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御台所清水の水涼さんっ!  作者: 水郷 美六
御台所清水 編
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御台所清水の水涼さん 4

 その後、あの場にいるわけにもいかなくなった俺は、町の中を歩いていた。


 今でも、少しがくがくと膝が震えている。チキンな俺は、ああいうときに萎縮して何も言えなくなってしまう。こんな弱い心の自分もまた、コンプレックスのひとつだった。俺だって、できることなら男らしくなりたい……真相を知らない真愛を助けてやりたい。



 町のメイン商店街の店構えは昔とほとんど変わらない。ただ少しだけシャッターが下りた店が増えたかな、という印象だ。洋服店や仏具屋、時計店に精肉屋。だけど少し見ない間に、小さいころからずっとあった町一番の大きな魚屋が無くなっており、青空駐車場へと変わっていた。なんとなく、時代や歴史はこんなふうに変わっていくんだなと感じた。


 俺もまた、時を重ね、いろいろ経験し、社会の荒波に揉まれ、自然と大人になっていくのだろうか。それとも、どれだけ歳を食ったって、コンプレックスやトラウマというものは一生離れないもので、運命共同体として生き続けるのだろうか。ヘタレでビビり、チキンでダサくてちょっとオタクで、平々凡々なスキルの特筆すべき点が何もない……。


 いつの間に、俺はこんなふうになったのだろう。今のままじゃきっと、あの玻雀から好きな女の子一人も守れやしない。


 俺は手に力を込めて震えるのを抑える。もしあいつが、玻雀が真愛にプロポーズをしたら……どうなるだろう。真愛は断るだろうか。いや、優しすぎる真愛のことだ、きっと自分を犠牲にしてでも、あいつは『湧くや』を、町を守ろうとするだろう。


 玻雀は俺に「彼氏?」と聞いていた。ということは「俺の真愛ちゃんに……」とは言ってはいたものの、まだそれほど関係に進捗は見られない、ということだろう。


 それに真愛のあの表情も気になった。眉が下がり戸惑いを隠しきれない、そんな目をしていた。決して怯えている、怖がっているというわけではなかったが、少なくともウエルカムな姿勢には感じられなかった。


 心配とは思うものの、おそらく早々に決着をつけるわけではないだろう。俺は玻雀に嫉妬の気持ちを抱きつつも、少し安堵していた。



 やがて俺は気づかないうちに、商店街を抜けて住宅街への路地へと入っていた。


 ここの通りには住宅が立ち並ぶ。別に普通だと思っていたが、この町では家の勝手口を開けると、庭の代わりと言わんばかりに石畳が敷かれ、周囲を石垣に囲まれた渾々と湧き出る清水が突如として現れる。こういう場所が当たり前にあり、ほかの町ではまず見ることはないだろうが、この町ではいたって自然な光景だ。


 清水はこの町に約六十カ所あると言われている。もともとあった清水の綺麗な水を、六郷の先祖たちは生活用水として使うため、その周囲に家を建て、洗濯や野菜の水洗い、保存に飲料水と、さまざまな用途として使ってきたという歴史がある。


 しかしすべての水が必ずしもそうではなく、なかには飲めないほど濁っている清水もあれば、ヨコエビという数ミリの小さいエビのような生物が生息していたり、氷河期時代から生態を変えずに生きているとされている希少な魚、イバラトミヨ、通称地元民は『ハリザッコ』と呼んでいる魚が生息している清水もある。


 そんな清水もどれくらい昔かは分からないが、過去には百以上あったとされている。長い年月を経て、その数は少しずつ減少しているらしい。


 いずれにせよ、自然と人間が共生できているようなこの町は、都会とは違っていつも穏やかで、どこか精神的に豊かささえ感じてしまう。そんな町だ。

 

 高校を卒業してからは仙台の大学に通い、生活してきたが、ああいうほとんどが人と建物と車だけで構成されている町というのは、やはりどうしても窮屈に感じてしまうのが正直なところ。ときに巨大な箱庭に入れられて、VRMMOの世界で生かされているんじゃないか、という感覚になることさえある。最初からそういう都市部で生まれ育った人はどういう感覚で普段生活しているかは分からないけど。


 通りに入ってすぐのところにある清水が『久米(くめ)清水』。名前の由来はその昔、久米さんという人が隣に住んでたからその名前になったという、なんとも安直なネーミング。さらに奥に進んでいくと『キャペコ清水』というなんとも奇怪な名称の清水が現れる。

 

 キャペコとは……いささか女性には言いにくいが、男の象徴から由来したものだと言われている。清水が大きな二つの円でできており、その形がどうも……そう見えたらしい。俺自身、見ててそうは思わないのだが、昔の人は想像力豊かだなと妙に感心する。キャペコの「キャペ」は方言でそれを指すが、十八年間この町に住んでいた俺は、そんな言葉を使っている人なんか正直見たことない。「コ」は詳しいことは分かっていないが、秋田県ではよく名称の語尾に「こ」を付ける方言が多いため、そこから来たのではないかと考えられている。皿のことを「皿っこ」とか、お椀のことを「お椀こ」とか、そんな感じだ。


 そしてこのキャペコ清水の反対側に、町の顔とも言われている清水、御台所(おだいどころ)清水がある。俺は今日、ここに涼みに来たのだ。


 御台所清水は舗装された道路から脇道に入り、足下が砂利道に変わる。清水自体は地面から三メートルほど下に掘り下げたところにあり、辺りは竹垣に囲まれた寺の陰となっており、そこに植えられた木々によって木陰となっている。砂利道から緩やかな半螺旋状の石段があり、そこを降りるとまるで水面の上を歩くかのように御影石の石畳が敷かれ、直径十メートルほどの御台所清水のほとりとなっている。季節にもよるが水深が五十センチ前後なので、石畳の下に石を置いて土台にしている。透明度が非常に高く、この清水は飲むことだってできる。水はやがて清水の奥へと流れていき、流水となって実に涼しげなせせらぎを聞かせてくれる。


 石段を降りて石畳へと足を踏み入れる。真夏でも、ここにいるだけで涼を感じることができ、さながら高原の湖畔にでもいるような感覚でとても落ち着く……幼いころからよく遊びに来ていた場所だ。


 石畳の上でしゃがみ込んで清水に手を入れる。ひやりと俺の手を包み込む水に、体の熱を一気にもっていかれたような感覚になる。この清水はやはり湧水でそれが流水となって淀んでいない澄み切った水である。


 俺はそのまま両手で水をすくい上げ、零さないように気をつけて一口飲む。喉を通る水は都会の水道水とまったく違って、無機質なただの水などではなく、表現するならまろやかな、角のない透き通った柔らかさのある水だ。喉を通して今度は体の内側から全身を冷やしてくれる。嘘のように、額や背中から滲み出す汗が止まるのが分かった。生き返る、本当にこの表現が正しい。まさに砂漠に見つけたオアシスそのものだ。


 石畳に腰掛けて、スニーカーを脱いで清水に両足を入れる。もう全身から漏れなくこのオアシスを堪能してやる。


 ふと、水位が昔に比べて少ないことに気がついた。以前は石畳の下ぎりぎりに水面があったと思ったが、今日の御台所清水は石畳から十五センチは低かった。

 

 妙だな、と思った俺は清水を見渡す。すると石畳とは離れた辺りの水面から、少しだけ顔を見せている大きな石があった。周囲をよく観察すると石垣が崩れたような跡があり、ぽっかりとそこだけ土表が露わになっていた。おそらく、あそこから落ちた石だろうということが読み取れる。


 清水に沈んでいる石周りの水面が風もなく揺れている。ということは、あそこが清水の水源。あの部分に重い石が落下し、本来湧くはずの水量が湧き出ていない。俺はそう推測した。何だか苦しそう、そう思った。



 瞬間――風がザァ、と吹き、辺りを囲む木々の葉がざわめいた。


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