スマートライフにはストップ&ゴー、なのです! 4
太郎に続いて中に入ると、天井こそ高さは変わらないものの、先ほどの空間よりも広い六畳ほどの広さはあった。
「ん~……レッツ、ダンッスウィ~~~ンッグ!」
「はあ?」
太郎が急に叫び出すと、今度はクラブミュージックが流れてくる。俺はポカンとするしかなかった。
「一途さん、ダンスですよ、ダンス!」
いやそれは分かってるけど、なんでダンスなんだ。というか、なんで水涼さんまでノリノリなんだ。いつの間にか一緒にリズムに乗ってるし。
「ユーの動きは相当に鈍い。どんなジェントルマンでも、動きにはキレってもんがあるんだぜボーイ」
確かに、今まで俺はハリとキレとは無縁なダレた生活をしていた。母さんからものっそりしてるって言われるし。流道に鍛えてもらって体こそマシになったものの、振る舞いがそれを活かせていない。
ここでハッ、と俺は気づいた。
立ち振る舞い、澪琴は俺のそんな弱点も見透かした上で、今回俺をここに案内させたんじゃないかと。見ててカッコいい人間は容姿だけでなく、その振る舞いも確かにスマートだ。服装だけ変えたって、それがともなっていなければやはりカッコ悪い。澪琴は、あの短時間でそこまで俺を見抜いていたのか……恐れ入るぜ。
「スマートな動きってのは静と動、つまりストップアンドゴーってやつだ。どんなにスローリィなやつでも、決めるところでバッチリストップ決めて、流れるところでゴーすれば……ナチュラルにスマートなやつに見えるもんだぜ」
ヘイヘイと太郎は体をくねらせながら俺に説明する。黙って説明できないのかな、この人。
「一途さん、リズムとテンポですよ。ノっていきましょう!」
水涼さんは何だかとても楽しそうだ。着物姿で小気味よくクラブミュージックにノるその姿は、それはそれで可愛く見える。こういうのが好きなのかな。
「じゃあまずはダンスステップ、ナンバーワン。基本中の基本、ストップアンドゴーだ。ミュージック、スタート!」
そう言うと、どこからともなく流れるミュージックの曲調が変わる。四分のテンポの途中にトリッキーなハイハットとバスが利いたパーカッションメインの曲。よく分からないけど、いかにもダンスの基本というような曲調だ。
太郎はその一拍毎に片足を前に出して手を上げてポージング、元の位置に戻ってまた一拍で今度は反対側へと片足を出してポージング、また元に戻る、同時に曲が終わる。その間、水涼さんは頭を横に揺らしながら手拍子を取っていた。BPMは百二十くらいだろうか。
「オーケー、一途? 今のミーの動きと同じムービングにレッツチャレンジだ」
「え……あ、はい」
「ミュージック、スタート!」
曲が始まる。なんだかよく分からないが、見たままやるしかない。
タッツッタ、ツータツタツッタ、ツー、タッツッタ、ツータツタツッタ、ツー……。
俺は恥ずかしさを全開にしながら、見様見真似で先ほどの太郎の動きを再現してみた。すると突如、ミュージックが止まった。太郎はこちらを見て両手を胸の前で広げて、首を横に振る。
「ノーノーノー、一途。そうじゃあない、それじゃあ足を出してるだけ、手を上げてるだけだ」
「え、でも太郎さんもそうやってたじゃないですか」
チッチッチッと彼は人差し指を横に振ってみせた。
「甘いね、スーパー甘々だよボーイ。たったこれだけのムービングの中に、基本であるストップアンドゴーがふんだんに盛り込まれている。ユーはそれを目で見て、耳で聴いて、肌で感じなきゃいけない。次にこう動かして、次は足を下げて……なんて考えながらダンスはやるもんじゃない。ダンスはいつもミュージックとともにあるんだ。考えるな、一途。ドントスィンク、フィール……だ」
お、おう。なんだかよく分からんが、とても力説されていることは分かる。ていうかいきなり踊り出して、いきなりまったく同じにやれってのはなかなかハードモードじゃないか。
「もう一度、ミーがお手本を見せる。足の先から指の先まで、ひいてはボディのすべてを、ミュージックとともに感じるんだ、オーケー?」
俺はこくりと頷く。
太郎が指を鳴らすとともに再びミュージックが流れ始めた。その瞬間から、俺は太郎の動きに刮目する。
一瞬ゆらりと動いた太郎は、ミュージックと一体化したかのように体全体で小気味よくリズムを取る。体を半身にし、足を斜め前に一歩出して手をともに斜め上へ出す。ここで一瞬、太郎の動きは完全に止まる、がそのすぐ後にそれらを引き戻し、元の位置へと戻す。戻してはいるが、まったく同じ姿勢というわけではなく、上半身が少し屈められ、足は小刻みに振れ、全体に流れというものがあることをはっきりと見て取れた。そして次の一拍のときには、また反対側へと同じ動作を繰り返す。ぴたっと止まったその瞬間だけは、伸ばした指先ですら、寸分も動くことはなく、きれいに形を決めて伸ばされている。注意深く見ると、同じものを見ていたはずなのに、最初のときとは全然違う動きをしているように見えた。
八度、それを繰り返して最後に小さくジャンプして、足を広げて着地すると同時にミュージックが終わる。改めて見ると、すごくカッコよく見えた。
「一途、少しは理解したようだね。その目で分かるよ。さあ、もう一度。今度は一途だ。レッツトライ!」
ミュージックが流れる。俺は俺なりに肩を上下させてリズムに乗る。どの程度で動けば良いのかまだよく分からないが、先ほどと同様に足を出して、手を出して止める。肩でリズムを取り続け、それを引き戻して次のステップ。音と自分の体がどこか一緒になった感じがして、俺はふわりと浮かんだような感覚になる。そこには地面も天井も、何もなく、ただ体にミュージックのスネアとバスの響きが伝ってくる。それに呼応して体が勝手に動き出す。そうか、これがダンスか。
最後に足を広げたポージングを取って、俺はふう、と息をついた。
「一途さん、カッコいいです~。ちゃんとできてましたよ~」
後ろで水涼さんがパチパチと拍手してくれる。なんだか少し照れくさいな。
「少々荒削りだが確かに今、ユーはミュージックとひとつになっていた。その感覚がミーにも伝わってきたよ」
「……なんだか、気持ちよかったです」
「オーケー、その感覚大事だよ。ムービングで重要なのはストップアンドゴーと言ったが、それと同時にフロー、流れだ。フローがなければストップも活かされない。そしてそのフローとストップが同調したとき、ゴーが引き立つ。それがスマートの秘訣さ」
太郎はサングラスをくいっと上げながら、白い歯を見せてにかっとする。
「確かに、カッコいい人って何でもスッ……とさりげなく物事をこなしてる感じしますもんね~」
水涼さん、それは合ってるようで合ってないような……。でも彼の言いたいことが、まだぼんやりとして輪郭こそ掴めないものの、なんとなく分かる気がする。
「さあ、一途。ユーには時間がないのだろう? タイムイズマネーだ。どんどんいこう、ネクストダンスステップ、ナンバーツー。ミュージックカモン!」
今度は少しテンポが速くなり、リズムもさっきより複雑だ。彼の動きがより激しさを増す。
「一途さん、頑張れー!」
これから約三時間、ミュージックに乗りながら俺は踊り続けた。