序章 突然の転生
始まりはいつも突然だ。
戻る事は許されず、ただ進む事しか出来ない。
走る走る。
ただひたすら
背後から迫る脅威から逃げるために。
「ハァハァハァ」
なんでこうなったんだ。
足を動かす。息が切れる。クラクラする。
後ろを振り向くと、恐ろしい声で叫ぶ生物がものすごい勢いで迫ってくる。
何故こんなことになったか理解できていないが、
とにかく命の危機と言うことは理解できた。
「…ハァハァ、ゲホッゲホッ」
もう体力も限界に近い。
ふと気づくと森が見えた。
迷わず森の中に逃げ込む。
…ダメだもう走れない。
森の草陰に隠れる。
必死に息を殺して隠れるが、
もう目と鼻の先に生物は迫っている。
もうダメかもしれない。
目を閉じて"その時"を待つ。
………。
………。
沈黙。覚悟した衝撃は来ない。
「……大丈夫?」
目の前に一人女の子がいた。
追いかけてきた生物は傍に横たわっていた。
もしかして、目の前の女の子が助けてくれたのか。
あれ、安心したのか、力が抜け…。
「…大丈夫?!ねぇ!…」
…………。
…………。
…………。
時間は少し前に戻る。
某日某所。
「・・・。」
「・・・・ふぅ。」
仕事が終わらない。
時計を確認すると午後10時。
今日も終電まで残業だなこれ。
パソコンに向かってキーボードを打つ。
‥‥
これをこうしてっと、
・・・やっと終わった。
何とか終電までには資料が完成した。
時計を見てみると午前0時を回るところだ。
やばい、ゆっくりしてる余裕は無い。
終電に間に合うかギリギリの時間である。
急いで資料を保存して帰宅準備をする。
走れば間に合うな。よし。
急いで走る。
何とか電車には間に合い座ることが出来たが、
終電ということもあり電車は地味に混んでいる。
電車に揺られ目をつぶり何も考えないようにする。
と言っても明日の打ち合わせの事を色々考えてしまうが‥。
しかし眠気もあり、徐々に意識が遠くなる。
ちょうど席も空いた事だし、座って寝るか。
降車駅も終点だし‥。
俺は眠気に身を任せて目をつぶる。
……………。
……………。
……………。
はっ?!
やばい、今どこの駅だ?
あたりを見渡す。
気がつくと知らない場所に座っていた。
見渡す限り草原が広がる場所で何もない。
確か‥電車に乗ってたはずなのに。
念のためスマホの位置情報アプリで場所を確認しようとしたが、なぜか圏外だった。
…仕方ない。歩くか。
とにかく家に帰らないと。
どうせ電車は終わってるだろうから、
タクシー捕まえて帰るか。
とぼとぼと草原を歩く。
しかし歩いても歩いても草原が続くだけだった。
しばらく歩くと突然草むらから何か出てきた。
‥‥なんとスライムである。
あぁ、これは夢だな。
疲れてるなー俺。
そう思い、ぼーっとスライムを眺めていた。
近づいてくるスライム。
夢にしては随分とリアルだな。
なんというか、本当に¨存在¨するかのように。
突然何かを察したのか、スライムは逃げ出した。
こんな草原で初めて対峙した生物だ。
逃げられてちょっと残念だった。
ふと、背後からの物音を感じた。
またスライムかなー。と期待を胸に振り向くと、
とてつも無く大きいソレがいた。
「GRAAAAAAAA!!!!!!」
ものすごい雄叫びをあげてこちらに向かって腕を振り下ろしてきた。
轟音と共に目の前の地面がえぐれた。
突然の事で何が起きたか理解できなかった。
「あっ、え……」
徐々に今の状況が飲み込めてくる。
これは、非常にまずい。頭では理解出来たが、
身体が動かない。恐怖が襲ってきた。
「GRAAAAAAAA!!!!!!」
雄叫びをあげてるそいつを見上げた。
おいおいおいおいおいおい。
待てよ待てよ待てよ待てよ。
それは鬼のような風体の生物だった。
威圧感すごすぎる、本当にこれは夢なのか。
何も出来ず立ち尽くす。
「痛っ‥」
右手を見てみると血が出ていた。
腕の辺りに切創した跡があった。
先程の衝撃で怪我をしたのか‥。
アレが俺に振り下ろされたら確実に¨死ぬ¨な。
痛みを感じるなんて、
夢にしては余りにもリアルすぎる。
これは、夢なんかじゃない。
痛みを感じたせいか、自由に身体が動かせるようになった。
俺は脱兎の如く、目の前の生物から逃げた。
走る。走る。走る。
もう仕事の事なんか頭になかった。
恐怖、死から逃れるため必死に
何度倒れそうになっても、体勢を戻し走った。
だが、ソイツは人の脚力ではどうにもならない。
なんとか森に逃げ込むことはできたが、
明らかに¨遊ばれて¨いた。
「…ハァハァ、ゲホッゲホッ」
走るのももう限界だ。
近くの草陰に隠れる。
必死で息を殺す。
しかしその脅威は刻一刻と迫ってきていた。
なぜ、俺の位置が‥‥。
負傷した右腕から滴れる血を見て気づいた。
‥血の跡を追いかけてきたのか。
硬っていた身体の力が抜ける。
もうダメだ、逃げられない‥‥。
「GRAA...」
ソイツはもう目の前まで来ていた。
ソイツは腕を振り上げる。
そしてこちらに向かって振り下ろされた。
「‥‥‥ッ!!」
//???視点
私は薬草の採取に来ていた。
いつもの代わり映えの無い日課。
慣れた手つきで薬草とそれ以外の野草を見分け採取していく。
しばらく採取していると、普段なら聞こえない音が聞こえた。森の様子が少しおかしい気がする。
「GRAA...」
そう思っているところに、唸るような声が聞こえた。
遠目でも分かる。アレは¨魔物¨だ。
でも‥‥。
あれは、リズベア!?
こんな場所に普通いないはずなのに‥。
この森は聖王国 マルフィーユの管轄下。
脅威となる魔物は聖騎士団が定期的に掃討しているため、居たとしてもEランクレベルの魔物しか出ないはずなのに。
それにあれって、何かを追いかけてるみたい。
えっ、人!?
明らかに追われている。助けなくちゃ。
魔術でも倒せるけど、詠唱が間に合わない。
「ソード!行くわよっ!」
私は¨内なる意思に¨声をかける。
(あぁ、分かったわが主よ。)
内なる意識、ソードが返事を返す。
「我が呼びかけに応えよ、そして全てを切り刻め」
内なる意識とリンクする。
後は¨呼ぶ¨だけだ。
手には確かな感覚が感じられる。
私は¨何もない¨虚空から剣を二本引き抜く。
「双子剣 • 牙」
間に合え!
流れるような動作で虚空を切り裂く。
「剣舞•空裂剣」
振る剣の軌道に斬撃が穿たれる。
その斬撃はリズベアに届き、
その躯体をバラバラに切り刻んだ。
ふぅ‥‥なんとか間に合ったみたいね。
私は安堵しながら助けた¨男の子¨に声をかける。
「‥‥大丈夫?」
見た目は、私と同じくらいか少し下くらいかしら。
魔物にしかもあんな大きなヤツに襲われるなんて。
トラウマよね‥。
すると目の前の男の子は糸が切れたように倒れた。
ちょ、ちょっと!
「大丈夫!?」
こうして俺、‥‥僕の物語は始まった。