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御台所清水の水涼さんっ!  作者: 水郷 美六
馬洗い清水 編
11/33

コンプレックスの解消には、まず体からなのです~ 5

 朝、目が覚めると俺の体から軋むような音が鳴っている気がした。



「なんだ、この……筋肉痛。マジ、半端ないって……」



 何とか布団から出る。起き上がるというより、這い出るように。


 反動がすごいとは言っていたが、まさか立ち上がることすら困難だとは……想像のさらに上を行くしんどさだ。体を動かしてどこかの筋肉が伸びると激痛が走る。それを庇って別の姿勢を反射的にとると、また別の筋肉が伸びて激痛をともなう。まさにエンドレス筋肉痛だ。


 畳の上でしばらくもんどり打っては筋肉を擦り、自分で自分をマッサージして、体が痛みに少し馴染んだところでようやく起き上がり、俺は馬洗い清水へと向かう準備をする。


「何イモムシみたいな気持ち悪い動きしてんだい」と母さんに馬鹿にされながら、八時三十分、流道からの言いつけどおり、俺は馬洗い清水までの約五キロの距離を走るため、家を後にした。


 天候は本日も良好。太陽はすでに南に近い東の上空にあり、じりじりとした熱線が肌にもう感じられる。きっと今日も昨日みたいに暑くなるのか、それだけで少し気が滅入る。


 昨日はヘロヘロの状態で家まで走ってきたためにあまり気づかなかったが、走る道の両側には見渡す限りの田園風景が広がっている。青々しく敷かれたその光景はとても壮大なものに感じられて、同時に懐かしさも込み上げた。物心ついたときから学生まで、ずっと見てきた光景。なのに歳を取ってから見ると、なぜだか前と同じ景色とは思えなかった。前に見たときより、ずっとずっと、綺麗だった。



 これが真愛の恩返ししたい町、俺たちの生まれ育った町、守りたい町。



 今日も頑張ろう。改めて、両手で頬を叩いて気合いを注入し、筋肉痛に耐えながら俺は走り続けた 。



***



「ほう、逃げずに来たか、一途よ」

「一途さんいらっしゃーい、待ってましたよー!」


 馬洗い清水に到着するやいなや、まるっきり正反対のトーンが俺を迎える。流道と水涼さんだ。


 水涼さんは桟橋にしゃがみこんで水際で何やら蛙と遊んでいるようだ。流道にいたっては上半身裸になって片腕だけで逆立ちしながら静止している。何気にすごいことなんだが、これ一般人に見えてたら軽く非常識、そして変態。



「体の筋肉痛は半端ないけどな。でも、俺やっぱ強くなりたいんだ。こうなったら、どんな試練でも受けて立つよ」

「一途さん 、カッコいいです~」



 まるで茶化しているようにも聞こえるが、でも彼女の感じだとあれは本気で言ってるのかもしれない。


 流道が体の反動を使って、綺麗な弧を描きながら天へと上げた両足を地面に戻す。ふう、と息をつく流道の体は汗のひとつもかいていない。そもそも神様なのに鍛える意味あるのか。そんな疑問をよそに流道がこちらに向き直る。



「では今日からの内容だが……正午まではこの辺りに落ちているものを使っての全身鍛練、それ以降は昨日と同じ、駆け足だ」



 そう言って流道は社の周辺に転がっている石や木片を親指で指し示す。どう見ても何の変哲もないただの石ころと木の切れっ端だ。



「こんなもの使ってをどうするんだ? トレーニングになるのか」



 俺は野球のボールくらいの石を拾ってみる。やはり、特別なものではない。ただの石だ。



「そのままだとな。それを鍛錬の道具に変えるのだ。こういうふうにな……」

「――!」



 流道が人差し指の先にビー玉程度の小さな水球を作り、俺の持っている石にそれを接触させた。その瞬間、その石は何キロもある重さへと変わり、俺は思わず石を地面に落とした。石は土の地面に半分ほどめり込んでいる。



「な……どうなってんだよ、これ!」



 俺はめり込んだ石を持ち上げようとするが、あまりの重さに持ち上げられなかった。

流道はもう一度人差し指で水球を作り、石へと放つ。水球が触れると石はまた元の重さへと変わり、地面から軽々と持ち上げることができた。



「俺の力なら、これくらい造作もないことだ。どうだ、そう考えれば鍛練する道具にことかかんだろう」



 辺りを再度見回すと、小石から木片、いつから落ちているのか分からない壺や木箱……あとは俺の装備品。



「気づいたか、お前が身に付けているものとて同じ事だ。今日はお前のそれぞれの装備品の重さ……今の時代の基準に合わせて、二百六十六匁にして鍛錬するとしよう」

「つまりどれくらいだよ」

「今で言うところの一キロだ」



 そう言うと流道は俺に向かって大きめな水球を放つ。全身が一気にずぶ濡れになったが、それと同時に運動用として身に付けてきたジャージやらランニングシューズやらが突如重量を増す。俺は少しよろめいた。



「うわ、めちゃくちゃ重いし動きづらい……これで今日一日かよ」

「一日ではない、あと六日間ずっとだ。お前が成長するたびに重量を増やしていくぞ」

「ひー、容赦ないな。でもあんたの力のおかげで、まだ食らいついてはいけそうだ。やってやるよ」



 俺は流道に親指を立ててアピールする。流道はにっと笑って手近にあった小石を拾い、俺に向かって放り投げる。俺は石をキャッチして流道を見返す。



「うむ、良い度胸だ。では鍛錬を始めるぞ。まずは重量を変えて投擲(とうてき)だ。足首から太腿、腰の捻りに肩甲骨、肩、肘、手首、指と……己が体の末端まで意識を集中させ、すべての筋肉を存分に使いその石を投げよ。右手、左手両方交互にだ。重さは三貫、十キロと少々だ」



 流道の水球によって、小石がずっしりとした重さに変化する。今度は落とさないようにしっかりと抱え込み、俺は早速小石を投げ始める。小石は二メートルほど先の地面に突き刺さる。



「ひえ~、結構重いぜ。服の重さも相まって、超投げづらいな」

「全身の筋肉を使い切れていない証拠だ、さあ次々いくぞ」

「応!」

「二人とも頑張ってくださいね~」

「ははははいっ! 水涼殿、ここここの流道にぃ、お任せくだださい!」



 木々の間から木漏れ日の差す中、俺と流道のトレーニングは続いた。

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