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御台所清水の水涼さんっ!  作者: 水郷 美六
神清水&側清水 編
14/33

スマートライフにはストップ&ゴー、なのです! 2

 凜々しい眼差しを流して、俺と水涼さんを横目に見る。



「……水涼か、久しいな」



 澪琴、と呼ばれた神が口を開く。声は低すぎず、少し高め。その声色がまた余裕を感じさせるような麗しさを醸し出している。



「はい、お久し振りでございます」

「わざわざ人の子を連れて、我に何用だ。その者、お主と共にいるということは、我らの気に通ずる者なのであろう?」

「はい、お察しのとおりでございます。今日は澪琴さんにぜひお願いがありましてやってきた次第でございます~」



 水涼さんがこれまでの経緯を澪琴に説明する。水涼さんが言っていたとおり、確かにこの神様の空気は独特だ。世界観、確かに美しさと立ち振る舞いはそれを大きく作りだしているように見える。だが、それだけなのだろうか。


 事情を聞き終えた澪琴が顎に手を当てながら、俺をまじまじと見る。



「人の子、お前は我が『加護』が欲しいと申すか」



 鋭い眼光、流道とはまた違うその鋭さに、気圧されてしまいそうだ。



「あ……はい、只野一途と言います」



 俺は少し後ずさりながら、咄嗟に自分の名前を口にする。ある程度、俺を観察し終えた澪琴は俺に背を向ける。なんなんだ、この人の行動がさっぱり読めな――。



「――一途さん!」



 水涼さんの声が発せられた瞬間、気がつけば俺の喉元に刀身を露わにした刀の切っ先が、触れるか触れないかのギリギリのところに当てられていた。鞘が遅れてからんと音を立てて地面に落ちる。速い、まったく見えなかった。恐るべき抜刀術。


 あまりに急な局面に俺の背筋は熱を失い、血の気も引いていく。汗が……一瞬で止まった。



「あ……あの、これは」



 澪琴の視線がより鋭くなる。間違いなく何人かやっちゃってる目だよ、これ。



「……くない」

「へっ?」



 澪琴が何かを呟いている。上手く聞き取れない。



「美しくない……」

「は?」

「貴様の振る舞い、姿(いでたち)、そのすべてが美しくないと言っているのだ!」

「は、はぁ~?」



 急に何を言い出すかと思えば、美しくないなんて……そんなん思春期のころに分かりきってることだわ。そんな美しくないだけで刀の切っ先を喉元に向けられるとか、とんだ暴君だな。



「我の『加護』を受ける者に、醜さがあることは断じて許さん」

「そんないきなり言われても……」



 刀の切っ先はずっと俺の喉元を狙っている。指の一本でも動かしたら、あらぬ方向へとスライドする、そんな気がしてならなかった。



「ま、まあまあ澪琴さん、落ち着いてください。それをこれから、どうにかするんじゃありませんか」



 水涼さんが見かねてフォローに入る。む、と澪琴も彼女の声に呼応して、ようやく切っ先を下ろした。硬直した体の緊張が一気に解け、俺はその場にへたり込んだ。



「ったく、ホントだよ。神様はどいつもこいつもどうなってんだ、会ったら早々にまずは殺しにかかるよう出来てんのか」



 俺は皮肉たっぷりに口にする。澪琴はまるで聞いていないかのように清水の水面を見つめている。



「分からんか?」

「は?」



 また何か言いだした。こいつ、主語がない。いちいち面倒なタイプだ。



「水面に映る我の眉目秀麗な顔立ち。洗練された姿、どんな者でも魅了するであろう瞳……美しいとは、我の為にある言葉だと思わんか」



 やべぇ、これはちょっとばかしやべぇのが来た。これか、水涼さんの言っていた、変わった世界観ってのは。



「澪琴さんはいつもとってもカッコいいですよ~」



 水涼さんが煽る。何してくれてんだ。



「そうだ、我は美しい。であるならば、魂はどれも美しくあらねばならん。我と共有すべき魂は皆美しくあるべきなのだ。一途と言ったか……貴様はそれに値しない」

「ぐ……そこまで面と言われなくても分かってるよ、そんなことは。だからどうにかしてくれって、こうやって頭下げに来てるんだろうよ」

「貴様はそうやって流道の元で力を得たのか? 自らの醜さを露呈し、己が哀れを顧みず、神に力を乞うて、貪るようにして得た力なのか?」

「な――!」



 俺は……確かに力を得た。自分の無力さを、情けなさを、どう扱えばいいのか、どうすれば変えられるのか分からなかった……そんなときに水涼さんと出会った。水涼さんと出会って、自分の力じゃどうしようもないことを、神様にお願いして、流道に出会って力を得て。


 俺が得た力は確かに流道の恩恵によるものだ。だが、思い返してみろ、昨日までの辛かった日々、苦しかった日々……それと同時に感じられた例えようのない、乗り越えられたときの達成感を。俺は決して、ただ闇雲に無心したりはしていない。そのつもりだったが、言われてみれば……結果的にはそうなのかもしれない。



「俺は……」



 俺はうな垂れた、拳がわなわなと震える。反論したくても、こうまで正論をぶつけられると何も言い返せない。



「一途さんはそんなことありませんよ」



 水涼さんが俺の前に出て、澪琴に言う。水涼さんはいつになく真面目な顔で、真っ直ぐに澄んだ目をして、ただ澪琴の目だけを見ていた。



「流道さんの力を借りたのは間違いありません。ですが、ただ何もせず、一途さんは『加護』を得たのではありません。今までの人生の中で、おそらくは経験したことのない苦しさが彼を襲ったでしょう。何度も何度も、投げ出したい、逃げ出したいと思ったでしょう。それでも、一途さんは最後まで自分の意志を貫いて、諦めずに乗り越えてみせた。あれは私たちの力が介入できるところにありません。一途さんの心に決めた……一途な心ではなかったのでしょうか」



 水涼さんは俺を見て、にっこりと微笑んだ。とたん、俺の拳からふわりと力が抜けた。



「真愛さんを守りたい、その想いの強さが、私たちが彼に『加護』を与えたいと思わせたのではないですか?」



 そうだ……俺は真愛を玻雀の手から守るために、そのために強くなると、変わってやると決めたんだ。だから、俺はこいつから、澪琴から『加護』を得なくちゃいけないんだ。


 俺は立ち上がって再び前を向き、澪琴の目を見る。



「ありがとう、水涼さん。余計なこと言わせちゃったな。澪琴、俺はどんな試練にも耐えてみせる。俺はたった一人の女性(ひと)を守らなきゃいけない。そのためにも、『加護』の力が必要なんだ。頼む、俺に試練を与えてくれ」

「ならば示せ」



 澪琴はいつの間にか収めた刀を、鞘のまま俺に向ける。



「貴様の覚悟を、その身で我に示して見せよ」

「……望むところだ」

「まずは……貴様の姿だ、それは見てられん。いつの時代においても流行り、というものはある。現世で言うところのファッションセンスなるものが、貴様にはまったく感じられんな」

「そ、それは……反論できない」



 俺はファッションには無頓着だ。服なんか着れれば何でもいい、下手したら大事なとこさえ隠れてりゃそれでいい……とまでは言わないが、それくらいの気持ちで無頓着だ。



「まずは姿を(あだ)(おろそ)かにはできぬ。商い屋に赴き、着物を揃えよ。話はそれからだ」

「……水涼さん、この人何言ってんの?」



 俺は水涼さんにひそひそと聞く。正直言葉がいちいち面倒くさくて変換できない。水涼さんも耳打ちするように教えてくれた。



「まず服装をおざなりにはできませんから、お店に行って買い揃えてくださいってことですよ」

「なるほど……分かった。だけど、俺そんな良い服買えるほど金無いしな」

「私も、さすがに使うことがないので、現世のお金は持ち合わせてないですねぇ」



 いかん、いきなりの詰みゲー感。こんな現実世界じゃ、まさかモンスター倒して金稼ぎなんてもできないし。



「ふむ、ならば側清水を訪ねるがよい。あやつなら貴様の力になろう」

「え、なにそれどういうこと?」



 急な提案に混乱する。側清水といえば、ここから正反対の町の南に位置する清水だ。



「我の『加護』を受ける前に、側清水へ行ってあやつの『加護』を受けるがよい。あやつなら、不要な銭くらい持ち合わせていよう」

「そ、そうなのか。でもそれって大丈夫なのか? なんかいろいろ抵触しそうな気が……」

「まあまあ、きっと神様が言うなら大丈夫ですよ! 私も側清水の神様にはお会いしたことがないので、行ってみましょう」

「わ、分かった。じゃあまず側清水に行ってみるよ」

「承知した。であれば、しばし待て」



 澪琴は短冊と筆をどこからか取り出し、なにやら書き始めた。すらすらとなめらかに動く筆は、達筆な文字を書いていることを簡単に予想させる。書き終えた澪琴はその短冊を布に包み、俺に渡した。



「我からの書状だ。それがあれば、あやつも力になるだろう」

「そうか、紹介状みたいなもんだな。サンキュー、助かるよ」

「その姿、美しくなるまでここに戻ることは許さんからな」



 澪琴の眼光がまた鋭く光る。俺はたじろぎながら「はい」とだけ答え、水涼さんとともに側清水を目指した。


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