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第六話「防衛」

 アルファルトはシロたちが帰った後、深々と溜息を吐き、リーリアの部屋を開け絶句した。

 星眼鉱が、星眼の一族の眼から作られる禁忌の宝石がそこに山となっていた。

「お父様、勝手に入らないでください!」

 ぶつ、と音を立ててアルファルトの中の何かが切れた。

「やはり貴様を生かしたのは間違いであった!」

 お父様? とリーリアは怯えるどころか悪びれもしない様子、本当になぜこのようにアルファルトが怒り狂っているのか理解できていない様子だったが、それが更に怒りの炎に油を注ぐ。

 短剣を抜き、首を飛ばそうとするがそれよりも早く、何者かに背後から刺された。

「ぐっ、がああっ」

 それでも死に物狂いで向かい、短剣を振るが飛ばせたのは首ではなく彼女の右腕であった。

 リーリアは悲鳴を上げてのたうち、涙を流しながらアルファルトを見る……彼は口から血を吐きつつ笑っていた。

 そのことに彼女は生まれて初めての恐怖を覚える。

「……その顔……そうか、祖母の顔だったか……」

 口の中に懐かしい血の味を覚えながらアルファルトは嗤う。



 昔々の事、ボルデウス家に男の子が生まれ、男の子はずっと家や周りの事を見てきた。

 女遊びの止まぬ父と祖父、鬼の形相をして母に当たる祖母、酒を飲んでは母と己に暴力を振るう父。

 それらは祖父と祖母が死んでからも続き、酷くなった。

 母は父と、その友人という男たちに弄ばれた末に自害した。

「女は星の数程いる。おまえもやってみるか?」

 青年となった男の子は目の前が真っ赤になった。

 紅くなった青年は言った。

「だれが、だれがおまえみたいな……おまえたちの同類になるものか!」

 家督を継いだ青年は父の取り巻きを利用するだけ利用し、滅ぼした。

 こうして、青年は『力』を手に入れた。


 ――ああ、目の前にいる女は、正しく私の生き写しであったか!


「……いいだろう、くれてやるとも。欲望のままに生き、滅べ!」

 がふ、と血を吐いて彼は動かなくなり、騒ぎを聞いて飛んできたハマギクがアルファルトを刺した貴族の青年を容赦なく切り殺し、虫の息で苦しむアルファルトの息の根を止めてやった。

 リーリアの右腕に応急処置を施しつつ、老人の彼は静かに、厳しい声音で言った。

「リーリア嬢、これからはお独りでいきなさい」

 ハマギクはリーリアに目もくれず、さっさとアルファルトの遺体を確保すると使用人と信頼のおける兵士や騎士を連れ、家財の一切を運び出して身を隠してしまった。

 潜伏先にて密かに葬儀を済ませ、遺骨を前にハマギクはかつてそうしたように剣を取り、膝を折った。

「もうしばらくお待たせすることを、どうかお許しください」


 その後、リーリアの下にゴロツキが集まるのに、時はいらなかった。


   * * *


 人気のない場所にて、各地に放っていた密偵の報告書を見たシロは思わず声を上げた。

「これは……知らせてくれてありがとう。危ないと思ったら手を引きなさい。人材を失うわけにはいかないわ」

「御意」

 後ろ手に出した金袋が消え、彼女は報告書を片手に頭を抱えた。

「あの色狂い」

 舌打ちして、彼女は駆け出した。


 ボルデウス公アルファルトが娘のリーリアによって殺害され、彼女の下にはゴロツキが集まり、更には富と権力を狙う野心家の貴族たちまでもが集まった。

 急速に彼女の勢力は膨れ上がり、暴走し、ヒルド王国に対して反旗を翻し、これを打倒した。

 美しかったヒルデスも荒れ、欲望の限りを尽くされ、今では女子供はおろか、男ですら町を一人で歩けない。

 アルファルトの配下であったハマギクが城砦を一つ占拠し、続いて来た民と兵士を守ってはいるが、町に残ると言い張ってしまった者もいて未だに混乱しているという。

 また、リーリア軍はなぜか東へ……ミノシヤへと向けて進軍しているため、ヒノモトは民を守るため生き残っている者をまとめ上げ流民状態だという。

「シロ様、ヒノモトから使者が参りました!」

「通して!」

 ゼイゼイと息を切らして酷い姿でやって来たのはライザーを兄さんと呼んでいた男だった。

「ヒノモト王国の第一王子、ジンライです。どうか、我が国に援軍を!」

 シロは告げなければならなかった。

「ジンライ殿、どうか聞いていただきたいことがあります。ミノシヤにいる兵士は、この城にいる者で全部です」

 彼の顔色が一気に悪くなった。

「では、援軍は……」

「ヒノモトの国土を守ることは、リーリアの進軍速度から考えても不可能です。ですが、あなたの民を後方支援として入れることはできます。……やれますか? 負傷者の手当てや死者の火葬と埋葬、掃除や洗濯に焚き出し。場合によっては、我々の畑を耕し、水場を守っていただきます。また、今回の戦争費用、賠償金なんていうものはゴロツキからはその首以外は取れないでしょう。ヒノモトを挟んでいるミノシヤはヒルド王国の領土も取れない。一部は出世払いであなた方に払っていただくが、それでも?」

 未来に借金を背負わせることになるが、ここでうなずかなかったら未来そのものが無くなってしまう。

 ジンライは拳を震わせ、うなずいて念書を書いた。

「シラー兵士長、ヒノモトの民を最速で迎え入れ、使え。彼らは上の言うことなら素直に聞く。ジンライ殿を連れて民の代表者に接触しろ」

「はっ」

「アドラム殿、ミノシヤ王国は正式にガルトフリート王国に援軍を要請します」

 わかった、と彼はうなずき、緊急時の無線機を手にした。

 どんっ、どんっ、とドアが叩かれ、彼女が扉を開けると、息も絶え絶えな兵士の姿をした男が倒れ込んだ。

「み、水……」

 ライザーはすぐに水を出してやり、男は零しながらもどうにかそれを飲んで言った。

「シロ様、リーリアの目的は、シロ様の殺害とライザー殿の身柄です。あと、これを……リーリアの部屋で山になっていました……星眼鉱です」

 シロは男が差し出したそれを震える手で受け取り、彼を休ませた。

 肩を震わせる彼女の口元が三日月に割れる。

「目的は私の殺害と、ライザーの眼球……星眼鉱だって……却下に決まっているじゃないの……ねえ?」

 彼女は書状をしたためミーティアに向け星眼鉱と共に送ると、ガルトフリート製の小銃と弾薬を手にした。

「ライザー、ちょっとお散歩に行かない?」

 言う彼女の目は、微かにだが青みを帯びて光っていた。


 ヒノモトの民が続々と国境を越えてミノシヤへと逃げ込むが、それを追うゴロツキの一群……シロは彼らに照準を合わせた。

 引き金を引けば紅い華が咲いていく。

 一人も生かして帰さない。

「シロ、ヒノモトの民は無事城内に収容された」

「了解。一度帰還しよう」

 二人はミノシヤ城に帰ると一度別れ、シロは宰相のギボウシの所へと向かった。

「遅くなり申し訳ありません、宰相の証と権限をお返しいたします」

 彼はしょうがねえな、という顔をして宰相の証である古びたベレー帽を指先にひっかけて回して遊び始めた。

「戦える奴が一人でもいた方が良いんだろ? 預かっててやるよ」

「馬鹿言わないでください。元々はあなたのでしょうに。こんな時くらいは身を粉にして働いてください」

「豆でもないのに粉になれるか。絶対に帰って来いよ、おまえがいなくなるとうまい茶菓子が無くなる」

「では、働いて痩せてから、また太ってくださいね」

 へいへい、と彼はくたくたになった帽子を振った。


「兄さん!」

「人違いです」

 バッサリ切り捨て、ライザーは刃物の手入れをする。

「ここはシロの部屋です。女性の部屋に入るのは感心しませんよ」

「兄さんも人の事言えないでしょう」

「私はあなたの兄ではありません。私はここに住み込みで働いているので、ここは私の部屋でもあります。ご用件を」

 ジンライは項垂れ、ぽつりと言った。

「にい……あなたも、戦うのですか?」

「当然です。私は痛めつけられたり目玉を抉られたりして喜ぶ趣味はございませんし、シロ以外に仕える気もございません。何より、彼女が戦場に立つのなら、私は運命を共にしたい」

 絶対に、戦争なんかでシロから離れたくない。

 やっと手に入れた安住の地だ、破壊されてなるものか。


   * * *


 銃声が遠くに聞こえる中、ミーティアは王の私室にいた。

「ミーティアよ、勝てるか?」

 ミノシヤ王のココに聞かれたミーティアは眉間に谷を作った。

 現在はシロがライザーをお供に銃を持って応じているが、弾薬不足でそれも長くはもつまい。

 リアトリス国がガルトフリートの補給を妨害しているせいだ。

 いくらシロでも、無い物はどうしようもないし、弾薬の数を敵が遥かに上回っている以上どうにもできない。

 ヒノモトの民も弓矢や投石などで戦っているが、投げる石や飛ばす矢が無くなれば終わりだ。

「数量的に難しいです。勝てても、戦後二十年は戦えません」

 一人一人は弱いゴロツキでも、爆発的勢いで増えた数を相手にするのは難しい。戦術も何も無いから指揮官を殺せば、という戦術も使えない。

 惨く殺して見せしめにして戦意を砕くしかないが、それができる者はシラーと自分、ライザーくらいしかいないし、それをやるだけの時間的、地理的余裕が無い。

 酷いのになると略奪した女子供を裸にして盾に縛り付け、そのまま突っ込んでくるだろう。

 守るものが自分だけならば、後ろに何も無ければいくらでも死体の山を築いてやるが、今回はそうはいかない。

 ミーティアは薄緑色の魔石を手にした。

「それは?」

「一度だけ、鬼神を飛竜付きで無料で雇うことができます。代償は、私が戦後一週間女装して過ごすことですが……」

 鬼監督がついてくる。

 それが嫌なら死に物狂いで戦えということだ。

「ふむ、それだけか」

「え? ああっ」

 ココは素早い手つきで魔石を取ると遠慮なく使った。

 ぱりん、と魔石は輝いて砕け、程なくして小柄な少女が転移魔法の光に包まれて現れた。

「そなたがガルトフリートの鬼神、ベルンか?」

 少女は柔らかい、芯の強さ感じさせるたおやかな声で応じた。

「いえ、私はその相棒の老飛竜クランツです」

 遊んでいるのかとココは首を傾げたが、ミーティアは遊びなんかじゃないと否定する。

「この姿はゴーレムを用いた仮の姿です。ベルンは今しばらく準備をしておりますので、もうしばらくお待ちください」

 しばらくして再び転移魔法の光がし、収まると大きなトランクケースとドラムバッグを持った小柄な騎士が現れた。

「遅くなってすみません。ここは……戦場ではないようですが?」

 きょろきょろと周りを見る彼にミーティアはやや沈んだ面持ちでベルンに状況を説明し、ベルンはそういうことかと苦笑した。

「おかしいと思いました。防衛戦で、背に腹は代えられなかったんだね。うん、私でも同じことをするよ」

 小柄で枯草色の髪と目をした彼は笑みを深めトランクを差し出した。

「でも、約束は約束だよ。はい、ディアルガからの贈り物と、伝言」

 来た。ミーティアは瞑目した。

「そんなに喜ばなくても……『アドラムからの写真を基に選んだ今年流行の服よ。今のあなたにならきっと似合うわ。あの時に叩き込んだお化粧と、ムダ毛処理と、女性の所作を忘れていないわよね』だって」

「あのお方は、まだ……やっているのですか?」

「もう自分の性別なんてどっちでもいいって、スカートを履いているよ。今では女性騎士の見本みたいになっている」

 人間の男性を恐れるようになってしまった相棒のためにと、十年以上女装して過ごし、相棒をそのようにした盗賊団を相討ち同然であったが壊滅させたのは最早伝説である。

 ベルンよりも小柄でかわいらしい、少女のような姿をしたクランツはうなずいた。

「私も、彼女に所作を教わったんですよ」

 おかげ様でどこに出ても恥ずかしくありませんし、主人に恥をかかせずに済んでおります。

「そう……ですか……」

 確かに、ディアルガの教育は完璧だ。



『再婚する気のないあなたがどうやってシロちゃんに女の基本を教えるのですか。お化粧やお裁縫に料理に性に関する知識や対処法……仕事はあなたが教えられるでしょうが、これらを教えることはできますか?』

『……できません』

『ならいいですか? 今からあなたに徹底して所作などを叩き込むので、シロちゃんがお年頃になったらきちんと教えられるようになりなさい。さあ始めますよ!』



 しっかりと叩き込まれた日々を思い出してしまったところ、ベルンは思い出したように言った。

「ああ、ディアルガが言っていたけど、『今回は私も参戦いたしますので、シロちゃん共々見て差し上げます!』だって」

 ミーティアは冷や汗を流して震えた。


 だが、これも大切な明日のためだ。

 ちっぽけな矜持などネズミにくれてやる。


   * * *


 リーリアの軍は早くも崩れかけていた。

 シロの散歩につきあったのはガルトフリートのグリフォン騎士二名だ。

 その二名、シュナイダーとイェーガーは言った。

「あんなに小さかった女の子が、今では中堅の兵士と張るくらいの狙撃手だってよ。月日は早いね……」

 はい弾倉、と燃えるような朱金の髪に金の目をした男、シュナイダーはぼやくように言った。

「つい先日は年食ってダンディになったと喜んでいただろうが」

 白髪交じりの黒髪に涼やかな黒目をした男、イェーガーは息を吐き、引き金を引いた。

「……お見事」

 しかしどうしようか、とシュナイダーは考える。

 リアトリスが街道の各地に関所を設け、通行税と称して搾り取ろうとしているという情報が入ったため、ガルトフリートは急遽補給を陸路から空路に切り替えざるを得なくなった。

 しかし最短航路では高低差があるため、大荷物を抱えて急上昇できる飛竜という条件が付き、クランツの血統は皆駆り出される事態となってしまった。

 この輸送力や補給の問題はガルトフリートの今後の課題となった。

 シロがある程度備蓄しているとはいえ、弾薬が無限にあるわけではないし、ワンショット・ワンキルがいつもできるわけではない。

 加えて、シロは攻撃魔法がほとんど使えないし、他の女より強いといっても所詮女の腕力と体力だから近接格闘はあまり期待できない。

 ライザーは、筋は良いが若すぎる。

 自分とイェーガーだけならばどうにでもできるが、さすがにあの大軍を止める、滅ぼすとなれば鬼神や魔神でもない限り無理だ。

 さて、あの子はどうするのか。

 そう思った時、敵は声を上げて突撃してきた。

「ここで来るかよ」

「撤収だ」

 二人は相棒に乗り、駆け出したが、背後から響いている連続した発砲音に肩越しに振り返る。

「機関銃まで持ち出していたのか?」

 地面が爆ぜた。

「有線式の地雷? ……いや、鉄の雨だ!」

 地雷で足止めしてその間に上空に特殊砲弾を発射、炸裂させ、砲弾の中に詰め込まれていた鉄の弾を地面に雨のように降らせるのだ。

 見る間に地面が紅く染まっていく。

 別の所では一際大きな爆発がし、炎が一瞬で辺りの酸素を奪い尽くす。

「燃料気化爆弾……人間に対して使う物じゃねえぞ」

「出し惜しみしている場合でもないらしいな」

 しかし、敵の進撃は止まらない。

 シロはグラジオラスに乗り、器用に後ろを向くと銃を撃ち、死体を増やしていく。

「イェーガー、おまえも見習え」

「馬鹿を言うな。あれは訓練の賜物だ」

 しかし弾が尽きたのか、彼女は撃つのを止めてライザーと一緒に手りゅう弾を転がしていく。

「容赦ねえな」

「うちに欲しいくらいだな」

 一方、戦場に出ようとしていたミーティア、ベルン、アドラムは政治家たちに呼び止められ、ミーティアは眉間に谷を作っていた。

 そして無駄に長い話を聞いてみれば……。

 シロとライザーの首を差し出せばすべて丸く収まるのではないか。

 人命は尊い、戦争はいけない事だ。話せばきっとわかってくれる。

 そう言っているのだ。

 そんな甘ったるい話がどこにあるんだボケ老人。

 吐き捨ててやりたいのを堪え、ミーティアは言った。

「ご存知かと思いますが、戦争は外交の延長です。国家間の戦争の場合、まず話し合いがありその後に戦いです。ですが今回は?」

「しかしだね」

 老人の言葉を遮り彼は言う。

「相手は国ではないし、向こうから軍使が出されることすらありませんでしたよね? よく訓練された正規兵でも、現地での略奪は当たり前で、やらないのはガルトフリートと本土以外で戦ったことの無いミノシヤくらいです。あなた方は見たことが無いのでしょうね。欲望のままに蹂躙され滅ぼされる町や村を。連中は兵士ではなく略奪に慣れたゴロツキです。入れたら最後、骨すら残りませんよ。相手は軍隊ではなく盗賊です」

「だが、ガルトフリートが応援に来てくれたのだろう? 戦いは……」

 今度こそミーティアは舌打ちし底冷えのする眼で老人を睥睨した。

「ミノシヤは全力を持って自国を守らねばなりません。国防を他国に任せきりというのは、同盟や契約以前に、国家として恥ずべき行いだ。自国の民は自国で守るという意思は無いのか」

 殺気すら漂わせ、彼は続ける。

「人命は尊い、戦争はいけない事……結構だ。それを戦場のど真ん中で存分に叫ぶが良い。私が答えてやろう。現実の見えない馬鹿はどこのどいつだとな」

 彼は恒星の目に殺意を湛え、剣を手に席を立った。

 黙っていたアドラムも立ち上がる。

「ご安心を、同盟国として恥じることの無いよう戦います」

 そして、彼は肩越しに言った。

「ああそうでした。国民を売って得るのは隷属であり平和ではない。どうしても首を売りたいのであれば、まずはあなた方の首を売ってはいかがですかな」

 消えた鋼と星眼に、あの男どもは何様だと怒りが噴出し、空気がささくれるが、ベルンはやれやれと苦笑し手を叩いて注目を集めた。

「ベルン殿?」

「わかりやすく言いますと、アドラム様は、『我々ガルトフリートは友のために剣を取る』と言ったのです」

 首を傾げる老人に、ベルンは言い直した。

「こちらの方がわかりやすいですかね……『我々ガルトフリートは、国民を売って保身に走るような者と、他国に流血を強いて平和を唱える者とは絶対に組まない。また我々はミノシヤ王国の属国ではなく、対等な国家である』そう言ったのです」

 殺気と怒号をものともせず、彼もまた剣を手に立ち上がった。

「今回、ミノシヤ兵の方々や疲弊しているはずのヒノモトの避難民までもが武器を手に立ち上がりました。あなた方を守るためではなく、己の家族と思い出の詰まった故郷を守るためにです。王室の方々もできる限りの事をなさっておいでです。ですが、あなたがたは、ここで、何をしておいでですか?」

 彼の穏やかな声は不気味な程に響いた。

「ここにミーティアと我々を縛り付けて無駄話をしている間に、あなた方の言う尊い人命……一体何人の貴重な将兵がこの世を去ったのでしょうね」

 一際大きな音が鳴り響いた。

「……もう少しでここが戦場になりますか。クランツ、急ごう」

「はい」


 既にシロとライザーは飛び道具での応戦を諦め、近接格闘に切り替えていた。

 シロの小銃は弾切れになり鈍器として用いられて銃身が曲がり、二度と火を噴くことは無い。

「何人やった?」

「十人以上だからたくさんね」

 背中合わせで軽口を叩くも二人の息は上がっている。

「嬢ちゃん、かわいがってやるからこっちに来い」

 彼女は嗤う。

「粗末な物を切り落としてやるからあんたが来な!」

 そのまま接近し、銃床で敵を殴り倒し軍靴で頭を踏み砕く。

 夕暮が近づき、視界が悪くなる中ミノシヤの兵たちはその数を半数以下にまで減らしてなお戦い続けた。

「今気づいたが、シロの目も星眼だったんだな」

「こんな時に?」

「こんな時だからこそだ」

「後で飽きる程見るんじゃないの?」

 一人一人、確実に片付けるがそれも長くはもたない。

「ねえライザー、後どれくらい戦えそう?」

「命尽きるまで……そっちは?」

「悪い報せだよ。腕が上がらなくなっているし、魔力も尽きかけている」

 後方に下がろうにも、二人は殺し過ぎた。

 敵には恨まれ、狙われ、下がれば味方の士気が下がってしまう。

 敵味方にこのまま見逃してもらえるとは思えない。

「それにしても、ガルトフリートの動きが鈍い……どうなってる」

 言ってシロははっとし、怒りに燃えた。

「あの、クソジジイッ」

 怒りに任せ敵の頭をかち割る。

「あいつら、保身の、ために……ミーティアやアドラムさんを、手元に置きやがったな!」

 クソ野郎!!

 ありとあらゆる罵声と怒声がシロの口から咆哮のように上がり、敵の死体が増えて行く。

「シロ、絶対にクソジジイどもを殴るぞ!」

「おう!」

 二人は血と肉、脂に塗れた武器を振るい、壊れたなら近くに落ちている敵の武器を取り戦った。

 もう使える武器もなくなり、シロは拳を固めた。

「シロ、動けるか?」

「ここで動かないと、死ぬでしょ」

 戦場で殺されるか、捕まって酷い目に遭って殺されるか。

 どっちかしかない。

 ライザーもうなずいた。

「やるだけはやる」

 その時、飛竜の影が戦場に差した。

 枯草色の飛竜が咆哮し、光の雨が、リーリア軍にとって死の雨が降り注いだ。

 光は過たずリーリア軍のゴロツキたちの心臓に喰らいつき爆ぜ、命を奪った。

 その背から小柄な一人の騎士が飛び降りがてら、また一人屠り死の風が吹き荒れた。

 誰かが叫んだ。

「ま、魔神と鬼神だ!!」

 夕闇の中、黒い旗が力強く海風に翻る。

「ガルトフリート? そんな……に、逃げろぉっ」

 逃げようとしたリーリア軍をベルンは切り捨てる。

「夜になる前に叩き潰せ!」

 ミーティアとシラーは咆哮し、ミノシヤ兵は死力を尽くしてリーリア軍に吶喊した。

 空からはアドラムとアンギラ、クランツの魔法が降り注ぎ、地上ではベルンとミーティアが死の舞踏を踊り、リーリア軍は恐慌状態となった。

 武器を調達し、シロとライザーも戦う。

「あの星眼の男をやれ!」

「馬鹿、賞金が……」

 男たちの声は消えた。

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