スマートライフにはストップ&ゴー、なのです! 3
側清水は町の一番南にあり、小さな祠がある。清水の中では珍しく地蔵が祀られている。
周辺は町の郊外といった場所で、郊外型スーパーや酒屋、石材屋、県内には数少ない競輪場外車券施設などが立ち並んでいる。国道に面しているということもあり、人通りも車通りもそこそこ多い。側清水の入り口は車が入れない、歩道専用の道路の脇にあり、地下に下りていく狭い階段を進んだところに清水がある。
地下に下りると中が少しばかり広くなり、全体が石造りとなっている。地下の中央を清水が勢い良く湧き出して流れていて、その清水の奥に祠があり、地蔵がある。その周囲の水中がキラキラと光って見えた。
お金だ。この清水はなぜか訪れた人はみんなお金を投げ入れる風習がある。
「ここは日に当たってないから、とても涼しいな」
「そうですね、地下っていうのもあって、少しジメジメしてますけど」
「え、水涼さん、暑さとか涼しさとかは感じないんじゃ……」
「あ、そうでしたね。感覚です。言葉のあや?」
水涼さんは「あれ~?」というとぼけたようなニュアンスで答える。天然に拍車がかかっている。
「水涼さん、ここの神様は?」
「はい、お任せください! 案内役の私が、今ごお呼びいたします!」
水涼さんはくるっと回って笑顔でポージングする。いちいちやることが可愛いな。いつものように清水の神様を呼ぶ。
「すみませーん、御台所清水の水涼でーす!」
閉鎖された空間ということもあり、水涼さんの声が壁や天井に反響して響き渡る。
清水に何も変化はないが、やがて地蔵の周囲にゆらりと白い霧のようなものが立ちこめてくる。それはどんどん濃くなっていき、地蔵が見えなくなるほどに白く深くなった。そして、なぜかノリノリのクラブミュージックがどこからともなく聞こえてきた。これは……もうすでに嫌な予感しかしない。
「グッモーニン、エブリワン! 清水の神様がミーを呼ぶ声がするよ!」
徐々に霧のようなものが晴れていき、地蔵の前にゆっくりと人影が現れる。体とおぼしきシルエットは台形でなぜか馬鹿でかい。頭の部分は……なんか丸くて超でかいヘルメットのようなかたちをしている。というか、挨拶の仕方。
「なんだかすごそうな神様ですね~」
水涼さんがにこにこして言っている。これにも、こんな不可思議な感じでも彼女は動じないのか。
やがて完全に姿を現した神様は……アフロヘアにサングラス、色黒で分厚い唇。白いジャケットを身に纏っているが、ところどころに金の刺繍や飾りが施されている。両腕の袖からひらひらと白い紐のようなものが下がっており……何ていうか、もうそれエ○ヴィス○レスリーじゃん、ちょっと古いけど。というか外人!
まさか、清水の神様が日本人じゃないとか、それはさすがに想定していなかった。一人でミュージックに合わせてゆらゆらリズムに乗ってるし。これはまた予想を飛び越えて変なのがきたぞ。
「やあ、ミス水涼、ハウワーユー?」
「はい、とっても元気ですよ~」
水涼さんが、なんかちゃっかり英語に答えてる。彼女は英語も分かるのか、古い言葉から英語まで、ある意味バイリンガルなんだな。なかなかスキルが高い昔の人だ。
現れた神様はくるっとターンをし、水涼に向かって手を前に出して、親指をぐっと立ててにかっと笑ってみせた。白いきれいな歯が茶褐色の肌に浮かび、茶褐色と白のコントラストがきれいだなと思った。
「おや、今日はもう一人、ジェントルメ~ンを連れてるね。人間と一緒なんて珍しい。ユー、名前は?」
揺れながら俺に今度は手を差し向ける。こいつはルー○柴か、これも古いか。
「は、初めまして。只野一途と言います」
俺は彼とは正反対のテンションで普通に答えた。
「ん~、イチズ、オーケー一途! ナイストゥーミーチュー、僕は側清水で神様やってる側・レイクソルト・太郎。よろしくね、ミスター一途」
ハイテンションな自己紹介でヒーはミーの手を取りシェイクハンドする。やばい、俺の脳内まで怪しい英語が浸食してくる。
「太郎さんはとってもノリノリですね、見てるこっちも元気になってきますよ~」
ダメだ、こっちはこっちで脳内お花畑だ。本当に神様ってこんなでいいんだろうか……。
「あ、あの太郎さん」
俺はもう止まらない太郎を無視して話をすることにした。
「オー、いきなり略してきたね~。ん~いいよ、なんだいミスター一途?」
「あ、いや、ミスターつけなくていいです。一途だけで」
「オーケーオーケー! じゃあ一途、それにミス水涼、今日はどうしたんだい?」
それでもくねくねしている太郎。それが人にものを聞く態度か。どこから流れてるか分からないミュージックも延々と聞こえるし。
「実は、『加護』をもらいたくて、神清水の澪琴さんから書状を預かってきました」
「アゥイエ? ミスター澪琴からかい? 珍しいこともあるもんだ、彼がミーにレターをくれるなんて百年以上振りだよ」
「そ、そうなんだ……じゃあ、これが書状です」
太郎に澪琴から預かった書状を渡す。太郎は包んでいた布を捲り、中から現れた短冊を揺れながら読んでいる。揺れながら読めるのか。
「ん~」と唸りながらしばらく短冊に目を通していた太郎は、急にそれをビリビリと破り始めた。
「ちょ、太郎さん! 何を!」
「とてもディフィカルトで読みづらいデ~ス。何書いてるのかアイドントアンダスタ~ン」
こいつ、結構適当だな。でもまあ確かに、あれが達筆な字だとしたら多分俺でも読みにくい。そもそもが外人の彼にとっては、よりいっそう読みづらかったのだろう。
「でもまあノープロブレムだから安心して一途。ミーがこれからユーに『加護』をプレゼントするよ」
「え、ホントに?」
意外とすんなり話が進みそうで助かる……
「もちろんチャレンジは受けてもらうよ。そうしないと『加護』はプレゼントできない。たとえストレートなストリートでもプロセスは踏むプロミス、だからね」
まあやっぱりそうだよな。そう簡単にはいかないだろう、ていうかちゃっかりラップ調に韻を踏んでるようで踏めてねぇ。
「わ、分かりました。チャレンジ受けます。」
「オーケー一途、カモン」
そう言って太郎は俺に背を向けて壁側を向いた。
「カモンって、どこに――」
俺が言い掛けてる間に、太郎は壁にある小さな出っ張りを押し込んだ。すると壁の一部が横にスライドし、隠し部屋のような場所が現れた。
「ここがミーのチャレンジルームだよ、カモン」
「はは、嘘だろ……」
開いた口が塞がらない。側清水にこんな場所が隠されていたなんて。十八年住んでて全然知らなかった。