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第十四話「過去からの贈り物」

 噴水の縁に腰掛け、しょんぼりと肩を落しているエランは思い出す。

 クロユリを見た時、胸の中に冷たい風が吹いたようで動けなかった。

 アドラムお兄ちゃんはそれを恐怖だと教えてくれた。

 でも、それが去った今だって動けない。みんながいろんな作業に追われているというのに、自分は何をしたらいいのかわからない。

「……アダマス様、私は、不良品なんでしょうか」

 ふむ、とアダマスが答えた。

「あのエルジアが不良品に気づかないはずがない。あのサボリ魔は馬鹿そうに見えて一度仕事となれば凝り性で加減を知らん。おまえは兄や姉たちと比べて人間に近く制作されたのだろう」

 いくら体はできて、技術や知識はあっても、精神は時間と共に成長を待つしかない。

 神造騎士団でも時間には逆らえないし、エルジアも逆らう気などさらさらない。

 彼女は神造騎士団が作られた当初に見送られた、人間らしい、豊かな感情を持ち合わせた最初の神造騎士だ。

「この、感情というものが無ければ、もっとうまく動けるのでしょうか」

「それは違う」

 悩みながらも歩き出そうとしている彼女を導くのは吝かではない。

「おまえも知っている通り、製造された当初の神造騎士に求められたのは迅速に敵を叩き潰し、エルジアの手足となることだった。当時彼らは感情を持たなかったが、持たざるが故に破れたことがある」

「シロクマさんと、ライゾウさん?」

「そうだ。彼らは言った。技術で戦うのであれば、我々は人の身でありながら神の軍を打ち負かせると」

 結果は、神造騎士団の惨敗だった。

「私は己の眼を信じることができなかった。彼らは勝ち誇って言った。二回戦もやるか? 次はもっと早く片付けてやると」

「どうして勝てたんですか?」

「機械と人間の違いだ。機械的だからパターンが読めればこっちのもの。兵装に差が無ければこれ程弱い軍は無い、と」

 それでエルジアは非常に悔しがり、騎士団に人間的要素を加え、シロクマたちに面倒を看させた。

「シロクマたちは保育や育児と冗談めかして言っていたが、彼らに言わせればおまえは赤ん坊だ。いきなり大人並みの動きや精神を求めはしないだろう」

「今の私では、何もできないと見られているんですね」

 揺れる声にアダマスは否定を返す。

「できる事があるのなら、シロが指示を飛ばしているだろう。人には向き不向きがある。今のおまえに必要なのは、休息と、他者の悪意と恐怖に打ち勝ったことのある者たちとの触れ合いだ」

 エランの紫水晶の目が瞬いた。

「だが、神造騎士や飛竜、グリフォンはやるだけ無駄だ。下手をすれば、『邪魔なサルを片付ける』とか、『お部屋のお掃除』とか、そのくらいの感覚で戦うからな」

 それはそれで恐怖だとアキノ辺りなら笑って言いそうだが、あの飼育係というか、調教師は例外だと彼は思考から追い出す。

「エラン、おまえは戦えなかったから戦えるようになろうとしているが、進んで戦わずとも良いのだ。シロやライザーが殺戮人形のようなおまえを見たいと言うはずがあるまい」

 シロが起きたら、よく話をしなさい。

 エランはうなずいて部屋に戻ると、シロとライザーは寝ていた。

「お兄ちゃん、風邪ひくよ」

 軽く肩を叩いても彼はまるで起きない。

 仕方がないので彼の部屋の扉を開け、布団を整えて運び込んでやる。

 掃除と洗濯をできる限りやって、やる事が無くなってしまったと思ったが、一つだけ残っている。

 彼女はアドラムの部屋のドアを叩いた。

「こんな時間に珍しいな」

 どうしたんだ、と問う彼はミーティアと晩酌をしていたようだ。

 二人に事情を話し、協力してもらえないかと言うと、ミーティアは無理だと言った。

「私は火薬庫に放火するようなものだから無理だ。剣を抜く機会を必要最小限にすればいいんじゃないか? 窮鼠猫を噛むという言葉もある」

「おまえさんは守りの剣だもんな……となると……オレか。わかった、一度外に出るぞ」

「では私は部屋で続きをやるよ」

「ああ」

 ミーティアは酒瓶を片手に去り、アドラムはエランを連れて外に出ると、彼女から大股に十歩離れた。

「要は、相手からの殺気に対する訓練だな。まず、怖いと思うことは決して悪いことではない。生物として正しい反応だ。それをうまく利用して戦ったり、戦いから逃げて情報を持ち帰ったりする奴もいる。短所も使い方次第で長所になる。さて、始めようか」

 一呼吸の間があり、アドラムは笑みを消した。

 エランの胸に冷たい風……恐怖が吹き抜ける。

 目の前にいるのは確かにアドラムなのに、霜が降りるような冷たい空気を纏う彼は別人のように思えた。

 恐怖に身が竦むが、これではいけないと彼女は必死に踏みとどまりアドラムを半ば睨むように見返す。

 そんな彼女のちっぽけな意志を枯れ枝のようにへし折るかのように彼は一歩、また一歩と距離をゆっくりと詰めていく。

 その度に寒さと重圧が増すが、彼女は震えながらもそこに立っていた。

 そして距離が無くなり、手が伸ばされて彼女は思わずぎゅっと目を瞑って身を固くしてしまった。

 ゆっくりと頭がなでられ、恐る恐る目を開けると重圧も恐怖も残滓を残して消えており、どこか憐れむような顔をしたアドラムと目が合った。

「最後は本気だったんだが……よく耐えたな」

 紫水晶が瞬いた。

「だが、やはりおまえさんは戦いには向かないよ。戦うのは、譲れない何かを守るためだけにしておきなさい」

 肩を落とす彼女にアドラムは続ける。

「戦いでの勝者というのは、目的を達した者だ。おまえさんの目的がだれかの無事なら、だれかを抱えて飛んで逃げる方法を考えたらいいんじゃないか?」

 逃げるが勝ちって言うし。

 聞いた彼女は真剣にうなずいた。

「そら、シロの所に戻ってやれ。どうせミーティアが酔い潰れているだろう」

 お父さんの世話をしてやれ。

 彼女はお礼を言って飛び去り、彼は思った。

 本当に、戦わずに子供の世話をしている方が似合いそうだ、と。

 部屋に戻った彼女は酔い潰れているミーティアを見て首を傾げる。

「……どうするんだっけ?」

 ええと、と泥酔者の世話の方法を知識の倉庫から探すが無く、彼女は知恵を絞った。

「とりあえず、お布団を用意して、寝かせないと」

 布団に放り込み、彼女は再び考える。

 こういう時、シロお姉ちゃんはどうしていたっけ? そういえば、服を脱がして寝巻に着替えさせていたような……。

 とりあえず脱がそう。

 ――ビリッ。

「あ」

 後で縫って直しておけばいいか。

 彼女はどうにかミーティアの服を脱がし、寝巻に着替えさせて思い出した。

『お酒を飲むとトイレが近くなるんだけど、酔っている人はまともに動けないでしょ? だから漏らしちゃう人も結構いるのよ』

 そう言ってシロは清掃道具が入った台車を転がしていた。

 お布団に漏らされたら洗濯物が増えて大変だ。ミーティアお父さんも恥ずかしいだろう。だが、介護用シーツを敷こうにももう寝かせてしまった。

 悩んだ彼女は円卓に接続し、事情を話し何かいい方法は無いか聞いた。

『布団に漏らされるのが嫌なら大人用のオムツを着ければいいじゃない』

『あと、バスタオルを腰の下あたりに敷いてやれば完璧か?』

『成人用おむつなら共有倉庫にあるぞ。使ってくれ』

『ハルオミお兄ちゃんありがとう!』

 彼女は共有の異次元倉庫から成人用のオムツを取り出した。

「よい……しょっと」

 装着してやり、満足そうにうなずく。

 円卓に接続していた騎士たちは腹を抱えて笑い転げている。

『だれか教えてやれよ』

『ヤダ。おもしろいし。節度を持たない方が悪い!』

 エランは居間に戻り、テーブルを見ると琥珀色をした液体が入った瓶があり、洗っていないグラスが出しっ放しであった。

 彼女は姉の教えを忠実に守った。

「出した物は、片付けて、食器は洗って拭いて、しまう……よし」

 そして、彼女は瓶を見てどうしようかと悩んだ。

 シロは言っていた。

『ミーティアもライザーもまたこんな所で潰れて……もう許さないんだから。今度お酒が出しっ放しだったら流しに捨てるからね!』

 仕事で徹夜して帰ってみれば、部屋に酒瓶が散乱し男二人がみっともない姿で泥酔していればいくらシロでも腹が立つというものだ。

 尋常ならぬ怒気に二人は飛び起き、シロの宣言を聞いて縋った。

『それだけは、それだけは勘弁してくれ!』

 びきびきと彼女は青筋を立てる。

『後片付けができる程度に、節度を持って飲んでって前から言っているじゃないの。カーペットの上に粗相をしたのはだれ?』

 二人は小さくなり、彼女はぷんぷんと怒りながら後始末をしていた。

 そして、片付け終えたシロは言っていた。

『お酒は百薬の長なんて言うけど、あれは絶対にウソだと思うの。毎年酔って物を壊したり喧嘩したり……量が過ぎれば毒よ、毒! 酔い潰れるのなんて危ないからダメって言っているのにあの二人ったら……飲むなとは言わないけど、もう少し自分の体や健康を大事にしてほしいわ』

 シロお姉ちゃんの願い……二人が元気でいること。

 エランは酒瓶を手に台所に向かい、躊躇なく流しの上で逆さに……しようとした。

『エラン、お酒は年代によってはもう手に入らないから、捨てるのはやめてあげて別の瓶に移し替える程度にしてあげなさい』

『どんなのが良いかな?』

『倉庫の中にあったフラスコでいいんじゃないか?』

『ありがとう。フラスコ使うね』

 フラスコに移し替え、瓶を洗って空き瓶用のゴミ箱に入れる。

 体は大事。健康な体は大切な資本だ。きっと、お姉ちゃんたちは喜んでくれるだろう。みんなが元気だと自分も嬉しい。

 良い事が、幸せがいっぱいだ。

 服もちゃんと直した。酔っ払って潰れてしまったミーティアお父さんのお世話もちゃんとしたから、お姉ちゃんは褒めてくれるかもしれない。


 翌日の日付、エランの日記にはこう書かれている。

『昨日、お父さんたちのお世話を一生懸命やったら、お父さんは泣いて喜んでくれた。お兄ちゃんも、お酒を始末したのがとても嬉しかったみたい。シロお姉ちゃんは笑ってぎゅーってして頭をなでなでしてくれた。

 お姉ちゃんたちが喜んでくれてすごく嬉しかった。』


 それ以来、二人が潰れるまで飲むことは無くなったという。


   * * *


 それは、昔の事だ。

 私がまだマガルトを知る前の事、あまりの寒さと飢えに森で倒れたことがあった。

 一歩も動けなくて、もう死ぬのかな、と思った時、綺麗な氷の色をした星の眼の人に助けてもらった。

 彼は言った。

「この近くに村があるけどきみは行かない方が良い。未だに黒い羽は不吉だとか言ってるジジババの権力の方が強いから、辛い目に遭うだろう」

 彼は、私に温かい飲み物などを出してくれたり、いろんなお話しを聞かせてくれたりした。

 ただ、一つだけウソがあった。

 自分は狩りが下手くそだと彼は言うけれど、後ろには大雑把に雪で隠された毛皮やお肉がたくさんあって、そのことを言うと「しまった」という顔をした。

 私も、ぽつぽつと自分の事を話した。

 途中泣いてしまったけれど、彼は最後まで聞いてくれた。

 彼は言った。

「きみは一度、翼の無い別の種族の人々の村や町を巡って、あちこちを見て回った方が……いや、一度翼に関することから離れた方が良いんじゃないかな」

 黒とか赤とか、緑とか……白以外が不吉なら南の方にいる極悪鳥なんかはどうなるんだ。不吉の塊だぞ。と、彼は言う。

「極悪鳥?」

「別名虹色カラス。本当にいろんな色を独り占めしているような鳥だよ。派手で大きくて強くて、頭が物凄く良い。国際的な危険害鳥だから、見かけても絶対に近寄っちゃダメだよ。あれこそが旅人にとって不幸の象徴だよ」

 極悪鳥は見たことが無かったけど、きっとそうなのだろう。

 でも、図鑑でもいいから見てみたいと思い彼に言ってみた。

「ごめんな、近くの村に妻と生まれたばかりの娘がいるんだ。だから一緒には行けない。図鑑なら、ガルトフリートの図書館ならあるかもしれないから派出所を経由してお願いすればいいと思う」

 私は心底がっかりした。

 失恋、とでも言うのだろうか、呪いの力も無しに私に初めて優しくしてくれた人だったから。

 別れる時、彼は言った。

「まだまだいろんなものが憎い、壊して、潰してやりたいと思うなら、自分と同じ目に遭っている人を助けて世話をしてみたらどうかな。道はかなり厳しいけれど……助けてくれる騎士がいないなら、自分がなるしかないと思うんだ」

 それは私の空っぽの胸にすとんと落ちてきた。

 彼が持たせてくれた毛皮を売って、私はあちこちを回りながらも時々彼がいる村を遠目に見た。

 泣いている赤ん坊をあやすけれど、その道具……切り札が白い羽で泣き止んだことに彼はがっくりと肩を落としていた。

 その彼に歩み寄る綺麗な女の人……彼の奥さんが様子を見て笑う。

 そうして見ていたら、村の隅の方で変な霧が出てきて、それに触れた村の人たちは苦しみながら獣に姿を変えて人々に襲いかかった。

 すぐに彼は剣を抜いて、奥さんと子供を逃がしたけれど、すぐに飛べる獣が後を追った。

 私は獣たちに呪いをかけて彼を守ろうとしたけど、程なくして彼は首を切り裂かれて死に、剣と右腕を残して喰われてしまった。

 仕方がないので、私は奥さんの方を見に行った。

 奥さんは子供に深い眠りの魔法をかけて、茂みに隠して獣と戦ったけど最後の一体に食べられてしまった。

 獣は満腹になったのか、新しい獲物を見つけたのか飛び去った。

 赤ん坊は何も知らず眠っているけれど、このままでは死んでしまう。私には育てることはできない。

 彼は、妻と子をとても愛していた。

 どうせ死んでしまうのなら、この子を両親の所へと送ってあげよう。

 私が赤ん坊に手をかけ、呪いを重ねがけした時、その子は魔法が解けたのか泣き出してしまった。呪いがかかった手応えも薄い。自分が酷く惨めに思えた。

 そのまま首を絞めてしまえば良かっただろうに、どうしたらいいのかわからず焦っていると、人の気配がして私は逃げた。

 魔獣が飛び去った方向からやって来たその人は老人のような、疲れ切って酷く傷ついた顔をしていた。

 夢も希望も無い……見覚えのある表情だった。

 遠くから隠れて見ていると、その人は赤ん坊を拾ってあやしていた。

 これでいいという声と、いや両親の所に送るべきだという声がごちゃ混ぜになる。

 私は何を思ったのか、村に落ちていた彼の剣を回収してまた逃げた。

 剣を握ったままの彼の腕を、剣ごと抱きしめて私は泣き、ぼんやりと思い出した。

 赤ん坊を拾ったあの人も、星の眼をしていたな、と。


 クロユリはぼんやりと目を覚まし、体の傷の手当がされていることに驚いた。

 人の気配にそちらを向くと、アキノが何やら縫物をしていた。

「起きたか?」

「ええ……これはあなたが?」

「ああ。ここはシュロチクから東にあるコイアの宿屋だ。お金はたっぷり払ってあるから気にするな。出る時もお好きな時に」

 彼はポーチを完成させ、彼女から預かっていた化粧品を入れた。

「これはあなたが?」

「ポーチの型紙はツキシロが、刺繍の原案はリリィちゃん、実行はオレ」

 ポーチには綺麗な花の刺繍がされていた。

 白い花は一つもない。

「ありがとう。あの子にも伝えてちょうだい」

「ああ。それと、マガルトにはもう戻らない方が良い。クロユリ死亡説が流れ、あなたの部屋が荒らされた」

「戻る理由ももう無いけど……そう。それじゃあ、何もかも壊されたり持っていかれたりしたのね」

 諦めたように言う彼女に、アキノは袋を差し出した。

「金品や日用品などできる限りは回収した。あと、剣も」

「ありがとう」

「大事な物なら、専門職に頼んで打ち直してもらった方がいい。それだとあと十年ももたないぞ……じゃあな、ガルトフリートで再会できる事を祈るよ」

 去ろうとするアキノを彼女は呼び止めた。

「あなた、本当にゴーレム?」

 彼は苦笑した。

「元人間のゴーレムだ」

 転移魔法の光に包まれて彼は消え、彼女は彼が持ってきてくれた剣を見る。

 シュロチクで会ったシロ……千載一遇の機会だったのに、逃してしまったと思うと同時に、なぜ昔の夢を見たのかと思う。


 もう、忘れていたのに。


   * * *


 転移魔法で姿を現したアキノは何も無い草原を見る。

 ここはかつて、己が敗れて死体を曝した土地、始まりにして終わりの土地だった。

 今でも鮮明に覚えている……忘れるはずもない、故郷の惑星から民間人を連れて脱出し、敵の攻撃を受けながらもワープで逃げたのだ。

 しかし、敵のレールガンがシールドを破り船に直撃、座標が狂い、出現した時はすでにこの星の重力に引かれ、ほとんど墜落するような形で着陸した。

 それからも地獄は続いた。いや、増した。

 民間人は不安と不満をひっきりなしに訴え、この星の原住民は魔法や剣を武器に襲って来る。

 動力部などがまだ生きている事を幸いにエネルギー砲で迎撃するも、仲間は減っていく。

 だれもが狂いそうな中、自分たちは白い飛竜に助けられた。

 圧倒的な存在感に飲まれ、攻撃することを忘れた。

 そうして救われ、彼の配下になり、彼の軍を打ち破り、禁忌の契約を交わした。

 肉体が滅んだ後、自分は彼の軍の一員、ゴーレムとなり彼の配下であり続ける、と。

 契約を拒んだ者もいたが、自分たち黒狼部隊はほぼ全員が契約した。

 シロクマ率いる国軍もほとんどが契約して、アトラシア戦役で全員が死に、ゴーレムとなった。

 得たのは時に置き去りにされる千年以上の孤独だったが、それ以前に失うものなんてもう何も無かった。

 クロユリは、自分の目的のために己に呪いをかけた。目標を達成するまで何があっても死ねない、肉体は塵芥を集めてでも再生し、人間として機能する。錬金と呪いの複合魔法だ。

 ガルトフリートで再会することなど最早無いだろう。

 アキノはその確信めいた己の勘働きに息を吐いた。

「アキノ、こんな所でどうした」

 同じく転移魔法で現れたライゾウが言う。

「あ、いえ……ここで、死んだはずだったのにな、と」

「……もう何年も前だというのに……今になって叩き起こされるとは」

 国と仲間を守り、散ったはずの同朋をこのような形で使われ、いい気はしない。

「確実に眠らせてやろう。戻るぞ」

「はい!」

 ガルベリアのブリッジに行くと、リリィが駆け寄ってきた。

「おかえりなさい。あの、クロユリ様は?」

 アキノは慣れた笑みを浮かべて目線を合わせ言った。

「ちゃんと受け取ってくれたよ。ありがとうって、嬉しそうだった」

 初めて彼女は子供らしい、かわいらしい笑みを浮かべ、アキノは胸が抉られる心地だった。

「次はセーターとか、マフラーを作るんだって」

「クロユリ様、触るといつも冷たくて……冷え性だって言っていましたから、セーターとかマフラーがあれば温かいかなって」

「そうだな、がんばって練習しろよ。兄ちゃん編み物はできないからな」

 仕事があると言ってアキノはその場から去り、別室へと逃げ込んだ。

 クロユリはもうあの子の笑顔を見ることも、セーターを受け取ることも無い。

「アキノ」

「……なんすか?」

「刺客が放たれた。クロユリに付け。……時が来たら、教えてやれ」

 了解。

 ガルベリアから黒いゴーレムの飛竜に乗ったアキノが飛び立った。

「……行かせたのか」

 シロクマが言う。

「公私混同だと言いたければ言え」

「言ってやるよ。バーカ」

 しかし彼は咎めない。

「どうしてあいつはこう……女運が無いかねえ」

「あいつの女に関する幸運はマイナスに突入しているとアカギが言っていたな」

「死体にあいつを付けてどうするつもりだ?」

 ライゾウは無表情に言った。

「人の事を言えんぞ。マガルトで刺客を放つ動きがあった。それを潰させる。今や彼女は重要な友軍だ」


 ミノシヤ王城へ向けて飛ぶ彼女にアキノはすぐに追いついた。

「何のつもり?」

「上司に言われて、あなたに付くことになった」

「ミノシヤのシロに知られたらまずいんじゃないの?」

 彼は笑った。

「同朋には口止めしましたし、オレの服はかなり古い型式でして、知る者は神造騎士以外でほとんどいないんですよ。覆面を着けて腕章を外してしまえば終わりです」

 彼は腕章を外し、しまい込む。


   * * *


 昼、シロは何とはなしに屋上へと向かい空を見た。

 空は綺麗に晴れ渡り、あの中を飛べるエランや飛竜、グリフォンたちが少しだけ羨ましくなった。

「シロ様、ご報告します」

「ええ、お願い」

 彼女は血の臭いがしても振り向かなかった――それが約束だったから。

「ミノシヤ国内の調査が完了しました。順次笛を吹いております。館へは現在五十名入りました。王への報告も完了しております」

「ご苦労様。足りない物があったらリストにして。それか、買った物の領収書をよこして」

 シロやミーティアたちが作った館は今、風習のために命を落としかけた者や、目を覆うような境遇に置かれた者たちの避難所にしている。

 館はガルトフリートの傭兵に固められ、強行突破しようものならその場での殺人も許可している。

 生贄を失った村は税金の未納や出生届出義務の怠慢などで追及され、罪の擦り付け合いなどで混乱しているという。

 自然災害を鎮めるために生贄を捧げるという所に対しては、目に見える形で発生メカニズムを説いて、自分たちの手で治水工事をさせている。

 しかし、この取り組みが実を結ぶのは十年以上かかるだろう。

 気の短い老人は意味の無い取り組みだと言って、予算を削ろうとしてくる。

 じゃああんた自身や直系の孫や子供を生贄に出したらどうだと言い、実行すると途端に泣きつくのだからおかしな生き物だ。

 一通りの報告を受け、彼女は密偵を下がらせると、入れ違いにライザーがやって来た。

「シロ、寝てなくていいのか?」

「うん。まだ大丈夫」

 彼は布団に戻るよう促した。

「私の足では運べないし人を呼ぶにも時間がかかる。早く布団に戻ってくれ」

 戻ろうとした時、屋上に黒い飛竜と黒い翼を持つ女が降り立った。

「クロユリ!」

 ライザーが動くと、すぐに近くにいた男に槍を喉元につきつけられ、彼は身動きが取れなくなった。

 張りつめた空気に似合わぬ、緩やかな風が吹く屋上に二人の女が対峙した。

「虐げられている者を集めて隔離し、村の無知蒙昧な民草に教育を施す……あのお優しい偽善者のお仲間にでもなったの?」

「いえ、これは国策よ。偽善者なんかと一緒にしないでくれる? 人の為に善をなす者……私はそんなものになった覚えはないわ」

「じゃああなたは?」

 シロは笑った。

「欲望の走狗よ。私はやりたいようにしかやらないわ」

 クロユリは嬉しそうに笑っている。

「あなたとは話が合いそうね」

「どうも。それで、ご用件は?」

 クロユリは布に包んだ剣を差し出した。

「これをあなたに。思い出したのだけど、これ、あなたの実父の剣よ」

 シロは一度受け取り、それを返そうとしたがクロユリは下がって受け取らなかった。

「彼は家族を愛していた。だから、これはあなたが持つべき物」

「一つだけ聞かせて。あなたが魔獣化の方法を考え生み出し、実行したの?」

「いいえ。魔獣化の方法は私が生まれる前からあったわ。私がやらされていたのは、魔獣にする人間の理性や知性を残す方法を考えること。制御できない兵士をばら撒くなんて馬鹿なこと、私がするとでも?」

 二人は笑う。

「そう、なら良かった。クロユリさん、今ならまだこちらに来られる。私の仲間にならない?」

 クロユリは静かに笑んだ。

「悪いけど行けないわ。私にはまだやるべきことがある。あなたと同じでね」

「そう、残念」

 二人が笑い合う様はまるで長年の友のようであった。

「本当に、あなたは実父によく似ているわ。憎たらしいくらいにね」

「ウスユキの村に風習が無ければ、姉妹になっていたかしら」

 たぶんね。

「次に会う時、敵だったら殺し合いましょう。あなたを愛していたご両親の所に送ってあげる……今度こそ」

「あなたは私の父が大好きだったのね。父の事を覚えていてくれてありがとう。私は顔も声も、名前すら知らないから」

「赤ん坊だったあなたが覚えていたらそれはそれで不気味ね。じゃあ、また会いましょう」

「ええ、また」

 ばさりと音を立てて黒い羽が舞い、クロユリはすぐに見えなくなった。

 つやつやした黒い羽を拾い、見て呟いた。

「黒い羽も綺麗なのに……それで、お兄さんはどうするの?」

 アキノは槍をひっこめ、肩をすくめた。

「撤収するさ。じゃあな。次は笑う度に気温を下げんでくれよ」

 彼は言うと飛竜に乗って飛び立つ。

「ねえライザー、そんなに寒かった?」

「気分的にな。生きた心地がしなかった。その羽、どうするんだ?」

 シロはじっと手のひらの羽を見た。

「なんとなく拾ったけど……羽ペンには向かないし、第一羽ペンなんて使わないし……矢羽はどうかな?」

「無理だな。白かろうが黒かろうが使えん。もっと柔らかい羽だったら羽毛布団の材料になるだろうが……何年かかるか……」

 エランに羽を見せてもらったことがあるが、柔らかい羽なんてほとんど無かった。

 羽の中に手を入れたらとても温かかったが、くすぐったいとすぐに逃げられてしまった。

「悩ましいわ……あんなに綺麗で軽いのに……」

「イェーガーが言っていたが、とあるグリフォンが自分の羽をむしって寒がりの相棒のためにダウンジャケットを作ろうとしたらしいが、胸元の羽が無くなって血塗れで、騎士は悲鳴を上げて卒倒したらしい」

「完成したのかしら?」

 さあ? と彼は首を傾げる。

「そうだ、この剣の持ち主に心当たりある?」

「紋章はウスユキ族と、星眼の一族だな。剣も星眼の一族の物だ。ミーティアやカフィール殿ならわかるんじゃないか?」

 シロは古びた剣を手にミーティアの所へと向かったのだが……。

「すまない、昔の事はほとんどすっぱり抜け落ちてしまって……祖父さんに聞いてくれ」

 はぁい、と彼女はカフィールを訪ねた。

「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」

 トレニアが穏やかに迎えてくれ、シロは手土産を渡した。

「クッキーとマフィン、パウンドケーキです。お口に合えばいいのですが……」

「ありがとう。シロちゃんのお菓子は私も主人も大好きなの。お茶を入れてくるわね」

 軽やかに台所に向かう彼女をシロとカフィールは穏やかに見送った。

「シロ、何か聞きたいことでも?」

 彼女は古びた剣をカフィールに渡した。

「この剣の持ち主について何か心当たりはありませんか?」

 ふむ、と彼は剣を調べ言った。

「星眼の一族、アキレギア家の剣だな。この紋章が使えるのは長男と次男のみ。そういえば、跡継ぎの長男坊が『幸せを探してくる』と言って剣一本を手に家出したな……名前はたしか……ルピナスといった。後の便りでウスユキ族の族長の娘と結婚したらしい。どうしてこの剣を?」

「その剣は、渡してくれた人の話しによると、私の実の父親の剣らしいのです」

 カフィールは驚きを隠さず、注意深くシロの目を覗き込んだ。

 氷のような青い光が微かに揺れている。

「黒くてわかりにくいが、確かに星眼だ。父方の血が濃く出たか。それで、シロはこれをどうしたいのだ?」

「できれば、いつでも使えるように、ちゃんとした形で保存したいと」

 彼は再び剣を注意深く見た。

「歪み、錆にひび、刃毀れ……一度素材に戻しての打ち直しだな。そうしないととてもじゃないが使えない。これを戦場に持って行くくらいならアイスピックやフォークを持って行くぞ」

「そこまで酷いの?」

「ああ。前の持ち主はとても大切にしていたのだろう」

 お茶が運ばれてきて、トレニアは剣を見ると言った。

「あら、その剣……シロちゃんの所に行きたかったみたいね」

 すごく喜んでいると言う彼女に二人の目が丸くなった。

「ちゃんと直して、傍に置いてあげなさいな。シロちゃんの事をきっと守ってくれるわ」

「トレニア?」

「お城にいた時、曰く付きの物なんかがよく集まって来たのよ。力ある物は宝物庫に入れても自分でどこかに旅立ったわ。これもその類の物よ」

 カフィールの所から帰った彼女は、アドラムの所に行った。

「……これを作り直す?」

「うん。アドラムさん、お願いできませんか?」

 鋼の目を丸くして、彼が剣をよく見ると……。

『一時とはいえ娘の手から離れるのは身が引き裂かれるようだが、身綺麗になり再び使用されるためなら仕方がないか』

 くしくし、と彼は目を擦った。

「……わかった、作り直す。お代は無料でいい。ただし、シロは手入れの方法を確実に覚えて、多少剣を使えるようになって、この剣を絶対に売り飛ばしたりしないことを約束してくれ」

 いつになくまじめで必死なアドラムに、シロは戸惑いつつもうなずいたのだった。

 それからアドラムは一度ガルトフリートに帰り、怪我が治った二人は剣の稽古をしていた。

 シロは木刀を手にミーティアに稽古をつけてもらっている。

「オレの時より容赦が無い」

 言うヘリオにライザーは素振りをしつつ答えた。

「お望みなら、全力でお相手を務めますが?」

「ごめんなさい、遠慮します」


 一方、アドラムは工房に入り剣を作り直していた。

 この剣に何が憑いているのかは知りたくもないが、早くきっちり直してシロの手に戻した方が良いのは明白だ。

 火力を上げ、剣を一度素材に戻す。大抵これでほとんどは浄化され、ただの剣に戻るなり、声が幼子のように無垢なものになるが……。

『良い温度だ、お風呂みたいだ』

 ばっちり残って喜んでいる。

 ならば、これでどうだ。

 アドラムは魔力を注ぎ込み、魔法鉄鋼へと変換してやった。

 鉄から鋼、鋼から青白く輝く魔法鉄鋼へ、古代の神秘の技がそこに具現した。

『おお、住みやすくなった!』

 声はより鮮明に聞こえるようになってしまった。さっきよりもかなり喜んではしゃいでいるようだ。

 工房の熱気によらぬ汗がアドラムを濡らした。

 いや、落ち着けオレ。この後、全力の魔法殺しや神殺しを込めて叩けばどうにかなるだろう。

 オレは一応冬の神エルジアの手下だ。オレも不死殺しや神殺しを持っているし、オレが作った物にも神殺しの力は宿る。

 神様やそのパシリ、不老不死者もぶち殺せるような能力の付与だ、呪いも何も無い悪霊程度ではひとたまりもあるまい。

 それにエバーハルト家、ひいてはガルトフリート王国一の鍛冶師である己が、魔法的にも物理的にも鍛造するんだ、悪霊ごときが無事であってたまるか。

 何が何でも叩きのめしてやる。

 思った彼は雑念を消し、鎚を振るい始めた。


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