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御台所清水の水涼さんっ!  作者: 水郷 美六
御台所清水 編
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御台所清水の水涼さん 5

 驚いて辺りを見渡すと、別に何が変わったわけでもなんでもない。木々の葉はゆらゆらと揺れ、周囲の草木も風で軽くなびいている。だが体に伝わる空気感が、この清水の周囲だけが世界から切り離されている。なぜかそんな気がした。


 奇妙なそれを確認するかのように、俺は清水に目を向け直す。風は石の方向から吹き付けており、水面がこちらに向かって波打っている。まるであの石が風を起こしたかのように。


 「この石をどけてくれ」と、清水そのものが語りかけている。このとき、なぜか俺はそう思えた。


 恐怖心か、はたまた好奇心か。何かに背中を押されるように、清水の奥、石が沈んでいるところまで俺は足を進めた。何かを、清水が訴えている気がしてならなかった。


 俺は石に手をかけ、転がすように石を動かす。



「ぐ……水の中は動きにくいな」



 石はそれなりの重量。不安定な水の底に足を滑らせないよう精一杯腰を下ろして、力を込めてその石を転がす。すると底からの水のゆらめきがとたんに大きくなり、水面が盛り上がるように渾々と水量を増して沸き上がってきた。



「やっぱこれが原因だったんだな」



 いつからそうだったのかは分からないが、これでひとまず清水が涸れてしまう、なんてことはないだろう。俺は振り向き、足で水を掻き分けるように歩いて石畳へと戻った。



「さっきのはなんだったんだ……まるで誰かが訴えているような、変な感じだったな」



 石畳に戻った俺は足下を見る。水に濡れた足から水分が石畳に流れ出していき、白い御影石の石畳を濃いグレーの色に染めていく。


 そろそろ行くか。足が乾いた頃合いでスニーカーを履き、階段へと足を向けた。ちらちらと、先ほどの石が沈んでいたところに、誰かがいたのが見えた。ん、誰かがいる? そんなことがあるわけ――


 いや、やっぱりいる。水色の、着物姿の可愛らしい女の子が、そこに確かにいる。


 俺は目を擦ってもう一度見る。女の子はこちらを見てにっこりと微笑む。



「え、な……ちょ、いいいつからそこに!?」



 黒髪おかっぱ頭で銀色の髪留めを付けている。少し垂れた目で小さい鼻立ち、赤い紅を引いたぷっくりとした唇で、青い着物を身に纏う女の子。歳は俺より少しだけ若いだろうか。足下は白い素足に白い草履で、鼻緒の紅色がアクセントカラーとなっている。これを二次元に転移させたら……かなり高スペック。



「初めまして、御台所水涼(おだいどころみすず)と申します。ここで神様やってます」



 俺に向かって深く礼をしたあと、またにっこりと微笑む彼女。は? ていうか今『神様』って言った?


 やばい、これはやばい……こんな暑い日だ、猛暑日だ。頭がお花畑の女の子が現れてもおかしくないのかもしれない。


 俺は念のため聞き直す。



「か、神様?」

「はい、神様やってます」



 彼女は満面の笑みを浮かべ、のんびりとした口調で話した。やはり聞き間違いじゃないらしい。そもそも神様ってのはやるもの、なのか? この子はちょっと頭の痛い子で、巫女さんとそれがごっちゃになってるんじゃないか?



「普通の人にしか見えないけど……」



 俺はそれこそ普通の反応しかできなかった。



「あれ~、もしかして信じていただけてないんでしょうか?」



 それを言われて真っ先に信じるやつがどこにいるんだ。



「い、いや、あの……もしかして君、近くの神社で巫女さんやってるのかな?」



 俺は完全に信じてない、むしろ疑ってますよのオーラを全身から醸し出すようにして聞いた。彼女は

「う~ん」と、全然困っていないような顔で首を傾げる。あ、これは多分天然おっとりタイプだ。



「じゃあ、どうしたら信じてもらえるんでしょう?」



 いやそれはそっちが考えなさいよ、と激しく心でツッコむ。しかしながら状況は極めて奇妙な状況だ。彼女は本気で自分を神様とでも思っているのだろうか。



「神様の証拠とか、なんかないのかな?」



 俺は小さい女の子に話し掛けるような感じで問い掛けた。彼女は人差し指を立てて唇に当て、考える仕草をする。



「え~と……じゃあ、清水の神様なので……水を出します!」

「は?」



 俺は唖然とした。もうこのお花畑な女の子は救いようがないのかもしれない。


 彼女は扇子をどこからか取り出し、簡単なポーズを決めて見せた。



「はいっ!」



 彼女の掛け声と同時に、扇子や頭の上から水が水芸そのもののように飛び出す。俺はお~とついつい拍手をする……。



「って、いや、仕組みとかよく分からないけど、水芸とか、手品をしろってわけじゃなくて……」

「え~ダメですかぁ? じゃあ……無限に水を飲めます!」



 彼女は二リットルのペットボトルに入った水をぐびぐびと勢い良く飲む。



「いや、ビックリ人間かよ! っていうか、そのペットボトルどっから出したんだよ!」

「これでもダメですかぁ。寄席や前座というのは難しいですね」

「笑わせるつもりかよ、コントか!」



 今度は俺も負けじと裏手を張り出し、ツッコミを入れる。きっとこれはスベってる自信がある。



「じゃあ……こんなのはどうですか?」

「おまえ、まだやる気――!」



 すでにコント仕様に切り替わっていた俺の体は、ツッコむ体勢のそれを準備していたが、目の前の光景に目を疑った。


 清水の水面からひとつ、またひとつと水がボール状になって宙に浮かんでいく。水々しさを含んだそれはぷるぷると潤いながら、彼女を取り囲むように次々と浮かんでいく。やがて、いくつもの水球が彼女を中心に浮かび上がり、静止して彼女は俺に微笑みかける。そう言えば今さら気がついたが彼女、水面に立っている――。


 俺は目を疑った。多分、今俺の目の前で起きていることは普通じゃない。


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