彗星のお願い
「ヤバい、詰んでる」
第二の人生が始まったと確信し、私の偽らざる本音がぼろりと発露してしまった瞬間の言葉だ。
この時から「夏場に死んで三日くらい常温放置した鯖みたいな目をしているな」とよく言われるようになった。腐って蛆が湧いてるんですね、分かります。
だが不可抗力だ。仕方がないと思う。
コメット・メテオリット男爵令嬢。時に三歳。
美少女だという言葉を信じ転生特典にうっきうきしながら鏡で自分の容姿を確認し、さらに名前を確認して絶望した。
人生詰んでるとしか言いようのない絶望感に襲われた春だった。
コメット・メテオリット。
寄りにもよってコメット・メテオリット。
ヒロイン転生にしてももうちょっと他にあるだろうがよ。
なんでこんな…。
糞乙ゲー界のレジェンド級クソ乙ゲーのヒロイン転生なわけ?
死亡フラグと死亡フラグと死亡フラグと死亡フラグと死亡フラグでできた糞ヒロイン。
「どんな糞乙ゲーより真面目に糞乙ゲー」と名高く、わたしも「さすが糞乙ゲーwどうやったら攻略できんだよww」とか草はやしながら一周だけプレイして案の定死亡し、あとは攻略サイト改めこき下ろしサイトを冷やかして回ったレジェンド級糞乙ゲー。
運営も運営で「選択肢(二桁とか)がふざけすぎている」と苦情送ったら三桁に増やしやがったw
ハッピーエンドのバリエーションより死亡エンドのバリエーションのが豊富とか、ホラーゲームかよwっていう。
悪役令嬢の誰より死亡フラグ多いとか、ほんとにヒロイン?
ていうか、死ななかったら死ななかったで反吐が出そうなほどの社会的死亡フラグがそれこそ死亡フラグより多いとか……………。
…………うん。詰んだ。
いやいやいやいやいやいやいやいやいや。そりゃないよ、神様。
わたしが何したっての?
こんなクソ転生かまさなきゃ留飲下がらないほどのそんな悪行積んだ?
チート転生よし来たわたしの時代!とか思ってた三年を返せ。
ポイ、と手にしていた手鏡を震える手から放り出して無駄にふかふかなベッドに突っ伏した。
今までの苦労って何だったんだよ、馬鹿!
呑み込みの速い柔らかな脳に詰め込めるだけ詰め込んでチョー頑張って淑女教育受けてたのに。
マジかー。
ッザケンな糞が。
「ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ…」
……………………………よし、死のう。
人生に絶望し自殺図りやがった先人のせいで完全監視体制で自殺できそうにないし、ナイフ系は手に取らせてもらえないし。
一番最初のお茶会で王太子妃に処刑される無礼討ちエンドが一番マシだわ。
あとはハッピーエンドなのに、王太子にレイプ目腹ボテ監禁エンドとか、公爵令息に人体実験モザイクエンドとか、隣国王子に食人肉祭エンドとか、侯爵令息にモラハラパワハラDV吐血エンドとか、騎士に腹上死エンドとか………生きていける目が見えねぇ。
うん。
マジでヒーロー全員、どうしようもねぇ糞ばっかだな。
クソヤンデレな王太子がまだマシに見える不思議…!!!
王太子妃のお茶会で無礼討ちしてくれなかったら時点で糞ヤンデレに媚び売って王太子妃の怒りを買って程よく処刑エンドしてもらおう!そうしよう!
他の連中ハッピーエンドでもそれ以外でもマジ怖すぎる!!
下手にハッピーエンドなるより死んだ方がマシとか、詰んでるよね!!!
ヒロイン転生なんてマジくそくらえ!
++++++
「なんで、なんでなんでぇ!?」
悲鳴のような絶叫が蒼天の空に響き渡った。
「何で、紹介してくれてもいいでしょ?!何でダメなの!?あ、わかった!パラが足りない?じゃあ、ユラニュス様かヴェニュス様は?ダメ??じゃあ、じゃあ、テール君!ねぇ、テール君ならいいでしょお?」
よし、甲高い声といい言葉選びと言いこの上なくアホっぽい。
わたしは内心力いっぱいこぶしを握った。
この日のためにわざわざドレスコード無視して王太子妃様のドレスの色とばっちりかぶせ、メイクもど派手に、尚且つ趣味の悪い金糸銀糸で刺繍だのレースだの絢爛豪華にモサモサしてやった。
デイドレスをとの暗黙の了解無視して露出度も豪華さもひどいナイトドレス着てきたわたし勇者。
もっさもさですんげぇ重い。
お庭でティーパーティーなのに履いてきた華奢なピンヒールのかかとが芝生にめり込んで歩きにくいったらない。
養父様たちにこの門残払いくいそうな格好見られないようにするのに苦労した。
格好だけで出禁にしたりクジャクかと突っ込まなかった会場の門番を褒め称えたい。
だが努力の甲斐あって目を覆いたくなる格好のおかげで誰とも目を合わさず、誰にも話しかけられることなく、誰も近寄れないクレーター(ATフィールド?)を築くことができた。
誰も近づけないオーラを放ちまくり、挙句すんごい迷惑そうな顔してる令嬢に厭味ったらしく話しかけてウザがられていたら、気遣い上手の王太子妃が話しかけてくださったのでこれ幸いと無礼を働いてみた。
「どうされました?」
「何かございましたか!」
ガシャガシャと喧しい金属音を立てて、近衛達慌ただしくが駆け付けてきた。
そのまま剣抜いてサクッと首切ってくれてもいいのよ?
天使もかくやという王太子妃の御尊顔にも驚愕の色が見える。
だがさすが原作設定チート淑女の鏡。ほんの少し目を見開いただけですぐに冷静さを取り戻してふんわりと、何でもない風に微笑んだ。
「…いいえ。何でもないわ」
やっべ、惚れる。
天使は声まで天使だ。
穏やかに首を振る天使の姿に会場はほっと胸をなでおろして、彼女の言う「何でもない」状態を作り出そうという雰囲気になっていく。
でも、それじゃあダメなんだよ。ダメダメなんだよ。
近衛達は訝る視線を隠しもしないで周囲を見回し、射殺さんばかりにわたしをにらむ。
だ・よ・ねー。
こんな礼儀もわきまえない不細工女さっくり無礼討ちしようぜ☆
「どうして、私の紹介をご希望なさるの?」
せっかくの天使からの助け舟だが、それには乗らないぜ!
「どうして?だって、王太子妃サマは彼らとお知り合いなのでしょう?だったら、ちょっと紹介するくらい良いじゃない」
すげぇ勢いで会場の空気が冷えたんだぜ!
季節は初夏だってのに春うららかなお庭がブリザードォォオオオ!!!
皆の目が、もういいからヤっちゃおうぜ☆って言ってる。
大賛成っす。
「そう言えば、お名前もお伺いして居りませんでしたわね」
くっそ、手強い。
副音声「ご挨拶からやり直させてあげるから、ちゃんとしてごらん」なんて。いい人すぎる、マジ天使。
天使のやさしさが目に染みるよ…!
こんな電波即座に切り捨てりゃあいいのに。
だが、敢えて断る!
「あ!そうだね!あたしはコメット。コメット・メテオリットよ」
メテオリット男爵ごめんね!
わたしが名乗っちゃったせいでお家断絶まっしぐらだけど、これ以上シナリオ進めて一族郎党皆殺しの連座処刑するよりましだよね。
天使の顔が一瞬固まった。
花紫色の瞳が「え、なんでそこでノーロープバンジー決行するの?」って揺れる。
「メテオリット男爵家のコメットさんですね。私は、クレール・デュ・リュヌ・エトワールですわ」
わざわざフルネーム。
副音声「えっと、貴方もしかして知らないかもしれないけれど、わたくし王族で、とっても偉いの。だから、言動に気を付けて。もう一度やり直しを、ね?」ですね。分かります。
だが断る。
「え?エトワール?グラン・シャリオじゃなくて?」
天使の花紫色の瞳が泣きそうにうるんでゆらゆら揺れて、一瞬視線がそれたと思ったら悲しげに伏せられたのを眺めた。
いやぁ、眼福ですな。
これからわたしに起こる事態を憂いてくれるひとが一人だけでもいるんだと知れたから、よかった。
「…コメットさん、貴女のお話を聞きたいという殿方がいらっしゃいますので、よろしければ奥でゆっくりされてはいかがでしょう?」
死刑確☆定。
お偉いさん方が「テメェちょっと面貸せ」って言ってるんですね、分かります。
かまととぶって「え?」っとか言ってみる。
「こちらへどうぞ」
貴族じゃない一般人の中ではイケメンと呼ばれるくらいのイケメンがエスコートするように手を差し出してくれる。
頬が熱くなる。
そう、わたしこれくらいの目に優しいイケメンがタイプなんだよ!
出来ればこういうイケメンにちやほやされるヒロインになりたかった!!
悔し涙を飲みつつ、わたしは糞乙ゲーの舞台から降りた。
「コメット・メテオリット。王家の茶会の席において王族をないがしろにした不敬罪にて斬首の刑に処す。…何か申し開きはあるか?」
「特にありません」
ぶるぶる震えて恐怖心で逃げそうになるから一思いにサクッとやっちゃって。
毒飲むのとどっちがいいか聞かれたけど、すっごい苦しんで死ぬってわかってるのに毒飲むのなんて怖すぎるじゃん。
それより一瞬で終わる斬首の方がいい。
辛いのも痛いのも怖いのも苦しいのも嫌だ。
ついでに言うと死にたくもないけど、死んだ方がマシにな目に遭うのはもっと嫌だ。
神様今度こそ、ちゃんと、まともに、生まれ変われますように!!
ヒロイン転生なんてもうこりごり!!