後編
「ねえ、どこなの?」
見たこともないマンションを求めて数十分。そろそろ一休みしたいところである。
「あとちょっと!」
カルタのこの言葉を、山を登ってから何回聞いただろうか。
目的地も分からないまま闇雲に奥へと足を運んでいける彼女の気がしれない。さっきまであったちょっとした興味も、報酬のない労働の前には何の役にも立たないものとなってしまった私にはこの疲労は苦痛でしかない。
「あと10分したらもう帰るからね」
太陽なんてどっか行ってしまった状況で山奥にいるのは危険すぎる。好奇心に食われて現実が見えていない彼女からしたら不満だろうが冷静に考えて、山から出られないなんて冗談じゃない。
「えー。あとちょっとー!」
ぷくうとフグみたいな顔をして迫ってくるカルタに、私は最後通告を送る。
「なに?頬を膨らませてきたからって時間は一切伸びないから。まあ、マンションが見つかったなら話は別だけど」
私だってそのマンションとやらには興味があるのだ。ただその過程が嫌なだけで。
「わかった」
そう言うと、駄々をこねていた態度は一変して、カルタは無言で山を更に上り始めた。あと少しの悪あがきなのだ、多少の足の痛みには目をつぶろう。
残りあと5分。
泣いても笑ってももう終わりなのだ。やっと帰れると胸をなでおろした時、突然カルタが道を外れて草むらに足を突っ込んだ。
「カルタ?どこにいくの」
歩くために作られた道を外れる意図がわからなくて、私はカルタに声をかけた。
「こっち」
いつもの無駄な発言はどこへやら、たった一言口にするとそのまま奥へと進んでいってしまう。時間がなくて焦っているからってこれはないだろうと文句を言おうにも、カルタの背中を追うことが精いっぱいで言葉にするのは難しい。
「カルタ、もう帰ろ……」
やっとの思いで追いついた背中に声をかけると、その背中の向こうに山奥とは思えない煌びやかな建物が建っていた。
これがカルタの言っていたマンションだろう。あんなに暗かった山奥に、こんな明るい建物があったんだなんて考えているといつの間にか前にあった背中がなくなっていたことに気づけなかった。
「カルタ?」
先に入っていってしまったのだろうか。真っ暗な草むらにカルタを見つけることはできな
い。一人で暗い山を下りる勇気のない私はカルタを探しにマンションの中に足を運ぶしかなかった。
セキュリティーとか厳しそうな見た目のわりに、入り口は難なく通過できて拍子抜けだ。もしかしたら先に突入したカルタに手を焼いていて、私の存在には気づいてないのかもしれない。
こんな時間に山奥にわざわざ来るようなもの好きは、普段いないだろうから。
「カールーター?」
ロビーらしいところで声を張り上げても、少し響くだけで私の見えていないところに声は届いていないのだろう。
まったく、手間のかかる連れですこと。
あんな山奥を歩いてきた身としては、煌々と照明のついている建物の中に恐怖心など一切ない。カルタを探すためにさらに奥へと進んでいった。
「カールーター?」
声をあげながら廊下を進む。ここにも居ないらしい。
もうどこに行ったんだと半分ムキになりながら散々歩き回った挙句、探しつかれて入り口に戻ると見知った背中が立っていた。
「もう、カルタどこいってたの。探したんだからね」
文句を言っても無反応。
警備員さんにこってりと絞られてしょげているんだろう。
「ほら、さんざん見たでしょ。もう帰るよ」
「うん」
そう言って私たちは闇夜に帰っていった。
次の日。
「おはよう、昨日は楽しかったねー」
妖怪には会えなかったけどマンションはあったし、いい経験をしたなと思っていると、
「あー、やっぱり!許さないからね」
カルタはにらみ付けるようにキーっと威嚇するような態度をとりだした。当然そんな態度をとられるような心当たりはないのでそのことを聞くと、思いがけないことが返ってきた。
「え、何が?」
「何がって、途中で帰るなんてひどいよ!ついてきてると思って進んでたらいなくなってるし……帰り道怖かったんだから」
これはいったいどういうことだろう。私はカルタと一緒に帰ったはずなんだけれど……。
「私、カルタと一緒にマンションに行ったよね?草むらを進んで」
私の記憶にあることを話すと、慈悲もない返事が返ってきた。
「マンションなんて見つかんなかったけど?」
真剣な態度のカルタの言葉に、彼女が嘘をついていないことを嫌でも理解してしまう。昨日のあれは何だったのか。思い出そうとする私の背中は、ぐっしょりと濡れていた。
なんか、妖怪とか出てきてないのに、ホラーっぽくなってしまいました。