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第七話「星眼のミーティア」

 リーリアは新緑の目をつと細めた。

 それさえ様になるのだから、まったく教育とは恐ろしい、こいつは魔性の女だとライガは思う。

「ミノシヤはまだ陥落しないの?」

「はい」

「そう。まだなの」

 静かだが、それだけに不気味だ。

 どうにか民とジンライを逃がしたが、ミノシヤから後でどのような無茶を言われるか。それを考えただけで胃が痛くなる。

 ガルトフリートがミノシヤについているとはいえ、安全とは言えない。

 そして、奴隷の身とはここまで酷いものなのかと思い知らされた。

 焼印の痛みも、鞭の痛みも、この年で初めて知った。こんな痛みを、名を変えたかつての幼い主はわずか十歳の時から味わっていたのか。

 久々に会った彼は痩せていたが、シロという娘に大切にされていたようだからあれでもかなり状態が良くなったのだろう。

 奇跡的に生き残っていた奴隷と会った際、殺すなら殺せと半狂乱で暴れられた。彼はやって来た魔獣に喰い殺されたが、これで死ねると安らぎすら浮かべていたのだ。

 魔獣によって多くの奴隷が喰い殺されたことがあの後わかったが、ああなる前に自由にしてやれればよかった、主が凶賊に襲われ行方不明とされた時に奴隷まで調べていればと後悔は尽きない。

 だが、それらも過ぎてしまったことだ。

 今の自分にできることは、無策で突っ込ませてゴロツキを一人でも多く減らすことだけだ。


   * * *


 逃げるリーリアの兵を目に着く限り殺し、アドラムは敵兵の死体を一か所に集めると灰すら残さず焼き払い、血に汚れた大地を焼き清めた。

 この間、だれも何も言わない。言えない。

 口を利く気力すらなかった。

 ガルトフリートの兵は一人も欠けず、どういうわけか埃と汗に塗れただけでありまだ余裕があったが、ミノシヤの兵は戦前の三分の一にまで数を減らしてしまった。

 それも、まだ減り続けている。手当の最中に命を落とす者も少なくはないのだ。

 ライザーは強張った顔でぎこちなく笑い、言った。

「シロ、酷い顔だな」

 声は酷く掠れていた。

「ライザーも。ちょっと痩せた?」

「あれだけ動けばな」

 ひゅうひゅうと喉が鳴り、唇だけの動きだが彼には十分だった。

 ふと、星眼が見開かれ、シロは腕をつかまれるとライザーの腕の中へと引きずり込まれ、立ち位置を入れ換えられる。

「え? ……あ……」

 衝撃と痛みが遠く、二人は恋人のように抱き合ったまま地面に倒れ動かなくなった。

 ライザーの背には剣が突き刺さっており、それはシロの胸にまで貫通していた。

「ざまあみろ、バケモノ! ククッ……ハハッ」

 瞬時に飛んできたミーティアに切り捨てられ、男が最期に見たのは己の胴体であった。

「シロ、ライザー!」

 すぐにアドラムとクランツも駆けつけ、治癒魔法の術式を構築する。

「クランツ、オレが抜く。すぐに頼む!」

「はい」

 アドラムはライザーの背に足を乗せ、力一杯剣を引き抜いた。

 すぐに薄緑色の魔力がライザーとシロを包み込み、傷を跡形もなく癒していくが、二人はガタガタと震えはじめた。

「……さむい……」

 身を守るように丸くなる二人をすぐに後方に搬送し、医師の手に委ね、温めた部屋へと移し寝かせる。

 クランツとアドラムの治癒魔法によって一命を取り留めた二人であったが、失った血液や意識などはすぐには戻らず、すぐに点滴が打たれた。

「ミーティア様、敵の本拠地がわかりました。ヒノモトのユーフィンです。奴隷ばかりで、兵はほとんどいません」

「ご苦労だった。下がって休め」

「はい」

 ミーティアは戸棚から魔法薬の瓶を手にし、それを呷って布団に潜り込もうとした。

「ミーティア、寝るのか? シロとライザーは良いのか?」

 様子を見に来ていたヘリオが言うが、ミーティアは布団に潜り込み、星眼が向けられぬままに返される。

「傷つき疲れた兵に何ができる。ヘリオ、私は医者ではなく兵士だ」

「でも……」

 向けられた燃える星眼に彼は息と共に言葉を丸呑みし、黙らざるを得なかった。

「くどいぞ、ヘリオ。重ねて言うが私は兵士だ。いつ戦場に斃れてもおかしくはない。シロも、ライザーも、武器を手に戦場に立ったからには兵士だ。いつだれが欠けてもおかしくはない。私はシロを、その程度の事がわからぬ娘に育てた覚えはない」

 苛々した様子で彼は言い、再び星眼を閉じ、しばらくして寝息が聞こえてきた。

 ヘリオは視線をさまよわせ、ミーティアの体には包帯が巻かれ、顔に酷い隈ができていることに今更ながらに気づき、目を逸らす。

 逸らした先に、ミーティアが先程呷った瓶があった。

「グレカム?」

 控えていたシュナイダーがヘリオを部屋の外へと連れ出し、言った。

「服用した者を深く眠らせる代わりに、肉体と魔力の回復速度を上げる薬です。自分の陣地や安全圏でなければ絶対に使えません」

 ただでさえ疲労困憊している肉体を更にこき使い、傷を治させ魔力を回復させ……起きている時にそれをやられては戦うどころではなくなってしまう。

「殿下」

「ヘリオだ」

 シュナイダーは静かにうなずいた。

「わかった……ボウズ、覚えておきな。ミーティアもシロも、ライザーも、この国を守ろうと武器を手にしたと思うか?」

「違うのか?」

「違うね。あいつらは、自分の家族と生きて行くための土地を守ろうとしたのさ。国のために戦うっていうのは人を殺すための大義名分だよ。その実、自分の女を、自分をぶち殺した男に渡したくないから、一人でも多くの敵をぶち殺す……家族のため、己の生活のために兵士は戦う」

 ライザーを見ればわかる。

 彼は続けた。

「ライザーはこの国の正規兵ではなく、シロの身内だろう? それなのに武器を手にした。なぜだ?」

「シロを……守りたかった?」

「そうだ。この戦争で負ければ、まず間違いなくシロはあらゆる辱めを受けた後に殺される。殺された後も、だ。戦場ならばその混乱に乗じて死体を隠すくらいはライザーならやりそうだが、あの状況では不可能に近い」

 そのライザーも戦闘不能になっている現在、ガルトフリートからやって来た有志の飛竜とグリフォンが二人の部屋を守っているのが現状だ。

 彼は篝火で明るくなっている中庭を見下ろした。

 傷ついた兵士がヒノモトやミノシヤの民の手によって担架に乗せられたり肩を貸されたりして運び出され、それぞれの宿舎へと戻される。

 呻く者、痛みで泣く者、様々だ。

「ミーティアも同じだ。戦争はまだ終わってはいない。言っていただろう? 自分は兵士だって、しつこいくらいに。あのままミーティアがシロやライザーの傍にいたとしても何もできず共倒れだ」

 シュナイダーは黙りこくるヘリオの目を見て、静かに続ける。

「ボウズ、民は自分の宝物を守るために兵士になるんだ。大事な事だ、しっかり覚えておけ」

 いつか、ボウズの後ろには大勢の民が立つのだから。


 翌日、ミーティアは夜明け前に目覚め、汗臭い浴衣を脱いで乱雑に脱衣籠に放り込み熱いシャワーを浴びた。

 傷は綺麗に塞がり、ピンクの肉を真新しい皮膚が覆っている。

 身を清め、ガシガシと乱暴に髪を拭いて居間に戻り口を開いた。

「シロ、終わった……あ……」

 タオルが握りしめられた。

 そうだ、いつも己の髪の手入れをしてくれていた、優しく白い手の持ち主は今、いない……寝ているのだった。

「リーリア……」

 地の底から響いてくるような声が彼の口から漏れ、湿ったタオルも籠の中に乱暴に放り込まれた。

 シロが見たなら嘆くような手つきで乱暴かつ適当に髪を梳って縛り、さっさと服を着て装備を点検し、整備して身に纏う。

 食堂に行き、朝食を受け取り食べていると、ベルンとアドラム、シュナイダーとイェーガー、ディアルガたちがやって来た。

 ミノシヤの兵士もちらほら見られるものの、食事はあまり進んではなく、無理やり詰め込んでいるようだ。

「おはよう。そんな親の仇みたいに食べなくてもいいんじゃないかな」

 ベルンの手には本当に食べきれるのか疑わしい量の料理があり、机の一つを占領してしまった。

「相変わらず、凄い量ですね」

「みんなそう言うけど、これくらいは食べないと。次いつ食べられなくなるかわからないんだし」

 料理は瞬く間に彼の胃へと吸い込まれていく。

「おまえのを見ているだけで腹がいっぱいになってくるよ」

 眠たい目を擦ってあくび交じりに言うシュナイダーと、半分寝ながら食べているイェーガー。

「ディアルガ、野菜ばかりで大丈夫か?」

 アドラムがからかうように言うと、傾国の美貌を持つに至ったディアルガは澄まして答えた。

「あら、ちゃんとお肉もあるでしょう」

「どこに?」

 ここに、とディアルガは目にも留まらぬ早業でアドラムの皿の肉を掠め取った。

「あっ」

「ごちそうさま」

 復讐しようにも、ディアルガの皿に積まれているのはすべてに唐辛子の粉末がかけられ真っ赤に染まっている。

「くぅ……卑怯だぞ……」

 紅が塗られた口が優雅に弧を描いた。

「褒め言葉ね」

 外ではクランツら飛竜とグリフォンが肉や野菜にかぶりついており、一足先に食事を終えたクランツは重たい物を運搬したりして民間人の作業を手伝っていた。

「ミーティア、敵のアジト強襲だが……」

 きろり、とアドラムに恒星が向いた。

「おまえさんとベルンとシュナイダー、支援射撃にイェーガーの編成だ」

「他は?」

「連絡を受け次第、派遣する。その方が邪魔にならんだろう」

 ミーティアの頬肉が歪んだ。


 夜明けの星が輝く頃、ミーティアたちは出発した。

 荒野と化した土地を三頭のグリフォンは疾駆し、その上空には枯草色の翼が舞った。

 散発的に敵兵を蹴散らしつつ進む彼らを上空から守る彼らは笑った。

『ベルン、楽しそうだな』

 ぐるる……。

 上空の風に負けずよく通る飛竜の鳴き声にベルンは笑んだ。

「そりゃあ嬉しいし楽しいよ。ミーティアがあそこまで感情が豊かになって、強くなったんだから。若返っていたのにはびっくりだけど」

『シロは、白い手の持ち主だったか。その手に触れられればあらゆる傷と万病が癒えるとされ、切り落とされ奪われることも少なくなかったが……そのような時代に生まれず、彼女は幸運だな』

「本当にね。でも、若返りの効果なんてあった?」

 クランツは魔法の矢を放ち、言う。

『無い。シロはおそらく、自分の力を理解していない。ミーティアがあそこまで老け込んだのは不幸の渦中にいて、心と体に傷を負ったからだという言葉を信じて、幸せのおまじないというのも信じて、なでたりしていただろう。あれでかなりの魔力の動きがあった。その影響ではないか』

 美容液の香りもしたから、たぶん塗って全身を揉んだりなでたり、髪の手入れも丁寧にやっていたのだろう。

 ミーティアはシロに甘いから、好き放題やらせたに違いないし、その方が良いとわかってからは進んで手入れされに行ったに違いない。

「ライザーも、だいぶシロの魔力が移っていたよね」

 クランツは空色の目を細めた。

『だが……シロがいくら能力を底上げしても、肉体的には絶好調になるが……あの星の巡りは神の手でもない限り動かんぞ』

 あれは酷すぎる。

 まるでこの世の不幸をかき集めたような配置だと言う彼にベルンはそこまでか? と目を丸くする。

『彼自身は何もしていないようだが、ゼルネスに呪われた形跡がある。彼の祖先が何か悪さをしたのだろう。解呪するにはエルジア様が力を取り戻すまで待たねばならんが……寿命を迎える方が早いかもしれん』

「そのことを知っていたらあいつがもう殴らないでくれって泣いた時、呪いを全部解くまで殴るのを止めないって言っておいたのに」

 エルジアの神殺しの力が付与された魔法鉄鋼製の籠手と、ベルンの神がかった怪力で殴られれば原初の神でもひとたまりもない。

 ゼルネスも小さな人間の子供として再誕したが、未だ彼を殴殺したベルンとクランツを見ると泣いて怖がり着替えが必要となる。

「うーん……拒むなら……どうしようかな?」

 今度は弱い人間の子供の体だ。今ベルンに殴られたらミンチになりかねない気がするが、クランツは口を噤み魔法を放ちつつ地面を見た。

『む、ベルン、ユーフィンに入った。十一時に敵陣を発見』

「ミーティアたちに教えてあげないと」

 ベルンは言うと魔力を溜め、特大の照明弾を放った。

 敵陣の中央に向けて。


 膨大にして強大な魔力の気配に、ミーティアたちは思わず上空を見上げた。

 大きな火の玉が尾を引いて飛んで行き、どこかに落ちたのか落とされたのか、火柱が立った。

「グラジオラス、あの火柱に向かって急いでくれ」

『はいよ』

 三人は速度を上げ、陣地へと急いだ。

 一方、火柱が立ったリーリアの陣地は消火活動に追われ、火が消えた後も混乱が続いていた。

 顔色一つ変えぬライガは同朋に指示を飛ばし終え、ゆるゆると息を吐いて焼けた陣地と疲れ切った同朋を見た。

 もう動けない者と、これ以上は危ない者、まだ動ける者とで交代で休みを取らせてはいるが、早晩破綻することは目に見えている。

 幸い証明書を手に入れ、隠すことはできたが、全員に破棄させるにはまだ時期が早い。

 まだ、ゴロツキと怪我人や病人の数が多すぎて逃げられない。

「ライガ様、リーリア様がお呼びです」

「すぐ行く」

 ライガは早足でリーリアの一際豪奢な天幕に入り、跪いた。

「参りました」

「顔を上げて。ライガ、首尾はどう?」

 問う彼女の顔はさすがに青い。

「無事に消火活動を終えましたが、兵卒と奴隷たちは疲れ傷つき、使い物になりません。どうか、彼らに休息を……リーリア様のお慈悲を」

「奴隷は使い潰せばいいでしょう。潰した分はまた連れてくればいいわ」

 ライガは極力表情を出さないように努めた。

「その通りにございますが、ガルトフリートが動いているためこれ以上の補給は望めません。ここで下々の者らにもリーリア様の寛大な御心を示しておかれた方が、ライザー殿ともうまく行きやすくなるかと愚考いたします」

 リーリアはぼんやりした様子で何事かを考え、うなずいた。

「それもそうね。そなたに任せるわ」

「ありがたき幸せ……では」

 ライガは天幕を出ると兵卒と同朋に休息の指示を出し、人目を忍び粗末な天幕へと向かった。

「すまない、手当てを頼む」

 天幕の中は薬の臭いがし、それらを扱う男はうなずいた。

 ライガの背が曝されると、男は顔をしかめた。

「また、酷くやられましたね。熱も高い……よく動けますね」

「動かねば、犠牲者が増える」

 男は軟膏を塗り、解熱鎮痛剤に手を伸ばして迷った。

「どうした?」

「医師として告げます。あなたには休息が必要です。これ以上、体を薬で騙すことはできません」

 ライガは静かな目で男とその手元の薬箱を見て言った。

「医薬品が尽きそうだな」

 男は悔しそうにうなずいた。

「燃料も、消毒薬も火酒ももう……包帯や器具の消毒もできません」

「ならば、その薬は女子供、老人に使ってやってくれ。世話になった」

 衣擦れの音がし、男は焦り夢中で袖をつかんだ。

「ライガ殿、私に、薬の原材料の調達を命じてください。見ての通り、薬がもうありません」

「良い。其の方の成すべきを成せ」

「はい……一つだけ」

「む?」

 男はグリフォンの首輪を手にし、それに魔石を付けつつ言った。

「あなたにどれほどの薬を使い、どれほどの時を費やしたのか、私は失念してしまいました。ですから、それを台無しにするようなことだけはなさらないでください」

 男の傍には使った薬品や気候、経過までが詳細に記された台帳が転がっており、彼は慌ててそれにぼろ布をかけて隠した。

 ライガは顔を逸らしてやり、忍び笑う。

「それは困った。其の方が思い出すまで待たねばなるまい」

 男はかつてなく動揺して赤面し、何とか顔を引き締めるとグリフォンの首輪を持って外に出た。

 相棒はだいぶ毛艶が悪くなってしまったが、逃げることなく傍にいてくれている。

 くりくりとした愛らしい目だけが変わらない。

『仲間を呼ぶんだね?』

 静かな鳴き声に彼はほっとしたように笑んだ。

「うん、そうだよ。お薬を取りに行くんだ。大丈夫、魔獣なんて怖くないよ。いざとなったら、私をエサにしてでも生きて」

 グリフォンの大きくつぶらな目が揺れた。

 二人は見張りに睨まれつつ、陣地を出て薬草を探した。

 しかし、この辺りに薬草なんか無いことは二人が一番よく知っている。

「まだ見つからねえのか」

 苛々した見張りに愛想笑いと雑草で応じ、もっと集める必要があると言う。

 敵陣から十分に離れたのを見計らい、彼は何気なく相棒の首を叩いた。

「ピギャアアッ!」

 いきなり鋭く鳴いて駆け出すグリフォンに見張りは驚き、グリフォンの逃走を許してしまい焦った。

 その隙に、彼は見張りの後ろに回り込み、魔力を一気に注ぎ込み昏倒させ、空を見て笑った。

 特定の陣営にしか見えない信号弾が上がっており、それに応えがあり空で交差していた。

 信号弾に応えたベルンはクランツに頼み、地上にいるミーティアたちを風の魔法で包み加速させた。

「シュナイダー殿、どうされました?」

「ガルトフリートの信号弾が上がった。あそこにガルトフリートの医者と兵士がいる!」

 ミーティアは理解し、グラジオラスを急かして敵陣の中央に降り立ち薙ぎ払い言った。

「我はミノシヤのミーティア、名を上げたければ我が首を取って見せろ」

 響き渡る名乗りに、リーリアの兵が我先にと群がるがその尽くが彼の目と同じ恒星の輝きを宿した剣の餌食となった。

 シュナイダーは二刀を構え、舞うようにして死体を増やし、イェーガーは逃げようとする兵士に容赦なく銃弾を叩き込んだ。

「クソッ、バケモノ……奴隷共、何をやっている、相手は三人だ、やっちまえ!」

 言った彼は脳天から股間にかけて真っ二つにされた。

「我はガルトフリートのベルン。我らの同朋を救いに来た。死にたくなければ疾く失せろ」

 びりびりと大気を震わせる声に、奴隷たちは一か所に集まり身を寄せ合い震えた。

 逃げ場をなくした兵は自棄になり三人に向かい散り、陣地の外に逃げようとしてはクランツの魔法やイェーガーの銃撃、ミーティアとシュナイダーのグリフォンに引き裂かれた。

「ら、ライガ……何をしているの、そなたも戦いなさい!」

 悲鳴に近い命令にライガは優しく笑んだ。

 そういえば、彼女に笑うのはこれが初めてだった。そう思うとますますおかしくなってくる。

「何よ、何がおかしいのよ」

「いえ、何も。ただ、命令は聞けません。私が参戦したところで、私の死体が転がるだけですから」

「奴隷の身で主人に逆らうか!」

 今度こそライガは大笑した。

 彼の懐から出されたのは、彼の奴隷証明書。

 リーリアの顔が凍結し、そんな彼女の目の前でそれは音を立てて破かれ、火にくべられた。

「あの世でお父上がお待ちでしょう」

「嫌よ、まだライザーを手に入れてないもの」

「そんなことのために何万人も犠牲にしたのか……」

 そんなことのために、やっと人並みの幸せを手にしようとしている、大事なあの子に手を出したのか。

 ライガの魔力が怒気と共に膨れ上がって爆発し、天幕を吹き飛ばした。

「楽に死ねると思うな、小娘ェッ!!」

 彼の鉄拳が腹に埋まり、彼女は吹き飛び胃液を吐いて咳き込み、ライガも全身を襲う痛みに呻いて倒れ伏す。

 まだだ、まだ終われない。

 リーリアの息の根を止めるべく、鬼の形相で立ち上がろうとする彼の横を使いこまれた軍靴が過ぎた。

 背の中程で揺れる灰色の髪と、青い軍服、魔力の輝きを宿した剣……老騎士ミーティアだ。

 疲労と激痛で霞む視界の中、ライガは口の端を歪めて笑みを作る。

 後ろ姿でもわかるあの若返りようだ、もう彼を老騎士と言う者はほとんどいないだろう。

 リーリアは涙目でライガを睨もうとして顔を上げようとするが、その前に何者かに胸ぐらをつかまれ引き上げられる。

 燃え盛る恒星と目が合った。

「ヒルド王国ボルデウス公アルファルトが娘、リーリアに相違ないな」

 不気味な程に凪いで深みのある声にリーリアは微笑み言った。

「ええ。あなたも綺麗な目ね」

 鈴を転がすような声だが、彼には雑音にも等しい。

「くれてやる気はない。その首、貰い受ける」

 恒星の剣が振るわれた。

 彼に屠られることに彼女は歓喜した。


 ――こんなに綺麗で美しいモノに見られ、映されて死ねるのだもの、後悔なんてないわ。私は宝石と一つになれたのだから。


 最期まで笑い、なぜか満足そうに死んだ彼女がミーティアには理解できなかったが、すぐに関心を失いグラジオラスを呼び死体を守らせると敗残兵の掃討にかかった。


 ――理解する気も、必要もない。



   * * *


 後世にて、リーリアの乱は多くの芸術作品の題材として取り上げられ描かれた。

 稀代の悪女からかなわぬ恋に身を滅ぼした悲劇の姫としてまで。

 様々な物語が混じり、彼女に対する評価は入り乱れたものの、唯一の共通点は、彼女は星眼のミーティアに討たれたということだけであった。


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