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1-4 緑の国へようこそ

正方形の天井の真ん中にその不審物はあった。



いや、不審物というより、不審者といった方が正確かもしれない。だがそれは者と言うにはあまりに小さかったし、まるで天使か妖精かのような翼が生えていた。


何が楽しいのか翼の生えた発光物はくるくると回っている。なんの飾りもない白いワンピースが回転に合わせてふわりと膨らむ。どうでもいいがほぼ真上にいるために天使さまのパンツは丸見えだ。



「ひどいなー。覗き見なんて。」



突然、変声期も迎えていないような妙に高い男の子の声が部屋に響く。


くるくると一人リズムの外れたダンスを踊る天使が体はそのままに首をぐるんと回してこちらを見ていた。そんなことして首は痛まないんだろうか。


「あれ、無視?寂しいなー。」


癖なのだろうか、語尾を甘く伸ばしながら発光天使がふよふよと近づいてくる。だがしかしあれだ。私は無視をしてるんじゃありません。緊張してるんです。喉がカラカラで喋れないのです。フラペチーノが喉にこびりついているのです。


脳内で必死に言い訳をしながらなおも近づく天使を見つめる。てっきり近づく光に目がやられるのではと、有名な大佐のセリフを(脳内で)吐く準備もしていたが、その必要はないらしかった。私に近づくにつれ光はどんどん弱まって、比例して部屋もどんどん薄暗くなる。まじかこの部屋の照明お前だったんか。


まあ考えてみれば当たり前の話である。窓が、ついでにいえば扉もないのだから照明器具がない限りこの部屋は真っ暗であって然るべきだ。私の顔の前15センチ付近で漂う発光天使の存在が無ければ、私の目覚めはもっとパニックに満ちたものになっていただろう。そそっかしい私の事だから小指を棚の角にぶつけていたかもしれない。そう考えると天使は正しく私の天使だったのか。天使は実在したのだ。今こそここに名だたる画家と宗教家を呼んでこの奇跡を後世に残すのだ!



目の前にある、これまでにもまして理解のし難い出来事に、私の頭が必死で現実逃避を図る。いつの間にかこの部屋は、夜にカーテンを閉めて電気を消した懐かしのマイルーム並に暗くなっていた。発光天使も暗闇で見るスマホみたいになっている。微発光天使だ。


その微発光天使が、ニコニコ笑いながら無邪気に私の現実逃避を壊しにかかる。



「おねーさんこんにちは!ようこそ、緑の国(エメルディ)へ!」



そう言って、天使は私の周りをパタパタ飛んで回る。ちっちゃな手と足が翼のはためきに合わせるように一緒に動いてとても可愛らしい。うん、かわいい。かわいいなぁ。現実にありえないものというのは一旦置いといて素直に癒される。



そうやって、癒されて心が緩んだ瞬間に、天使は恐ろしいほどのゲス顔で私に言った。




「不幸だね、おねーさん。」




丁度私の体を二周したところだった。





= = =




ゲス顔は一瞬で終わった。私がなんのリアクションも取れず、ただ表面的に言葉を脳に届ける間に、天使は天使に戻ってしまった。



天使に戻った天使が続けて言うには、ここは緑の国(エメルディ)と呼ばれる国の、緑の街(エメルディ)と呼ばれる街であるらしい。どんだけ緑好きなんだよというツッコミは心の中だけに留めておいた。この頃にはようやく私も声を出せるようになっていて、天使から与えられる情報に相槌を打っていた。と言っても、それ以上のコミュニケーションは、現状こちらからは取れそうになかった。



喉が、乾いているのである。

フラペチーノは本当に罪深い飲み物であった。こってりとしていて甘く、それでいていちごの酸味がキュッと味を引き締める誠に甘美な飲み物ではあるのだが、飲み終わってしばらく経つと口の中が粘つく。どろりとする。そんな中で極度の緊張&おそらく多分きっと結構な時間の経過のダブルパンチで、本当に喉がカラカラなのだ。ちょっと痛い。副部長よ、ウーロン茶買ってきて。



天使はその気の抜ける口調通りに明るい性格のようで、落ち着きなくふわふわ移動している。大人しく私の前をホバリングしていたのは一瞬で、棚に座ったりベッドの天蓋のカーテンにしがみついて遊んだりしている。私から離れても最初のように光量が変わることも無く、微発光天使のままだ。空中をふんわりと飛ぶ様は蛍みたいでなんだか綺麗だった。副部長ならばこの光景は絵にせねばと燃えたっていただろう。彼女は風景画にちょっと空想を混ぜるのが好きだったから。


やがて満足したのか天使は私の膝に勝手に着陸した。ぺたんと女の子座りをしていてとても可愛い。


それからご機嫌な天使は思い出したかのように自己紹介をした。


「僕の名前、カンっていうんだ」


そうか、この天使の名前はカンって言うのか。かわいいなぁ。


私は完全に癒されていた。相手の可愛らしい自己紹介を受けてこちらも名乗り返そうとしていた。


だから癒されて緩んだ心にそれはよく効いた。



「よろしくね。池田日和おねーさん。」



カンはとてもゲスい顔をしていたが、何故だかそれは親切な警告のような不思議な響きを持っていた。


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