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一章 白いホテルの惨事(4)

 エルと同じように、テーブルを背に座り込んでいたのは、先程見掛けた金髪碧眼の外国人だった。


 男の足元には、物騒な軽機関銃と使用済みの弾が散乱しており、彼は悠長に口笛を吹きながら、慣れたようにサブマシンガンを組み立てていた。終えるとそれを腰元に無造作に付け、続いてどこから取り出したのか、別の改造されたライフルを手早く組み立て始めた。

 

 気のせいか、男がミリタリー風のウエストバッグから、鞄の容量を超過する大きな銃器を取り出したように見えて、エルは思わず目を擦った。


 こいつ、何でここにいんの。というか、何しちゃってんの?


 唖然と見つめていると、男が、エルの視線に気付ついて振り返った。「おや」と楽しげに呟き、まるで、そこのコンビニで知り合いにでもあったような落ち着いた顔を向けて来る。


「さっきの少年じゃないか。やっぱり君、エキストラじゃなかったんだねぇ」

「あの、エキストラって……?」

「難しい話は後だよ、少年。殺らなきゃ殺られるからね。まぁ、僕は後方支援っていう楽な役回りだけれども」


 接近戦はどうも苦手なんだよねぇ、と男は手元の作業を慣れたように続けながら、悠長に言った。


「とりあえず、死にたくなかったら、今は自分の身は自分で守るしかないよ」

「待って。殺られるって一体どういう――」


 その時、隠れているテーブルの脇に着弾し、エルは咄嗟に頭を抱えて身を低くした。金髪の男は目も向けず、仕上げた改造ライフルを構えて、テーブルの脇から狙いを定めた。



「いいかい、少年。自分の恐怖を少しでも減らしたいのなら、敵を倒しなさい。出来るだけ銃弾を避けながら、確実に相手を仕留めるんだよ」



 アドバイスのようにそう告げた直後、スコープ無しに銃口の向きを調整した男が、おもむろに引き金を引いた。


 一瞬、薄暗くなった室内に火花が散ったようにも見えたが、風を切るような細い銃声に対して、発砲された重い衝撃が空気を振るわせた。エルが驚いている間に、男は発砲した方向へと走り出してしまっていた。


 再び敵方向から発砲され、近くの砕かれた床の一部が、エルが握りしめていた拳銃にコツンと当たった。自分が隠れている場所が、敵側に特定されてしまっているのだと察し、動かなければと自身を奮い立たせて、エルも走り出した。



 エルは、消炎と瓦礫のせいで視界が悪く、騒動が続く薄暗くなっている会場内に目を凝らし、辺りへ素早く目を走らせた。



 左前方に一人、右奥にもサブマシンガンを持った男が一人いて、走るエルを真っすぐ見つめていた。エルは彼らが銃器を構え直す間際、別テーブルの影に入り込むと、それを盾に、敵に向けてピストルの銃口を向けて素早く引き金を引いた。


 真っ直ぐ放たれた銃弾が、それぞれ男達の身体の中心寄りを撃ち抜いた。


 すると、別の方角から続けて銃声が上がり、エルが反射的に身を隠すそばから、テーブルと床に十数発が続けて撃ち込まれた。

 

 素早く左右に目を凝らしたが、辺りはテーブルやシャンデリア、椅子などの残骸が散乱して破壊しつくされており、近距離に隠れられそうな逃げ場所はなかった。その間に、こちらに向けて銃弾を乱射した者が、発砲を一度止めて、ゆっくりと間合いを詰めて近づいて来る気配がした。


 相手の銃器はフルオートだ。こちらが引き金を一回引く間に、数発は連続で撃ててしまえる。


 生き残る確率とその方法を素早く逡巡し、エルは奥歯を噛みしめた。迷っていたら駄目だ。あの金髪男に言われなくたって、分かっている。生き残るためには、確実に敵を仕留めなければならないのだ。


 かなり怖いが、やるしかない。


 自分が生き残るためには、失敗は許されなかった。エルは、緊張と恐怖を抑え込むように短く息を吸い込むと、床に片方の膝をつき、近づいてくる敵の足音と気配に集中してタイミングを待った。


 ……ッよし、今だ!


 訓練を思い出し、目を見開くと同時に震えを止めた。


 エルは、対峙するようにテーブルの影から飛び出すと、両足を広げてしっかりと立ち、わざと露骨に、両手でしっかりとピストルを構えて見せた。


 予想していた距離に、黒いスーツ姿のサングラス男がいた。彼も確実に獲物を仕留めるべく、銃口が長めのマシンガンをこちらへ向けて構えていたが、ピストル一丁で立ち向かおうとするエルを見て「すぐに仕留められるだろう」と思ってくれたようだ。男の引き金に置かれた指から、少し力が抜けたのが分かった。


 数発で留める程度を想定したように、軽く力が残されただけの男の指が、そっと引き金に触れるのが見えた。


 この近い距離だ。相手は、確実に外さず撃って来るだろう。


 エルは男を睨み据えたまま、知らず唾を呑み込んだ。心臓の震えが指先に伝わりそうになったが、失敗した時の想像を無理やり頭から追い出す。少しでも銃弾の軌道の読みが外れれば生き残れる保証はないが、やるしかないのだ。


 逃げたら駄目だ。俺は、生きてクロエと合流しなければ。


 強い緊張から、すぐに発砲したい衝動を覚えたが、どうにか堪えて、エルはピストルの引き金に指を置いたまま、その時が来るのを待った。


 男が、引き金に掛けていた指を引いた。構えられた銃口から一発、そして、ほとんど間も置かず続けて二、三発の銃弾が発砲されると同時に、研ぎ澄まされた五感がエルの時間の流れを、ひどくゆっくりとさせた。



 複数の銃弾が、空気の抵抗をまとって流れて来る。エルは、発砲された銃弾の軌道を、自身の目で正確に捉えた。



 エルは瞬きもせず、銃弾の軌道から目を離さないまま動き出した。僅かに左へと頭を動かせて一発目の銃弾を、続けて右方向へ身体を踏み込みながら、二発目の銃弾を避けた。


 顔の左右を風が通り過ぎていくのを感じながら、エルは他の銃弾も避け、驚異的な瞬発力で男に迫った。サブマシンガンを持った手が振り払われたが、間髪置かず下に滑り込むと、突くような乱暴さで男の顎下にピストルの銃口を押しあて――迷わず撃った。


 男の頭から、銃弾が貫通する鈍い音が上がった。男の身体がぐらりと揺れて、そのまま崩れ落ちる。


 エルは乱れた呼吸を整えながら、男の死体を見降ろした。激しい動悸で呼吸がなかなか整えられなくて、降ろした右手に持ったピストルが、手の震えに合わせてカタカタと音を立て始めた。


 幼い頃から戦闘訓練は積んでいたので、ナイフ戦や肉弾戦は特に得意だったが、それは、あくまで護身のためのものだ。



 人を殺す事になるなんて思わなかった。初めて、人を殺してしまったのだ。



 気付くと、辺りは怖いほど静まり返っていた。銃声の嵐がいつ止んだのか分からなかったが、エルは、ガラスの破片を靴の底で踏む足音が聞こえて、ハッと顔を向けた。


 そこに、全く緊張感のない男を見て、エルは思わず目を丸くした。


「君、すごいねぇ。僕が助ける間もなかったよ」


 いやあ、もう間に合わないかと思ったね、と金髪碧眼の男が耳に心地よいテノールで、場違いで陽気な声を上げた。こちらに向かって歩いて来る彼は、涼しい顔で、使用済みの銃器をその辺に投げ捨てた。


 呆気にとられていると、金髪男とは別の方向から、例の無愛想の仏頂面をした大きな男と、きびきびとした足取りで日本人風の大男も姿を現した。


「おいおい、スウェン、一体どうなってるんだよ。なんでエキストラでもないガキが紛れ込んでんだ?」

「『入口』はもうないはずだが、システムに問題でもあったのだろうか?」


 日本人風の大男が、金髪碧眼の男に向かって遠慮がちにそう尋ねる。金髪の男は「まあまあ、落ち着きなよ、二人とも」と宥めるように言った。


「ちゃんと話し合わなきゃ、分かるものも分からないじゃないか」


 拍子抜けするぐらい緊張感のない男達を前に、エルは、しばし唖然としていた。いつの間にか全身の震えはなくなっていて、それに合わせて、固まっていた脳が正常に機能し始めた。


 冷静さが戻ってくると、沸々と怒りが込み上げて腹が立った。


 彼らの事情は知らないが、こっちは巻き込まれたうえ危険にさらされ、数年ぶりに使用したピストルで人を撃ってしまったのだ。エルは、持っていたピストルを感情任せに放り投げると、そのまま談笑の流れに入りそうな男達を「おいコラッ」と叱り付けた。


「というか日本で、そもそも沖縄で白昼堂々と銃の乱射とか有り得ないだろ! いきなりで意味分かんないのは俺の方だし、もう少しでマジで死ぬところだったんだからな!?」


 エルが言葉で噛みつくと、金髪の男が困ったように笑った。


「威勢が良いねぇ、少年。大丈夫だよ、そもそも『ここ』は現実世界じゃないし」

「現実世界じゃないって……え、もしかしてお前――」

「言っておくけど、僕の頭がおかしいわけじゃないからね」


 彼はエルのドン引く表情を見るなり、きっぱりと自身の頭の潔白を主張した。


「ほら、改めて周りをよく見てごらんよ。死体なんて、どこにもないでしょ?」


 促され、エルは辺りの状況を確認してみた。


 破壊尽くされたテーブルや椅子、シャンデリア、瓦礫の一部が辺り中を埋め尽くしてはいたが、倒れていたはずの人間の姿だけが忽然と消えていた。先程、エルが撃って殺してしまった男の姿も消えており、いくら目を凝らしても血痕すら見付けらなかった。


「相手を撃った時、血が出なかった事に気付かなかった? 普通、顎の下から銃弾を撃ち込んだら酷い事になるよ。そういう設定が『ここ』では、されていないんだ。怖い夢を見た時、残酷なシーンになると思わず目を閉じてしまって、実際には見ていないのに血飛沫を想像するのと同じ原理なんだよ」


 続けて説明された言葉を聞きながら、エルは、改めて三人の外国人へ目を向けた。


 状況は全く理解し難いが、非日常的な先程の銃撃戦もニュースにはならなくて、崩れ落ちた光景を覚えているリアルな死体も本物ではなく、むしろ魔法のように消えてしまった人物達は本物ではなくて……?


 そうすると、エキストラ――役者という言い方も正しいのだろうか。実際の人間は、ここにいる四人しかいないのだと金髪男は言っているようでもある。エルは、どうにか時間を掛けて頭の混乱を落ちつけようとした。


 そうだとすると、つまり……


「…………俺は、人を殺してしまったわけではない……?」

「あはははは。本物の人間は、そう簡単に死なないよ。殺すのって、結構面倒で大変な作業なんだから」


 金髪の男は、さも可笑しそうに言った。日本人風の男が困惑しつつも心配そうにエルを見て、仏頂面の男が、思い切り顔を顰めて金髪男へ尋ねた。


「おい、スウェン。どうするんだ」

「もしかしたら最後に巻き込まれた一般人の可能性もあるし、ひとまず、ハイソンの方で調べてもらおう」


 早々に話を切った金髪の男が、くるりとエルを振り返り、にっこりとした。



「ひとまず、『仮想空間エリス』へようこそ、少年」



 その時、腕を広げた金髪碧眼の男とエルの間から、クロエがボストンバッグを引っ張って四人の前に現れ、和やかな声色で「にゃー」と鳴いた。

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