1-5 その恐怖にこそ祝福を
そもそもの話。
知らぬうちに寝かされて、出入口のない部屋閉じ込められていた時点で、大してシワもない日和の頭はもう限界であったのだ。
でも、そこまでならまだなんとか現実味というものがある。方法とか動機とか考えなければ、まあ、そういう世にも奇妙な物語も起こりうるかもしれない。副部長は実は裏の世界のエージェントで、私のフラペチーノに超速攻睡眠薬を盛ったのかもしれないし、なんか変態的な趣味の人間が出入口のない部屋を作ったのかもしれない。床に敷かれた絨毯を捲ったらそこには秘密の入口があって変態さんがぐへへぐへへしているのかもしれない。
いいよ。許そう。寛大な心で広く受け止めよう。ラブアンドピースラブアンドピース。いえーい。
しかし、だがしかし、である。
果たして、天使には、現実味というのはあるだろうか。
いやもちろんわかっている。全く興味が無いので日本語訳も読んだことがないが聖書とかには出てくるんだろう、天使。古い歴史もあるんだろう、天使。いろんなアニメでキャッキャウフフしてるのも見たことがあるさ。だがそれは全て、文字、あるいは二次元での話だ。動いてるのも喋ってるのも画面越しだから、世界が違うから許せるのであって、目の前にいるには奇跡が過ぎる。
ああ、受け入れられない。
怖い。
ーー怖い。
そうだ、私はきっと、ずっと怖がっていたのだ。自分の常識が通じない、自分の現実味が通用しない今を怖がっていた。
それにも関わらず、怖がる心は見ないふりをしていた。副部長に頼って、フラペチーノにイラついて、現実の欠片にしがみついていた。怖がってしまったら、私は認めなければいけなくなるから。現実味のない今こそが現実なのだと認めてしまうことになるから。
そうやって、耐えて、いたのに。
ーー天使が現れた。
しかも喋った。
私が必死に留めていた現実味を、現実逃避をあっさりと消してしまった。
だから、もう、無理だ。
これ以上は耐えられない。
怖い。
どうしようもなく怖い。
この趣味の悪い部屋に閉じ込められていることも、副部長がいないことも、天使が現れたことも全て怖い。
ああ、昔も、こんな事があったようなーー
「やっと表情変えてくれたー」
目の前の天使はもうゲス顔を隠そうともしていない。暗闇に浮び上がる発光するゲス顔。なんだこれ夢に見るわ。
『怖がれ』
ゲス顔のままに楽しそうに天使がつげる。すごいな表情筋。私がやったら吊りそうだ。
「もー何言っても無表情のまま相槌打つだけだったからさー。あれーこの子ってば無表情キャラだったっけ?とか考えちゃったよー!」
顔はゲス顔だが口調は相変わらずふんわりしている。
『怖がれ』
「もう、コミュニケーションは片方が頑張るだけじゃ成り立たないんだからー!ってあれ?ひよりんまた無表情に戻ってるよー。ほーら、もっと怯えなよー。」
『怖がれ!!』
発光するゲス顔の天使。言葉にすると何か破壊力を感じるな。そう思ったら、なんだか少し笑えて、頭がすっと冷えた。何やらうるさく喚いているゲス顔微発光天使を右手で掴んで顔の前に持ってくる。
「うぴゃ!?」
天使が情けない悲鳴をあげる。
『怖がれ』
『怖がれ』
『怖がれ!!』
『だからこそ、それは強い』
『強い勇気となる』