後
そよ風を浴びた小さな炎のように、男の姿が掻き消えた。
と同時に、辺りの光景も一変する。
荒れた硬い大地は消え失せ、広がるのは暗い虚空のみ。
上にも下にも右にも左にも、どこを見回しても星々がキラキラと瞬いている。
「やっと、最後の一人が逝ってくれたわ。昔は自分が死ぬことをちゃんと自覚しながら死んでくれたから、もっと楽だったのに」
昔から、あんなふうに行先に迷ってしまう者は時々いたけれど、最近はその数も増えていた。知らぬうちに死んだ者が、あまりに多すぎたから。
別に、放っておいてもよかったのだけれど、この星を長い間見守ってきたうちに、何となく情が移ってしまった。
「ホント、世話が焼けるわよね」
ため息混じりに呟きながら、不意に少女は、もうその手間をかける必要もなくなったのだということに気付く。
一抹の寂しさを覚えて、彼女は手を伸ばして近くに漂う岩塊に触れた。それは、かつてこの虚空に浮かんでいた星の、なれの果てだった。
彼女は、その薄紅色の小さな唇でもう一度ため息をつき、辺りを見回した。
「まったく。あんなに綺麗な星だったのに、自分達の手で壊してしまうだなんて」
遠くから見れば、青と緑の宝石のような星だった。あんなに綺麗な星は、この広い世界の中にも、滅多になかった。
その星は、ヒトだけのものではなかったのに、
他にも多くの命が宿っていたというのに。
愚かさと、傲慢さと、臆病さと――ヒトの持つ様々なものが、寄ってたかってこの星を壊してしまったのだ。
彼女にしてみたら、瞬きにも満たないような、ほんの一瞬の出来事。
最初の火種は何だったか。
よく覚えていないけれどそれがきっかけになるとは思えないほど、とても些細なことだったのは、確かだ。
その火花は、あっという間に大火になった。
消し止めようとしたヒトもいたようだけれども、油を注ぐ者の方が、勝っていた。
そして訪れた、終焉の時。
少女は、あの時、その瞬間を見守っていた。
星の各地から何かが無数に放たれる様を。
そして、光り輝く尾を引いて空という空を駆け廻ったそれらが、全てを打ち砕いていく様を。
青かった星は猛る炎の赤で埋め尽くされ、やがて千々の欠片となった。
何故、彼らはそんな力を使おうと思ったのだろう。
少女には解からなかった。
壊す為ではなかったのだろうから、きっと、何かを護る為だったのだろう。
けれど、破壊の力で、いったい何を護れると思ったのだろう。
問い掛けても、もう、誰も応えてはくれない。
この星が生まれた時から、彼女はずっと見守ってきた。
全てのものに終わりが訪れるのは道理だから、終焉は覚悟していた。
けれど、こんな形でそれを迎えるとは、思っていなかった。
残念だった。
とても、とても残念だった。
彼女は、ふう、と息をつき。
「今度はどこにしようかな」
少女は暗い空に瞬く星々に目を走らせる。そのうちの一つに、ふと目が吸い寄せられた。
「あれにしよう」
ふと少女は、自分の身体を見下ろした。
この姿をした生き物は、もういないのだ。
本来の姿に戻ろうかとも思ったけれど、失われてしまった彼らに哀悼の意を表して、しばらくこのままでいようと決めた。
「今度は、こんな結末じゃなければいいな」
呟き、その小さな背にバサリと大きな翼を顕現させる。
そうして遥か彼方の輝き目指し、その翼を打ち振るった。