歓声が湧き上がる。


 西方門よりいでし戦乙女『コッペリア・ナヴゥル』、その魂は死と暴虐を司る悪意の精霊『ナクラビィ』――男はそう絶叫した。


 東方門よりいでし戦乙女『コッペリア・メリッサ』、その魂は死を告知する一見必殺の精霊『デュラハン』―― 腕を振るった男は、そう続けた。


 鋼の鞭を携えたメリッサは、微笑みながらナヴゥルを見遣る。

 紅いイブニングドレスを揺らし、ゆっくりと首を振りながら言った。


「――『衆光会』の愛玩人形に惨敗し、決死決着の則をねじ曲げて生き恥を晒す貴方と、闘技場でまみえようとは。ほほ……貴方の主は随分と『グランギニョール』の栄誉を軽んじておられるのですね?」


 それは大貴族・ラークン伯爵に対する、明確な侮辱だった。

 この発言を傍で聴く者が他にいたならば、きっと卒倒しただろう。

 貴族社会に於いて、ラークン伯爵の絶大な権力と、強烈な気質を知らぬ者などいない。

 多くの貴族たちが、大貴族であるラークン伯を恐れているのだ。


「貴方の主……そうそう、ラークン伯でしたわね? 美食飽食がご趣味だとか。趣味が高じて随分と貫禄に満ちた、ご立派なお姿だったと記憶しております、似合うスーツを探すのにも一苦労しそうなほどに、ほほほ……」


 にも拘わらずメリッサは、平然と暴言を吐き続ける。

 しかし彼女の主を知る者ならば、この言葉にも納得するだろう。

 『バルザック辺境伯』という後ろ盾があるならば――そう頷く筈だ。


 メリッサの主――バルザック辺境伯。

 神聖帝国ガラリアと、ウェルバーグ公国との国境付近に広大な自治領を有する大貴族であり、その家名は古のゲヌキス氏族であるラークン伯にも劣らない。

 また、バルザック辺境伯とラークン伯は、予てより陸運事業の利権を巡って激しく対立している事も、ガラリアの貴族間では有名な話だ。

 政治力を駆使し、財力を駆使し、互いに互いの事業を妨害し合う、憎悪を以て反発し合う関係だった。

 そういった事情を知っているのか、メリッサは悪し様にラークン伯を罵る。


「己が噂すら気にならぬ、それほどに鷹揚なお方だからこそ『グランギニョール』のしきたりにも、まったく頓着が無いと、そういう事なのでしょうね」


 しかしナヴゥルは、顔色ひとつ変える事は無かった。

 メリッサを真っ直ぐに見据えたまま、口を開く。


「――幾許も無く貴様は死ぬる故、せいぜい戯れよ」


 低く掠れた、凄みのある声だった。

 しかしメリッサは些かも動じ無い。

 ナヴゥルの紅い眼差しを正面から受け止め、白い歯を見せて嗤う。


「ほほほ……出来もしない大言壮語は聞き苦しい、聞き苦しい、薄汚い『ナックラビィ』ならではの、つまらぬブラフ――…」


 右手に握られていた鋼の鞭が、だらりと解けて床にわだかまった。

 直後、メリッサが軽く手首を返すと、風を裂く音が、次いで炸裂音が弾ける。

 ごく僅かな一挙動で、鞭の先端が音速を超えたのだ。

 気づけばメリッサの周囲を取り囲む様に、鞭は石床の上で弧を描いていた。


「――身の程を教えて差し上げます。貴方にも、貴方の飼い主にも」


 メリッサの美しい双眸が、すっと細くなる。

 唇の笑みは消えない。

 演壇前に立つ男が宣言する。


「それでは、お互いに構えて!」


 紅いイブニングドレスの裾が揺らめき、メリッサは僅かに右足を後方へ引く。

 ほぼ直立に等しい構えだが、それは鞭という得物の特性ゆえか。

 ナヴゥルは傍らに突き立てたハルバード――戦斧を、改めて両手に保持する。

 両脚を広げては膝に溜めを作り、腰を低く落して身構える。


 観覧席に居並ぶ貴族達は、息を殺して行方を見守る。

 激突の瞬間を見逃すまいと、瞬きすら止め注視する。

 やがて――


「始めぇ……っ!!」


 仕合の開始が高らかに宣言された。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 先に動きを見せたのは、ナヴゥルだった。

 が、一気呵成に攻める様な事はせず、ゆっくりと左サイドへ回り始める。

 過去に一度も見せた事の無い、静かな立ち上がりだった。

 戦斧を低く構え、前腕部を覆う強化外殻から蒸気を立ち昇らせつつ移動する。


 対するメリッサは左脚を軸に、身体の向きだけを僅かに変えて応じる。

 こちらも攻め急ぐ素振りを見せない。

 鞭を握る右手も垂らしたままだ。


 ――と、次の刹那。

 メリッサは前方へ二メートルほど、一気に距離を詰めていた。

 観覧席からどよめきが起こる。

 誰一人として、加速の瞬間を捉える事が出来無かった為だ。

 溜めや踏み込みといった予備動作が、一切存在しない動きだった。


 同時に鮮烈な風切り音が響き、炸裂音が轟く。

 弾ける様にナヴゥルが後方へと、飛び退る。

 ――が、回避は叶わなかった。

 ナヴゥルの左頬に紅い傷が一筋、細く長く伸びている。

 やがてそこから、じわりと濃縮エーテルが滲み始めた。

◆登場人物紹介

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・メリッサ=バルザック伯が所有するオートマータ。非常に強力。

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