第1話 002
さすがに半年以上更新しないと失踪と思われるので一話だけ投下しておきます。続きはもうしばらくおまちください。
ジリジリと頭の奥底を刺激する音。あまり具合の良い音ではないが、その音が俺を悪夢から連れ出した。尋常ではない量の汗をかきながらも、それが夢であるということに気づいた時、安堵のため息をついてベッドから体を起こした。
平凡な日常。変わり映えのない街並み、風景を眺めながら学校へ登校する。退屈、つまらない――そんな風に感じることも多いがそれが平和であることの証なのだ。
校舎へ続く通学路を歩いていると、数歩先を歩いてる二人組の学生達が何やら話しをしていた。別に聞きたいつもりなど微塵もありはしないが、その声が、情報が、無意識に空気を伝い俺の耳へと入ってくる。
「なあ、お前聞いたか? 旧校舎の図書室……でるらしいぜ」
「………………」
前を歩いていた学生の一人が、両手で幽霊のポーズを構えながら隣の学生を覗き込んでいる。しかし、隣の学生は悠然な姿勢を保ったまま前方を見つめていた。
「どうせデマだろ?」
「いやいや、本当なんだって。なんでも本が飛んで襲ってくるらしいぜ? それでさ、今日の放課後、俺達も一緒に行って確かめてみようぜ」
「――遠慮しとくわ。変に呪われたくないし……てか、それはどこ情報なんだよ」
こうして俺は不本意ながらも旧校舎の図書室で起こる怪奇現象の噂を知った。
学校に着いてからもその噂は靄となり、胸の奥底で寄生虫のように蠢き続けている。別に、彼らの話を真っ向から信じている訳ではない。ただ、無意味に時間を潰す生活が続いていた所為も相まって、体が何か新しい出来事を求めていたのかもしれない。
下駄箱から内履きを取り出して履き替える。教室までの道を歩いていると、靄はやがて心の奥底にひっそりと隠れてしまった。
教室のドアを開けた時だった――昨日席替えしたんだっけな。誰にでもふとした瞬間にこういう場面に出くわすことはあるだろう。確か俺の席は……。
俺達のクラスは昨日のホームルームにくじ引きで席替えをしたのだ。昔からくじ運だけは無駄に強かった俺は、今回も窓側の最後尾という強運を見せつけた。
昨日の帰り道に久しぶりに幼馴染み三人の席が近いって話題をしたばかりだったな。俺は自分の席に座ると、窓から今にも消えてしまいそうな飛行機雲を眺めていた。学校にいるからといって特にこれといった楽しみがあるわけでもなく、毎日を悪友とだらだらと過ごす。今日はその悪友もサボりで休みみたいだしより退屈な日だ。
そんな日常に慣れてきた所為か、成績も少しずつだが確実に下がってきていた。
いや、成績のことを考えるのはやめよう。そう思いつつ軽く溜め息をつこうとすると、前に座っている女子生徒が緋色の髪をたなびかせながら話をかけてきた。
「おはよう智也~。あんたは今日もギリギリね」
陽気に話しをかけてきたのは幼馴染みの一人のなつめだ。なつめは小さい頃から活発な性格だった。その所為もあり、同学年の女子よりも男子と遊んでたし、喧嘩も絶えなかったのを覚えている。今では小学生の低学年から習い始めた剣道で全国大会常連をキープしている強者だ。
見た目だけに関して言えば学内でも上位に入るレベルのプロポーションなのだが、性格に若干癖あり。その言葉に尽きる。
「おはよう。それにしてもなつめが遅刻しないなんて今日は雪でも降るのか?」
「……あんたねぇ、あたしを何だと思っているのよ」
無論、遅刻魔だ。まあ、チャイムと同時に息を荒げながら来るのだから、遅刻ともとれるし、ギリギリセーフともとれるが。担任の判断基準としては、十数秒あるチャイムの中で前半の鐘が鳴った時に入出した場合はセーフ、残り後半は遅刻と見なしているらしい。
「智也君おはよう」
「なゆたか。おはようさん」
隣の席にも同じく幼馴染みのなゆたが座っていた。なゆたは活発に動き回るなつめとは対照的に、内気な性格であまり自分からは話さないタイプだ。小さい頃はよくなつめに連れ回されて泣いていたりもしていたが、それでもなつめと他の男子が喧嘩したときは、誰よりも早く間に入って仲裁するくらい正義感の強いやつだった。
二人を前にして、幾何の時が流れた時の事。
抑え込んでいた靄が再び込み上げてきた。二人は旧校舎の図書室で起きる怪奇現象の噂を知っているのだろうか。その純粋な疑問が俺を浸食する――いや、浸食させたと言う方が正しいだろう。
「二人は旧校舎の図書室の噂って知ってるか?」
「噂? 何それ」
なつめは怪訝そうな表情を浮かべてこちらを見つめる。
「私も聞いたことないかも」
なゆたも同じように首を傾げて言った。どうやら風の噂とやらは名の通りそよ風のように浸透していないらしい。
「俺が登校するときに前を歩いてた生徒がそんな話をしてたんだよ」
「へ~そんな噂があったんだ――って盗み聞きとか中々悪趣味ね」
軽蔑的な眼差しでこちらを見つめるなつめ。
「誰が悪趣味だ。前歩いてた生徒の声が大きかっただけだ」
「あはは……私も初めて知ったよ」
「それで? 噂ってどんな噂なの?」
「旧校舎の図書室あるだろ? あそこで怪奇現象が起こるらしいんだよ。具体的には本が勝手に飛んだりするらしいんだけど」
なつめはその話を聞いた途端、何かを閃いたかのように手のひらをポンと叩いた。それと同時に、俺は失言したと心の中で悔いていた。
なつめとは長い付き合いだ。だからこそ、その性格を考慮して、言葉をよく吟味しながら発言するべきだったのだ。好奇心で体が構成されているなつめの前で謎の噂なんて餌を吊るしたら、食いつかないわけがない。なつめが次に言う言葉は容易に想像がついた。
もはや、想像などの次元を超えて確信の域なのだが。
「それじゃあさ、今夜あたし達でこっそり旧校舎の図書室に行こうよ」
――予想通りだった。
「俺はただ噂を知っているか聞きたかっただけであって別に行きたいとは……」
「女の子の誘いを断るわけ?」
「女……の子?」
「はいそこー、疑問に思わない」
白い目でこちらを睨んでくるなつめ。多少の殺意込めた視線を鎮めるようになゆたが続いて話を進める。
「でも、図書室の噂が本当だったら何が起こるかわからないし、大丈夫なのかな?」
「なゆたに何かあったらあたしがちゃんと守ってやんよ」
なつめは自信たっぷりな表情でなゆたにグッドサインを送る。それこそ、俺は白い目でなつめを見ているのだが、当の本人は気づいていないようだ。
「それはいいんだけど、旧校舎は用事がない生徒は入っちゃだめなんだろ?」
「だから、夜こっそり侵入するんじゃない。放課後は明るいから先生や生徒会にバレやすいけど夜なら暗闇に乗じて掻い潜れるでしょ。最悪見つかったらあんたを盾にあたし達は逃げるからその時は――」
さらっと不法侵入する宣言とともに俺の肩にポンと手を乗せるなつめ。その後何度か肩をポンポンと叩くと笑いを我慢しようとしてるのか少し俯いた姿勢で「許せ」と一言を添えた。
この女――薄情だ。どうやら俺のことは羽虫程度にしか思ってないらしい。
「俺を停学にする気か」
「だから、バレない方法を今から考えるんじゃない」
なんとあれだけのことを宣言しておきながらなつめは作戦の一つも考えていないようだ。
いつものことながらなつめの破天荒さには敵わない。
「普通に学校鍵閉まるだろ。まさか、隠れるなんて言わないよな?」
「あたし放課後は剣道の稽古あるからその手だと二人がここに残ってどこかで合流する形になるけど」
「今日の移動教室でどこかの鍵をこっそり開けとく……とか?」
そう発したなゆたを俺となつめは呆然とした表情で見つめる。こういう行為には一番縁がないと思っていたからだ。どうやらなゆたは不良の素質があるのかもしれない。
「なゆた、もしかすると才能あるかれんぞ?」
「そんな才能、いらないよ……」
なゆたは苦笑しながら頬を人差し指で掻いている。
「確か今日の移動教室は理科だったよね。んじゃ、智也こっそり開けといてね」
「え? 俺が開けるの?」
「あたし達は真面目な生徒だからそんなことはできないわ」
「夜中に学校にいこうとか抜かしてるのはどこのどいつだよ」
「え? 今何か言った?」
「いえ、僭越ながら俺が開けさせていただきます」
殺気と不敵な笑みを浮かべるなつめの圧に負けた俺は不本意だがイエスと答えてしまった。
俺となゆたはあまり乗り気ではなかったが、好奇心旺盛ななつめには何を言っても止められない。それを知っている俺達は、仕方なくなつめに付いていくことにした。
それから数時間後。
問題の移動教室――理科の授業が始まった。
幸いなことに理科室は一階にある。適当にどこかの窓の鍵を開けておけば、そこから容易に侵入は可能だ。だが、それは先生に気づかれにくい場所である必要がある。開いてるのが先生にバレたら再び鍵をかけられてしまうからだ。
教室の小窓に目を向ける。少し高いが、ここなら三人で協力すればギリギリ登れるし、バレにくい。一番奥の小窓はカーテンを束にしたもので死角になっている。しかし、問題はこの授業内でどうやってあの小窓の鍵を開けるか。
周りにはクラスメイトも授業を受けているし、普通に考えてあの小窓の鍵を開けることは不可能だ。せめて悪友がいてくればなんとかなったかもしれないが、生憎あいつはサボりだ。
が、そんな時だった。
先生が実験をすると言って教壇前に集まるように指示を出した。俺はなつめとアイコンタクトを取ると、机の裏にこっそりと身を潜めその時を待った。俺を除いた生徒達が教壇を囲うように集まると、先生は白衣の襟を正して言った。
「それでは今から実験を始めます」
「みんな、準備はできてるね?」
その場にいる全員がこの後に何が起こるのか知っているかのようになつめは消火器を手に取っていた。この先生は新任の先生でかなりのドジ属性なのである。よくアニメで見るような薬品を混ぜて爆発させるレベルに比べれば程遠いものの、似たようなレベルまで引き出すことのできる逸材だ。特に男子からは絶大な人気を誇り、一緒に爆発したいと懇願している生徒もいるくらいだ。
「古川さん、いくらなんでも消火器はやりすぎよ」
「だって佐々木先生、この前の実験で危うく理科室を燃やしかけたじゃないですか」
「うっ……それは……こ、今回こそ成功させます!!」
先生は意気込んで実験を始めた。控えには運動部のエース達が、先生が怪我をしないように最大の警戒体制で見守っている。先生がガスバーナーの調節ネジを調整してマッチ棒で火を着けると、炎が勢いよく昇っていった。
「――佐々木先生を守れぇ!!」
『おう!!』
男子の精鋭部隊は素早く先生を保護すると、ガスバーナーの調節ネジを手際よく閉める。たちまち炎は呼吸困難になったように火力を弱め、やがて終息した。
皆が燃え上がる炎に気を取られている間に、俺はジャンプしてカーテンの布越しに小窓の鍵を開けた。そして、そのどさくさに紛れて教壇前に合流する。
しばらくして、理科の授業も終わり、無事に今日の日程が終わった。放課後を迎えると、俺はなゆたとなつめと一緒に下校していた。
「それじゃ、あたしこの後剣道の稽古あるから二人は適当に時間でも潰しててよ」
「わかったよ。稽古頑張ってね」
「まあ、怪我しないようにほどほどにな」
「それじゃあ、行ってくるね」
手を振って走り去っていくなつめの後ろ姿を見送った俺達は、どこで時間を潰すか話し合いをしたが、その場所は意外にもあっさり決まった。ついこの間、俺達の通う学校の近くにオープンしたカフェだそうだ。なゆたの後を追うように歩き進むとその店はあった。
店の外装は景観に合わせてあまり派手な色は使っておらず、黒や茶色などの落ち着いた雰囲気を連想させるカフェだった。
いざ中に入ってみると、観葉植物やシーリーングファン、木製の家具が綺麗に並べられ、雑誌などでよく見かけるような光景が目の前に広がっていた。
茶色のインテリアが多い中、緑色の観葉植物が俺の目に自然の優しさをそっと訴えかけてくる。天井を見上げれば、くるくると回るシーリングファンが空気を循環させて、自然の匂いと共に綺麗な空気を俺のもとに届けくれる。
俺はこういった店に入ったことがないということもあり、なゆたの後を追いながら窓側の席に腰を下ろした。しばらくすると、口ひげを生やした優しそうなおじさんが、メニュー表を持ってやってきた。
「おやおや、なゆたちゃん今日も来てくれたのかい?」
「どうも店長さん。今日は学校のお友達も連れてきました」
「ありがとうねぇ。さて、今日は何を飲んでいくかい?」
「それじゃあ、いつものお願いします。智也君はどうする?」
「なら、俺もなゆたのと同じのでお願いします」
「それじゃあ出来あがるまで待っててね」
店長さんは俺達の注文を聞き終えるとカウンターの方へ戻っていった。どうやらコーヒーの豆を探しているようだった。
「結構雰囲気のいい感じの店だな」
「そうでしょ? 私結構このお店気に入ってるんだ」
なゆたはそう呟くと、カバンの中から教科書とノートを広げる。
「しっかし、よく勉強なんて続くよな。俺なんか教科書類は全部机の中だよ」
「今日習ったとこ復習しないと忘れちゃうからね」
殊勝なものだ。俺なんか学校が終わったら基本的に家に帰ってすぐさまベッドに飛び込んで漫画でも読むか、悪友の住んでる寮のもとに遊びに行くかの二択だ。
きっと、俺とは住んでる世界が違うんだろう。
それにしても。
時間を潰すためにカフェに来たのはいいが、想像以上に時の流れが遅く感じる。まるで、何者かが時間の速さを遅くする魔法を俺にかけているみたいだ。
………………。
退屈だ。
頭の中はその言葉で満たされていた。
「カフェに誘ったの迷惑……だったかな?」
「い、いや、そんなことはないぞ。カフェなんて初めてきたから、楽しみでしょうがない」
危ない危ない。自分では完全に無意識だったが、なゆたの目から見たら俺はつまらなさそうな顔をしていたようだ。なつめならともかく、なゆたのような健気な少女が悲しむようなことをするのは男が廃るいうものだ。
そして、タイミングよく店長さんがコーヒーカップを二つ、お皿の上に乗せてやってきた。
「二人ともお待ちどおさま。はいカフェラテだよ」
「店長さんありがとうございます」
「どうもです」
俺はカフェラテを受け取ると、なゆたの顔色を伺いながらそっと飲んだ。もちろん、このお店を絶賛してなゆたの機嫌を損ねないようにしようという戦法だ。
俺の作戦は完璧だった。
はずだった。
「――ッ!!」
体が硬直する。
圧倒的なまでの甘いカフェラテ。コーヒーとミルクの比率が逆なのではないかと疑いたくなるレベルの甘さだった。体が動かないのはもはや自分の意思ではどうにもできず、生命の危機を感じた体の防衛反応としか言いようがない。身の毛もよだつような異様な寒気を我慢しながら褒める言葉を探すも、正直それどころではなかった。
「おいしい……です」
「智也君もここの店長さんのカフェラテは格別だよね」
何とか「おいしい」という言葉を紡ぎだしたが、なゆたは涼しい顔をしながら極甘カフェラテを飲んでいる。女子はここまで甘いものが好きなのかと若干引きぎみになっていたが、時間を潰すあてもない俺はこのカフェラテを飲む以外選択肢がなかった。
極甘カフェラテを飲み干した頃、頭に糖が回りすぎてクラクラしていたが、俺の携帯になつめから一通のメールが届いた。メールの内容を見るとコーチが体調を崩したから練習が潰れたとのことだ。
目が周り、吐き気を催す体調の中、メールの返信をしようとパスワードを解除した途端、携帯のバイブレーションとともになつめから電話がかかってきた。
「はいもしも――」
『あーもしもし? 実はさ、今日の稽古潰れちゃったから今から学校に集合ね』
「はいはい――了解……だ」
電話を切ってなゆたになつめの稽古が潰れたことを伝えると俺達はお金を払って店を出た。




