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第十九話「婚姻」

 シロとの結婚式……マガルトを片付けたら……撃墜は一週間後……。

 先送りしていたことが一気にのしかかってきた。

 まずい、非常にまずい。自分は冠婚葬祭に関してまるで知らない。

 こんな時に頼れるのは……ただ一人だ。

 青い顔をして駆け込んできたライザーにカフィールとトレニアは何事かと目を丸くしたが、事情を聞いた二人は開いた口が塞がらなかった。

「ば、馬鹿か貴様! それでよく結婚を口にできたな……今から間に合うか? 孫の結婚が……ええい、ついて来い!」

 移動しながら説明すると言う彼に引きずられるようにしてライザーはいつの間にかグラジオラスに乗ってミノシヤの外へと出ていた。

「か、カフィール殿?」

「……これでよし。頼むぞ!」

「きゅあ!」

 二匹の伝書飛竜は手紙を携えパタパタと飛んで行った。

「いいか? 星眼の一族は昔から婚約期間が長いんだ。それというのも、その間に帯と組紐と玉を用意する必要があるからだ。それを両者は結婚式当日までに用意して、式当日に交換する」

 もちろん、全部原材料からの加工だ。

「ま、まさか……シロがたまに糸を染めたり組紐を作ったりしていたのは……」

「全部おまえのためだ! 貴様、女にばかり苦労をかけさせる気か、このたわけ! この風習は、相手にばかり苦労をかけさせないという姿勢見せ、また試すためだ。病気や怪我も無いのに結婚の日に間に合わないということになったら、あなたはその程度ということになり婚約は自動的に破棄される」

 本来は養蚕から始めるがやむを得ない、まずは絹糸を買って来るぞ。

 グリフォンを走らせ、二人はヒノモトの問屋を訪ねた。

「申し訳ありません、つい先程すべて売れてしまいまして、現在入荷待ちでございます」

 二人の顔が青くなった。

「では、他の問屋を紹介していただけませんか?」

 店主は憐みの目で首を振った。

「他はまだ立ち直っておりません。現在のヒノモトの問屋はここだけでございます。ヒルド地方でも、職人を育成中です」

「そう……ですか……ありがとうございます」

 二人は次に派出所を訪ねた。

「すみませんが絹糸の在庫がありそうな所に心当たりはありませんか?」

「少々お待ちください」

 騎士は受話器を取り、しばらく話すと切った。

「ルドベキアの方にあるそうです。即位記念式典のドレスを作る動きがありますので急がれた方がよろしいかと」

「ありがとうございます!」

 二人は再びグリフォンを走らせ、ルドベキアへと急ぎ、ボロボロになりながらもなんとか絹糸を買ったが……。

「なんで、こうなるんだ!」

「知りませんよ!」

 二人を追うのは貴族が抱えている私兵だ。

「絹糸をよこせ!」

 怒鳴られライザーは怒鳴り返す。

「断る! こっちは結婚が懸かってるんだ!」

 騎士も言い返す。

「こっちは生活だ! 大人しく置いてけ!」

 方や身軽な格好をしたグリフォン、方や鎧を着けたグリフォン。

 そして、ライザーとカフィールが乗っているグリフォンはシロやミーティアに常日頃からこき使われている。スタミナの差は明白だった。

 目の前に峡谷が迫り、二人はグリフォンを加速させる。

「飛べ!」

 無事に峡谷を渡り終え、二人はそのままミノシヤへと……戻らなかった。ランタナで染料を買い、内乱中のリアトリスを突っ切りようやくミノシヤへと戻る。

 夜明けと共に帰って来た二人にトレニアは布団と着替え、風呂を用意してやったが、カフィールは手を止めずライザーを急かした。

「早く染料を作って糸を染めろ。ひと眠りしたらガルトフリートに行って石を掘って来い。その間に道具の用意と染物はやっておいてやる」

 ライザーは必死に染料を作り、青と黒に染めるべく糸を染料に浸した。

 その後泥のように眠ると、ライザーはユルを連れてガルトフリートへと走った。

 二本の足で、全速力で、だ。

 それもこれも盗賊が大挙してやってきたり、風習――シロとギボウシに言わせれば悪習――が無くなることに青くなった老人が徒党を組んで騒いだり、害獣の繁殖期に入ったりしたため、ミーティアやシラーなど全軍が出払う事になったからだ。

 そして走りながら剣を振るう。

 今は魔獣に群がられ、何とかそれを切り抜けたところだった。

「来ます」

 最強魔獣が四体、牙を剥いた。

 ユルが先にスペルブレイクを放ち、魔法を打ち消しにかかるが反応が無い……第二世代の魔獣だった。

 装甲に守られた魔獣を青白い剣はバターのように切り裂き絶命させ、ユルはライザーを見た。

 自分の弟子の動きを見るが、だいぶ自分たちに近くなっている。

 そして、アドラムが作った剣がとうとう限界を迎えた。

「曲がって鈍器にしかならんか」

 ライザーは悔しそうにその剣を見る。

「アドラム殿に後で打ち直してもらいましょう。それは私が預かります」

 異次元倉庫に鞘と共に放り込み、二人はとにかく走った。

 こうなれば、一刻も早くガルトフリートに逃げ込んで新しい武具を調達した方が良い。

 敵を蹴散らしながら走り、カミヤ城砦にようやく到着するころにはユルですら手傷を負っていた。

「どうぞ……って、うわあ、な、何があったんですか!?」

 城砦を守る兵士が急いで二人を中に入れ、事情を聴く。

 最強魔獣四体を相手にした後、神々の眷属とやり合い、その後も最強魔獣などとやり合いつつここまで走ったのだ。

 それを聞いた兵士たちは憐みの目を向けた。

「武具、壊れたんでしょう? これを使ってください」

 そっと新しい武具が渡された。

「これは……」

「山賊を潰した時の戦利品です。捨てるにもお金がかかるのでどうしようかって仲間内で相談していたんです」

「ありがとう」

 こうして、ライザーは新しい武具を手に入れたのだが……。

 ユルは指折り数える。

「グリフォンの小競り合い三回、飛竜の大喧嘩が四回、成竜の儀が二回……ライザー殿は、何か憑いているんですか?」

「私が聞きたい……と、ここだな」

 新しい武具は早くも全損したが、ようやくたどり着いた。

 既に日が傾いて寒さが襲って来るが、ここで掘らなければならない。

 ざくざくと掘り進め、ユルにも手伝ってもらい、手ごろな大きさの原石を三つ確保するのに成功した。

 ようやく帰れる、と彼が喜んだのもつかの間……。


 ひゅん、パクッ、がりごり……ごきゅっ……。


 聞えた音に思わずユルの目まで丸くなり、円卓では悲鳴が上がった。

「……は?」

 ライザーの手にあった原石がすべて消え、隣にはつぶらな目をして、背中に水晶のような宝石をタケノコのように生やしたモグラがいた。

「この野郎!!」

 我に返ったライザーの怒号にモグラは地面を走って逃げ、逃げた先には野熊猫がいた。

 熊と猫を足して二で割ったような外見と白黒の模様、ずんぐりむっくりとした体形からは想像できない俊敏さを持ち合わせる、ガルトフリート一かわいらしく、凶悪なそいつがいた。

 野熊猫はその本能に従い、つぶらな目でモグラを見据えるとゆらりと影纏う右フックを放ち、一撃でその命を狩った。

 通常なら、ここで人間は逃げ出すが、今のライザーは完全に頭に血が上っており捕食者――否、狩人となっていた。

「そのモグラをよこせぇっ!!」

 ぴく、と黒い耳が動く。

 野熊猫はそうはいかん、と己が生活のために立ち上がった。


 害獣狩りを生業とする狩人たちは、目の前で起きている事が信じられなかった。

「馬鹿だ、馬鹿がいる……」

「野熊猫に無策で、しかも素手なんて……」

 雄叫びを上げ、目を殺意にぎらつかせながら拳を振るう様は狂戦士、向かいにいるのは最強の名を冠する害獣、野熊猫だ。

 狂戦士は紙一重で野熊猫の攻撃を避け、的確に急所に抉るように一撃を叩き込んでいく。

 ついに、狂戦士の一撃が野熊猫の顎を砕いた。

 ゆっくりと野熊猫の巨体が傾ぎ、重い音を立てて地面へと倒れ、ピクリとも動かなくなる。

 新しい原石を探していたユルが顔を上げた。

 ライザーはふらりと野熊猫に近づき、手を伸ばす。


 バリッ、グチャッ……。


 音を立てつつ、無言で宝石モグラと野熊猫を解体し、宝石と毛皮を手にする。

 そして彼は夕暮の中ユルを連れて城砦へと駆けた。

 ……防具代わりに野熊猫の毛皮を被って。

「いらっしゃ……うっぎゃああ!」

 城砦は一時騒然となった。

 考えてもみてほしい、最強の害獣とうたわれる野熊猫の毛皮を被り、手は血塗れで眼光が鋭く、宝石の原石を持っている。

「し、失礼しました。ええと……あの、下で武具をお渡ししたお方……ですよね?」

 兵士の顔色は良くない。

「うむ、先程は世話になった。すまないがいただいた武具は全損してしまった。あと、貴殿らの心遣いは嬉しかった」

 ライザーはタケノコを置いた。

「戦利品だ、受け取ってくれ。できればこいつには出会いたくなかった」

 御武運を、と走り去る二人を見送り、城砦の兵はタケノコの処分に困ったという。

「宝石じゃあ、煮ても焼いても食えねえよ」

 年配の兵士はそう零した。


 一方、シロはというと……。

「ミーティア、見て、ようやく帯ができたの」

「見事な赤だな。紅花染めだったか」

「うん。ライザーは黒い服が多いから絶対似合うと思うんだ」

 ミーティアは紺色や青系統の色が多いから桜色に、と玉や服の色も考慮されて帯を贈られていた。

「よくここまで深く染めたな」

 組紐も赤系統でまとめられている。

「えっと、染物の色が深ければ深いほど、これだけの間あなたを思って染めました……だっけ?」

「ああ。年月と共に多少色褪せてしまうが、それまでに新しい物を用意するんだぞ。まあ、染物は色褪せたがそれだけの間自分たちは一緒にやって来たんだという証にもなるがな」

 その時を思い、彼女は幸せそうに笑う。

 それを見るミーティアは彼女に対して心からの愛情を込めた慈愛の眼差しを送っていたが、ライザーに対しては腸が煮えくり返っていた。

 カフィールから聞いたが、知らないにしても限度というものがあるだろうに……どうしてやろうかあの小僧……。


 三日目の昼、ライザーはミノシヤ城へと戻り、そのままアドラムに毛皮の加工処理を頼みに行った。

「加工と修理はわかった。とりあえず、風呂に入って寝ろ」

 既に喉が枯れていたライザーはうなずき風呂場へと消えた。

 その間、アドラムは魔法で様々な処理を行う。しばらくすれば上質な毛皮がそこにあった。

「……そうか……石の加工、手伝ってやるか」

「そうしてやってください、あまりにも彼が憐れです」

 ライザーは行き倒れるようにして眠り、五時間後にユルとアドラムに起こされてカフィールの所に向かった。

 そのカフィールの教えの下に四日目の朝を迎えた。

 最初の物と二つ目の物は運悪く石の目に当たってしまい割れ、最後の材料で玉ができたところだった。

「後は組紐だな。糸はできている。帯はトレニアが作ってくれたぞ」

「ありがとうございます!」

「馬鹿者、泣くのは完成させてからにしろ」

 ここに至るまでに、ライザーは本当に様々な妨害に遭っていた。

「ほら、一度シロの所に帰って、休め」

 ふらふらとした危なっかしい足取りの彼の顔色は悪い。

 そして事件は起こった。

 ライザーの手から玉が奪われ、あっという間に地面に叩きつけられ砕かれた。

「あ……」

 その場にいるだれもが呆然とする中、叩き壊した女は言った。

 私はずっとあなたの事を見てきたのに、あの男女が妻になるのが許せない。私をあなたの伴侶にしろ。

 そのような内容の言葉の数々はライザーの耳を素通りし、アドラムとカフィール、そして円卓に火をつけた。

 手伝っていた三人から闘気と殺気、怒気が爆発した。

「ふっざけんじゃねえぞクソババアッ!!」

 上空の強風に負けず、地上にいる戦闘中の兵士にまで行き渡る声を持つ、アドラムの怒号が村を越えミノシヤ城まで届いた。


 グリフォン小屋にいたグラジオラスはぱちりと大きな目を瞬き、飛竜たちも何事かと目を丸くして村を見た。

『今の、アドラム殿の声だ』

「アドラム殿の?」

『ああ、ちょっと待ってろ』

 一声鳴けば鳥たちが寄って来て彼は何事かを会話し、ミーティアに遠い目をして何があったのかを話した。

『さすがにあいつかわいそうだって。卵みたいに弱くないけど、運が悪すぎるんだ。これ以上は勘弁してやれよ』

「……そうだな、そうしよう」

 ミーティアもまた村の方へと視線をやった。


 ふらり、と赤い頭が揺れ、ライザーは奴隷時代でもしなかっただろう死んだ目でカフィールの家へと足を向けた。

「ライザー、どこへ?」

「ガルトフリート……石を……間に合わない……」

 アドラムはすぐに女に「一生独身で独り寂しく過ごせ」と呪いの言葉を吐きかけ、ライザーを三人がかりで止め、手持ちの原石を出した。

「ほら、翡翠の硬玉ならでかいのあるし、紅水晶でもいい、何でも使ってくれ!」

「ガルベリア内部の工作室の許可も下りている」

 アドラムが出した材料の中、彼は翡翠を加工し、どうにか玉にしたのだった。

 ガルベリアの広い工作室の中で一人、静かに頬を濡らしながら作業をする彼に一同はかける言葉を持たなかった。

 玉と帯を箱に納め、ユルは己の内部に収めた。

「式までは私がお守りします」

「壊れないように魔法もかけたし、強奪した奴の頭に雷が落ちる呪いや、一日以内に手段を選ばず、必ず主人の所に戻る呪いもかけたぞ」

「おまえは本当によくやったと思う。今日はもう休みなさい」

 しかし、ライザーはそのまま組紐を作り始める。

「ライザー?」

「……間に合わない……」

 蚊の鳴くような声でやはり泣きながらカタカタと作っていく。

 そして今に至るまで、ライザーは絶食四日目に突入しているのだ。

「体がもちませんよ」

 神造騎士団の者たちまでもが心配そうに見守る中、彼はガルベリアの内部で組紐を作り上げた。五日目の朝の事だった。

 ユルは箱に納める。

「おめでとうございます。ライザー、家に帰りましょう」

 紅い頭が上下し、ライザーたちはミノシヤへ城へと戻る……だが……。

 空腹と睡眠不足で無自覚に苛立った彼は城内――自分の縄張りの内部に侵入者を見つけ、それを捕獲した。

 一撃で意識を刈り取られた刺客を地下牢へと引きずり込み、素っ裸に剥いて吊るす。

「ライザー殿、まずいのでは……」

「武装から暗殺に主眼を置いた刺客だ」

 兵士たちは尋問を行うが、刺客はへらへらと笑って流す。苦痛はどうだと責めに転じても口を割ることは無かった。

 兵士は息を切らして静かすぎるライザーを見て凍り付いた。

 彼は、何かを、臭いからして薬草を煮込んでいた鍋を火からおろして冷ましながらかき混ぜて笑っていた。

「ふ、ふふっ……」

 静かな笑い声が地下牢にこだまし、いつも秘されている星眼が光の尾を引いた。

 刺客の顎をつかみ、無理やり口を開けさせると作ったばかりの何かを流し込み飲み込ませ、猿轡を噛ませ目隠しを着ける。

「ら、ライザー殿?」

「ふふ……いいぞぉ、そのまま喋るな。ククッ、私はおまえの主人なんぞにこれっぽっちも興味は無いんだから」

 クスリでもやっているのかと疑いたくなるような、満面の笑みで常からは考えられない程に明るく言い、彼は柔らかい赤い羽を手にした。

「私はもう何もかもが笑い飛ばせるくらい気持ち良くてね」

 脈絡のない言葉に怯える刺客にライザーは言った。

「おまえも痛いのは嫌だろう? なら、一緒に笑おうじゃないか」

 くす、くす、と笑いながら彼は続ける。

 なんでそうなると兵士は言いたかったが、頭のネジがまとめて吹き飛んだとしか思えない彼を前に何も言えない。

「ほら、笑えよ」

 くす、くす……。

 ライザーが手を動かし、刺客は堪えていたがとうとう笑い出した。

 刺客は狂わんばかりに笑い続け、くぐもった声で情報を吐こうとしたがライザーの手は止まらなかった。

「ライザー殿、もうお休みになられては?」

「ふふっ、どうして? 途中でやめちゃ彼がかわいそうだ」

 そうだろ? と羽が際どい所をなで、刺客はもう息も絶え絶えな様子だが、ライザーの顔は笑っており、手は休むことを知らない。

 ダメだこりゃ、と兵士は意を決し自分もまた羽を手にして言った。

「彼を笑わせるのは私が引き継ぎますので、どうかお休みください」

「くす……わかった」

 兵士は内心ほっとしたが、ライザーは言ったのだった。

「仲間外れにしてすまなかった」

「へ?」

 赤い羽が揺れる。

「あなたも笑わせ、笑うが良い……ふふふ……」

 ああ、他にも一緒に笑いたい奴がいるかもしれないから、仲間をたくさん呼んでおいで。

 クスクスと笑いながら言う彼の目の前では、刺客が涙やよだれをたらし、下では汚物がその面積を広げていた。

「……ふふふっ……あははっ……」

 星眼は狂気に煌めき、彼は際限なく笑わせ、笑っている。

 たまらず兵士は非常用の受話器をむしるように取り、悲鳴を上げた。

「ライザー殿が乱心しました、ユル殿、シラー兵士長、助けてください!!」


 ふふふ……あっははははっ!!


 飛び込んできたユルとアドラム、シラーは目を疑った。

 けたけたと狂ったように笑っているライザーは刺客をくすぐり倒し、その刺客は何もかもが垂れ流しの状態でひくひくと痙攣している。

「ユル、回収」

「了解」

 アドラムはライザーを眠らせてやり、ユルが彼を担ぎ上げた。

 ぐったりと眠っている彼を洗ってやり、布団へと放り込む。

「ライザー? え、あの、アドラムさん、これは……どうしたんですか?」

 戻って来たシロが首を傾げ、困惑顔でアドラムとユルを見るが、二人は静かにしてやってくれ、としか言わない。

「ライザーが起きたら、うんと褒めて、優しくしてやってくれ」

「私からもお願いします。エラン、任せたぞ」

「うん。ライザーお兄ちゃん物凄くがんばったもん」

 一人困惑するシロを残し、二人は音も気配もなくそっと部屋を後にしたのだった。

「起きてりゃ悪魔、寝てりゃ天使……だったか?」

「ええ。寝不足の者は狂人です」


 翌朝、ライザーは中々布団から出てこず、シロが起こしに行っても枕に甘えるように頭を擦りつけもぞもぞと潜り込んでしまう。

 いつになく寝汚かった。

「ライザー、朝ご飯だよ!」

 ほら起きて、と揺するとようやく青い目を開けてのそのそと身を起こし、半分寝たまま朝食を詰め込み、再び布団に手をかける。

「ごめんね、今日はお布団干すんだ」

「わかった、別の所で寝る」

 眠い目を擦りながら、彼は野熊猫の毛皮の上に横になった。

 下にはマットレスも敷いてあり、彼はすぐにスヤスヤと寝始め昼になり、ライザーはようやく目を覚ました。

「おはよう、よく寝たね」

「おはよう……今、何時?」

「一三時」

 青い目が丸くなった。

「ずっと寝てたけど、昨日何があったの?」

 しかし、ライザーは首を傾げる。

「覚えてないの?」

「ああ……城に戻った所までは覚えているんだが……」

 おかしく思ったシロはアドラムやユルたちに聞いた。

 すると、皆一様に遠い目をし、シラーは言った。

「あんなに楽しそうに……狂ったように笑う彼は始めて見た。シロも見たことは無いだろう」

「寝不足で気分が高揚するとデータにはありますが、あそこまでとは思いませんでした」

 ユルも言い、アドラムは言った。

「シロ、ライザーにはきちんと食事と睡眠を与えてやれ。黒ライザーを二度とこの世に出さないためにな」

 アドラムとユルはこの数日ライザーがどんな目に遭ってきたかを事細かに話してやった。

「そんなことが……どうりで何日も帰ってこないと……」

「シロ、おまえさんの場合、玉や帯などを作る時はどうしていたんだ?」

「私がまだガルトフリートに居た時に原材料は全部調達していました」

 鋼の目が丸くなった。

「滑石やロウ石で玉を作る練習をして、小さい頃にはミーティアが持っていた物を参考に玉の形だけを作って、後は模様を掘るだけにしていました。帯や組紐は手に入りやすい素材で何度か練習して、ミーティアにあげていましたよ」

「ちょっと、見せてくれないか?」

「はい、どうぞ」

 出されたのは微かに光る青白い石だ。

 見せられた物を見てアドラムの目が驚きに染まる。

「シロ、この石をどこで?」

「宝石の丘で掘ったら出てきました。何の石かわからなかったんですが、何かご存知ですか?」

「これは竜星石と言って、今じゃあ遺跡発掘品じゃないと見つからない石だ。太古の時代……アトラシア戦役以前に存在した国家、ナイアス王国で護石として用いられ様々な守りが込められた」

 昔々、ガルトフリートの地はエルジアの力で空に浮いていて、その土地を守るために障壁が張られていた。

 夜になるとそれが地上からは星のように見え、あそこには竜の姿をした神様が住んでいる。あそこに住んでいる神様が泣いたからこの石ができたと伝えられていた。

 聞かされた当人は勝手な事を、泣いて宝石ができるんならいくらでも泣いて売り飛ばしてやるのにと腐っていた。

「何か守りは付けないのか?」

「うーん……災難避けと、ライザーがちょっとでも幸せになれるようなおまじないが良いかな、と思っているんだけど……術式が……」

 ふむふむ、とうなずいたアドラムは飛竜の姿になるとぺたりと前足を玉に乗せる。すると、玉の輝きが増した。

「これで良し」

「ありがとう!」

 シロは大切に桐の箱にしまう。

「ライザーの一件があるから、ユルに預かってもらえ」

「お願いします」

 シロがユルに玉などを渡している頃、ライザーは風呂に入っていた。

 稽古の後、大浴場の方に浸かりに行くのだが、まだだれもいない時間帯のためのんびりと体を伸ばせるのだ。

 浴槽の淵を枕にして上機嫌にぷかぷかと浮いていると、人の気配がしたため彼は普通に座り直した。

「あ、ライザー、久しぶり。どこ行ってたんだ?」

「久しぶり。ちょっと大陸を回っていた」

 ヘリオはライザーの体の傷を見て眉根を寄せる。

「また傷だらけになって、シロに怒られるぞ」

「もう怒られた」

 ヘリオは笑う。

「嬉しそうに言うなよ!」

「怒られるのも手入れされるのも生きていればこそだ」

「本当にシロにべた惚れだな」

「ああ、これ以上の女性は居ないと思う」

 さらりと言ってのける彼にヘリオは口を尖らせた。

 シロに羽が生えた時は驚いたが、その後、彼女がエランの服を着ていた時はもっと驚いた。

 意外と肌が白くて瑞々しく、形の良い豊かな胸にくびれた腰……。

「ヘリオ?」

 冷たい声と視線に彼の心臓が跳ねた。

「な、何でしょう?」

「手を出すなよ」

 何に、とは言わない。

「は、はい……」

 独占欲がかなり強いが、シロはやっていけるのだろうかと思ったが、年長者ことアドラムの意見は違った。

『シロがライザーのもの? ご冗談を。あれは、ライザーがシロのものになったのです。きっと子供が生まれたら大人気なく子供と膝の取り合いをしていますよ』

 ギボウシも言った。

『シロがライザーに縛られることはございますまい。ライザーという番竜が自分のリードやおもちゃを持って行き主人に甘えるに等しいのですから』

 もちろんシロが飼い主だ。

 からからと二人は笑っていた。

「……そろそろのぼせてしまいそうなので、お先に……」

「待ってくれ」

 言われ、ライザーは湯の中に戻った。

「ミノシヤ城の東棟にシュロチクの、白い羽の子たちがいるんだけど、会わせてくれないんだ。親父に聞いても、会わせないっていう命令は出してないって」

 ライザーはうなずき、湯船から出た。

「見てきますが、これは私の興味、関心からです。良いですね?」

「ああ、後でお話しを聞かせてくれ」

 ぺたぺたという足音が返事であった。


 暗い色の服を着て予備の黒塗りの剣を手にするライザーを見ず、アドラムは短剣を放り投げた。

「手ぇ滑っちまったぁ、短剣行方不明だ、買い直さねえとな」

 ユルもまた魔石を投げた。

「アドラム、脱出用の魔石を野熊猫に喰われました」

「一回きりだろ? ここに脱出地点を指定しておけばいい」

「了解」

 ごと、と部屋の中央に魔石が置かれ、ライザーは黙って出て行き音もなく走った。

 理由なく王権を拒むことは謀反の疑いもあるという事だ。また、あの東棟で虐待や人身売買が行われたり、あるいはもう殺害されたりしているという可能性がある。

 棟に着き、彼は管理者の部屋へと忍び込んで書類や日誌を見て、隠されていた帳簿を発見し、目を通して背嚢に入れた。

 ついでに、鍵を永久に借りていく。

 帳簿によると、赤ん坊は最上階ではなく地下にいるらしい。

 だが、全部見てからの方が無難だ。

 隠し扉を開けようとした時、彼は身を翻し老人の背後を取った。

「ま、待ってください、そこの扉でしたら、もう私が調べました」

 首の骨を折るべくかけられていた手が外される。

「何者だ」

「シロ様にお仕えする者でございます。この棟は我々が重要文書等を運び出しました」

「帳簿が残っていたが?」

 密偵の目がやや丸くなった。

「どこに?」

「管理者の椅子の中だ。赤ん坊は?」

「売られた者は下手な所に渡る前に我々が奪ったり買ったりしました。後は攫うだけ……地下にございます」

「わかった、残りをいただこう」

 二人は地下に行き、赤ん坊に眠りの魔法をかけると抱き上げた。

「少ないな、本当にこれだけか?」

「はい。主様は、『もっと健康ならば高く買うと言ってやれ』と、我々にまとめ買いで値切らせたんで」

 しかし、と密偵は顔を曇らせる。

「この人数を抱えては……」

「問題ない、赤ん坊を一か所に集めろ、急げ」

 二人は急いで赤ん坊などを一か所に集め、ライザーはユルにもらった魔石を取り出し発動させた。

「旦那、それは……」

「聞くな、おまえは何も見ていない」

 ユルの魔石が砕け、一行を青白い光で包み込むと、その場から彼らは煙のように消えていた。

 アドラムの部屋に置かれた魔石が輝き砕け、彼は来たかと念の為短剣を手にした。

 魔力が渦巻いて輝き、それが収まると知らない男一人とライザー、そして赤ん坊たちがいた。

「おかえり、そっちは?」

「シロの配下らしい」

 密偵は一礼した。

「シロ様にお仕えする、セージと申します。この度は、ご協力ありがとうございます」

 星眼が細くなった。

「表に出て名乗ったという事は、引退か」

「はい。恥ずかしながら、昔捕虜になって拷問を受けまして、その時の傷が今になって悪さを。もう体の自由が利かないのです」

 これを最後のお勤めにするつもりだった。

 言う彼にライザーは金貨が入った袋を渡した。

「これは?」

「今までシロが世話になったな。その礼と、頼みたいことがある」

 セージの目が鋭くなった。

「何でしょう?」

 ライザーは赤ん坊を見て言った。

「子守りだ。シロが子守りを己の仕事と思う、あるいはクソジジイ共が押し付けてみろ、私のささやかな夢は永遠に後回しだ」

 セージは深々とうなずいた。

「ですがこの子らは王の子、王にお伺いを立て報告をしなければ」

 二人は腰を上げようとしたが、ぐずり出した子をあやしていたアドラムが言った。

「ココ陛下とヘリオ殿下、リチア姫殿下なら、ユルが呼びに行ったからもうすぐ来るはずだ。ほら、おまえたちもあやせ! どんどん連鎖してるぞ」

 おむつ替えとミルクを手伝ってくれ。

 二人は不慣れかつ不器用な手つきで作業しつつ、報告をすることとなったのである。

 この後、セージはしばらく子守りをした後に城下町にて店を出し、小料理屋を営んだ。

 白い翼の看板娘の働きもあってか、かなり繁盛し、幸せな余生を過ごしたという。


   * * *


 神造騎士団の全軍が出動し、ガルベリア、デルベリウス、ゼフィリウスがそれぞれマガルトをロックオンする。

 ガルベリアのブリッジではそれぞれがせわしなく働き、モニターを睨んではインカムに何事かを言いつけている。

「シロクマ、主砲の配備が完了した。いつでも撃てる」

「アキノ、マガルトの中はどうだ?」

「主導者を失い混乱が広がっています。エンジンはもうもちません!」

「シロクマ一佐、部隊配置に着きました」

 シロクマは言った。

「よし、撃て」

 各地で同時に命令が復唱され、マガルトへ向けて最大火力が叩き込まれる。

 昼間だというのに、その光はルート大陸のほとんどどの国家からも見ることができ、遠く離れた大陸に住まう者の目にも届いた。

 上空からライザーとミーティアを抱えてそれを見ていたシロは言った。

「終わったんだね」

「ああ。だが、これからしばらくは害獣の殲滅に追われ、次は……人間同士の争いが始まる」

 ライザーは静かに言う。

「なけなしの資源の奪い合いだな」

「幸い、ガルトフリートは貸していた金銭の分を持って行くに止めてくれている。後の産業も何とかなるだろう」

 よく根こそぎにするなどと言われるが、それだけガルトフリートに借金が多いという事だ。ガルトフリートで生産できない物と、自分たちの手に無い物を交換して欲しいと言えば彼らはちゃんと交換してくれる。

 ある少年などはウサギの毛皮と毛糸で作った帽子と引き換えに、家族の薬をもらっていた。

 普通に考えれば薬代の方が高いが、医者は言っていた。

『私は編み物もできなければ帽子も作れないし、それで家族を喜ばせることもできない。私にできないことを彼はやってくれた。今度は私が彼に喜びを与えたい』

 足が不自由なグリフォン乗りの医者はそう言って、その子の家族をずっと看ている内にそこを拠点にする医者となった。

「派出所の連中がぼやいていたぞ。小国家群の生き残りたちが産業の復興をしたいから支援してくれってひっきりなしにやってくるって」

 シロはゆっくりと降下しながら笑った。

「ガルトフリートは復興支援して恩を売るんだね。あ、ライザー、私たちもそこに投資しようか」

「む?」

「復興しようとする所はお金も物資も不足しているでしょ? そこに先行投資して、後で投資した分を品物にして返してもらうのよ。時間はかかるけどね」

 そうすれば、ガルトフリートに居ながら外の情報も手に入る。

「なるほど、やってみるか」

 まずは軍資金を作らないと。

 話し合う二人にミーティアはシロにしがみつきながら言った。

「それも良いが、逃げるなら早い方が良いぞ。リチアの結婚式直後なら兵士たちも酔っている可能性が高い。さっさと国から出て渡りをつけ、ガルトフリートに逃げ込め」

 うなずいたシロとライザーの行動は速かった。

 さっさとリチアの結婚式の日を聞き出すと、そこに向けて退職届を書いてギボウシに出した。

「シロ、残ってくれないか?」

「嫌です」

「悪かったって」

「遅いです」

 取り付く島もない。

「退職金、期待していますよ? 今の今まで受けずとも良いセクハラとパワハラその他に耐え忍んだんですから」

 奇しくも、その時の笑みはクロユリのそれにそっくりであった。

「ぐぅ……わかった」

 こうして、ミノシヤからは影の宰相が消えることとなった。

「文字通り、羽を生やして飛んでった」

 シロが拾いミーティアが鍛えた密偵軍団も、高齢などを理由にそれぞれが足を洗い、セージのように子育てをしながら小料理屋を営んだり漁師になったり農業を営んだりしている。

 要は、国家ではなくシロに向けられた忠誠だった。

 聞けば、今まで密偵の扱いが酷すぎ、ちゃんと傷病手当や休暇を出してくれた主はシロだけだった。ミーティアも、自分たちが不必要に傷ついたりしないように、追われても逃げ切れるようにと鍛えてくれた。

 ちゃんと密偵を辞めても食べていけるようにと、色々な事を教えてくれた。

「なあプリムラ、後継者どうしよう?」

「ご自分で育てては? 次が控えております」

 どん、と書類が置かれ、彼女はファイルを開いた。

「さあ、シロ様からの引き継ぎを始めましょう」

 きらん、と彼女のメガネが不穏に光った。

 こうして死に物狂いで仕事をしていると、シロに仕事を任せた時を思い出す彼であった。

『なあボウズ、ちょっとお使いしてくれないか? これを計算して欲しいんだ』

『かしこまりました』

 すぐに計算を終え、シロはギボウシに書類を提出し、次々に頼まれた仕事を片付けていく。

 ふと、付箋紙が張られた所に目を向ける。

『あのボウズ……』

 シロに国策について聞くのに時間は要らなかった。

 また兵士の方に回していた所、シロはグリフォンと会話していた。

 ミーティアの赤毛のグリフォンはまだやや小柄だが、それでもシロが実の兄のように慕って、グリフォンもまんざらではない事がわかる。

 そうしている内に、ぞろぞろと他のグリフォンや飛竜たちが集まって来ては大人しく順番待ちして彼女の手入れを待っていた。

「そういえば、シロ様は昔男装していらして、彼女を男性と勘違いされていた方がいらっしゃるとか。何故女性だと露見したんですか?」

「ああ……それな……陛下がヘリオ殿下の遊び相手に、と一緒に遊ばせていたんだが、殿下の悪ふざけが過ぎてシロが池に落とされたんだ」

 ガルトフリートに水練の施設は数少なく、あそこで水遊びをしようものなら凍死しかねないので泳げる者は少ない。着込んでいた軽鎧も災いし、彼女は泳げず溺れたのだった。

 すぐに血相を変えたミーティアとグリフォンが飛んできて救助し一命を取り留めたのだが、丸一日目を覚まさずグリフォン小屋は殺気立つし、目が覚めても高熱が続いてミーティアは修羅と化した。

『私の娘がこのまま命を落としてみろ、どんな手段を使ってでもキサマを殺してやる』

「面と向かって言われた殿下は大も小もちびって気絶するし、寝小便が再発するし……あの時はマジでミーティアの反乱が怖かったよ。あの時の騒ぎでシロが女だってわかったんだ」

「そうでしたか。ミーティアの反乱とは?」

「ただでさえミーティアは強いのに狂戦士や死兵になってみろ、城内にいる者が皆殺しにされてもおかしくない。その上グリフォン小屋はシロに懐いていた。ミーティアやグラジオラスの呼びかけに結構な数が応えただろう」

 たった一人の人間の反乱と侮るなかれ。人間が一人でも、その他が加わったらそれは一国の軍隊に匹敵する火力になる。

「シロ様が命を落とさなくて本当に良かったです」

「本当に。女とわかってからは馬鹿が大勢湧いたよ。片端から始末したけど。終わる頃にはシロはすっかり笑わなくなっていた」

 以来、親子や姉弟のような関係だったのが壊れ、まったくの他人となった。というより、ミーティアとシロの警戒度が跳ね上がった。

「当然ですね」

「言ってくれるね……でもまあ、泳げない事を除いてシロが優秀とわかっていたから、宰相職を譲るつもりで色々やらせていたんだけど……」

「人材が、羽を生やして、飛んで行く」

「座布団むしり取るぞ」

「空気で良ければどうぞ」

 ギボウシはガリガリとペンを走らせたのだった。



 リチアとエルジアの結婚式が近づく頃、エランの手によってミノシヤ城内にあるシロたちの荷物は最小限残してすべてガルトフリートに運ばれ、後は旅立つだけだった。

 職人や商人とも渡りをつけ、先行投資も始まっている。

「害獣討伐所の許可ももらえたし、後は向こうで狩りをするだけだね!」

 きゃあきゃあとシロとエランが会話に花を咲かせる。

「あのね、お兄ちゃんたちが『いざという時のために、自分で動物を仕留めて捌いて調理できるようになっておきなさい』って言ってたの。ついて行っちゃダメ?」

「いいよ。じゃあ、エランの分も申請しなくちゃ」

 一方、ガルトフリートの害獣対策課は呆れ顔で判を捺していた。

「神造騎士が害獣退治って……討伐率百パーセントだろ」

 そして式の当日……各国の王族も出席したが何より、煌びやかな神造騎士団とガルトフリート騎士団の姿は人々の目を奪い、飛竜による曲芸飛行は人々を楽しませた。

「リチア、幸せにね」

「うん、ありがとう。あと、ごめんなさい」

「どうして?」

 彼女は顔を曇らせた。

「シロは私と兄さんの遊び相手になってくれたけど、そのせいで変なのがいっぱい寄って来たでしょ?」

「気にしないで」

「ありがとう。シロは、ガルトフリートに行ってから結婚式をするつもり?」

「そのつもりだったんだけど、こっちで小ぢんまりとやることにしたの」

 カフィールとトレニアはここから動けない、ライガやジンライは忙しく要職にあるからほいほいと一般人の式に出向くわけにもいかない。

 幸い、星眼の一族の婚姻の儀はきっちりした服装で婚約期間中に用意した帯と組紐と玉を交換して、後は適当に飲んで騒げというものだ。

 長い話も無く、新郎新婦の名前が呼ばれて今日からこの二人は夫婦であるという宣言が出され、少し羽目を外すだけだ。

「簡潔ね」

「参加者に一番負担の無い方法ね」

 翌日、シロは純白のドレスを身に纏い、背中の翼もあり神々しささえ纏っていた。

 対するライザーは黒に銀糸の刺繍が入った、一見すると地味に見える服だがシロの隣に立つと不思議と互いを引き立てた。

「お姉ちゃん綺麗!」

「ありがとう、エランも綺麗だよ」

 式に参列するのはエルジアとリチアの結婚式に参列したのとほぼ同じ顔触れだが、違うのは食べ物がほとんど持ち寄りで、グリフォンや飛竜が闊歩していることか。

 参列者たちが見守る中、二人は帯と組紐、玉を交換し、それぞれを身に着けた。

「では、これより宴を各自お楽しみください」

 簡潔かつ明瞭に、簡単に済まされ、参列者はこれで良いのかと首を傾げつつ料理を突いて談笑した。

「シデン様、おめでとうございます」

 正装したライガが穏やかに笑って頭を下げる。

 前より少し白髪が増えたかもしれない。

「ライガ……ありがとう。おまえがそう呼ぶという事は、中身が固まったな?」

「はい。奴隷たちの保護と教育、職業斡旋後、奴隷制度も完全に廃止しましたし、ガルトフリートへの借金も半分を切りました。後はジンライ様がシロ様やリチア様のような、聡明な女性との間に元気なお子を授かり、育てるばかりにございます」

 早く見つかると良いな、と彼は笑う。

「はい。私だって、かわいらしくて賢い人と身を固めるんですから。あ、良さそうな人がいたら紹介してください」

「シロの次で良ければな」

 話す兄弟の隣では、アドラムが苦笑しつつシロの剣の前にグラスを置いてやっていた。

『シロ……やはり寂しいものだな』

 すると、ミーティアがやって来て剣に帯と組紐、玉をかけてやった。

「全部シロが作った。この玉は五歳の時からずっと彫っていて、糸は十歳からずっと何度も何度も染めていた。帯は、ライザーと私と、あなたにと、一生懸命織っていた。組紐も……受け取ってくれ」

 アドラムは微笑んだ。

「むせび泣いているぞ」

 そうか、とミーティアは自分のグラスを呷った。


 翌日の夜明け前、シロたちは旅支度を整えカフィールとトレニアに見送られミノシヤを出た。

 別れは式の時に済ませた。

 後はのんびりとガルトフリートに向かうだけだ。


「あ、デルベリウスお姉ちゃんだ」

 エランが空を見て言った。

「綺麗だね。きっと良い事あるよ」

 シロがのんびりと言い、ライザーとミーティアは静かに笑う。

「そうだな、神が作りたもう星だ、きっと良い事がある」


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