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第十六話「出稼ぎ」

 シロが疲労で動けない間、エランはシロに代わり城内の簡単な雑用をこなしていた。

 純白の翼を持つ美貌の娘の事は城中に知れ渡ったが、彼女の実の家族についてはほとんどまったく情報が無かった。

「ねえ、エランちゃんのお家って、何人家族なの?」

 若い兵士が声をかけると……。

「私を入れて二百人くらいで、私が末っ子なんですよ」

 え? と兵士の目が丸くなる。

「冗談だよね?」

「いいえ。ほとんどの兄や姉はみんなガルトフリートで働いていて、こちらにいるのは兄のユルだけです」

「参考までに聞きたいんだけど……エランちゃんに交際や結婚を申し込む時、だれに言えば良いのかな?」

 エランは考えた。この場合は父親や兄……姉? とにかく保護者だ。

「ミーティアお父さんと、ユルお兄ちゃんと、シロクマさんと、ライゾウさん……だと思います」

 だと思う、というのはまだまだ他にお祭り好きなのがいるからだ。エキシビションマッチと称してどれくらいの者が参戦するのやら。

 たまに円卓で行われる『娘は渡さんごっこ』や『嫁姑戦争ごっこ』などの遊びを見る限り、絶対乱入して来るだろう。

 エランが予想する横で、兵士はミーティアの神速に迫る剣と、神域にいるユルの苛烈な手合せを思い出していた。

 あの星眼に睨まれ、ユルと戦ったら死ぬ自信がある。シロクマとライゾウの名前は聞いたことが無いがきっと何かの達人だろう。

「その、シロクマさんと、ライゾウさんって、どんな人?」

 エランは少し考え、円卓に接続した。

「シロクマさんは……優しくて、とっても大きくて頼りがいがあって、グリフォンと殴り合いで勝つような人です」

 兵士の顔が引きつった。

「ええと……ライゾウさんは?」

「優しいんですけど、厳しさもありますよ。見た目はヒノモトのライガさんをちょっと若くしたのにそっくりです! たぶん、私とシロお姉ちゃんが飛びかかっても、簡単にあしらわれて投げ飛ばされちゃいます」

「ミーティア殿と、どっちが強い?」

 エランは真剣に考えた。

 円卓はシミュレートに夢中で、ライゾウの部下とシロクマの部下は上司自慢をしている。

「こればかりはわかりません」

 たまたま円卓で聞いていたライゾウは興味を持ち、いそいそと木刀を手にして旅支度を整えた。

「旅支度してどちらへ?」

 シロクマは苦笑して問う。

「全部終わったらミノシヤへ行って、ミーティア殿とちょっと手合せをしようかと」

 彼は笑みを深めた。

 この古い親友は、ゴーレムになってから得た半永久的な時間をすべて鍛錬と仕事に費やしてきたのか、エルジア様の招集に応じて再会した時はかなりの腕になっていた。

 神造騎士とも互角に打ち合えるというのに、『戦える公務員』とはこれいかに。

 シロクマの苦笑を知る由もなく兵士は考えていた。

 ライザーはシロと婚約した。何か方法があるはずだ。

 思った彼は聞いてみた。

 まるで参考にはならんぞ、と彼は前置きして話し始めた。

「シロが私を望んでくれたことが一つ。あとは、凄まじい殺気の中動じず、頬を切られても切り返すだけの覚悟と度胸と技量が必要だ。私の時は、その後二人してシロに絞られたから、お仕置き付きだな」

 よくよく見れば頬に傷を拵えていた彼は聖人のように微笑み、兵士に穏やかに言った。

「エランを狙っているのだろう? あなたが求めるのはガルトフリート神造騎士団の宝だ。手にするには最低でもユル殿を伸せるくらいにならねばならんぞ。エランはああ見えても技術や腕力は私より上だ」

 まあ励め、と驚き硬直する兵士を置いて立ち去ろうとする彼を我に返った兵士は呼び止めた。

「あ、あの、支援は……」

 ライザーは意地悪な猫のように笑って星眼を細めた。

「私は一人でやった」

 悠然と立ち去る彼の背を見て、兵士はそこに勝者の風格を見た。

 しかし、その勝者もシロの前では形無しだ。

「ライザー、今日は何か良い事でもあった?」

「そう……だな。エランに懸想しているのがいて、私とシロの場合はどうしたのかと聞かれた」

 シロはくすくす笑いながらライザーの髪を梳る。

「何て答えたの?」

「そのままを」

「もうあんなのはしないでね」

「二度は無い」

 ふと、ライザーはシロの黒髪に手を伸ばした。

 さらさらと黒絹のような髪が揺れる。

「だいぶ伸びたな」

「切ろうか、もっと伸ばそうか考え中」

「行軍中は髪が短い方が楽だが……今は戦いの中でも平和だ。伸ばしておいてくれ。長い方がきっと似合うし、良い髪飾りも買ってやれる」

 気ままな猫のように彼はシロの膝の上に頭を乗せる。

「戦士の髪が長く伸ばせるようにがんばらないとね」

 シロの手櫛に目を細め、彼は言った。

「なあシロ。婚約してからだいぶ経つが、結婚はいつにする? マガルトを始末してからなどと言っていたら、次に来るのは事後処理の嵐、その後なし崩しで使われるぞ」

 シロは考えた。

「マガルトを撃墜したら、ガルトフリートに行こうか。あっちで生活の基盤を整えるまでだいぶかかるだろうから、届けだけ出して、私も仕事を探すよ」

「ミーティアが泣くぞ。あれでかなり楽しみにしている」

「そっか……兵士の合同葬儀はわかるけど、結婚式とか出たことないからよくわからないや。どうしよう、書類出して子供授かって育てて終わりだと思ってた」

 そこで、ライザーも思い出した。

 自分も、華やかな場に出たことが無かった。

「むう……シロは、仕事を優先するのだな?」

「うん、先立つ物が無いと何もできないから」

 そうか、と彼はうなずき言った。

「シロ、二か月時間をくれ。あと、グラジオラスを借りる」

 彼女は首を傾げ、それを許可した。

「ただ、グラジオラスはミーティアの相棒だから、ミーティアに聞いて」

 うなずいた彼はグリフォン小屋でグラジオラスの世話をしていたミーティアに声をかけた。

「グラジオラスを二か月?」

「ああ、ちょっと出稼ぎに行く」

 結婚資金とその後の生活資金が欲しいと言う彼にミーティアはうなずいた。

「先立つ物は必要だからな。グラジオラス、ちゃんと守ってやれ」

『りょーかい。あ、そこ揉んで……そうそう……』

 はー、生き返るぅ、と彼は心地良さそうにだらりと寝そべる。

 図体が大きくなった分手間がかかると呻くミーティアだが、彼の目はどこまでも優しい。

 これからしばらくよろしく、とライザーがグラジオラスの手入れを手伝っていると、アンギラから話を聞いたアドラムがやって来て言った。

「資金を稼ぎに行くのか。ならガルトフリートの仕事を手伝ってくれないか?」

 アドラムの言葉におや? とライザーは内心首を傾げた。

「知っての通り、ガルトフリートはあちこちに金を貸している。だが今回の魔獣騒ぎで国が消滅しちまって回収もできない。そこで、差し押さえることになったんだが、優しい金庫破りができる奴がほとんどいないし物の価値がわかる奴も少ない。やってもらえるか?」

 ガルトフリート内では、アドラム命名ベルン式金庫破り……金庫を物理的に破壊して中身を取り出す方式が主流となりつつあるのだ。当然、中身が無事という保証はどこにも無い。

 なるほど、とうなずいたライザーは報酬の提示を求め、出された額に再度うなずいた。

「あと、アドラム殿。あちこちに放棄された城や砦があるでしょう? 今の内にそれらを解体して、石材を確保された方がよろしいかと」

「ほう?」

「大きな石は限りがあります。今の内にそれらを確保して、後に人口が増えれば人は国家を形成します。その際民家の建築だけでなく争いも確実に生まれるでしょう。その時に石材を売りつけては?」

「乗った。話しをしてみる。あと、おまえさんと一緒に行くのはヘロルトっていうグリフォン騎士で、物の価値のわかる奴だ」

 そう言われて出立した三日後、がら空きになったガルトフリート西方の小国家群地帯で彼はカフィールと再会した。

「カフィール殿も、金銭を?」

「ああ。これからの事を考えるとな。とりあえずツルギキョウ王国の物は城の建材を含めてすべて売り払ったが、まだまだ不安だ」

「ライザーさん、宝物庫を見つけました!」

 ヘロルトが示した扉を開け、彼らは端から財宝を持ち出した。

「ヘロルト殿、カフィール殿の報酬はどうするんですか?」

「ああ、それなら大丈夫です。つい先程増員許可が下りました」

 それなら安心だ、と彼らは宝探しを続けた。

 皿から赤ん坊のおしゃぶりまで、彼らは片端から持ち出した。

 どうしても宝物庫への通路が見当たらないという時は、三人がかりで壁を破壊して突き進み、他のハンターがやって来た時は急いで撤収した。

 もちろん、建物を空っぽにした状態で、だ。

 中にはグリフォンたちが『これ、やめておいた方が良い』と嫌がる物もあり、そういった物はどんなに価値がありそうな物でも放置した。

 例えば光り輝く王冠や武具。鋳溶かして材料に戻してもそれなりの価値を持ちそうなものだが、グラジオラスが渋い顔で『これ嫌い』クロは『触りたくもない』カフィールのグリフォンは黙って全身の体毛を逆立てていた。

「じゃ、これは放置だね。他のにしよう」

 ということになり放置された結果、他のハンターがそれをお宝だと持ち帰ったのだが……。

 数か月後、ガルトフリートの派出所の医者は首を傾げていた。

 頭が締め付けられるように痛い、全身が重くて動けない、そう訴えて日常生活ができなくなった人がいると聞いて往診に来たのだが……。

 血液検査などでも異常が見つからず、専門機関に回す必要が出てきて一度ガルトフリート王国本土の病院に回されたのだが、そこでもわからずじまい。

「ギルトリウムに行きましょうか」

 しかしギルトリウムでも呪いが原因としかわからず、負けず嫌いな彼らもとうとう匙を投げ、神造騎士団に相談した。

「呪いが塊のようになっていて、もう一種の悪性腫瘍のようになっているのですが切除しようにも魔力メスでは切れなくて」

 神造騎士のクルは患者を一瞥していった。

「大昔の人の手による呪いですね。術式年代はナイアス王国のアルフレート朝……今から約三万年前の呪いです。三万年前ならかわいらしい物だったんでしょうが、ここに至るまで何人の者が呪いを重ね掛けしたのやら……もうぐちゃぐちゃで癒着しています」

「呪いの術式破壊は?」

「できなくはありませんが……かなり痛いかもしれませんよ」

 遠慮はいらんのでやって見せてください。

 技術者たちに言われたクルは素直にうなずいた。

 エルジア様からは、人間の手に余る物事なら対処せよ、我が巣に汚物を持ち込むな、汚物は発見次第消毒しろ、という実に大雑把な命令が出ている。

 要は、家の掃除をしつつ人に迷惑をかけない程度に好きにやれ、とのことだ。

 私は実に良い主を持った、と思う彼の手が無遠慮に伸ばされて被害者の呪いの塊を鷲づかみした。

 被害者の絶叫を音楽のように聞き流し、彼は作業を続行し呪いを打ち砕いて消滅させる。そこに一片の慈悲も思いやりも無かった。

「さすがクル殿。情け容赦が無い」

「勉強になります」

「憧れます!」

 言う技術者たちの手にはメモがあり、すぐに同様の治療が他の被害者にも施され、派出所の医者たちにも耳栓と共に余さず伝えられた。


 今日も悔しがる声を背後に聞きながら彼らは笑い合う。

「うん、これで回収終了だよ。あとは資源をもらうだけだから」

 そう言う三人の家路では、飛竜が石材を抱えてガルトフリートへと飛び去って行ったため、城砦の類は基礎を残して消滅していた。

 帰り道でランタナとリアトリスに立ち寄った一行だが、三人と三頭の考えは一致した。

「派出所に聞いてみたけど、みんな荒れているって」

 はい、と渡された新聞を受け取り、ライザーとカフィールはそれを読み始めた。

「ジンライも成長したな」

「リアトリスとランタナの兵とすれ違うわけだ」

 カフィールはやれやれと呆れ顔だ。

 すると、見せてと三頭のグリフォンが寄ってくるので読み終えた新聞を渡してやった。

『人間の縄張り争いか』

 クロが言うと、グラジオラスがうなずいた。

『ジンライ坊ちゃんがんばったんだな』

 二頭がうなずいていると、残りの一頭は字が読めないらしく教えてもらうことにした。

 曰く、リアトリスとランタナ連合軍は酷く弱体化していたヒノモトに略奪を行おうとしたがヒノモトはすぐにヒルド王国へと連絡。

 ヒルド王国はヒノモト王国に吸収合併される形で急遽軍を組織し、死に物狂いで戦って抵抗したという。

 その結果、リアトリスとランタナ連合軍は正規軍の他、原住民のテロやゲリラ戦によって敗れ、ライガが守る拠点に攻め入ったのだが、そこにあったのは惨たらしく殺された仲間の死体で、見世物のように吊るされていたという。

 連合軍の士気は粉砕され潰走し、その後は掃討戦に移行し、ジンライはガルトフリートの派出所に頭を下げ、泣き落としまで駆使して民の保護を約束させた。

 ヒノモトとヒルド王国の領土や財産を何一つ取れなかったどころか敗戦し、逆に賠償金をこれでもかと現物でむしり取られ、ならばと北方の空白地に手を出すもガルトフリートが差し押さえた後で何一つ得られる物はなかったのだ。

『馬鹿だね』

『ああ、恩を売っておけばよかったのにな』

 それぞれ言いながら、彼らは新聞を器用に畳んで返した。

「明日は途中まで一緒で、街道でお別れだね」

「ああ、それまで楽しもう」

「明日も早いからそろそろ支度をしないとな」

 三人はせっせと荷造りをし、床に入った。

 翌日、シロはライザーが持ち帰った通帳の額に目を丸くした。

「どうしたの、この金額」

「出稼ぎして稼いだ」

 旅立った時と同じように彼はごろごろとシロに甘えている。

 今の彼のお気に入りの場所はシロの膝の上だ。

 彼女に負担がかからないようにとエランに重力慣性制御の魔法を教えてもらって使っているため、彼女の足が痺れるという事はほとんど無いが、まったくもって魔力と技術の無駄遣いである。

「んー……まあいいか。お疲れ様。結婚の話だけど、子供はどうする?」

「できる限り家の事はやるから、シロの体に無理のない範囲でたくさんほしい」

 頬に朱を刷いたシロは目を泳がせてうなずいた。

「早い内にマガルトを始末しないとね」

 ふと、青い目が瞬いた。

「シロは新しい生活で何かやりたい事はあるのか?」

 彼女の目が丸くなり、沈黙が流れる。

「うーん……考えてなかった。でも、ライザーやミーティア、エランたちと楽しく穏やかに暮らせればそれでいいかな」

 そうか、と彼はうなずいて話題を変えることにした。

「そうだ、出稼ぎで外を見てきたのだが、リアトリスとランタナはかなりきな臭くなっていたぞ。ヒノモトに敗れた上、空白地から何も取れなかったから国内の不満が高まっている」

 ただでさえ速いガルトフリートの債権回収や差し押さえは人がいなければ神速だ。

 あっという間に鉱石資源から油、植物の種子に至るまで吸い上げる。唯一の救いは吸い上げて日干しにした後、放置しても大丈夫な程度に植林作業をやっていくことくらいだろうか。

 おかげで森の面積は広がっている。

「だろうね。ミノシヤはリアトリスに圧力をかけられたけど、攻めない代わりに何くれる? って、復興の資源をせしめたからね」

 ヒノモトからは親書が届いた。これからも仲良くしましょうね、と。

「シロ、リアトリスの動きには気をつけろ。あの分だと婚姻による吸収合併を数百年かけてでもやりそうだ」

「気が長いわね。じゃ、まずは書類を書いてギボウシさんに教えないと」

「うむ、そうだな」

 シロが書類を書き、ギボウシへと持って行くのと同時刻、ココは頭を抱えていた。

 隣国の大国リアトリスから、第二王女をくれてやるから、そっちの第一王女をよこせと親書が届いたのだ。

 それでダメならシロをよこせと。

 ココはきりきりと痛む胃をそっとなでた。

 最後に関しては馬鹿か、頭腐ってんのかとあの馬鹿たれ王に面と向かって言ってやりたい。

 シロはたしかに色々やるし、宰相の業務をやる事もあるが、そういう時は業務を委託されている時だ。

 あとは、このままでは国が危ないと思った時に意見具申を行う程度の動きでそれを除くと、シロは平民でしかなく、彼の老騎士ミーティアの養い子でしかない。

 彼女とミーティア、シラーに命じた内職に関しても、貴族のそれではない。書類を書き写して運ぶことなど平民でもできる。

 それに、シロにはライザーという婚約者が……。

「父様」

「む? リチア、どうした?」

 リチアはエルジアをなでながら言った。

「聞いて、シロったらマガルトを片付けたらガルトフリートに移り住んで、向こうで結婚するんだって」

「きゅ?」

 エルジアは大きな目をぱちくりさせ、ココのこめかみに汗が伝った。

 まずい、貴重かつ重要な労働力に逃げられる。

「きゅうきゅう!」

 その横でエルジアは喜んでいる。

「エルジア? あ、そっか……終わったら、エルジアもアドラムさんもガルトフリートに帰るんだよね」

 エルジアが上機嫌に窓際で日向ぼっこを始める横ではココが頭を抱えている。

 シロがガルトフリートに行くとなると、当然ミーティア、ライザー、エランとユルはミノシヤから消える。

 アドラムは途中任務の変更があったとはいえ、ここにやって来たのはミーティアが自身の伝手で彼に依頼したからだ。

 マガルトが終われば契約満了で当然帰る。

 戦力はシラーと半数以下になったミノシヤ兵しかいなくなってしまう。

「リチア、何か思い当たることは?」

「シロの過剰労働が原因よ。このままじゃ永遠に結婚できないし女の子らしく暮らすこともできない。ライザーが言っていたわ。今のミノシヤでは私のささやかな夢も実現できないって」

 やはり、とココは唸った。

 ガルトフリートに預けた元奴隷たちは教育が済みこちらで働いてくれているが、それはこちらが負担した金額を完全返済するまでの契約で、それ以降ここに住むかはミノシヤでの労働環境によるという。

「ライザーの夢は?」

「シロとの間にたくさんの子供を授かって、衣食住に困らず、楽しく穏やかに暮らすことだって」

 ライザーはシロに専業主婦に転職、否、永久就職して欲しいと頼み込んだようだ。

 シロに業務が集中していることはわかっていたが、能吏を発掘育成できなかったこちらに非がある。

 彼女は青春を国に潰されたと言っても過言ではない。

 だが言えば「給料とは我慢料だ」と切って捨てるだろう。

 思えば、彼女は笑っているようでほとんど笑っていない。ライザーが来る前、空を飛んでいる伝書飛竜を見ている彼女の表情を盗み見たが、抜け殻のような表情だった。

 こちらに気づくと、そんな表情はウソに思えるような笑みを作った。

 当時は酷くそれに驚いた。まだ十五歳にも届かぬ子供がそんな表情をするとは夢にも思わなかった。

 黙りこくるココをリチアは訝しそうに見た。

「リチア、シロは、もう自由にしてやろう。彼女はこの十五年間、十分に尽くしてくれた」

「え?」

「それより、おまえへ縁談が来ている」

 リアトリスからと言うとリチアの顔が途端に歪んだ。

「国のためならしょうがないけど、個人としてはイヤ。結婚してから一生裸族なんて絶対にイヤ」

「私もそんな所に嫁にやりたくない。だから、あの山からどれか一つを選んでくれ」

 王は部屋の四分の一を占拠している見合いの似顔絵と書類を示した。

「あれ、全部……私へ?」

「変な噂付きの者は弾く。見るだけは見てくれ」

 彼女は書類に目を通し始め……二時間後。

「父様、どれも同じに見えてきたわ」

「言わんでくれ……変人がここまで多いとは思わなかった」

 酷いことに、無難な者は一人もいなかった。

 リチアは疲れた目を擦り目元を揉んだ。

「シロが何で目を揉んでいたかわかったわ……わかりたくなかった」

 そして丸くなって寝ていた白い子飛竜を抱き上げた。

「きゅ?」

 終わったの? と問うような美しい緑の目が向けられる。

「父様、百年以内に国を亡ぼすような奴と結婚するくらいなら、私この子と結婚する」

「早まるな、人間の男を見つけてくれ」

「ミノシヤ王家第一王女、リチア姫殿下。今の言葉は真か?」

 耳慣れない声の主を探すと、白い子飛竜の口から流暢な人の言葉が流れていた。

「え?」

 白い子飛竜は再度問うた。

「私と婚姻の意思があるのだな? 取り消すのなら今の内だ」

 リチアの決断は速かった。

 リアトリスは早くしろと圧力をかけ続けるだろう、馬鹿の所に嫁ぎたくない。

 それなら、相手が飛竜の方がマシだ。

「取り消さないわ。王女としても、個人としてもあなたに結婚を申し込むわ」

 エルジアはリチアの腕の中から降り、光に包まれ人間の姿になると優雅に一礼して言った。

 銀の髪がさらさらと揺れる。

「人間が言う冬の神にして、ガルトフリート王国第一王子、エルジア・ガルトフリートがこれを受け、改めて貴女に結婚を申し込む」

 ココとリチアの目が限界まで見開かれた。

 まさか、あの幻とうたわれる第一王子がこんなに近くにいたとは。

 かなり粗末な扱いをしてきてしまったが大丈夫だろうかと不安になるが、これを逃す手はない。

 ココとリチアが断りの手紙の量産に追われる一方、エルジアは両親への手紙を出し、再び飛竜の姿になり丸くなった。

「どうして結婚しようという気になったの? 私、あなたの事ほんとうに人間扱いしていなかったのに」

 毛を逆なでしてみたり、肉球をいじったり、歯がどんな形をしているのか調べたりと結構好き放題やってしまった。

 言えばエルジアは遠い目をして答えた。

「あれらにはまいった。だが私にも人並みに欲はあるし、この話は両国の国益を損なうものではない」

「そう? あと、なんでその姿に戻るの?」

「こっちの方が楽だからだ。インク瓶をひっくり返さないようにな」

「え?」

 がた、と彼女の手がインク瓶に引っかかり、瓶が倒れた。

「ああっ」

 いわんこっちゃない、と彼はするりと身を起こすと歩き、器用にドアを開けて出て行った。

 同時刻、ライザーは言った。

「……そうか、前にもシロを……しつこいな」

「うん。あっちは男尊女卑社会でね。女性の奪い合いでは男が大々的に決闘を行い、勝った方が女性を得るんだって」

「鬼神を雇われたら終わりだな」

 シロは笑う。

「それは大丈夫。ガルトフリートはそんなのにつきあえるかって蹴ってる。国家の戦争には本国の陣営の味方になるって宣言しているし、女性の奪い合いなんかには絶対に味方しない。むしろ、女性がこの男は気に入らない、絶対にイヤって思った時に彼らに決闘を依頼して、男を退けてもらうんだって」

「なら大丈夫かもしれんが、審判はどこの兵だ?」

「ガルトフリート」

 なら安心だ。

 彼が変わらずシロに甘えようとしていると、ドアがノックされ、彼は渋々離れた。

「シロ様、国王陛下からの書状です」

「ありがとう」

 シロは目を通すと苦笑した。

「ライザー、リアトリスで決闘をやるしかないみたいよ」

 渡された彼は怠そうに目を通し始め、殺気立った声で低く言った。

「この私からシロを取ると?」

 こめかみに青筋を立てた彼は紙とペンを手にし、ガリガリとペンを走らせた。

 内容は実に短く簡潔だ。

 後日、ガルトフリートのエルジアとミノシヤのリチアの婚約が発表されると同時に、ライザーとブルノルフからの至極短い手紙が届き、リアトリスの王キリンギは憤慨した。

『王ともあろう者が他人の婚約者を奪おうとするとは恥を知れ。

 それでも欲し手を伸ばすのであれば自ら剣を取り覚悟されたし。

ライザー』

「奴隷上がりの平民風情が!!」

 自国内であれば打ち首にしてやるものを。

『他人の婚約者を奪おうとしているとは情けない、それでも男か。

 絶対に泣きを見るからやめておけ。

ガルトフリート王ブルノルフ』

 平民の手紙にも腹が立つが、更に腹が立つのがココとブルノルフだ。

 ブルノルフはともかく、ココに至っては昔からいつもいつものらりくらりとし、おいしい所を持って行く軟弱者と思いきや、人が嫁にしてやろうと思っていたシュロ姫の試練を乗り越え嫁にしていた。

「あの、タヌキめ」

 ココの腹心の部下と目されているシロを奪い困らせてやろうかと思い、前にもよこせと言えば……。

『シロの夢は国を大きくするより男の胸を大きくすることだ』

 さすがに虚言だと思ったが密偵を放ち報告させると、それが真実だということがわかった。

 ミーティアが娘に捕獲され胸を揉まれているという。

 今にして思えば、あれもココの策略だったのかもしれない。奴の計算通りか「城内に変な女を入れるな」という声が大きく無視できなかった。

 ココが舌を出して馬鹿にする様が目に浮かぶようだ。

 だが、少なくとも平民を伸してやればシロを、ココの手足を一本は取ることができる。

 場合によっては老騎士ミーティアもついてくる。リーリアの乱にて、『星眼のミーティア』とうたわれた男が手に入る。

 あの若々しさ、最早だれも老騎士とは呼ぶまい。

 ガルトフリートの鬼神とも張り合うというあの男がいれば、ヒノモトやルドベキア、ガルトフリートなどから財を奪うこともできよう。


「……なんて、考えているんだろうなぁ」

 勘弁してくれよあの色情狂。

 ココは頭を抱え、その隣ではブルノルフが苦笑していた。

 ミーティアの胸の件はシロの冗談を兼ねた防壁と事故が重なったものだったが、まさかあれを本気に取るとは。

「あいつは人のものなら妻だろうが何だろうが欲しがるからな」

「カンディア殿の一件だね。あれも……みっともないの一言だよ」

 カンディアに言い寄るも、ブルノルフとの婚約中と断られ、手籠めにしようとするも彼女の兄に投げ飛ばされ肥溜めに頭から叩き落とされていた。

「ああ、まさかエヴァルトの女装を見抜けなかったとは」

 ブルノルフは肩を揺らした。

 妹に言い寄る害虫はここで消してやると息巻く彼を止めるのが大変だったし、近所の悪ガキたちが「見ろ、これが本当のクソ野郎だ!」と叫んだのを機に全員が大笑いした。

「うるさい、オレは皇帝になる男だぞ! だったかな?」

「最高の決め台詞だったな。だが私は子供たちの方が素晴らしいと思う」

 言われ、ココは思い出して笑う。

「バカイザーって……でも、キミも酷いじゃないか。大笑いして『最高だ、いやスカッとした!』って」

「おまえだって、あの子たちに飴をあげていただろう」

 ばれていたのか、とココは笑う。

「気づかないわけないだろう。ま、今回の事は大事になるだろうが気にするな」

「今さらっと凄いこと言ったね」

「マガルトとリアトリスが繋がった。潰しにかかるが、おまえは部下がそれに巻き込まれた被害者だって言っておけ」

 ココは笑う。

「そうしたいのは山々谷々だけど、そうもいかないよ。キリンギは絶対にこっちを巻き込んでくる。もらえる物はもらうよ。こっちも生活が懸かっている」

「肉は渡さんぞ」

「三分の二くれればいいよ」

「多いな」

 二人の会話は昔のように弾み、夜は更けていった。


   * * *


 シロに手入れをされたライザーは彼女を布団に引き入れて抱きしめた。

「マガルト、早く消えればいいのに」

 ぼそ、と彼は拗ねたように言う。

「終わらせよう。まずは、リアトリスのアホ退治で」

 途端にライザーは拗ねたような不機嫌顔になる。

「私からシロを奪うとは……本当に切り落としてやりたい」

 腕の力が強くなり彼女は嬉しげに逞しくなった彼の胸元へとすり寄る。

「ライザー、私はあなた以外の夫は要らないからね」

「シロも、気をつけてくれ」

 うん、と彼女はうなずき、やがて二人分の寝息がするようになった。


 ミーティアは剣の手入れをし、考えた。

 私は剣と共に生きてきた。

 妻子をこの手にかけてなお剣を手に彷徨ったのは、仲間の仇を打ちたかった、あるいは戦場で散りたかったからだ。

『た、助けてくれ!』

 悲鳴を上げて魔獣へと変貌を遂げる間、剣を振り、顔見知りを何人も手にかけた。

 無事だった父も、最愛の母を手にかけていた。

 父に逃がされ、妻と子を連れて逃げたが、この様だ。

 星眼の者は散り散りになり、あちこちで手にかけられた。

 本来、親を亡くした子供が寂しがることの無いようにと、親の死体から作られる星眼鉱は宝石としての価値を認められてしまい、多くの者が欲しがった。

 殺されて目を抉られた無残な死体も何度も見た。

 自分の目を狙ってきた盗賊や兵士、騎士も殺した。

 殺してほしかったくせに、いざその時になると体が勝手に動くのだ。

『この悪魔!』

 悪魔はおまえたちの方だと返したかったが、それすらも面倒だった。

 擦り切れて疲れ果てた血塗れの自分が拾ったのは、愛されて生まれ、短い間だが育まれただろう赤ん坊だ。

 赤ん坊の名前もわからず、とりあえずどこかに、目を狙われない、魔獣に襲われても自衛できる安全な場所は無いかと探したが、無かった。

 最初に入った村では子を奪われそうになった。

 次の村では危うく売り飛ばされるところだった。

 三つめの村では剣を盗まれかけた。

 不思議な事に、これらはすべて拾った赤ん坊が直前で泣いたのだ。

 最初の村では赤ん坊はずっとぐずっており、服をつかんで放そうとはしなかった。

 次の村では、やはり泣いて暴れてコーヒーをひっくり返し、コップの底に溜まっていた薬剤を見つけた。

 三つめの村では赤ん坊が剣をおしゃぶり代わりにしようとしていたのを止め、泣かれた。その際に左後ろに気配を感じ、見ると子供がナイフを持って剣帯を切ろうとしていた。

 何か大きな危難がある時、赤ん坊は必ず泣いた。

 もちろん、空腹やおしめ替えでも泣いたが、泣き方が違った。

 ガルトフリートの派出所でもしがみつかれて泣かれたが、あれは離れたくない、行かないでという泣き声だった。

 保護されている間、赤ん坊は起きている間ずっと己を見てきた。

『お父さんの事が大好きなんですね』

 言って、青い服を着た男が赤ん坊を渡してくれた。

『ぱ、ぱ?』

 思わず、涙がこぼれた。

 自分が切り殺したあの子も、そう呼んでくれた。

『う、ふぇ……』

 心を読まれたのか、赤ん坊まで泣き出してしまった。

 二人して涙が涸れるまで泣いていた。

 今まで溜め込んでいたものが決壊した。

 その時に、決めた。


 ――私の残りの人生は、この子のために使おう。


 ガルトフリートの土地で害獣討伐の仕事をやっている間、青服に面倒を看てもらっていた。

 孤児院に預けてはどうかと遠回しに言われたが、赤ん坊はやはり泣いて拒否し、私自身もそれを拒んだ。

 血は繋がっていないが、とてもかわいい、私の愛し子だ。

 それがとうとう嫁に行く。

 正直ライザーを殺してやりたいくらいに憎んだこともあるが、私もかつて同じことをし、最悪の形でそれを終わらせ、叩き壊した。

 罪深い自分だが、多くの先人と隣人、幸運に守られ、生かされている。

 それならば、自分にできる事で報いよう。

 ミーティアは己の目と同じ色になった剣を鞘に納め、布団の枕元に置いた。

 視界に入る灰色の髪に、自分の髪もだいぶ長くなったと思う。

 髪を切る間も無かったが、それ以外は平和が続いているということだ。

 シロたちと守っている平和だ。

 もし、言葉ではどうしようもなくなったら、剣を抜かねばならない。

 それも良いと思う。生きている限り生物は争う。

 自分はその剣として時を待てばいい。


 剣は、鞘の中で時を待っている物だから。

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