スマートライフにはストップ&ゴー、なのです! 5
「オーケー一途、ラストターン!」
盛大なミュージックがクライマックスを迎えるなか、俺の動きは三時間前とは比べものにならないほどキレッキレで、飛び散る汗が輝いていた。
ターンを終えて、ドーンというミュージックの終わりとともに、俺は体を前屈しながら両手を斜め後方に伸ばして華麗に、それも鮮やかにポーズを決めた。水涼さんも真似をして「とぉー」とか言って遊んでる。でもこけて、一人でケラケラ笑ってる。
パチパチと拍手をして太郎が俺に近づいた。
「ブラボー、一途。ユーは才能あるね。こんな短時間でミーのスピードについて来れたのはユーだけだよ」
はあはあと荒い息づかいの俺はゆっくりと体を起こし、額の汗を手で拭った。
「俺だけって……俺以外にも、やったことのあるやついるのか?」
「アゥイエ? 神になってからはユーが初めてデース」
「なんでいきなり語尾がカタコトみたいになってんだよ、しかも初めてかよ!」
久し振りに俺の裏拳ツッコミが出る。それは俺の人生史上で最もキレのあるツッコミだった。
「神になる前はユナイテッドステーツでダンスティーチャーをしてたからね、教え子はメニメニィいたよ。でもまるっきりの初心者としては、ユーは飲み込みが異常に早い。正直サプライズでしたよー」
俺は自分の体を改めて見直す。流道に鍛えてもらったおかげで体中の筋肉の造りはしっかりしている。もともと運動神経はそこまで悪くなかったからか、流道の試練もなんとか乗り越えることができた。造り上げた体と、もともとの運動神経が相まって、今回のダンスの試練も上手く乗り越えられた気がする。
なんだかんだ、俺は少しずつ成長している。そんな実感が体の奥底から湧いてきて、なんだか少しむず痒い。
「ありがとうございます、太郎さん。なんだか新しい自分に出会えたような、そんな気がします」
「オーケー、その気持ち、忘れずにいるんだよ。いつだって自分とは向き合えるものさ。ときには止まって、振り返って、また前を見て進み出す……長い長い人生もまた、ストップアンドゴーをすることで、よりディープに、よりナイスガイに、ジェントルメンとして味わいが出てくるってものなんだよ」
「太郎さん……」
太郎は変な奴で怪しさ全開だけど、思ったより懐が深い、良い人なんだなということがひしひしと伝わった。少し、目頭が熱くなる。
「ヘイ、一途。いいかい?」
そう言って、太郎が俺を清水側へと誘導する。
太郎が俺の顔の前に手の平を向ける。しばらく俯いて念じていると、清水の両脇から再び白い霧のようなものが吹き出す。やがてそれは俺の全身を球状になって包み込み、その輪郭に白い光で魔方陣を描いていく。魔方陣はゆっくりと回転し始め、それは徐々にスピードを上げていく。俺の体も魔方陣に呼応して光り出し、最高速に達したであろうそのとき、魔方陣は一気に霧散し、光も収まった。
疲れや汗も引いて、俺は全身から羽根のような軽やかさを感じた。
「これがミーの『加護』だ。コングラチュレイション、一途」
「ありがとうございます、太郎さん」
「何か困ったことがあったらいつでもミーはユーをヘルプに行くよ」
「はい、頼りになります」
俺は太郎さんとがっちりシェイクハンドする。ルー○柴みたいな喋り方だけど、こんな神様もいるんだなって、内心頼もしく思えた。
「二人の間に結ばれた固い絆……これもまた、儚き恋物語の奥ゆかしさを増す、美しきスパイス……」
水涼さんは一人で舞い上がっている。あの人はホント一人でも楽しそうだな。
「一途、それから……」
なにやら袖をごそごそする太郎。なにかと思えば、そこから取り出したのはお札の薄い束。俺は太郎からそれを受け取った。
「太郎さん、これは……?」
数えてみると福沢諭吉が十枚。今の俺にはかなりの大金だ。
「受け取ってくれ、ミーには必要のないマネーだからね。ミスター澪琴からのお願いでもあるみたいだからね。無下にはできないよ」
「でも、何かこれって、さすがに気が引けるなあ……」
「大丈夫ですよ、一途さん! このお金はいろんな方々が太郎さんの清水にくれたお金なんですから。それを太郎さんがどうこうしても、問題ないと思いますよ!」
水涼さんが後押しをする。神様がそんなんでいいのだろうか。
「まあそういうことだ。ミーたち神はマネーを必要としない。だからこれはユーがユーの運命を切り開くために必要なマネーだ。これもミーの『加護』のひとつと思って受け取ってくれ。何で全部お札になってるかはシークレットで」
「……分かりました、ありがとうございます」
最後のシークレットは気になるところだが、それには触れないでおこう。
とにもかくにも、これで服を新調する資金もできた。そしたら、神清水に行って澪琴から認められさえすれば……もうひとつの『加護』をもらえる。
「じゃあ一途さん、デートに行きましょうか」
「は?」
水涼さんはにっこりと微笑んで、急に爆弾発言を吹っかけてくる。
「次はお店に行って、お洋服選ぶんですよね? 私も一緒に行きまーす! これはきっとデートです。いいですか、一途さん」
ずいっと水涼さんが俺に顔を下から突き上げるようにして近づけてくる。俺は恥ずかしくなって咄嗟に顔を背けた。く、可愛い。自分の属性を知っててやってるのか、だとしたらかなりの策士だな、水涼さんは。いや、天然な彼女のことだ。絶対何も考えてない。
「わ、分かった、分かったよ。一緒に行くよ」
「やったー! デートに、お買い物~♪」
水涼さんはくるくる回って浮かれてる。こうして見ると、普通の女の子なのにな。なんだか神様ってのを背負っているというだけで、少し可哀想に思えた。
最後に太郎と熱い抱擁を交わし、二つ目の『加護』を手に入れた俺は、水涼さんと一緒に側清水を後にした。