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第十三話「強襲」

 だいぶ前の事だ。ウスユキ族の族長の娘、エーデルが星眼の若者、ルピナスとの間に子を産んだ。

 子供は父親に似たのか、面差しがよく似ていた。

 だが、そこにあるはずの翼が無く、代わりに痣があった。

 一族は神の子が生まれたと喜んだ。

 母親となった族長の娘も喜び、誇らしく思ったが、娘に飛び方を教えてやれない事だけが残念に思えた。

 父親になった若者は言った。

「無事に生まれてきてくれたんだ、これ以上を望んだら罰が当たる」

 それもそうね、と納得した彼女は祈りの言葉を口にした。

「始祖たる神、アダマス様。どうかこの子を見守ってくださりますよう」


 遠方では、より翼を黒くした憎悪の羽が、ひらりひらりと舞っていた。


   * * *


 突然吹き飛んだ倉庫にミノシヤ兵とガルトフリート兵は飛んできた。

「ミーティア様、アドラム殿!」

 ご無事ですか。

 続くはずの言葉は出ず、彼は口元を押さえたが胃の中をぶちまけることとなった。

「青服と医者を。急げ!」

「シーツや毛布を頼む!」

 彼らは急ぎ作業にかかり、言われた通りにした。

 助け出された者たちは一人で歩くことすらできず、人形のようですらあった。

 シュロチクの村人に怒りや軽蔑、憎悪の目が向けられる。

 アダマスは歩を進め、助け出された者たちに手を翳し言った。

「これが、おまえたちの幸せの始まりであることを願っている」

 彼の手から零れる緋色の光に触れると、肉体の汚れが燃え尽き、四肢の欠損すらも治った。

 だが、だれも喋らない。

 苦悶の表情でトリアージを行っていた医者が縋るように彼を見るが、アダマスは言った。

「肉体は治せても、心は治せないのだ。記憶を完全に消して肉体を生まれたての赤子に戻してやり、人生を最初からやり直させることはできなくもないがエルジアの力が必要だ」

「それでは……」

「今の人生をエルジアの力で強制的に終わらせ、私の力で強制的に始めさせることに相違ない。今の人格を殺し、別の者として生かす……あの優しすぎるサボリ魔のことだ、そのまま死なせてやれと言うだろうな」

 それでも医者は言った。

「痛みや苦痛は耐えるものではなく、前に進むために訴えるものだと私は信じております。彼らはそれすら……赤ん坊ですら持っている権利を奪われていました。リセットしても、彼らの過去は変わりません。彼らはその分人よりも多くの幸せを得るべきだと私は考えます」

 アダマスは瞑目した。

『散々嫌な目に遭ってきて、明日も明後日も良いことが絶対無いなんて嫌でしょ? 少なくともあたしはイヤ』

 アルトの言葉が甦る。彼女ならどうするだろうか。

 沈黙の末、黄玉の目が開かれた。

「わかった。その者たちの記憶を封印し肉体を赤子に戻そう。一先ず、エルジアを捕まえるまでその者たちはおまえたちが見ておけ。封印した記憶は本人の意思で閲覧できるようにしておく」

「ありがとうございます!」


「バーン殿」

 シロは凍えた声で静かに言った。

「あなたは今まで文化の保護だとか言ってお金をせびってきましたね。旅人に汚物を投げ、子供を虐げ、女を犯す……大した文化ですね」

 ああ、殺人もありましたね。

 彼女は微笑んだ。

「たった今を持って、シュロチクは地図から消えます。シラー兵士長」

「ただちに。一人残らず縛り上げ、連れて行け。猿轡を忘れるな」

「子供はどうしますか?」

 犯罪者の引き回しを行う場合、免除されることが多いのだが……。

 シラーはシロを見るが、暗黒を思わせる眼が返って来て、彼女は子供を見て言った。

「悪習は、ミノシヤから消さねばならん。根絶やしにしろ」

「シロ様」

 老いた女性の使用人が進み出て手紙を差し出した。

「もし、シロ様が子供までも処罰すると決断された時、渡すようにリチア様から言いつかっております」

 シロは手紙を受け取り、ざっと目を通し苦々しげに言った。

「リチア……百年先に向けて悪習の種を残すか……シラー兵士長、子供は免除しろとのお達しだ」

 暗黒と化した目が村人を、縄を解かれる子供たちを睥睨した。

 くすくす、と楽しくてたまらないという笑い声が聞こえ、シロはそちらに目を向け、驚いた。

 黒い翼を持つその人は涼やかな声で言った。

「どうかしまして? それより、子供は助けるの?」

「命令ですので」

 この人は油断ならない。何かが違う。

 己の中で警告音がひっきりなしに鳴り響いている。

「子供は無垢だ、まだ教育すれば間に合う……とんだ偽善者ね」

 まったくその通りだ。人の血の味を覚えた獣を処分する理由もわからんとは……。

 シロは言いたいことを飲み、言う。

「聞かなかったことにする。早くこの場から立ち去りなさい」

「そうはいかないわ。私はあなたに……ウスユキ族の生き残りに用があるの」

 すぐにライザーが剣を抜き構え、シロは指示を飛ばす。

「全員生きてミノシヤ城に行け。あいつは私の敵だ。エランはみんなを守って。この人数じゃガルトフリートでもキツイ。ミーティアはミノシヤの指揮を。ライザー、つきあってもらうわ」

 彼は低く笑った。

「光栄だ」

 シロとライザーを残し、全員がミノシヤ城へと駆け出した。

「待っていてくれるなんて親切ね」

「あなたたちとは違うつもりよ」

 彼女は優雅に一礼した。

「マガルトのクロユリ。よろしく」

 間髪入れず飛んできた呪いの刃をシロとライザーは素早く避けた。

「あら、残念」

「あなたも同族じゃない」

「そうね……じゃあ、これは?」

 クロユリは胸元から紙切れを取り出し投げると、それはもう一人のクロユリとなった。

「魔法紙……シロ、本体を頼めるか? あれは紙を破らねばならん」

「了解」

 シロは短剣を抜きクロユリへと向かった。


   * * *


 ミノシヤ城へと走りながらシラーは聞いた。

「ミーティア様、勝算は?」

「ある。二人が守りに徹するか、一方が相手に特攻すればな」

 アドラムも走りながら言った。

「あの二人が対グリフォンの戦い方を知っていれば楽なんだが……ミーティア、どうだ?」

「一通り叩き込んだが、シロにはグリフォン相手の実戦経験が無いし、グラジオラスも手を抜いていたから不安だ。ライザーはあるそうだ」

「それじゃ、オレはミノシヤ城へと戻り次第、ガルトフリートの指揮をベルトラートに任せてシュロチクに戻る」

「そうしてくれ」

 その時、エランは仲間と連絡を取っていた。

『シロお姉ちゃんが……どうしよう……』

 デルベリウスとゼフィリウスが力強く答えた。

『大丈夫、いざとなったら精密射撃で吹き飛ばすから』

『ミサイルもあるから』

『ちょっと、みんなまとめて吹っ飛んじゃうでしょ!』

 ガルベリアが焦って言うと、二人はぼそぼそと言う。

 マイクロミサイルだから平気よ……たぶん。

 地面がちょっと蜂の巣になるだけよ……たぶん。

 どっちもダメ!

「エラン、どうした。シロたちが心配か?」

「うん。ガルベリアお姉ちゃんたちに連絡を取ってみたんだけど、火力が強すぎて援護できないみたい」

 アドラムはあいつらか、という顔をした。

「一番近くにいる神造騎士は?」

「ノルお兄ちゃんだけど、あれとは戦えないって」

 彼は眉間に谷を作った。

「どういう事だ?」

「私たちは不老不死者でも殺せるように作られたけど、もう死んじゃっている人は殺せないの」

「死んでいる? アンデッド系の害獣とは違うのか?」

「違うよ。あれはもう死んでいる人が呪いの力で無理やり死体を動かしているの。呪っている本人が満足しない限り死なないよ」

 アドラムは考えた。

「オレの魔法殺しや神殺しでもダメなのか?」

「ダメ。呪いを解くのに特化した人でも、動きを鈍らせる程度だよ。あとはエルジア様の終わりの力を使うしかないよ」

 何という事だ、と彼は頭を抱えた。

 条件達成型の呪いほど厄介な物はない。それこそ捕獲して縛り上げて棺桶に入れて、地中深く埋めておくしかないのだから。


   * * *


「まったく、その紙切れあと何枚あるの?」

 ぜいぜいと息を切らしながらシロは問う。

 娘らしい服は破けて泥に塗れ、下に着ていた布製の防具が露出し、靴の踵はとうの昔に外している。

「まったくだ。そら、また一体」

 無数に増えたクロユリの内の一体の胸の中央に針が刺さり消える。

「ライザー、銃を使うわ。場所を教えて」

「胸部中央。みぞおちの辺りだ」

「ありがとう」

 答えて彼女はスカートの襞に隠していた拳銃を引き抜き、撃った。

 音がすると同時に分身体が消えていき、彼女は弾切れになった銃を捨てて残った本物に飛びつきその背にしがみついた。

「放せ!」

「嫌だ!」

 クロユリはバランスを崩して地面に落ち、激しく暴れ、ライザーは狙いをつけられない。

「シロ、一度放せ!」

「ダメ!」

 ここで逃がしたら二度は無い。

 己の勘が悲鳴じみた警告を発している。

「いい加減に……放せ!!」

 クロユリの怒声と共に呪いの魔力が爆発し、シロの視界は意識ごと漂白された。


   * * *


 何やら話し声が聞こえ、シロは目を覚ました。

 いつの間にか夜らしい。けれど、吹く風はとても冷たい。

 ふと、目の前に純白の翼を持つ女性と、翼を持たない男性が寄り添うようにして立っていた。

 夫婦だろうか、女性は赤ん坊を抱いていた。

「私に似て黒いからわかりにくいけど、あなたと同じ星の眼ね」

「そうだな。少し抱かせてくれ」

「ええ」

 父親に抱かれた赤ん坊はきょろきょろと物珍しそうに周りを見て、母親の羽に手を伸ばし触れ、上機嫌に笑った。

「母さんの羽が好きなのか。困ったな、父さんに羽は無いんだ」

「神の子だなんて言われているけれど、やっぱり飛び方を教えてあげたかったな」

 寂しそうに言う母親に父親は穏やかに言う。

「孫や、その……この子の弟か妹に教えればいいんじゃないか?」

 途端、赤ん坊が抗議するようにぐずり出し、夫婦は驚きあやした。

「自分じゃ不満なのかって言っているみたいね」

「大丈夫。翼が無くても生きていけるぞ。お父さんを見てみなさい。翼が無くても美人のお母さんをお嫁さんにして、かわいいおまえに会えたのだから」

「まあ、あなたったら」

 幸せな夫婦の声が遠ざかり、シロの視界が切り替わる。

 幸せの次に見たのは地獄だった。

 薄暗い小屋の中、黒い翼の娘が虐待されていた。

 あんたがいるから夫は私を抱かなくなった。

 そう言って殴り、娘の顔の右に大火傷を負わせた女がいた。

「クソ野郎!」

 腹の底から溶岩が込み上げるようで、娘を助けようとしたが、不思議な事に拳も蹴りも加害者をすり抜ける。

 腹の底に溶岩を溜め込みながら見ているしかなかった。

 泣き叫び助けを請う声はいつしか途切れ、暗い呪いへと変わった。

「殺してやる……」

 娘は暴力を受けながら慎重に村人全員に呪いをかけた。

 そうして一か月後、娘は村の一番高い所で高らかに嗤っていた。

 眼下に繰り広げられるのは汚辱と狂乱の宴だ。

 彼女を除く村人の全員が暴力と色に狂っていた。

 彼女は民家の台所からくすねたリンゴをかじり笑い、シロは彼女の隣に腰を下ろし、村の様子を見続けた。

 宴は三週間も続き、最後に彼女の顔を焼いた女が残った。

 女に腰を打ち付けていた男が果てると、彼女は汚泥と化した地面に倒れ伏した。

 どういうわけか、彼女は正気を保っている様子で、汚泥に水分を足しながら周りを怯えたように見渡し、黒い翼の娘を見つけ悲鳴を上げた。

 娘は笑いながら言った。

「お姉さん、お漏らししてる」

 女は短く悲鳴を上げるが、彼女は女の髪をつかみ頬を荒々しく張った。

 何度も、何度も……。

 女の頬が腫れ上がり血が流れる頃、娘はようやく手を止めた。

「お姉さんは前にこういう事をしたよね。あとは……」

 娘の手は止まらず、肉の焼ける臭いなどが漂い、ついに女は責め殺された。

 飽きもせずよくやるよ、とシロは思い仕方なしに娘の後をつけた。

 娘は涙を流しながら嗤い、白い羽を見る度に呪いと死を振り撒いた。

 成長し娘から女性になってからも彼女は嗤った。

「はっ……結局、黒い翼の悪魔は自分で作ったのか。私たちはそのとばっちり食ってんのか……ばからしい。始めたのはどこのどいつだ」

 吐き捨てると、そこでまた夢のように視界が切り替わり、今度は白い雪のような羽と薄氷のような色をした星が降る世界に立っていた。

 不思議と世界は温かく、星や羽に触れても痛みはなく、安らぎをも覚えた。

 先程の怒りや憎しみを忘れ、赤ん坊に返ったように彼女がそれを見ていると、羽は降り積もり大地を作り、いつの間にか色を増した星々は大地に落ちて草花や山河、家などを作り、最後に集まって温かな太陽と月になった。

 なんとなく、彼女は理解した。

 ここは、私の世界だ。

 一度家に入れば、そこは昔、ガルトフリートにいた時の家で、家具は中身こそ違ったがそのままだった。

 外に出ると違和感を覚え、手繰り寄せられないかと思ったら向こうから寄って来たのでこれ幸いと触れる。

 するといつの間にかあの星空の中にいて、ヨールはシロに駆け寄り急いだ口調で言った。

「すまないね、本当はこういう事をしてはいけないんだけど、今回は見逃してほしい」

「え?」

「報酬を出すから、彼女を頼む」

 でないと、一番強い分身が歪んでしまうと焦っているが、シロには何が何だかわからず、とりあえず困っているようなら力を貸そうとうなずいた。

「ああ、ありがとう。健闘を祈るよ」

 あ、と思う間もなく彼女は荒野に投げ出されていた。

 日はぎらぎらと照り付け、暑いはずなのに凍えるように寒いという矛盾した荒涼とした世界だ。

「痛い……顔面から落とすことは無いんじゃないの?」

 顔と服に着いた土を落とし、周りを見て思った。

 飢えて、乾いて、傷ついている。

 とてもじゃないが人が生きるには厳しすぎる世界だ。

 こんな所に本当に人がいるのだろうか、と疑いながら歩いていると、すすり泣くような音が聞こえ、そちらに向かうと、岩陰にあの娘によく似た五歳くらいの女の子を見つけた。

 体中に傷を負い、服はボロボロで血を吸って乾く気配が無かった。

「大丈夫?」

 女の子は怯えた目でシロを見て、更に泣いた。

 彼女は苦笑して屈み、言った。

「まだ、何もしていないんだけど……」

 びく、と女の子は身を震わせて固くする。

「何もしないよ。ただ、あなたの傷の手当てをさせてほしいんだけど」

「痛くしない?」

「ちょっと痛いけど、今よりずっと楽になるよ」

 女の子は散々迷った末、シロの手を取った。

 シロは女の子を自分の世界へと招き、彼女の手当てをしてやった。

「ごめんね、大きいから動きにくいでしょう」

 シロのシャツだけでワンピースのようになってしまうほどに彼女は小さく、幼かった。

 今はふかふかの布団がお気に入りの場所のようだ。

 日が沈んで月が輝き、夕食を出したシロは女の子の顔が曇っている事に気がついた。

「どうしたの?」

「あ、ううん……えっとね、お姉ちゃんがいるんだけど、いつもあたしを置いて行っちゃうの。行かないで、一緒に居てって言うんだけど、聞こえていないみたいで……いつも、ボロボロなの」

 何も食べていないし、服も血でべとべと。

「……そっか。それじゃあ、あなたが服とか、お弁当とかを持って行ってあげたらどうかな?」

「いいの?」

「ええ。ただし、あなたが無理なく運べるだけね」

 女の子は嬉しそうにうなずいた。

 夜も更け、シロは女の子のリュックと服を作ってやり、自分の服の中で一番良い物を直してやった。

 あの厳しい環境下で生きていくのなら、耐久性が必要だろう。

 服はどうにかしてやれるが、靴は自分でどうにかしてもらうしかない。

「ふふっ……」

 見れば、女の子は布団を完全に占領していた。

 あれから数日経って怪我も治り、今はこれから役立つだろう知識を与え、彼女はどんどん賢くなっていく。

 それがとても嬉しい。

 ミーティアもこんな気持ちだったのかと思いつつ、彼女は布団をかけ直してやる。


 ――もうすぐ、夜が明ける。


 シロの手には荷物を入れたリュックがある。

 その中には、彼女が入れてやった物と花の種が入っている。

 花の種は昨日、リュックを手にはしゃいでいた女の子が何気なく言ったのだ。

「お姉ちゃん、お花好きかな?」

「わからないけど、好きになってくれると良いね。お花の種を入れておくよ。向こうに撒いてお水をあげれば育ってくれるかもしれない」

「ありがとう」

 隣で笑い、鼻歌交じりに歩く女の子はここ数日でとても良く笑い、歌うようになった。

 強く、優しく生きて欲しいと声に出さずに思う。

 歩みを進め、特異点に到着した。

「ごめんね、私はここまでなんだ。ここからは、一人で行けるね?」

「うん、がんばる」

 女の子はリュックを背負い、力強くうなずいた。

「お水とお塩と、お砂糖だけっていうのは最後の手段だよ。いいね?」

「うん。行ってきます!」

 二歩、三歩と足取りも軽く進み、女の子は思い出したように振り返り、満面の笑みで言った。

「バイバイ、綺麗な羽のお姉ちゃん!」

 女の子の姿も、特異点も消えてしまい、不思議な顔をしたシロだけがそこに残され、彼女は肩越しに己の背を見る。


 ――私に羽なんて、無いんだけどなあ。


   * * *


 受け身すら取れず、硬い地面に叩きつけられた衝撃と痛みでシロは我に返った。

 そうだ、今は戦闘中だった。

 咳き込みつつも立ち上がると、それは相手も同じ、いやそれ以上に深刻な様子だった。

「……私に、何を……」

 シロに答える余裕は無く、ライザーは瓦礫に埋まり抜け出そうとあがいている。

 その沈黙をどうとらえたのか、彼女は静かに言った。

「おまえだけは私があの世に送ってやる」

 血塗れの体で飛び去り、辺りに黒い羽が舞い、血溜まりに落ちるそれをシロは表情の無い目で見つめ、ライザーの救助にかかった。

「シロ……すまない……」

 呻くライザーも酷い状態だ。

「ごめんね、ライザー。ミーティア一人くらい残しておけばよかった」

 どうにか瓦礫を退かし、ライザーを引っ張り出す。

 飛竜の鳴き声が聞こえ、上を見ればアンギラが飛び急降下して目の前に降り立った。

「クロユリは?」

「倒すには至らず、撃退しました」

 傷の手当を受け、シロは言った。

「アドラムさん、私の記憶、クロユリとの戦闘中に見たすべての物事を、魔石か何かにコピーして第三者に見せるということはできますか?」

「できる。だがそれは……」

「絶対に、みんなに見てもらわなくてはならない記憶があります。やってください」

 アドラムはうなずき、シロの眼を覗き込み彼女の記憶を見て、望む記憶を複写した。

 彼の手に作られる鋼色の魔石は大きくなり、終わる頃は彼も汗だくだった。

「アンギラの補助が無ければ干物だったな。とりあえず、帰るぞ」

 黒い翼が羽ばたきミノシヤ城へと向かい、城に着くとそこでは医者が待機してすぐに仕事に取り掛かった。

 結果は、爆心地にいたシロの方が重傷で、しばらくは動けないとの診断が下され、ライザーは打撲と骨折と数針縫う程度の傷で済んだ。

「ライザー、私の代わり、よろしく。リチアとヘリオが馬鹿なことしたら止めて」

「わかった」

 アドラムはミノシヤの王家とミーティア、シラーたちに召集をかけシロの記憶を見せることにした。

 幸せな記憶もあったが、より重要なのは不幸な記憶の方だ。

 一か月以上も見せられ続けた暴力と理不尽の嵐、その後にやって来た狂気の宴にだれもが言葉を失い、ライザーは苦々しく吐き捨てた。

「愛玩奴隷の下から二番目の扱いだな。長く使えるように深手を負わないように、言い逃れもできるように加減している」

 リチアは青い顔で言った。

「シュロチクでも、これは当たり前だったの?」

 ミーティアは凍える声で表情も無く言った。

「これよりも、惨いものでした。詳細は資料にまとめてあります……」

 ココは資料に目を落とし、そっと裏返した。

「最後に……地下室には、子供の足跡が複数確認できました」

 ノックの音がし、青服の一人がアドラムに耳打ちし書類を渡し、渡された物に目を通した彼は無表情に言った。

「ミノシヤ兵立ち合いの下、シュロチクの者全員に黒服と青服が事情聴取を行ったところ、子供を含む全員が関与と暴行、殺人を認めました」

 彼はリチアに言った。

「シロはあなたの手紙を受け取った後、言っていましたよ。百年先に向けて悪習の種を残すかと。黒い翼のクロユリは、姫の事を偽善者と」

 そして、シロはそれを聞かなかったことにすると言った。

「これでも、お気持ちは変わりませんか」

 リチアは俯き、ミーティアは挙手した。

「陛下、こやつらを葬るのであれば早い方がよろしいかと」

 ココはうなずいた。

「赤ん坊を除くシュロチクの者をただちに処刑し、緘口令を。急げ。赤ん坊は私の庇護の下育てる。それならば、事が露見する頃には友人の一人もできよう」

「御意」

 ミーティアとシラーは一礼して出て行った。

 次いで、ギボウシに命じる。

「シュロチクを更地にし、白い花以外の花が咲き乱れる庭園にしろ。柵は絶対に作るな。それと、国内の清掃を急げ」

「御意」

 ギボウシも立ち去り、ココは沈黙を守っていたライザーを見た。

「ライザーよ、お主はシロに何と言われてここに?」

「代わりをよろしく、リチアとヘリオが馬鹿な事をしたら止めて、と」

「ならば、その役割を果たすが良い」

 ライザーはうなずくが、席を立たない。

「どうした?」

「私たちが言いたかったことはアドラム殿が言ってくださった。あとは、姫殿下がどう動かれるかで決めるつもりでした」

 王命に逆らってでも己の意思を貫くというのであれば静観し、子供のように泣き喚いて駄々をこねるというのであれば引っ叩いてでも止める。

「あと、リチア姫殿下に一つ。やられて困ることがあるのなら最初から臣下にやるなと命じておいた方がよろしいかと。これだけです」

 彼は松葉杖に体重を預けて立ち上がった。

「そろそろ薬が効いてきたので、失礼します」

 彼はごつごつと音を立てながら部屋に戻り、簡単に身を清めるとシロの傍に行った。

 薬が効いているのか、彼女はよく眠っている。

 呼吸も安定しているし、包帯越しだが手も温かく、ほっとする。

 ゆっくりと赤い頭が傾ぎ、そのまま布団に落ちた。

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