一個目:鮭弁当
学校において、昼休みは重要な意味を持つ。午後からの授業を乗り切るための大事な45分だからだ。しかも、うちの学校の場合は昼休みに昼ごはんを食べる時間も含まれる。だから、今、あたしが見ているような光景になるはずだ。
教室の所々で仲のいい子同士で弁当やパンを食べる。うちのクラスは13人と少ないけれど、それでも、それだからこそ目立つ。
「⋯⋯今日もいない。」
そう。このクラスには、今12人しかいない。2年になって、このクラスになってからずっと、昼休みだけはこのクラスから1人消える。誰かは分かってる。どこにいるかはわからない。なんでかもわからない。だから探しに行ってみるのだ。
「ごめん。あたし今日、お弁当忘れちゃった。」
そう言うと自然に抜け出せる。楽しいけれど、疲れるこの時間から。
「お腹すいたの忘れるように図書室行ってくる。」
これももう知ってる。こう言ってもうちのクラスメイトは図書室になんて来たりしない。今日は当番じゃないけど、あたしだって図書委員を好きでやってるわけじゃない。楽そうだから、ジャンケンになりそうな所をここにいない1人から譲ってもらっただけ。
「さて⋯⋯どこだろ?」
全くアテなんてない。とにかく歩いて探すしかない。
図書室、中庭、駐輪場、実習棟、校舎裏、空き教室⋯⋯。その全てに回ってから、最後に1番遠くて1番行きたくなかった所へ足を向ける。
「あ、いた。」
体育館の入口がある2階の上の上のさらに上。その子⋯⋯ひょうろうくんは4階から屋上へ向かう階段の最上階にいた。
「⋯⋯」
こちらを一瞥したあと、ひょうろうくんは弁当に再び箸を伸ばす。半分ほど食べたあとだが、あたしにも簡単にその中身が何なのかは分かる。
「⋯⋯それって鮭弁当?」
隣に座って話しかけてみる。50センチぐらい離れられた後、彼は黙って頷いた。真っ白な白飯の上に橙色の焼き鮭が乗っている。ひたすらに素朴なそれは今のあたしにとってはどんな弁当よりも美味しそうに見えた。
「⋯⋯きゅるるるる~」
お腹が鳴る。やっぱり昼ごはんを抜いたのがまずかった。さすがに赤面はしないが、全然恥ずかしいわけじゃない。
静かな空気が続く。ふと横を見ると、彼は半分弱まで残った鮭弁当をあたしに押し付けてきた。
「⋯⋯」
空気はかなり読めると自負しているのあたし。そんなあたしじゃなくても誰にでもわかる。「食べれば?」と言ってきているのだ。
断る理由もないし、間接キスとかなんとか言うようなキャラでもないし、潔癖でもない。
「ん、ありがと。」
弁当箱を受け取って軽く礼を言う。まさか人を探してきて、やっと見つけた人から弁当を貰うなんて思わなかった。不思議な気分のまま、少し長い箸で鮭を食べる。
「⋯⋯美味しい。」
口に入れた瞬間から鮭の味が口に広がる。程よい所ではなく、完璧なまでの塩味がより一層鮭を目立たせて、ほとんど本能的に白飯を口に含んだ。
「なにこれ美味し過ぎ。」
とんでもなく美味しい鮭に対して含みすぎたとも思える白飯の一口は、鮭からでた旨みを染み込ませてその一粒一粒を輝かせて口の中でより一層輝く。
ただ、白飯と鮭だけの弁当。市販のような副菜は一切入っていない。
だからこそ、白飯の炊き方と鮭の焼き方にのみこだわっているのが弁当箱を通して伝わってくる。
「⋯⋯ごちそうさまでした。」
数分で鮭弁当を食べ終わったあと、ふと考える。
(いつから心の底からの『ごちそうさま』を言わなくなったんだろう⋯⋯)
ひょうろうくんはそのあいだ空になった弁当箱をずっと遠い目で見つめていた。
鮭弁当はだいぶ前から作って食べてます。皮はパリパリ派、少しだけ焦げ目をつけて焼きます。
油が乗ってるこれからの時期にいかがでしょうか?
※なお、この小説の弁当は全て実際に作者が食べたことのある、自身で作った弁当を使用しております。