エピローグ
夜明けの光の中、一行は急ぐことなくゆっくりとカミヤ要塞を目指し、数日後要塞に入った。
ライザーがあげた宝石のタケノコは何故か黄金のカラス像になり、やはり兵士がどうするんだ? と首を傾げていた。
「黄金じゃ焼き鳥にもできねえな」
「かわいい顔してますね」
深刻な顔で言う中年の兵士の横で、エランとシロがかわいいと言ってカラス像をなでていた。
どう見てもかなりデフォルメされ、意味も無く翼を広げてアホ面を引っさげた、アドラムの水吐きカラスだ。
「ここのボタンを押すと……おお、お水が出た!」
「あ、魔石が小さくなってるよ」
「本当だ。大きな卵だったらカラスもきっと喜ぶよね」
シロがそっと魔石を取りしばらくなでていると、卵はどんどん大きくなっていき、カラス像がぎりぎり抱卵できるかという微妙な大きさにまで成長したところで戻してやる。
「シロ、エラン、手続きが終わったぞ」
ライザーが呼びに来て、カラス像を見て苦笑した。
「アドラム殿のカラスにそっくりだな」
「でしょ? この愛嬌ある顔なんてそっくりだよね」
彼はそうだな、とうなずいて露店で買った、工具の原材料に用いられるというデルベリウスの作品を置いてやった。
「ライザー?」
「お供え物だ。カラスは賢いし光物が大好きだからな」
そっか、とエランはにっこり笑って赤いリボンを取り出した。
「それじゃ、リボンも着けてあげるね」
きゅ、とカラスの首にかわいらしいリボンが結ばれる。
そこにミーティアがやって来て、何やらキラキラした銀色のプレートを置いた。
「お参りは済ませたな。ほら、行くぞ」
一家が去った後、そこにはカラス像を祭るような形になっていた。
「先輩……なんすかこれ?」
「さあな……まあ、祭壇じゃないか?」
後にそれはカラス祭壇と呼ばれ、旅人や商人が旅の無事を祈願して何かしらの金品を納めるようになり、手を出した盗人には決まって天罰が下ったという。
ガルトフリートを出る時、それを見たアドラムとアンギラは変わり果てたそこに苦笑した。
海熊の鱗の対価としてカラス像を置いたが、まさかこのようなことになるとは。
これまた昔、オモチャとして作った小さな王冠がカラスの頭に乗せられ、だれかが作っただろう黒に銀縁のガウンが赤いリボンと合っていていい味を出している。
「あ、アドラム殿!」
お供え物を整理していた兵士が声をかけた。
「どうした?」
「このカラス像、どうしたんですか? なんかやたらと金品が集まってくるんですが」
ちら、と彼はカラス像を見た。
すると……。
『シロ、エラン、ライザー、ミーティア、大好き。かわいいと言ってなでてくれた。リボンや宝石、大きな卵に昔の星銀貨……たくさんくれた。みんな大好き。行ってらっしゃい、気をつけてね!』
そうか、発起人はシロたちだったか。たぶん、シロとエランがかわいいと言ってなでたりしていたのだろう。
作品に意思まで宿って……作者として喜ばしいことだ。
アドラムは苦笑してカラス像に近寄り、なでてやった。
「おまえはみんな大好きなんだな。そら、これをやるよ」
彼は綿の塊を出し、軽く形を整えてやるとその上に卵を乗せてやった。
「冬は寒いものね……私からは、温かさね」
アンギラからは魔石を加工して作られる温石が与えられた。
「それじゃあ、行ってくるよ」
『ありがとう、行ってらっしゃい!』
カラス像に見送られ、ガルトフリートから出たアドラムであったが、仕事はかつてないほど安全に、早く終わった。
危なくなってもちゃんと抜け道がすぐに見つかるのだ。
「きっとあのカラス像のおかげね」
「ああ……不思議な事もあるものだな」
二人が首を傾げつつ城砦に戻り、やはり祭壇に行く。
『おかえりなさい!』
「ただいま。ほら、お土産」
繊細なガラス細工をカラスの傍に置いてやり、二人は剣の館へと戻って行ったのだった。
* * *
ガルトフリートの剣の領域、妖精の森に近い村にシロたちは到着した。
引っ越しの挨拶も終え、一家は揃って害獣対策課に出向き講習を受け森へと出た。
一先ずは地形を把握し、機会があれば仕留める。その繰り返しだ。
「お姉ちゃん、火ネズミ仕留めたよ!」
エランは無邪気に燃え盛っていたネズミの尻尾をつかんで持って来た。
「凄いね。こっちはショウワール狐だよ」
頭が良く狡賢いことで知られる銀狐をシロは掲げる。
「二人とも凄いな。私は魔法蛇だ。……良い皮が取れそうだな」
のんきに笑っているミーティアの後ろでは、ライザーが肩で息をしていた。
「ライザー、どうしたの?」
ライザーは黙って獲物を示した。
「暗殺獣、ゲイルを仕留めた……死ぬかと思った」
黒に緑のブチ模様の、鋭い爪を持つ超大型のイタチみたいな獣がそこに転がっていた。
ずるずると獲物を持って行くと、慣れているはずの受付嬢の目が丸くなった。
ゲイルにショウワール、大型の魔法蛇、火ネズミの死体を前に、彼女は彼らが初心者とは思えなかった。
「少々お待ちください」
彼女は一度引っ込み、初心者の護衛として付けられる兵士に確認した。
「本当にあの人たちが仕留めたの?」
兵士は肯定した。
「エランは遠くから魔力弾を当てて一撃で仕留めていた。シロはショウワールも真っ青の狡猾さだったぞ。狩りを邪魔され続けていた野生のグリフォンと取引していた。『この鮭をあげるから、私と一緒に銀狐を狩りませんか?』って」
「それで?」
「ああ、取引成立。シロが追い込んで、グリフォンが銀狐を仕留めた。よっぽどあの銀狐に腹が立っていたみたいだ。シロがあげた鮭をうまそうに、こっちに見せつけるように食っていたよ」
ミーティアの狩りは至極簡単だった。
剣を飲み込ませたと思ったら、蛇が剣を口に入れたまま動けなくなり、そこを蹴り殺していた。
「悲惨だったのはライザーだよ。無難にナーバウサギを仕留めていたらゲイルに襲われてそのまま戦闘に入った」
受付嬢はうなずいて兵士を連れてシロたちの所に戻り査定を始め、報酬を支払った。
「またよろしくお願いします!」
家に帰り、四人は森の地図を広げ、作戦会議と反省会をしていた。
「もっと効率よく仕留められるようにならないと」
「ならば、狩りには最低でも二人一組だな」
ミーティアはちらりとグラジオラスに目をやる。
「おまえは……好きにやれ」
『はいよ』
ふああ……とあくび交じりに答え、暖炉傍の定位置で丸くなった。
夜、剣をミーティアの部屋に置きシロは己の部屋にある、ライザーの部屋へとつながるドアを見ていた。
手をかけ、開けようか開けまいか迷っていると、自分は触れていないのにドアが開いた……ライザーだ。
「いつまでもそこに居ないで来たらどうだ」
手を引かれ、彼女はライザーの部屋へと消えた。
彼の部屋はヒノモトの造りと同じで、至ってシンプルな感じだったが、その家具や調度品はどれも一級だった。
シロがライザーに手を伸ばし、そっと触れても彼はそれを受け入れ、されるがままだ。
さらさらと彼の紅い髪が滑っていく。
「だいぶ伸びたね」
「シロのおかげだ」
前は髪を伸ばすことなんてできなかった。それが今では背の中程まで伸びている。
「……今日は、星がよく見えるか?」
シロの星眼が微かに光った。
「うん、よく……見えるよ」
翌日、一家はやはり狩りに出た。
その日はシロとライザーの組み合わせだった。
ナーバウサギが三羽だ。
「ライザー凄いね。私なんてすぐに息が切れちゃうのに」
「イェーガーに、ガルトフリートの騎士や兵士は魔法で取り込む大気の薄さを王国のものと同じに保っていると教えてもらったんだ」
「それを真似してた?」
うむ、と彼はうなずく。
「最初は中々うまく行かなかったが、段々できるようになって、シロに拾われて体ができてからは毎日発動していたぞ」
さすがに戦闘中は解除していたが。
「さて、もうすぐ村だな」
門番の兵士に挨拶し、村に入る。
ライザーが報告と取引を終える間、シロは併設された酒場で彼を待っていた。
「姉ちゃん、今一人かい?」
「いえ、連れがいます」
これで話しかけられること三回目だ。
「あ、おかえり」
「ただいま」
シロは立ち上がりライザーを迎える。すると、話しかけた男は苦い顔をして去って行く。
「あ、野熊猫を素手で倒した兄ちゃん!」
その場が凍った。
「野熊猫?」
シロがライザーを見て、ああ、と手を打つ。
「あれ素手で倒したんだ」
「武具が壊れていたんだ」
その野熊猫の毛皮の上はライザーお気に入りのごろ寝スペースになっている。ちょっと横にならせてもらったが、とても気持ち良かった。
「よく無事だったね」
「宝石モグラに玉の材料を喰われて頭に血が上っていたからな」
素面じゃとてもじゃないができない。
酒場の男が言った。
「じゃあ、あの野熊猫を一人で、素手で殴り殺したっていうのは兄ちゃんか?」
「ああ。他に殴り殺した奴がいなければ、だが」
「兄ちゃん以外にいないよ!」
そうか、と彼はシロを連れて去ろうとした。
「また野熊猫を狩る気は?」
「必要に迫られない限り無い。失礼する」
彼は今度こそシロを連れて家に帰ったが、その翌日から、彼は女性の狩人に絡まれることが多くなった。
「お兄さん、私と付き合わない?」
数えるのも嫌になるくらいの粉かけに不機嫌そうに唸って、彼はミーティアを盾にした。
「私を盾にするな」
「断る。私は妻の所に帰るためなら何でも盾にしてやる」
ミーティアの頬がひくついた。
「ほう……ならば、その盾はおまえがなるといい」
ミーティアはライザーの首根っこをつかみ上げ、位置を入れ換える。
「ミーティア?」
「私も娘の所に帰りたいのでな。今日の夕飯はローストビーフらしいぞ」
ぴく、とライザーの耳が大きくなる。
「なんでも、夫の願いを叶えてやるんだとがんばっていたな」
じたばたとライザーがもがき始めるが、ミーティアはうまいことその力を流していく。
「安心しろ、ほとんどは私とグラジオラスが貰う」
「どこに安心できる要素があるんだ!」
「私が今から家に帰り、腐る物が無いという所だな」
ギャアギャアと騒ぐ様はまるで兄弟だ。
そこに、エランがとことことやって来た。
「エラン、どうした?」
ミーティアとライザーはよく似た仕草で目を向け、彼女はシロの口調をそのまま真似た。
「お姉ちゃんが『早く戻ってこないと単なる分厚いステーキにするぞ』って言ってるよ」
それはまずい! 二人の行動は早く、エランはくす、と笑ってのんびりと後に続こうとした。
「あの……」
「はい?」
「あの赤毛のお兄さん、奥さんいるの?」
エランはうなずいた。
「いますよ。美人で優しくてご飯がおいしいです」
固まる女たちにエランは続ける。
「ああそうでした。ライザーお兄ちゃんが欲しいのであれば、シロ、私、ライザー本人と木刀を用いての殴り合いで打ち勝ってくださいね。その後、確実にミーティアお父さんとのエキシビションマッチがもれなく付いてきます」
彼女はのほほんと言って足取りも軽く、小走りで去って行った。
家に帰ると、ライザーが肉の塊を前にお預けをくらっていた。
「ただいま」
「おかえり、ご飯できてるよ」
エランは急いで手を洗って食卓に着いた。
数年後、ライザーは仕事を終えるといそいそと帰り支度を整える。
「ライザー、急いでどうしたんだ?」
にへ、とライザーの顔がだらしなく緩んだ。
「妻がそろそろ臨月なんだ」
「三人目だったか?」
「ああ」
問うた腐れ縁の兵士はやっぱり、と苦笑する。
ライザーの愛妻家ぶりはもう館の中で知らぬ者はいなかった。
厳しい所に率先して行き、優しい所に飛ばされてもたまに危険度がありえない程に跳ね上がり、それでも家族のために生きて帰ってくるのだ。
その運の悪さも知らぬ者はいない。
「それじゃあ、またな」
走り去るライザーを見送ると、戦闘準備を整えた仲間がやって来た。
「どうしたんだ?」
「ルルティア付近で害獣の群れが発生して暴れている。さっき出動命令が下りた。ライザーは?」
「たった今帰った……あ……」
ライザーが居を構えているのは、ルルティアだ。
「連中、終わったな」
ライザーが足取りも軽く走っていると、戦いの音が聞こえてきた。
「害獣?」
彼の顔つきが変わり、剣を抜くと彼は力強く大地を蹴り疾駆した。
「お父さんとお祖父ちゃん大丈夫?」
「……ママ……」
怯える二人の子供たちにシロは優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。グラジオラスも一緒だから」
エランも安心させるようにうなずく。
「大丈夫、いざとなったら、お姉ちゃんも戦うし、デルベリウスお姉ちゃんも助けてくれるから」
しかし、シロの胸中は穏やかではない。
ライザーとミーティアは無事だろうか。
案じていると、窓の外が光りに満ち、戦いの音が止み、しばらくするとミーティアとライザーが帰って来た。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
ほっとしたように笑って家族を迎えるシロだったが、家の外では兵士が困り果てていた。
「ライザーに用があるんだ、退いてくれないか?」
グラジオラスはふああ、と大きなあくびをして玄関を塞ぐように陣取り、退く気は無いと全身で物語っている。
「ライザーは休みだろ?」
人にわかるように彼は言うので、兵士は諦めたように肩幅に足を開き声を張り上げた。
「ライザー、緊急招集だ! 仕事だ、仕事!」
中に居たライザーはシロに頭をなでられつつ、子供たちをかわいがっている最中であった。
大声にびっくりしたのか、下の子が泣き出してしまう。
「ライザー、仕事だって」
至福の時を邪魔された彼は渋面を作り、渋々と招集に応じた。
「そんな苦虫を噛み潰した顔をせんでも」
「娘を泣かしたのはどいつです? 何を殲滅すれば?」
「殲滅じゃなくてだな、見回りだ」
むう、と彼は泣く泣く仕事を始めた。
翌日、仕事から解放されたライザーはシロを部屋に連れ込んで存分に甘えていた。
その間、エランが子供たちの面倒を看て、ミーティアが狩猟を兼ねて村の見回りをし、派遣された兵士たちよりも迅速に敵を排除して回っていた。
「ミーティア殿、是非軍へ!」
「ありがたいのですが、既に黒服の方に行くことになっておりますので辞退させていただきます。それに、ライザーが婿入りする際、彼にもしもの事があった時は娘と孫を守ると約束しておりますので」
「そうでしたか」
その時、仲睦まじく幸せそうに散歩する夫婦を見た兵士たちはライザーの変わりように皆目を丸くした。
「おい、あのライザーが」
言う兵士の視線の先では、白い翼を持つ黒髪の女性が大きな腹を撫でて赤毛の男に微笑みかけている。
赤毛の男は鬼のような仕事ぶりからは考えられない程に穏やかな表情で微笑み、声も柔らかい。
「美人な奥さんだな。確かにありゃ離れたくねえな」
「お互いしか眼中に無さそうだな」
赤毛の彼は幸せそうに笑い、白い翼の彼女もまた笑う。
「シロ、ありがとう。愛している」
一瞬彼女はきょとんとしたが、ようやく我に返ったのか頬に朱が差しはにかんだ。
「ライザーも、ありがとう。愛しているよ」
白い手が伸ばされ、赤毛の彼をなでた。




