カッコ良さは見た目から、なのです?
右側のポケットがムズムズする。スマートフォンのバイブ。
確認すると真愛からLINEが入っていた。
真愛
明後日の夜市、忘れてないでしょーね。
時間言ってなかった、イベント広場に7時集合で!
14:16
「どうしたんですか~、一途さん? 口元がだらしなくなってますよ~」
「のわっ!」
水涼さんが後ろから俺の手に収まっているスマートフォンを覗き込んでいた。俺は反射的に画面を下に向けて隠す。
「び、びっくりするだろ! いきなり見るなよな」
よっぽど焦ったのか、顔が熱い。きっと耳まで赤くなってる。
「ケータイでんわ? すまーとほん? ですよね。たまに見掛けたことがあります」
よく知ってるじゃないか。俺は感心した。
「あ、ああ。今、真愛からこれを通して連絡来て……つい、な」
「へえ~、便利なんですね。それで皆さんお手紙をやり取りできるんですね」
「まあそんなとこだ」
さすが水涼さん、バイリンガルもそうだし理解が早い。
素早く真愛に返信をして、俺はスマートフォンを再びポケットに押し込んだ。
俺は車を取りに一度家に戻り、食事を済ませた後、水涼さんと隣町の大仙市のショッピングモールに来ていた。
家の中でも水涼さんは普通に俺のそばにいたが、やはり母さんには見えないのだろう。母さんはしきりに俺にだけ話し掛けて、驚く素振りも見せなかった。ただ「あんた、筋トレに目覚めたのか知らないけど、就活もちゃんとしなさいよ!」と胸に刺さる言葉を突きつけられた。確かに、就職先も探さないと、いつまでもタダ飯食いで世話になるわけにもいかない。これはマジで直近の課題であり死活問題だ。
だが今俺は、ひょんなことから変なことに巻き込まれている。清水の神様だーだの、『加護』だーだの……。
ただこれを片付けてからじゃないと、自分に自信を持つことさえできない。水涼さんの厚意もある。生まれ変わって、真愛を守れる力を手に入れてから、しっかりと就職活動に向き合おう。そう決めた。
モール内は土曜日のためか比較的客足は多く思えた。それにしても、こういうモールってのはなんで男物のショップがこんなにも少ないんだろう。女物のショップは行く先行く先にがあるのに、男物はどこにでもあるような大衆店舗かオジサン向けのフォーマルな店舗ばかり。幼すぎず、年寄りくさくもない、カジュアルフォーマルなショップなんてひとつくらいしか入ってない。さすが過疎化地域のショッピングモール。
水涼さんはキラキラした世界をキョロキョロと見ては「すごいすごーい」を連発している。仕方ない、その一店舗に入るしかないか。俺はローマ字表記されたいかにもオシャレな店舗名を掲げるショップに足を運んだ。
ショップの最前列には新商品と銘打って、もう秋物のニットや裏起毛のパンツなどが陳列されていた。気持ちは分かるが、このクソ熱いなか誰が今から買うんだよって正直思う。戦略だからと言われればそれまでなのだが。
「さて、困ったな」
俺は大量の似通った、それでも少しだけそれぞれ違う服たちに囲まれて、何をどう選べばいいのか分からなかった。ファッションにはとことん疎い。正直こんなオサレなショップに入ること自体、かなり勇気を要する。店員さんやほかのお客さんも一瞬チラッとこちらを見ていたのが分かる。浮いてるだろうな、いわゆるジャンル違い、畑違いな俺がここにいることが滑稽で仕方なかったんだと思う。
それでも俺は自分の気に入りそうなシャツなんかを手にとっては、宙に上げてふーんと訝しげなニュアンスを出しては元に戻す、なんてのを繰り返していた。水涼さんはいろいろ着せられたマネキンや、カッチリ着こなした店員さんを見ては「ビシッとしてますなぁ」とおっさん臭いボケを繰り出している。人前だからガン無視。
いつまでも悩んでいるわけにはいかない。こうなったら店員さんにコーディネートしてもらうしかない。カウンターには女性店員がほかのお客さんのレジ対応をしており、もう一人隣にはパソコンを操作している若くて恰好良いお兄さんがいた。
俺は目標を捕捉して、カウンターのお兄さんに突っ込んでいった。
「あの、すみません」
お兄さんは手を止めてすぐにこちらに向き直る。
「はい、いらっしゃいま……せうぇあ!」
「あうぇ!」
俺とお兄さんはお互いを見てひっくり返ったような、わけの分からない単語を口にした。隣のお客さんとレジの女性は奇妙なものを見るような目で俺たちを見ている。水涼さんは後ろで首を傾げている。
「一途、一途じゃねーか! 久し振りだなぁ、おい!」
馴れ馴れしく話すお兄さん。彼は俺の中学、高校時代に仲の良かった同級生、草薙悠斗だった。
「悠斗、悠斗なのか? 久し振りだな!」
俺もついテンションが上がる。こいつとは昔から気の合う親友で、高校卒業後に悠斗がファッションデザイナー系の専門学校に行くと言って東京に出て行ったきり、ほとんど会っていなかった。
「どうしたんだよ、悠斗。お前、東京にいたんじゃ……」
「おう、それがよ……」
悠斗は会計対応の終わった女性の店員に「ちょっとスンマセン」と言ってカウンターから出てきた。彼女のほうが先輩らしい、悠斗の下手に出たような仕草がそれをにおわせた。人の流れが少ない紳士フォーマルのコーナーに移動して悠斗は話を続けた。
「専門学校は出たわけよ。でもなあ、在学中から感じてはいたんだけどよ~……俺くらいの意識を持ってるやつなんて、それこそわんさかいたわけだ。才能とかセンスとかがずば抜けてて、努力だけじゃ追いつけない、越えられないやつらに直面して、デザイナーの夢……諦めちまったんだ」
悠斗は笑いながら話す。そうは言っても、悠斗はやはりお世辞抜きでセンスが良い。今も自分の店のブランドと思われる服を着ているが、ネイビーのジャケットに白いシャツ。ストライプのパンツに革靴と、フォーマルに見せつつも若干崩しているあたりが、ファッションセンスゼロの俺とは比べものにならないほどカッコ良かった。
「悠斗ほどのやつでもそうなのか、現実は厳しいんだな」
「そんなとこ。それで、田舎に帰ってきたんだけどやっぱ服への憧れは忘れられなくてな。この会社入って、いろんなとこ転勤しながら、今年の春からここに戻ってきたってわけ」
恥ずかしながら話す悠斗。それでも俺には、夢を諦めた悠斗でもキラキラしているように見えた。どこか哀しげではあるが、淀みのない綺麗な笑顔をしている。なぜか、そう感じた。
「それにしても一途、お前……」
悠斗が俺をまじまじと見る。
「超ダッせえな」
「わ、悪かったな」
今の悩んでいる部分をストレートに射抜かれる。それを解決するためにここに来たんだっての。
「ここに来たってことはお前、服買いに来たんだろ?」
「えっと、まあ……そんなとこ」
俺は服の選び方なんてまったく分からない。そんなこと、恥ずかしくて言えなかった。
「お前は昔からファッションには無頓着だったからな。よしっ、俺に任せろ。俺がお前を全身コーディネートしてやるよ」
「ホントか! 助かるよ、悠斗」
「おう。でもなんたって今さらファッションに目覚めたんだ? 遅すぎるぞ」
「それは……だな」
俺は事の経緯を話した。もちろん真愛とのデートメインで。当たり前だが清水の神様の話なんてできない。
「なるほどな、お前……ホント一途だよなぁ。まさかまだ真愛とデキてないとは思わなかったぞ。拗らせてんなー」
「う、うるさいな。しょうがねーだろ、好きなもんは好きなんだし……」
「ま、そんなことなら俺に任せろよ。真愛をがっつり振り向かせるイケメンコーディネートにしてやる」
悠斗は「ほら来い」と言って俺を色とりどりのシャツやパンツが並べられているコーナーに連れて行く。水涼さんはどこかの店に遊びに行ったのか、いつの間にか姿が見えなくなっていた。