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AMADEUS  作者: 水月
~第一章~ 那由多の宇宙(そら)
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第1話 004

 世界が凍り付いた気がした。もう、自分でも何を言っているのかわからない。

 だが、なつめやなゆたとは違って、生徒会の反応はなんというか、少し虚を突かれたよう反応だった。これは何かある……。そう確信した俺だが言葉を間違えれば、未知数の鬼とワイワイ楽しく校舎内鬼ごっこをするはめになる。それだけは回避したいところだ。


 「まさか、ロッカーに隠している例のブツがバレたのでは?」

 「そんな馬鹿なことがあるか。あれの存在はごく少数の男子と新聞部の連中だけだ」


 ひそひそと話しているつもりなのだろうが、話の内容が筒抜けだった。

 ロッカー?

 例のブツ?

 新聞部?

 まさかアニメやゲームじゃあるまいしと、そうと思いながらも、結局はそれしかないだろうという決断に至る。当たればそれを餌に交渉が可能だ。しかし、外れれば待っているのは楽しい楽しい鬼ごっこ。


 「……写真」


 ギリギリまで濁しながら俺はそう呟いた。それを聞いた生徒会の顔がまるで岩石のように硬直する。どうやら俺の予想は無事に的中したようだ。あとはこれを餌に……。


 「誰の写真が望みだ」

 「は?」

 「言っておくが、副会長は品切れだからな」

 「え、ちょ……」


 どうやらブツというのは俺の想像以上だった。まさかここの生徒の写真とは……おまけに、陰からは二人の白い目が背中に突き刺さる。


 「警告する。その場所はあと数日で先生の手によって発見される。バレたくなければ今すぐ隠し場所を変えることだな」


 その一言で生徒会の顔つきが変わった。敵意をむき出しにしていた表情が一転、まるで仲間を見るような態度に打って変わっていた。


 「なるほど。警告感謝する」


 眼鏡をクイっとすると、生徒会の一人が身を翻し続けた。


 「よし、今すぐ隠し場所を変えるぞ!!」

 「ちょっと待ちたまえ」

 「はい、何でしょうか」


 さっきまでの関係は何だったのか。もはや、敬語を使われている。何か俺の描いていたシナリオからはだいぶ脱線しているが、一生徒として、一男子としてこれだけは言っておかなければならない。


 「そんな物は捨てろ。その写真に写る人は心の底から笑っているか? 写真は出会いや思い出を残すもの。君たちが持っているものは思い出でも何でもない。罪だ」

 「そう……ですね。自分たちでその人と写真を撮れるようにならないとですね。分かりました。写真は一枚残らず破棄します。だからどうか……」

 「ああ、男子なら魔が差すことは多々ある。一枚残らず破棄することを条件に黙っていてやる――さあ、走れ!!」

 「カボチャの兄貴、この恩は一生忘れません。ほら、いくぞ」

 「は、はい!!」


 男子生徒二人は遠く彼方へと走り去っていった。この場を切り抜けただけでなく、男子生徒を改心させ、さらには見たこともない写真を破棄させることに成功。大手柄と言っても誰も異論はないだろう。

 俺は、頭のパンプキンヘッドを取ると彼らの走り去った方へゆっくりと、深く、敬礼をした。


 「ぅぐ……」


 突如、俺の横腹に手刀が突き刺さる。絶妙な手捌きで骨と骨の間に指を抉りこませるのはなつめ以外考えられなかった。


 「あんたねえ、女子がいる前でえげつないこと話させるんじゃないわよ。これだから男子は……」


 なつめはそう吐き捨てると、足早にその場を去っていった。無事に内履きを入手した俺達は、改めて旧校舎へと足を踏み入れる。最初のうちは部活を終えた生徒達の声が木霊していたが、奥に進むに連れて空気が徐々に冷え込み、俺達が床を踏む音だけが虚しく響いていた。

 普段の生活で見慣れない景色が次々に網膜に張りつく。それと同時に何か嫌な感じが不安を煽っていた。体現のしようがないそれは、図書室に近づくに連れて勢いを増している。


 「ここが図書室みたいだな」

 「ほほう、なかなか雰囲気が出てますな」


 なつめは顎に指を添えて、まるでお宝を鑑定するように図書室の入り口を見つめる。図書室は日当たりこそ悪いが、特に壊れた様子もなく至って平凡に見える。しかし、それがかえって俺達にちょっとした恐怖を植え付けていた。


 「なんかちょっと怖いね」


 少し遅れてなゆたもこの図書室のから溢れる違和感に気づいたようだ。


 「さあ、それじゃ図書室に入ろっか」


 なつめが図書室の扉をゆっくりと開ける。

 扉を開けると、想像していたものとは少し違った光景が広がっていた。俺のイメージだと旧校舎の図書室といえば、アニメや漫画に出てくるように本棚やテーブルが壊れていたり、本が散乱していたり、もっと荒廃している図書室を想像していた。しかし、目の前にあったのは、どこにでもあるような新鮮味に欠ける図書室だった。多少埃こそ被っているものの、本は隅まで綺麗に整頓されており、閑散とした図書室が俺達を迎えてくれた。


 「綺麗に整頓されてるみたいだね」

 「まるで、つい最近まで誰かが手入れをしていたような」

 「確かに、そこまで埃っぽくないものね」


 すぐそばにある本を借りるカウンターのテーブルの表面を人差し指でゆっくりと撫でると、うっすらと埃が指に付着している。古い年月利用していない場所にしては明らかに埃が少ないのは明白。つい最近まで誰かがこの場所を使用していたのはまず間違いない。


 「もうちょっと進んでみようよ」


 なつめは退屈そうに体を伸ばした後、眠たそうにあくびをした。そのまま奥へと進んでいくなつめ。他に変わったところがないかなつめの後を追うように奥に進んでいくと、背後から何かが落ちる音が聞こえてきた。咄嗟に振り返えると、一冊の本が周囲に溶け込めずまるで仲間外れにされたように呆然と横たわっていた。これが噂の怪奇現象なのだろうか。本棚には目の前に落ちているその本があったであろう、なければいけない場所がポツンと寂し気に空いていた。


 「落ちた……よね?」

 「ま、まさか冗談でしょ」

 「………………」


 俺はあまりの怖さに慄くなゆたに声をかけてやることもできなかった。なつめも今起きたことを受け止め切れていなかった。きっとこれが噂になっていた怪奇現象なのだろう。俺達が通る時に落ちそうな本なんてものは一冊も無かったはずだ。俺達が落ちたその本にゆっくりと近づくと、まるで呼応するように次々と本棚の本が崩れ落ち始めた。さらに、その本は隠し持っていた牙を剥き出しにして襲うように、空中を舞いながら俺達を目掛けて飛んできた。


 「――逃げるぞ!!」


 俺達は身の危険を察して来た道を全力疾走する。本が乱れ舞いながらも、俺が先頭に立ってなゆたとなつめが怪我をしないように突貫して道を開ける。だが、闇雲に突っ込んだのが裏目に出たのか、俺は足に何かを引っかけ転んでしまった。


 「いってぇ……」

 「智也!!」


 本は俺達を取り囲むように重なり合いながら、壁を形成して俺達の行く先を阻んだ。起き上がろうとした瞬間、右手に何かが触れている感触があった。それを掴んで何なのかを確認する。

 ――(ほうき)

 近くには俺が踏んで(つまず)いたであろう金属製のちりとりがあった。箒を使えば本を打ち落とせると考えた俺は、体を起き上がらせて箒を両手で構えた。

 

 「少し時間を稼ぐ――合図を出したらなゆたを連れて逃げろ!!」

 「わ、わかった。なゆたは大丈夫?」

 「う……うん」


 俺達の周りを右回りでぐるぐると回る本を箒で打ち落としていくと、視界の端に薄っすらと入り口が見えてきた。数が減ったとはいえ、俺達の周りには高速で乱れ舞う本が円を描くように回っている。この流動を塞き止めるには俺が体を張って分断するしかない。なつめとアイコンタクトを取ると、心の中で「準備はいいか?」と問いかける。なつめが「わかった」と頷くと、俺は全身を本の海へ投げ入れて流動を分断させた。


 「――今だ!!」


 高速にぶつかってくる本の痛みに耐えながら、なゆたとなつめが俺の横を走り抜けるまで道を作る。二人が横を通過したのと同時に体を翻して二人のもとへ駆け寄った。しかし、いつまで経ってもなゆたとなつめは入り口の扉を開ける気配がない。


 「どうした――早く出るんだ!!」

 「そ、それがね……」

 「ドアが、開かない――!!」


 なつめが力の限り扉を開けようとしても扉はびくともしなかった。本は「袋の鼠だ」と言わんばかりに俺達との間合いを詰めてくる。万策尽きた俺達は、近づいてくる本を指を咥えて見ていることしかできなかった。本との距離が僅か一メートル程になった時だった。突如として乱れ舞っていた本たちが、次々に床へと落ちていった。

 ――まるで息絶えたように。

 本が全て落ちた図書室の床にはさっきまでは無かった不気味な紋章が浮かび上がっていた。


 「何が……起きてるの?」


 なゆたの疑問に対して、なつめはゆっくりとなゆたを抱きしめる。なゆたは本物の怪奇現象に体を竦ませていた。俺も今目の前で起きた不可解な出来事を完全に把握できたわけではないだが、脅威は去った――そう思っていた。

 深い溜め息をついて安心したのも束の間――今度は空間がぐにゃぐにゃと歪曲し、世界の色が移り変わった。空間に様々な色の絵の具を溢したように世界の色が変わり、混ざり合う――眼前に広がるのは魔界とでも言うべき秩序を失った図書室のような世界が広がっていた。


 「なんだ……ここは……」


 俺達は、目の前で起きた非現実な体験を信じられずに呆然と立つことしかできなかった。室内中に妖気が満ちると、床に描かれている紋章の中からゆっくりと、手のようなものが覗きこんでいた。大きな地響きと共に何かが地面から這い上がってくる。恐怖を掻き立てる形相、大きな角、睨みつける鋭い眼光、長い手足、右手には棍棒か杖のようなものを携えている――御伽噺などでよく耳にする鬼と呼ばれるに相応しい魔物が目の前に顕現していた。

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