第十七話「決闘」
ミノシヤ城から、少数の者が出立した。
ミノシヤからはココ、リチア、ミーティア、ライザー、シロ、エランの六人だ。
ガルトフリートからはブルノルフ、カンディア、エルジア、ベルン、ヘロルトの五人だ。アドラムは本国の防衛に戻り留守番だ。
王家の者の旅にしては少なすぎるが、これが最善であるとの結論が出ていた。何より、エルジアには神造騎士団があるし、逃げる時は身軽な方が良い。
名目としては両家の親睦を深めるための旅行であるが、その実はリアトリスへの返事だ。
両家はそれぞれの旗を掲げ、ゆっくりと街道を通り北上し、リアトリスの国境を越えた。
日が傾き始める頃、一行はリアトリスの国境の町、アトリスにて宿を取り休むことになった。
「ねえシロ、あなたたちの娘らしい姿はどこに行ったのかしら」
シロは苦笑し、エランは何のことかと首を傾げた。
「今の私たちは兵士兼使用人ですので」
「ひらひらのスカート穿いたら飛んだ時パンツ見えちゃうよ? 露出狂……だっけ? 犯罪者になっちゃう」
「ライザー?」
リチアの目が向けられたライザーはすかさず逃げる。
「濡れ衣だ」
もう、とリチアは膨れた。
「……でも、こんなやり取りできるのも後少しなのよね」
マガルトを始末した後にシロたちはガルトフリートに行ってしまう。
自分もガルトフリートに行くとはいえ、そこに接点はほとんど無い。
「シロはガルトフリートに行ったらどうするの?」
「ライザーの夢を叶えようかと」
ライザーは? と問うと……。
「兵士か害獣駆除だな。それで稼げなくなったら田畑でも耕す」
末永く暮らすなら手に職をつけねば。
言う彼に、シロは言った。
「それじゃあ、妊娠出産までに私もかなり稼がないと。ライザー、まずは一緒に害獣狩りをやろう。そうすれば兵士になるにしても実績が作れるんじゃない?」
その場ではうなずいたがライザーは悩んだ。
夜、彼はその悩みをヘロルトに言った。
「兵士になると、確かに時間的問題から子供を授かるのは難しくなるよ」
仕込むのなら早い内の方が良いと言う言葉にミーティアは眉間に谷を作った。
「ライザー、おまえは私に孫の顔を見せないつもりか? おまえの穴ぐらい埋めてやるから仕込んでこい」
「まだ婚姻届けすら出していませんよ」
「さっさと出せ。そして仕込め。この際順序が逆でも構わん。ガルトフリート兵になったら教育後各国を巡っての修行の旅とやらに連れ回されるんだぞ」
う、と彼は痛い所を突かれヘロルトは苦笑する。
「それでボクたちも結婚しにくいし別れやすいんだよね」
ココは言った。
「シロにはすまないことをしたと思っている。時間は有限だ、早め早めで動きなさい。シロの仕事の件で、使えないサボリ魔共を一掃して能力のある若者を入れる目処がついたから、安心しておくれ」
ブルノルフは時計を見て畳みかけた。
「仕込むのは三分、いや二分あれば充分だろ。行って来い、許す」
「あんまりですよそれ!?」
あまりの言われように憤慨する彼だが、ブルノルフは目を細めた。
「戦の場数はあっても女の場数はほとんど無いな。そのわずかな場数も邪魔が入ったり仕事だったりと、まともなものじゃあるまい」
ライザーの顔が目に見えて引き攣った。
「ライザー、正直に言え。素人女の抱き方は知っているのか?」
小さくなるライザーに、ココはそっとグラスの中に目を落とした。
すまないな、私も昔同じ目に遭ったが、未だに脱出方法も救助方法もわからんのだよ。
決して届かない声を胸中で呟き、ふと隣を見るとベルンとクランツは聞こえないとばかりにヘロルトとクロとポーカーに興じていた。
立派にパワハラ、セクハラの類が行われているが、巻き添えを食うよりは良いかと彼もまた目を瞑った。
部屋に戻り、ライザーは少し目を泳がせるとシロに言った。
「時間ができて、二人きりになったら、触れて……いいか?」
シロは落ち着かない様子で視線を泳がせ、消え入りそうな声で言った。
「ま、待って……ます……」
翌日、一行は町を出発し、二回程野宿をしてようやくリアトリスの首都、トリシャに着いた。
王城に入り、一先ずの歓待を受ける。
待機を命じられた使用人兼兵士は軽く体を解してあくびをしていた。
「中では脛の蹴り合いだな」
「陛下たちは安全靴だから平気ね。蹴られる方は骨折だわ」
軽口を叩いていると、リアトリスの兵から呼び出しがかかった。
「ミノシヤのライザー、シロ、両名リアトリス王キリンギ陛下がお呼びです」
「来たね」
「ああ、行かねば……ミーティア?」
ミーティアは己の剣を差し出して言った。
「持って行け、おまえの剣と一時交換だ。絶対に落とすな」
ライザーはうなずき、剣を交換したが、慌てて身体能力を強化した。
星眼が煌めく。
「行ってこい」
「ああ」
彼は星眼を煌めかせ、シロと共に兵士の後に続いた。
玉座の間へと連れて行かれ、そこにはミノシヤ王家とガルトフリート王家の者たちがいた。全員どことなく楽しそうな顔をしている。
二人は黙って跪いた。
「二人とも、面を上げよ」
言われた通りにする。
「ライザーよ、婚約者のシロに手を伸ばすなら覚悟しろと余に不遜な手紙を送りつけたこと、後悔しておるか?」
「いえ、後悔はございません」
「よう申した!」
ライザーに向かって手袋が投げられた。
「余の兵が勝ったらそなたの前でその女を抱いてやろう」
ライザーは投げられた手袋を握って立ち上がり、笑って言った。
「私が勝ったら、あなたは決闘から二日以内に天候を問わず自ら裸で城下を練り歩き、その間に受けた屈辱を罪に問わず水に流すことを誓え。また、決闘終了後、その場で実行内容と日時を国民に発表すること」
「良いだろう。だれぞ! こやつを決闘場へ案内せよ。ブルノルフ、審判に鬼神を貸せ」
やれやれ、とブルノルフは苦笑した。
「審判一回につき五万ギルトだ。また、私、ガルトフリート王ブルノルフが証人になろう。両者、誓約書を」
キリンギは金貨を部下に渡させ誓約書に署名し、ベルンが進み出た。
そして、決闘場にライザーと対戦相手が立つ。
相手は煌びやかな全身鎧を着用しており、緋色のマントが揺れていた。
対するライザーは身軽な姿で剣を一本だけ持っている。
「見るからに弱そうだな」
「オレはハイビスに賭ける。この国の勇者だ」
観客が言い胴元も倍率を調整していく。
「エルジア、ライザーに賭けてこい」
ブルノルフは金貨が入った袋をエルジアに渡す。
「エラン、全額ライザーに賭けてきてくれないか」
ミーティアも、財布ごと渡した。
二人は渡された財布を手に胴元の所に行き、全額をライザーに賭けた。
胴元は馬鹿な奴もいたものだと内心笑う。
シロはヘロルトに言った。
「対戦相手はどんな人?」
「先代の国王から仕えている騎士なんだ。清廉潔白、騎士の中の騎士って言われていて、武人としても尊敬できる人なんだけど、今の国王にはかなり嫌われているみたいだね」
こんなことに使われてさ、とヘロルトはつまらなそうな顔だ。
ハイビスは目の前の若者をどう勝たせるか迷った。
星眼を煌めかせ、静かにその時を待っている。
「棄権するなら今の内ですが、両者棄権の意思は?」
「無い」
揃って答える。
守りたいものがある限り、それ以外の回答は無い。
「では、両者武器の確認をお願いします」
二人はベルンに剣を渡し、彼を仲介して武器を交換し確かめる。
古来、これはお互いの武器に毒が塗られていないか、不正が無いかを確認するための作業であった。
ベルンに剣を差し出され、彼は受け取ろうとした。
そう、受け取ろうとしたのだ。
「なっ」
その重量に彼は慌てて全身を強化し、その剣を持つ。
馬鹿な、鬼神とあの若者はこれを片手で持っていた。
しかし、自分にも誇りがある。
どうにか剣を確かめ、ベルンに返し、自分の剣を持ってほっとする。
「両者、武器の確認を終えましたね?」
二人がうなずくと、ベルンは離れ開始の合図を出した。
これはさっさと片付けるに限ると、ハイビスは剣を抜き、全身鎧を着ているとは思えない速度で肉薄するが、ライザーも同じだった。
ミーティアの剣がここまで重い、壊れないだけの鈍器だとは思わなかった。だが十分な速度を出すことさえできれば、破壊力は抜群。
それに、ここで負ければ自分は間違いなくミーティアに殺される。
今も、ミノシヤ王家の観客席の方から凄まじい殺気が飛んできている。
『私の剣を使って無様な戦いをしてみろ、その場で切り殺してやる』
しかし、ここまで重いと無い方がマシ……待て、鬼神ベルンはその昔普段どうやって戦っていた?
『切り殺した数より、殴り殺した数の方が多いかもしれませんね』
あの穏やかな青年は苦笑しながら言っていたではないか。
「気づいたな」
「うん。ライザーお兄ちゃんがんばれ!」
ミーティアが口の端を歪めるとほぼ同時、ライザーもまた同じ顔をしていた。
何だ、武器なら己の手にもあるじゃないか。
最近物資が豊かになり過ぎて、肝心な事を忘れていたかもしれない。
剣を肩へと乗せて全力で真上に跳躍し、太陽を背にして下……ハイビスへと剣を投擲した。
凄まじい速さでそれは地面へと向かうがハイビスはこれを回避し、ライザーを切りに行くが彼は身軽な動きでこれを避け、蹴りを繰り出した。
ハイビスの剣は遠くへと飛び、驚いた彼を投げ飛ばす。
地面へと叩きつけ、そのまま上に乗り首に手を当てる。
この距離ならどんな魔法でも殺傷能力がある。
「そこまで! 勝負あり。ライザー殿の勝利です」
二人は立ち上がり、武器を拾うと握手をした。
「いや、時代は変わった。これからは若人の時代だな」
「いえ、いつの時代も、老人は若者と共にありました。きっとこれからもそうあり続けるでしょう」
ハイビスは兜を脱ぎ、小脇に抱えるとそのまま戻って行き、ライザーはキリンギの方へ向かって声を張り上げた。
「キリンギ陛下、私はこの通り勝利した。約束をお忘れなきよう」
ブルノルフも立ち上がって言う。
「キリンギ殿、誓約書の内容をここで発表し、実行せよ」
しかしいつまで経ってもキリンギは言わず、業を煮やしたブルノルフはより声を張り上げて言った。
「私が公開しても良いのだな? 沈黙は肯定と見なすぞ」
一……二……三……終了。
「我はガルトフリートの王ブルノルフ。リアトリスの民よ、聞くが良い。たった今の決闘はミノシヤのライザーの婚約者をキリンギが欲したことに端を発する。ライザーはこれを拒否し、戦い、勝利した。両者はこの決闘において誓った。キリンギが勝った場合、婚約者はライザーの眼の前で辱めを受ける。ライザーが勝った場合、キリンギは決闘後二日以内に自ら裸で城下町を練り歩き、その間に受けた屈辱はすべて不問に付し忘れ、今この場で実行内容と日時を発表すると誓っていた。キリンギ、名乗りを上げ誓約を果たせ」
大歓声の中、追い詰められた彼は実行するしかなかった。
キリンギの使いの者がブルノルフへと紙を渡した。
「リアトリスの民よ、聞け! リアトリス王キリンギは翌日の昼から裸で城下町を練り歩く。その姿を見届けてやれ!」
割れんばかりの歓声が上がり、一部の者はすぐに露店の準備を始め、気の早い者はすぐに露店を開いたのだった。
ライザーは剣を肩に担いで身軽に観客席の方に上がった。
「シロ、勝ったぞ」
「ありがとう」
シロはライザーの頭を抱き込む……が……。
「……痛い……」
「ごめんね、ごめんね」
鈍い音がしたかと思いきや、ライザーは顔面を押さえている。
「シロ、鎧を脱いで剣をエランに預け、ライザーと観光に行って来い」
ミーティアが言い、ココもうなずき、ライザーに耳打ちした。
「明後日の朝まで帰ってこんでいいぞ」
「ありがとうございます」
ライザーはミーティアに剣を返し、自身の剣を持つと言った。
「シロ、着替えるぞ」
「え? あ……」
二人は急いで身支度をすると町へと繰り出した。
露店まで出して賑わう城下町を行き、お互いの髪紐を選んだりお菓子屋に行ったりしていた。
「こうやってただ歩き回ることなどほとんどなかったな」
「うん。あちこち滅んじゃったから」
「ヒノモトと旧ヒルド王国はかなりの速度で復興してきている。時間ができたらそちらにも行こう」
シロはライザーの星眼を見て嬉しそうに笑う。
「一緒にあちこち見ようね!」
「ああ!」
二人が公園で小休止していると、防具袋を担いだハイビスが通りかかった。
「ライザー殿……そちらは、婚約者で?」
「ええ。婚約者のシロです」
そうでしたか、と彼は目じりのしわを深めた。
「あの時、失礼ですがどうやって敗けようかと悩みました。どうかお幸せに」
「そうでしたか……それより、あなたのそのお姿は?」
「暇乞いをしまして。これから終の棲家を探そうかと」
そうですか、とライザーとシロは顔を見合わせた。
「ヒノモト、ミノシヤ、ガルトフリート……どこか行きたい所はありますか?」
ハイビスは少し考えると、ヒノモトを選んだ。
「前の戦争で、一つの村に駐留したのですが、水が合いまして。ですが私は敵国でしたし受け入れられることは……ライザー殿?」
「すぐに返事が来ますのでしばしお待ちを……よし、頼む!」
「きゅあ!」
唐草模様の鞄を着けた水色の伝書飛竜はすぐに飛び立ち、飛行機雲を引いて飛び去った。
その五分後、同じ伝書飛竜が小さな体のあちこち氷を張りつかせながら息を切らして返事を持って来た。
『是非とも我がヒノモトへお越しください。ご家族や信頼できる部下、飛竜にグリフォン大歓迎いたします。職歴考慮で経験者優遇、給与待遇等は応相談!
ジンライ』
どこの求人広告だと疑いたくなるような文面で、急いで書いたのだろう薄い墨が湿っていた。
「ふふっ……では、返事を」
さらさらと達筆な字で応諾の旨を書き、彼は伝書飛竜を飛ばした。
「あの、ハイビス殿、ちょっと相談が」
「む?」
ライザーがぼそぼそとハイビスに何事かを言うと、彼もまたぼそぼそと答える。
「ありがとうございます!」
首を傾げるシロの手を引き、彼は歩き出す。
「ライザー、どこに行くの?」
「ハイビス殿が紹介してくれた宿、ブロッサムだ」
着いたのは高級な宿だった。
高級感に満ちた、それでいて落ち着いた部屋で彼女は落ち着かない様子だった。
窓もあるにはあるのだが上質なカーテンがかかり、中が見えないように工夫され、きちんと防音され、盗聴や覗き見の心配もない。
施設もしっかりしている貴族向きの宿だった。
その部屋のベッドの上で、先に入浴を済ませた彼女はバスローブ一枚で枕を抱いて心細そうに風呂場に消えたライザーを待っていた。
しばらくして水音が止み、濡れた髪の水気を取りながらライザーがそんな彼女を見てからかうように言う。
「シロ、勝者への褒美は?」
途端に彼女の顔に血が上った。
あわあわと言葉を探す彼女に彼は穏やかに言う。
「陛下とミーティアに明後日の朝まで帰ってこんでいいと言われているが……どうする、今日はやめておくか?」
彼女はふるふると首を横に振ってライザーを見上げた。
無意識なのか、枕を抱きしめる力が強くなっている。
「捕食されそうな伝書飛竜のような目をしないでくれ」
苦笑交じりに言って、彼は部屋の明かりを落としベッドに上がり、軽く口付けてそっと押し倒す。
「あ、あのね……やさしく、してほしい……です……」
震える声に青い星眼が揺れた。
「努力する」
翌日の夜明け前、シロはぼんやりと目を覚ました。
汚れたはずの体は綺麗なもので不快感は無く、脱がされたはずのバスローブを着ている。
戸惑いの中彼に翻弄され、事の途中で意識を飛ばしたはずだった……ということは、隣で寝ている彼があちこちの後始末をやってくれたのだろうか。
否、それ以外ありえない。あってしまったら穴を掘ってでも埋まりたいし、羞恥心で死ねるかもしれない。
ライザーの魔力が自分の中で微かに揺れるような感じで、下腹の辺りが少し重い感じがする。
「シロ? おはよう」
おはよう、と彼女はかすれ声で返す。
彼は上半身だけを起こすとサイドテーブルの水差しからコップに水を注いで出した。
「ありがとう」
ようやくまともに声が出せると彼女はほう、と息を吐いた。
「おかわりは?」
「ううん、ありがとう」
そうか、とコップを受け取り彼も一口水を飲む。
「今日はどうする?」
「ライザーの戦利品を見に行かないと」
すると彼は笑みを深め、彼女を腕の中へと収め、そのままベッドに横になる。
「ライザー?」
「せっかくの休日だし夜明け前だ。二度寝してもだれも咎めまい」
それもそうね、とすぐにまた眠りに落ちた彼女をなでつつ彼は思う。
昨日の彼女はとてもかわいらしくいじらしかった。絶対に他の男なんぞに渡したくない。
せっかく寝た彼女を起こして再び事に及んでも良いが、彼女は彼女なりに自分の戦利品その二を楽しみにしてくれている。その楽しみと睡眠を邪魔したら、後の大きな実りを逃がしてしまうだろう。
彼女には帰り次第またがんばってもらおう。
そして昼過ぎ、にわかに通りが騒がしくなった。
「そろそろか……シロ、行くぞ」
「うん。ライザーの戦利品を見なくちゃ」
しかし通りは既にごった返しており、もう通れそうになかった。
「シロ、首に手を回してくれ」
「こう?」
そのまま彼はシロを横抱きにすると、一気に民家の屋根へと飛び上がった。
「あら、戦っていた兄ちゃんだね。その子が婚約者かい?」
恰幅の良い女性が言い、ライザーは上機嫌に答えた。
「ああ。大事な婚約者だ」
シロは何を思ったのか、おろおろと目を泳がせてライザーの肩口に顔を埋めてしまった。
「あらあら、照れちゃって。愛の言葉はちゃんと伝えなきゃダメだよ」
私なんてね、と彼女が続けようとした時、遅れて屋根に上がってきた男性にライザーは口と目を丸くした。
「ハイビス殿?」
「ライザー殿?」
二人は笑った。
「このような所で会うとは……世の中はわからんものですね」
「ああ。ここは見晴らしがいい。貴殿の戦利品も堪能できよう」
そしてその、戦利品がやって来た。
「ねえライザー、あの縛り方……なんか、卑猥なんだけど」
弛んだ体が赤くて太い紐で縛り上げられており、白い肌との対比が目に痛いくらいだった。
「あれは亀甲縛りといって、ナワスキー・シバリノフという人物が広めたらしいぞ。その芸術性が認められて一部の好事家たちが彼の後継者になろうと日夜努力しているくらいだ」
立派な芸術じゃないかと言う彼にシロは苦笑した。
「訂正。だれがあれを?」
「決闘後縄を手にしていたからクランツ殿とベルン殿だろう」
ベルンが嫌がるキリンギをスムーズに歩かせるにはどうしたらいいだろうかと考え、クランツと話し合っていたらキリンギの妾がそっと鞭と赤い縄と、縛り方を体系的にまとめてある本を置いて行ったのだ。
おそらく裸で生活することを強制されている、彼女なりの仕返しだろうと彼らは考えている。
その結果が……。
「ちっせえっ」
「パパ、王様の大きさだから、あれがキングサイズ?」
周囲の大人が失笑する中、キリンギは鬼の形相で叫んだ。
「今小さいと言ったのはどこのどいつだ!?」
ブルノルフがすかさず声を張り上げた。
「いい加減粗末だと認めろ!」
元から小さいのが縮こまっているぞ!
「ブルノルフ、キサマァッ」
ブルノルフはこれ見よがしに大声で笑い飛ばす。
「粗末でも自慢のブツなんだろ、せいぜい曝しておけ!」
ブルノルフの言う通り、寒さで縮み上がったモノがぶらぶらと揺れ、全身との対比もあって本当に小さく見えるのだ。
「覚えておけ!」
「末代まで笑ってやる」
二人の王の大人気ない会話に観客はどっと笑った。
「ライザー……その、私にはあんなのやらないでね」
「必要あるまい。シロが望むならやるが」
彼女は真っ赤になって言った。
「馬鹿にしか見えない服なんて絶対にイヤ!」
その声は予想外に響いた。
「馬鹿の中の馬鹿。良かったな、バカイザー!」
ブルノルフのからかいにキリンギは最早人間の言語からかけ離れた何かを叫んでいる。
最初こそ顔を真っ赤にしていたリチアだが、もう慣れてしまったのか興味が別の事に移ったのか……。
「父様、ブルノルフ様は何か恨みでもあるの?」
「それは……」
目を泳がせ、彼はミーティアを見た。
「ああやって煽って、矛先が民から逸れるようにしているのでしょう」
キリンギの紐を持っているベルンは苦笑し、早く歩いてくれないかな、という空気を醸し出している。
ハイビスも腹を抱えていた。
「そんなに笑って、大丈夫なんですか?」
さすがに心配になってシロが問うと、彼は構わないと手を振った。
「今日中にヒノモトへ移住するからな。あちらには温泉もある。ゆっくり休むよ」
喧騒は日が沈んでからしばらくしても続き、ようやく静かになったのは夜中であった。
見終わった二人はすぐに宿に戻り、先日と同じように先に入浴を済ませたシロは心細げにベッドの上で枕を抱いて待っていた。
水音が止み、微かな足音が近づく度に心臓が高鳴り、ドアが開く音に肩が跳ねる。
そんな彼女を見て彼は微笑み、しなやかな豹のように歩み寄る。
「あ……」
腕から枕を抜き取られ、心細そうな顔をする彼女をそっとなでて彼は部屋の明かりを落とした。
時はやや巻き戻り、城内に戻ったキリンギは冷え切った体を熱い湯に沈めていた。
ハイビスと彼の優秀な部下たちには逃げられるし、大恥はかかされるし、寒かったし、内外の王侯貴族に口止め料を払わされるし、散々だった。
こうなったら、ブルノルフとココの家族を魔獣に喰わせてやろう。
女には魔獣の子を孕ませてやる。
キリンギは湯から上がり、女を抱いた。
本来ならここにあの星眼が加わっていて、美しいと伝わる星眼を見つつ良い思いができただろうに。ココの娘の純潔を踏み躙ることも、あの生意気な平民の前で女を犯すこともできただろうに。
なぜいつも思い通りにならないのか。
「私は、王だぞ」
キリンギは低く唸った。




