カッコ良さは見た目から、なのです? 2
それからの俺はまるで着せ替え人形のようだった。一枚、服をあてがわれたかと思うと次、また次と、違う服をあてがわれる。それは母さんに服を選んでもらっている子供時代を思い起こさせるものだった。
「お前、顔とかはそんなに悪くないんだけどなぁ」
悠斗がそんなことを言う。一応、褒め言葉として受け取っておくことにした。
悠斗に言われるがまま、俺の手には大量の服が掛けられたハンガーが次から次へと増やされていく。そろそろ重すぎて腕がプルプルしてきた。
あらかた選び終わると、悠斗は俺に試着室に入るよう促した。渡された膨大な服を「これはこの組み合わせで、こっちのシャツはこの白いパンツと一緒で……」と組み合わせしていく。服を選ぶってこんなに大変なんだな。でも、悠斗はなんだか楽しそうだった。
試着室で指定された服に着替える。上半身の裸体が鏡に映ったとき、改めて自分の体が引き締まってることに気づく。ああ、俺こんなに変わったんだな。それに服まで良くなったら……なんか無敵になれるんじゃないか、そんな気がした。
俺は白地に黒の細いボーダーラインが入ったインナーシャツに、薄い水色のデニム調のシャツを羽織り、言われたとおり袖を六分くらいまで捲る。濃いベージュの七分丈のパンツを履いて、靴も明るいブラウンのデッキシューズ。胸元には革紐に銀色のリングペンダントを着けて、改めて鏡を見る。おお、まるで別人だ。イマドキっぽい。自分が自分じゃないみたいだ。
「一途~、どうだ~?」
悠斗の声が聞こえる。俺は試着室のカーテンを開けて「どうかな」と悠斗に披露する。悠斗は「やっぱ俺の選択に間違いはないな」と満足げに頷いた後「じゃあ次はこれな」と次の試着を促す。俺はその後三度、着替えに勤しんだ。
コーディネートが完成した。全部で十パターン以上は着回せるコーディネート、ジャケット二枚にシャツ三枚、パンツを二本と靴を一足、それに小物。全部で九万と七千円少々、レジで太郎から貰った十万円を出す。悠斗は現金払いに驚いていた。
買った服を大きな袋二つに丁寧に入れると、悠斗は店先まで俺をエスコートする。
「久し振りで、しかもこんな買わせちまって、悪いな一途」
「いや、こっちこそ。選んでくれてありがとう。悠斗じゃなかったらこんなバッチリ決まらなかったよ」
そこは「まあなー」と謙虚さを見せない悠斗。
「これで真愛のここも、バッチリ決めてこいよ」
悠斗は袋を俺に渡しながら体を寄せて、自分の胸を親指でトントンと指す。
「それは真愛次第……かな」
「自信持てって。応援してるぜ、お前と真愛を中学から見てるからな、俺は」
「おう、ありがとな」
俺は悠斗に礼を言って、立ち去ろうとした。
「あと、それから――」
悠斗が言いかける。
「玻雀先輩とも会ったって言ったよな……気ぃ、つけろよ。最近あの人、少しやばいところもあるからよ」
「というと?」
悠斗はもう一度俺に近づくと、誰に聞かれるわけでもないのに、俺に耳打ちするように話した。
「こないだもここのモールでほかの若い客と揉めたんだよ。で、店の裏に連れ出して軽く半殺しにしたとか……でも親が親だろ、金に物言わせて収めたらしいんだ。それでさらにつけ上がってるって話」
「玻雀さんがそんなことを……」
「俺も揉めてるとこはチラッと見たけどよ、人の形相とは思えないほどの顔してたぜ。だからお前も気をつけろよ」
悠斗が肩をポンポンと叩く。俺は「分かった、ありがとう」と再度お礼を口にする。いつの間にか戻ってきていた水涼さんが、悠斗の後ろで何やら「うーん」と首を傾げている。とりあえず見えない振りをして、俺は悠斗と別れた。
***
一度家に戻り、俺は早速悠斗に選んでもらった服に身を包んで、再び神清水に向かうことにした。母さんは俺の恰好を見て「あんた、どうしたの?」と驚いた様子だった。俺はふふん、と少し鼻を高くしたが「遊んでばっかいるんじゃないよ!」と一蹴された。親心とは何なのか、俺の変化を少しは拾い上げてもらいたい。
神清水には車で向かった。助手席には水涼さんも座っていて、「くるますごーい」とはしゃいでいる。時間は夕方の五時、もう少しで夕暮れとなる。
再び神清水の前にやって来ると、こちらから呼ばずとも澪琴は自分から姿を現した。相変わらず美しい顔立ちで睨むその眼光は、突き刺さるように鋭い。水涼さんは「澪琴さん、ただいまー」とまるで意に介してない様子だ。
「戻ったか、一途よ」
「ああ、これで……どうだ」
澪琴は俺の姿を上から下まで、ゆっくりと値踏みするように視線を動かす。俺は蛇に睨まれた蛙のように、体を硬直させていた。やがてふむ、と澪琴が一言漏らした。
「我はいつの時代においても美を追求している。今の貴様の姿、まずは並以上であろう。美しさを追求するには、まず着飾りから入るのが定石だ」
「ってことは……」
「ひとまず合格としておこう」
澪琴が視線を横にずらしながら澄まして言う。俺は小さくガッツポーズをする。
「よかったですねー一途さん。カッコいいですもんね~」
水涼さんは俺の頭をよしよしする。恥ずかしいからやめてくれ。俺は水涼さんの手をさりげなく払いのける。
「じゃあ、これで『加護』をもらえるんだな」
「――否」
澪琴が俺の言葉を一蹴する。
「な……まだ何かあるのかよ」
俺は確認するように澪琴に言う。澪琴は手にした刀を肩に掛けたまま、横目でちらっと俺を見る。
「着飾りからが定石、と言ったであろう。あとは貴様の面、髪、姿勢だ」
「面? 髪? 姿勢? どうすんだよ」
俺の問いに澪琴は肩に掛けた刀をくい、と持ち上げ、隣接された公園へ来るようにと促した。俺はわけの分からないまま澪琴の後を付いていく。
辿り着いた先は、公園の中にある小さな四阿だった。
「この卓の上に仰臥せよ。貴様の体、我が五指と神の力をもって変えてくれる」
そう言うと澪琴は刀を脇に置き、両腕を横に広げ手の平を上へ向ける。手の平に水が現れ、次第に指先へ移動した後、澪琴の手が光り始めた。
「あ、あの……それつまり整体するってこと?」
「我が認める体、面は我が五指で造り上げよう。さあ、そこに仰臥せよ一途」
やばい、こいつの目はマジだ。しかし今さら引き下がることもできない。俺は観念して四阿のテーブルの上に仰向けになる。水涼さんが近づいてそっと俺に囁いた。
「澪琴さんのアレ、地獄の苦しみらしいですよ」
「な――!」
水涼さん、それをなぜ今このタイミングで言う? そのせいで俺は完全に構えるタイミングを間違えた。気づいたときにはもう、澪琴の手はすでに靴を脱いだ俺の足を掴んでいた。
「では行くぞ、一途」
あ、ちょっと……と言う俺の声は無情にも届かず、澪琴が指に力を込める。瞬間、俺の体はエビのように反り上がる。激痛を通り越して、体が無意識にそれをダメージとして認識して反応していた。
「ぎぃいやあぁぁぁああぁぁ!」
俺の口が断末魔にも似た声を放つ。辺りの木々からカラスが飛び立つ姿が見えた。
「脆い、脆すぎるぞ一途! 貴様の信念、その程度か」
「それと、これとは……話が、別――」
再び力を込める澪琴。俺はまた情けなく悶える声を上げる。
指は足裏から脛へ、ふくらはぎへと移動していく。そのたび、俺は全身を力ませ、何とか耐えるよう歯を食いしばる。水涼さんがニコニコしながら「がんば!」ってしてる、他人事、いいな……意識が飛びそうだ。
「汝が命、黄泉の底へと沈めてくれる!」
「ちょ、ま……あんた、それ殺す気か――!」
夕暮れ前の断末魔は染まりきっていないオレンジ色の空に、吸収されるように広がっていった。