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第十五話「先達のイタズラ」

 最初はアドラムとの約束のためだった。

「ライザー、剣を教えて!」

「それはいいが……どうしてまた?」

「クロユリから渡された剣を覚えてる? あれをアドラムさんに直してもらうんだけど、その条件の一つに私が剣をある程度使えるようになるっていうのがあるの」

 ライザーはちょっと考えさせてくれ、とその足で城内の酒場に向かった。

「あら、ライザー。今日も飲みに来たの?」

 顔なじみになったウェイトレスに声をかけられ、彼は軽く答える。

「ああ、それもあるがミーティアを見なかったか?」

 彼女があっち、と示した先ではシラーと共に定位置に居た。

 二人で飲んで上機嫌になっている。

「ありがとう」

 ライザーが静かに歩み寄ればミーティアが顔を上げ、できあがり気味のシラーが陽気に声を上げる。

「ライザー、一緒に飲むか?」

 言いつつグラスを揺らすシラーの手の中でからからと氷が揺れた。

「いただこう」

 ライザーも注文し、すぐに蒸留酒のボトルとグラスがやって来た。

「それで、何かあったのか?」

「シロに剣を教えてと言われた。シロの実父の剣が手に入っただろう? あれを修理するにあたり、シロ自身が剣をある程度使えるようになるという条件が出されているんだそうだ」

 シラーが水のグラスを干した。

「シロは基礎ができているから応用の方がいいんじゃないか? 後はひたすらに打ち合って経験を積ませるか」

 ただ、この間のリーリアの乱以来個癖が出てきていると、酔っているはずの彼は付け加える。

「ふむ、ならばおさらいをしてからの応用の方がいいだろうな」

 しかし、恒星の眼は欲望にぎらついている。

「ライザー、わかっているな?」

「ああ、利用できるものは何でも利用するというのが家訓だったな」

 その通り、と恒星が細められ、お菓子作りの本が開かれた。

「酒を使ったページに付箋を貼って行け」

「うむ」

 シラーの目が光った。

「お菓子を作るのか?」

「シロがな。我々はシロに稽古の代金としてお酒入りのお菓子を要求するつもりだ」

「私もやっていいか?」

「歓迎する」

 こうして、シラーの参戦が決まった。


 ミノシヤ城の中庭に木刀が打ち合う音がし、リチアが目を向ければシロとライザーが打ち合っていた。

 最初は、ライザーが新聞紙どころかそこらの週刊誌を適当に丸めた物を手にしていたのだから、かなりの上達があったのだろう。

 ミーティアとライザーがみっちり指導して、シラーまでもが加わっているからか、シロのやる気なのか、構えがかなり最初とは違うように思える。


 ふと、ライザーが笑ったような気がした。

 ヤバイと思った時には彼の姿がブレ、手の中にあった木刀が宙を舞う。

 またやられた、とシロは言った。

「これでブランデーケーキは私の物だな」

 お酒をたっぷり使ってくれ、としっかり注文する彼の顔は実に満足そうだ。

 エランがミーティアの世話をして以来、二人は城内の酒場で飲むようになったかと思いきや、ある日堂々とお酒を買って来て言った。

 これでお菓子を作ってくれ、と。

 先程はミーティアにも負け、生チョコを注文されている。

 夜でいいから、ブランデーたっぷりの紅茶付きで、と来た。

 剣では負けないという自信と実力からか、二人は遠慮なくシロを打ち負かし、お酒を使ったお菓子やお茶を頼んでいるのだ。

 ……授業料として。

 暇を見つけたシラーが材料持参でやって来ては稽古をつけてくれるが、やはり容赦なく打ち負かしては大量のお菓子を要求するのだ。

 根っこからの戦士である三人がお酒や甘い物を求めるのはわかる。それがおいしくて気持ち良くなれるということもわかる。

 ただ、量が過ぎるのは見過ごせん!

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「私は無事よ……でも、お財布が……」

 シラーは材料持参でやってくるから体力や筋力的に厳しくてもお財布に優しいが、ミーティアとライザーは財布にも厳しい。

 ここ最近は家計を圧迫し始めている。

「収入と支出と……ショートしてるね。このままじゃ財政破綻だね」

「その通り。ゆゆしき事態だわ」

 彼女は家計を預かる者として行動し、ユルの所へと向かった。

「ユルさん、お願いします。このままでは、エンゲル係数が増して我が家の経済が破綻します!」

「お兄ちゃん、この間お父さんとライザーお兄ちゃんがお菓子の本見て『これならアルコールは飛ばない』って喜んでいたの。内臓が悪くなっちゃう前に止めたいの」

 だからお姉ちゃんを鍛えて。

 かわいい妹の頼みだ、ここは年長者として一肌脱ごうではないか。

 ユルは快くうなずいて手近な新聞紙を丸めた。

「シロ殿は真剣を用いてくださっても構いません。この身には一部を除いて、人が作った武具は通用しないので」

「一部を除いて?」

「はい。魔法殺しを持つ者がその魔力を込めて鍛造した武具なら我々に傷を付けることが可能ですが、我々に傷を付けるに足る武具が制作できるのは神々を除きこの大陸ではただ一人です」

 彼は構えた。

「では、お覚悟を」

 彼女は必死に重りが入った木刀を手に立ち向かった。

 見回りで何度吹っ飛ばされてもユルに向かう彼女を見たシラーはそっと笑んだ。

 壁を破ろうとする新芽を見るのは楽しい。是非とも部下に見習ってほしい姿勢だ。

「シラー兵士長、何か良い事でもございましたか?」

「ああ、シロに負けられないと思ってな」

 以来、彼は稽古の時間を増やしたという。


   * * *


 最近、シロが倒しにくくなった。何か、えらく強くなった……なってしまったとライザーとミーティアは膝を突き合わせた。

「どうする、このままでは酒類保管計画が……」

「今まで以上に我々も鍛錬する他あるまい」

 ミーティアとライザーは木刀を手に中庭へと向かった。

 鬼の形相で打ち合う光景が見られ、ミノシヤ城から木刀が打ち合う音が途切れることは無かった。

 日中はライザーやミーティア、シラーのだれかと打ち合い、仕事や家事をして夕方にお菓子を作り、夜はユルと打ち合い……そうして過ごしていたある日、アドラムが珍しい姿でやって来た。

 半袖のシャツに長ズボン、サンダル……そしてなぜかずぶ濡れだった。

「シロ、できたぞ」

「え、もう?」

「ああ。握りはシロの手に合わせた。いいか、絶対に、何があっても手放すなよ。特に、ライザーには絶対に抜くな!」

 アドラムの耳には、作り直す前よりも鮮明に聞こえていた。

『ライザー……ライザーと一戦やらせろ……我々の娘をよくも……』

 もうやめてくれ! と半分泣きそうな彼の顔から、シロは大変な事をお願いしてしまったのかと後悔した。

「アドラムさん、ごめんなさい。かなり無茶なお願いを……」

「いや、剣を直すのは楽な方だ。オレが、その剣が苦手なだけだ。そうだ、その剣は神造騎士にも使うなよ。使い手にもよるが、ひっかき傷くらいは簡単につくからな」

 ユルさんが言っていた作り手ってアドラムさんの事だったんだ、と彼女は目を丸くした。

「そんじゃオレ、向こうで水浴びしたら酒でも飲んで寝るわ。マジで。起こしてくれてもいいけど、その剣だけは近付けないでくれ」

 逃げるように去るアドラムを見送り、シロはライザーとの手合せに向かった。

 その途中、シロは己の世界にいた。

「あれ? 何でここに……」

 爆発に巻き込まれたわけでもないのに、と彼女は周りを見て人を発見し、言葉を失くした。

 自分の髪を短くして、目を薄青い星の眼にし、男性にしたなら、という人が立っていた。あの夫婦の、夫の方だ。

「もしかして、ルピナスお父さん?」

「うん、そうだよ」

 その人はとても優しく深い目でシロを見て言った。

「これから、ライザーという青年と打ち合うんだね?」

「う……うん」

「その間、お父さんにちょっと体を貸してくれないかな? ちょっとお話がしたいんだ」

 彼女は二度三度瞬きをした。

「お父さん、ライザーに怪我をさせないでね。あ、ミーティアお父さんや、ユルたちにも」

「ああ、約束しよう。大丈夫、新聞紙を丸めてやるから」

 じゃあ大丈夫だね、と彼女は快く体を貸したのだった。

 彼は目を開け、久々の肉体を実感した。

 生まれ持った前の肉体と違い、背が低く、力も弱い。大事な一人娘の体だ、傷を付けたくない。

 マメが潰れて痛みを訴える手を見て、懐かしい思いにかられる。

 きっとこれから手のひらの皮がズルむけになって、痛い痛いと言いながら剣を振るのかもしれない。

 あまり痛い目に遭って欲しくはないな、と思いつつ彼は新聞紙を丸めてライザーの所へと向かった。

「シロ、遅かったな……まさか、それでやるつもりか?」

「これなら殺してしまう心配が無いからね」

 ライザーは眉をひそめて木刀を構えた。

 シロが己の力を過信しているようであれば、お灸をすえる必要がある。

 しかしその考えは稽古を始めてすぐに打ち砕かれた。

「おまえ……本当にシロか?」

 その問いに彼はただ笑った。

「そら、十回目だ」

 木刀を弾き、新聞紙が首に触れる。

 その時、ライザーはシロの目の中に星の光り、薄い青を見た。

 シロの太刀筋は速く、鋭く、正確で容赦が無い。

 まるで歴戦の戦士の動きだ。

「他所事にうつつを抜かすのもいいけど、今は私を見てほしいな」

 驚く間もなく腕に一撃、返す刀でまた首が叩かれた。

 実戦だったら腕と首が飛んでいる。

「おまえには首や手足、胴体がいくつあるんだろうね」

 顔は穏やかに笑っているが、星眼はまるで笑っていない。

 そして、耐久限界を迎えた新聞紙が折れたと思ったら……。

「二刀流はやったことが無かったけど……おまえ程度が相手なら十分に遊べそうだね」

 夕方まで打ち合いは続き、体を返してもらえたシロはぐったりと布団に突っ伏した。

「エラン、ちょっとこれ塗って軽くさすって」

「うん、わかった」

 一方、ライザーは共同浴場の方に行き体のインクを落としていた。

「ライザー、だれにやられたんだ?」

 驚いたシラーが問うも、彼はぼやくように言った。

「シロにやられた……しかも、新聞紙で」

 隻眼の彼は心底驚いた。

 まだライザーを完膚なきまで叩き潰す実力は無かったはずだが。

「まるで別人、歴戦の戦士の動きだった」

 冗談だろ? と言いたいがライザーのインクで黒くなった体を見てからではそうは言えない。

 ライザーも、事のあらましを聞いたミーティアも同じ心境だった。

 今度はチョコレートトリュフかボンボンか、と能天気な事は言えなくなった。

 真夜中、シロは夢を見ていた。

 正しくは、あの自分の世界……精神世界に飛ばされたのだ。

「ごめんな、まさかそこまでの筋肉痛が出るとは思わなかったんだ」

 すっかりむくれた彼女にルピナスは苦笑して頭を下げていた。

「でも、ライザーとミーティアがお酒を飲むことは避けられたし、どうやれば勝てるのかわかっただろう?」

「うぅ……」

 たしかにそうだ。ライザーには善戦できるようになるだろう。だが明日はミーティアだ。

 ライザーより強い。

「そこで、はい」

 渡されたのは木刀だ。

「これから毎日教えるよ。明日は、ミーティア殿とだね。カフィールお兄ちゃんの子供、小さかったけど強かったんだよなあ」

 ミーティアの小さい頃なんてまったく想像できないが、彼女は木刀を手に立ち上がった。

「ミーティアお父さんは今でも強いし、シラーさんも強いですよ。父さん、よろしくお願いします」

 お酒たっぷりのお菓子を防ぐため、我が家のエンゲル係数のために!


 翌日、シロは仕事を片付け、エランによく揉んでもらい、自分でも体を解すとルピナスと交代し、木刀を手に中庭へと向かった。

「ライザーを叩き伸したようだが、今日は私が相手だ。手は抜かん」

 ミーティアは木刀を構えた、ルピナスも構える。

「お酒は風味づけ程度が一番だよ」

 ミーティアは記憶の底に眠っていた、カフィールと同じ構えに星眼を細め、シラーもおや、という顔をする。

 ライザーが言っていた意味が理解できた。目の前にいるのはシロであってシロではない。

「キサマ、私の娘に何をした?」

 低く問えば彼は笑った。

「肉体を借りたんだ。娘に戦い方を教えるために。よくわかったね」

「わからないはずがなかろう。何年シロと一緒に居たと思っている。構えから名のある戦士だと見受ける。名前と来歴を教えてくれないか」

 彼は穏やかに答えた。

「我は星眼のアキレギア家が一子、ルピナス。死ぬ直前は、有翼のウスユキ族族長の娘、エーデルの夫。シロの父親だ」

 呆然とするミーティアに彼は穏やかに続けた。

「ミーティア、いや、エランティスには感謝しているよ。私たちの娘を大切に育ててくれてありがとう。私は死んでしまったから守ってやれなかった。これからも、娘をお願いします」

「心得た……いざ」

「参る!」

 見た目だけの親子が激しく打ち合う様を、何も知らない者たちは目を輝かせて見て、アドラムは真っ青になった。

 あの剣に憑いているのは今、シロの肉体を乗っ取るなり借りるなりしてミーティアと音速に近いやり取りをしている。

 シロの常時発動型能力をいくつか停止させて、肉体の強化に全部魔力を回しているのだろう。

 そうでなければあの動きはできない。

 木刀を使用しているはずなのに、逃げ遅れた髪が宙を舞ったり、防具が切れたり、地面が断面を晒したり……。

 ガルトフリートでは日常だったが、あの剣に憑いているものを考えると、絶対に敵に回したくない。

 薄青と恒星が交差し、静寂が訪れた。

 シロの頭部を守っていた防具が真っ二つに割れ、ミーティアの胴体部分の防具が袈裟懸けに切られ地面に転がった。

 どちらともなく構えを解き向き合う。

「相討ちか」

 男性的にシロが、ルピナスが笑う。

「ああ、相討ちだ」

 ミーティアも常ならぬ獰猛な笑みだ。

「久々に楽しい手合せだった。シロに甘味を頼んでおくが、今日明日は無理だろうな」

「自分で紅茶入りブランデーでも作る。ルピナス殿、楽しい時間をありがとう」

「私もだ。また手合せ……む、毎日は……無理だな、月一で」

 ミーティアは笑った。

「その時は、少しだけ飲むか」

「娘の酒量がわからんので、一口だけな。シラー殿との手合せも楽しみにしている」

「ええ、その時はお願いします」

 こうして、笑顔で別れた大人たちであったが、体を貸していたシロは夜、体中の痛みに泣いていた。

「痛いよぉ……怠いよぉ……動きたくないよぉ……」

「お姉ちゃん、今動かないと、あちこち固まって運動能力がガタ落ちだって。ちょっとお散歩しよう、ね?」

 どちらが姉かわからないような有様の中、シロは泣き言を吐きながらも痛みと戦ったのだった。

 ミーティアも同じであったが慣れたもので、ゆっくりと体を解すとシロの泣き言に口の端を歪め素振りと型の練習を始めた。

「おや、ミーティア殿も稽古ですか?」

「ええ……一つ手合せでもしますか?」

 喜んで、とシラーもまた木刀を構えた。

 一方ライザーはこれ以上黒星をつけてなるものかとユルに頭を下げた。

「では、あなたが私に勝てたらお酒を飲んでいいという条件を付けましょう」

 ライザーはうなずいた。

 禁酒令に等しい現状では、強くなる方が得だ。

「お願いします!」

「では、お覚悟を」

 ユルは近くにあった便所スリッパを手にした。


   * * *


 ゆっくりとルピナスの剣を振り、動きを体に馴染ませ、段々と速くしていく。

 最近は月三回ルピナスに体を貸しているが、ようやく筋肉痛の地獄から解放されたのだ。

 これならば、アドラムさんとの約束を果たしていることになるだろう。

 ……そう、思っていた時期がシロにもあった。

 星空の中で再会したヨールはまったく変わった様子が無く、楽しそうに言った。

「神造騎士団とも手合せしているの?」

「うん。でも、まだ全然勝てなくて」

「あれの基本能力はエルジアだからね……手加減してくれているとはいえ、常人が追いつくのは大変だよ。本気の彼らとまともにやりあって打ち負かせるのはベルンくらいだからね」

 ふと、ヨールはイタズラを思いついた顔をした。

「そういえば、報酬がまだだったね」

「え? あ、うん」

「シロの数十年後の戦い方の一つを見せてあげる」

 まあ悪いようにはしないだろう。彼女はうなずいた。

 シロ、いやヨールは目を開け、とても嬉しそうに笑って体を解し、例の剣を持って中庭に出た。

 ふと、飛竜のエルジアを見つけ、そっとなでてやる。

 もう弛んだだらしのない体ではなく、元のように引き締まった体だ。

「脱皮したのかな? ちょっと大きくなったね。ダイエット成功おめでとう」

「きゅう」

「今日はライザーとやるのか?」

 アドラムにヨールはにっこり笑って答える。

「そのつもりだよ」

 途端、ライザーは猛烈に嫌な予感がし、言った。

「ユル殿、神造騎士団は、酒を飲んだことは?」

「いえ、ありません」

「飲みたくはありませんか?」

 瞬間、円卓が爆発する勢いで荒れた。

『飲みたい!』

『感覚を共有して飲んでみて!』

『こっちのお酒は手を出してないんだ、味見させて!』

 仲間たちの大合唱にユルは折れた。

「飲んでみたいです」

「シロに勝ったら、これを差し上げます」

「それは?」

 ライザーが出した小さなボトルには、かわいらしいシルリアの花が描かれたラベルが貼られていた。

「神酒・冬の宴。クランツ牧場から極めて稀に出されるお酒です」

 ユルは主人のエルジアを見た。

 エルジアは楽しむように鳴き、彼は一礼してシロに向き直り言った。

「申し訳ありません。我々の欲望のため、勝ちに行きます」

 ヨールは楽しそうに笑った。

「ふふっ……参ります」

 中庭の中央に立ち、開始の合図と共に降り注いだナイフの雨にその場にいるだれもが目を丸くした。

 思わずユルは自分の武器を抜き打ち払う。

「錬金魔法!?」

 馬鹿な、とアドラムは青い顔でシロが持っている剣を見る。

 まさかあの剣が教えたのだろうか。

「アドラム殿、あの剣に何かあるのか?」

 ライザーが問うと、彼はぼそぼそと答えた。

「シロがあの剣を持ちこんだ時から聞こえていたんだが、あの剣にシロの実父が憑いているみたいなんだ。今だって……」

『シロは最低でもこれだけの可能性があるんだな。さすがエーデルと私の子、お父さんは嬉しいぞ!』

「……って言って、大喜びしてる」

 ライザーも青くなった。

「では、私を新聞紙で叩き伸したのは……」

「シロの父ちゃんだ」

 ライザーは知らなかった。

 ルピナスが月三回体を貸してくれとシロと交渉したきっかけを。

 それは、ライザーがシロに体の手入れをされ、またシロを手入れしていた時の事だ。

 彼女の肌に直接触れ、じゃれ合っているのをルピナスに見られていたのだ。

『婚前に人の娘の素肌に触れるかキサマァッ!!』

 別室にいたアドラムにまでその怒声と殺気は届き、彼は思わず悲鳴を上げて飛竜の姿に戻ってしまい、尻尾を丸めて布団に逃げ込みガタガタと涙目で毛を逆立てて震えていたのだ。

「……あの父ちゃんは、かなり怖い」

 気づかなかったライザーは首を傾げる。

「ルピナス殿は、アドラム殿よりも実力が下なのでは?」

「戦えば勝てる。だが、あの剣をぶち壊しても、あれは殺せない」

 それは作り直す過程で明らかになっている。

「なあ、ライザー」

「な、なんでしょう?」

 自然とライザーの背筋が伸びた。

「この間はからかって悪かった。事に及ぶ時は、あの剣はエランやミーティアにでも預けておけ」

 理解したライザーはこくこくとうなずいた。

 義理の父親に見られながらする趣味は無い。自分が父親の立場で、柱か何かに縛り付けられて、目の前で娘がどこの馬の骨とも知れぬ男に抱かれる様を見せつけられるなんぞ、憤死するか泣く。

「アドラムお兄ちゃん」

 振り向けばエランが目を輝かせていた。

「シロお姉ちゃんにもう一人お父さんが増えたの?」

「後に実父判明で会話可能だから……そう、なるな」

 彼女はにっこりと無邪気に言った。

「私もルピナスさんとお話したい」

「シロと、あの剣に言ってごらん」

 そのシロに目を向けると、ルビーで大雑把に作られた椅子にゆったりと身を預け、ユルがナイフの雨を払う様子を見ている。

 その様子にミーティアは首を傾げる。

「エラン、なぜユル殿は避けているのだ」

「あのナイフに魔法殺しが付いているからだよ。私たちゴーレムの天敵だから、ユルお兄ちゃんは避けたり防御したりしているの」

「シロは魔法殺しをいつ得た」

「知らない。でも、今はシロお姉ちゃんじゃないよ。もっと偉くて……凄い人! たぶん、エルジア様より上だよ」

 エルジアの目が吊り上がり、注意深くシロを見るが、認識阻害でもかけられているのか彼の目にはいつのもシロにしか見えなかった。

 だが、何かがあるという事だけはなんとなくわかる。

 彼は更によく見ようとするが、地面に刺さっていたナイフが一斉に爆ぜ、それは妨げられる。

 埃塗れになりムッとしたエルジアはすぐに自身を丸洗いすると、その小さな体が青白く光り、そこには子供とは思えないふてぶてしい目つきをした銀髪の少年がいた。

「お、本気になったか」

 アドラムがからかうように言うと、十五くらいの少年はうなずいた。

「うん」

 エルジアはエメラルドで椅子を作り腰かけ、アドラムはその背もたれに寄りかかった。

「エルジア様、その椅子、後でどうするんですか?」

「うーん……砕いて埋めようか考え中」

「それをやるくらいならオレにくれ。子供向けの装飾品を作って、叩き売りするから」

 私もやってみたいと末の妹がアドラムにねだる一方、ユルは傷だらけになりながらも間合いを詰め、青白い剣を振り下ろした。

 ルビーの椅子が両断されるが、そこにシロはいない。

「危なかった、殺されちゃったら怒られるどころじゃ無いからね」

 シロの手にはアドラムが作り直した剣があった。

「エルジアの子よ、もう少し遊んでおくれ」

 神速の剣をユルはどうにか防ぎ、目を疑った。

 神造兵器であるはずの己の剣が、アドラムが作ったとはいえ魔法鉄鋼の剣に半ばまで切られている。

 やはり、このお方は……。

「アドラム、あの剣に何をしたの?」

「一度材料に戻し、魔法鉄鋼に変換、その後全力かつ本気で鍛造した」

「生きている限り何でも殺せそうな剣にしか見えないな」

 ボクの気のせいかな、とにっこり笑って問うエルジアにアドラムはとうとう泣きついた。

「あの剣にシロの親父が憑いているんだ。今までもそんな剣はあったけど、一度戻せばほとんどが成仏したし、残っても無邪気になったんだ。でも、あの父ちゃんはしぶとく生き残って……シロに返す時なんか『また頼むぞ』とか、『お父さんだよ、大きくなったな。今はシロと呼ばれているんだな』とか……よりはっきり聞こえるように……」

 泣き付いて来た子分に親分は気の毒そうな目を向けた。

「気づいてやれなくてごめんね。きっと、知らない内に疲れが溜まっていたんだよ。ゼルコバさんに脳のお医者さんや病院を紹介してもらおう」

「ウソだと思うなら感覚を全部繋げてみろ。それで何も無かったら医者にでもなんでも行ってやる!」

 エルジアは半信半疑で感覚を接続し、ユルとシロの戦いを見た。

『シロ、これを覚えれば禁酒令が出せるぞ!』

『うん、がんばる!』

 シロの声はするのだが、肝心のシロの口は動いていない。もう一つは存在しない男の声だ。声はするのだが、自分の知覚で探知できない。

 ……馬鹿な。では、今シロの肉体を動かしているのはだれだ?

 シロはユル相手に舞うように剣を振るい、楽しそうに遊んでいる。

 全盛期の自分の技量を持ったユルが、本気かつ全力で遊ばれるような相手といったら一人しかいない。

「ヨール!」

 その途端、シロは大きく間合いを取り、剣を納めた。

「ばれては仕方がない。退散するよ。勝負は……うん、こちらの降参で」

 じゃあね。

 シロの体がふらつき、地面に崩れるようにしゃがみこみ、そのまま倒れたのとユルが膝をついたのはほぼ同時だった。

「エルジア様……申し訳ありません……補給を、お願い……」

 ユルは言い終えることなく倒れ、青白い光に包まれて小さな核へと戻ってしまった。

 シロは完全に気絶している。

 ライザーはエルジアにボトルを押し付け、シロに駆け寄り抱き上げた。

「エラン、シロの着替えと氷枕を用意してくれ」

「わかった」

 エランはミーティアを抱えてシロの部屋へと素早く飛び立った。

「エラン!?」

「お風呂の用意をするから、お父さんは着替えと氷枕をお願い」

「わかったから、早く地面に降ろしてくれ。この程度の高さなら自分で飛べるから!」

 お父さんしがみつかないで!

 そんな騒ぎをものともせず、ライザーは己の全身を魔力で強化し、彼はシロを抱えて城壁を駆け上がった。

 ミノシヤ兵たちの目と口が丸くなり、できるか? と顔を見合わせムリ、と首を振った。

 ライザーは部屋に入るとエランにシロを渡し、装備を外してやった。

「ここからは任せて!」

 エランがシロを洗っている間、ミーティアは着替えを出しておく。

「エラン、シロとエランの着替えを置いておくぞ」

「ありがとう!」

「ミーティア、氷枕の用意ができた」

 うなずいた彼は薬箱を取り出した。

「あれだけ動き回り、魔力を使ったのだ。魔力が欠乏していることも考えられるし、肉体の疲労やダメージも気になる」

「薬を飲むにしても、何か胃に入れないとまずいな。重湯を作ってくる」

 夕方になり、シロはようやく目を覚ました。

「お姉ちゃん?」

「エラン? ……ごめ……バケツ……」

 エランがバケツを差し出すも、吐ける物が無く彼女は咳き込んでいた。

「シロ、大丈夫……じゃ、なさそうだな。重湯ができているが、飲むか?」

「飲む……ありがとう……」

 シロは重湯を飲み、ミーティアが出した薬を水で流し込み横になった。

 夜、シロは全身を襲う浮遊感を不思議に思いながらもどうにか立ち上がろうとした。

「あれ?」

 世界が回り、彼女はくたりと倒れ伏した。

 立てない。体にまるで力が入らない。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「み……ず……」

 エランは急いでシロを布団に戻し、コップに水を入れて持ってきたが、シロはそれをまともに飲むことができなかった。

「エラン、どうした?」

「お兄ちゃん! お姉ちゃんお水飲みたいみたいなんだけど、コップじゃ飲めないの。吸い飲みも哺乳瓶も無いしどうしよう?」

 水が飲めればいいと解釈したライザーは台所から急須を持って来た。

「とりあえず、哺乳瓶はやめてやれ。ミーティアみたいに泣くぞ」

 言って急須を吸い飲み代わりに水を飲ませてやると、途端にシロは汗をかき始めた。

 その時、真っ青な体に何やら袋を括りつけられた伝書飛竜が行き倒れるようにしてやって来た。

「あ、ありがとう」

 彼女が袋を受け取ると、伝書飛竜はよたよたと起き上がり鳴いた。

「きゅ、きゅいきゅい、きゅう、きゅい……」

 ――伝説の神造騎士団の方々に使っていただけるのは大変名誉な事だとは思いますが、今回のお荷物は手紙ではなく貨物です。次からはお荷物の重量や大きさに合わせて飛竜を選んでください。

 円卓にそれを流しつつ、彼女は缶を取り出した。

「兄や姉たちがごめんなさい。これ、ガルベリアのライゾウさんにお願いできますか?」

「きゅぅう?」

 入るかな、と不安な顔で青い伝書飛竜はなんとか缶を袋に押し込み、わかりましたとうなずいた。

 どうやら運べるらしい。

 エランは伝書飛竜に料金を多めに払い送り出した。

「お願いします」

「きゅ!」

 伝書飛竜を送り、彼女は袋を持って台所に向かい、袋に書かれた分量通りに袋の中身を水に溶いてライザーに持って行った。

「エラン、それは?」

「汗をいっぱいかくような時に飲むと良いんだって」

 ライザーは首を傾げてそれを少し飲んだ。

 塩分や糖分、水分をまとめて吸収できていいかもしれない。

「エラン、次、弱っている人間に飲ませる時は温めの方が良いぞ」

 彼は冷たいその飲料を口に含み、シロに直接口づけて流し込んだ。

 その様子を興味深そうに見ていたエランが真似をしようとするまで時間は要らなかった。

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