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第十二話「黒い羽」

 シロたちは出張の日が迫る中、ずっとエランと会話をしたり遊んだりと教育に余念が無かった。

 その成果か、彼女の成長は速かった。

 よく喋り、よく理解し、よく感情を示した。

「エラン、シュロチクに行くのか?」

「うん。シロお姉ちゃんについて行くの。ユルお兄ちゃんはお留守番?」

「ああ。だが、現在シュロチクの近くでシロクマ、ツキシロ、アキノ、ノルの四名が待機中だ。今は……釣りをやっているようだ」

 いいなあ、と笑う彼女にユルは思う。

 危なくなればガルベリアが砲撃するし、デルベリウスが石ころの一つや二つは投げるし、ゼフィリウスはミサイルを飛ばすだろう。

 そのくらいにはかわいがっていた。

「お姉ちゃんにお願いしちゃダメかな?」

「エラン、それはダメだ。シロは公私の区別をちゃんとしなさいと叱るだろうし、シロクマたちも仕事をした後ならいくらでも遊ぶだろう」

「えっと、お仕事をちゃんと速く終わらせて、いっぱい遊ぶ?」

「そうだ。それならシロもちゃんと遊んでくれる」

 エランはその日を夢見てうっとりとした。

「その時はユルお兄ちゃんも遊んでくれる?」

「ミノシヤ王城内なら。出張は明日だろう? 早くシロの所に戻って寝なさい」

「はい。おやすみなさい」

 エランは素直にシロの所に戻り核になった。だが、起きている。

『エラン、ギルトリウムからデータをくれと言われているんだが、変化はあったか?』

『ミーティアお父さんのお胸だよね? 三ミリ大きくなって、柔らかくなって……あ、何かわかんないけどお肌や髪の毛も綺麗になってたよ!』

 おお。

『カフィールお祖父ちゃんがミーティアお父さんに言ってたよ。最近おまえ、女っぽくなってないか? って』

 円卓は盛り上がった。

『同じくギルトリウムから。ライザーのデータは?』

『シロお姉ちゃんに全身お手入れされているから、アドラムお兄ちゃんに聞いたらずっと綺麗になったって。お化粧して女の人のお洋服を着て、黙って立っていたらわからないかもって』

『いいなあ、それって全身エステじゃない! ちょっとやってほしいな』

 女性からは羨む声が上がった。

『ギルトリウムの美容部門から。映像データを希望』

『できるよ。はい、どうぞ』

 円卓は賑わい、データリンクは当初の目的とは少し違った形で使われていた。

 その頃、シロはライザーに背中などを揉まれて夢の世界への荷物を担いだところだった。

「シロ、美容液を買い足しておいたが、シロの肌にも塗るか?」

「んぅ……お願いしますぅ……」

 もぞもぞと服を脱ぎ、彼女は大人しく肌を曝して横になった。

 ライザーは自分がされているように塗って揉みつつ、その細さと痣の大きさ改めて驚いた。

「ライザー」

「ん?」

「背中の痣、酷い?」

 背中の開いた服は着られないだろうことは確かだった。

「……私やミーティア、医者くらいにしか見せないだろう? 気にするな、私の背中の方が酷かった」

「……ごめん、嫌な事聞いた」

 彼は手を動かしつつ言った。

「私は背中の傷を疎ましく思った事はあるが、後悔はしていない。全部、奴隷から抜け出そうとあがいた時のものだ。最後に打たれたのはシロに拾われる二日前だったな」

「やっぱり、ヒノモトの管理体制は好きになれない」

「ジンライの奮闘に期待しよう。だがそうして行き倒れなかったらこうしている事も無いから、ある意味感謝すべきなのかもな」

 前はどうする? と冗談めかして聞く彼にシロは目を泳がせた。

「や、優しくお願いします」

 穏やかに笑って彼は手を伸ばした。


 出発の朝、シロの変化に気づいたのはミーティアとアドラムだった。

 ミーティアは声を潜めライザーに囁く。

「婚約者の分を超えてはいまいな?」

「私に自殺願望は無い」

 アドラムも同じようにシロに囁いた。

「首に赤いのがあるぞ」

「え? やだ虫刺され? 薬塗らないと……アドラムさん、どの辺が赤いの?」

 何に食われたんだろう、と虫刺されの薬を手にする彼女に彼は己の読みが外れたことを悟った。

「悪い、見間違いだったみたいだ」

「え、そう? 良かった」

 安心したようにポーチに薬をしまう彼女に彼は聞いた。

「虫刺されを気にするなんて珍しいな」

「そりゃ、昨日ライザーに美容液塗ってもらったのに虫ごときに台無しにされたくないもん」

 たしかに、言うだけはありシロの肌の調子は常と比べて良かった。

 しかし……。

 夜になり、お互いの手入れを終えたライザーはミーティアとアドラムに呼ばれた。

「おまえさん、昨日手を出さなかったんだな」

 もったいない、と小声で言うアドラムに彼は反論する。

「私に死ねと? 隣の飛竜を見てから言ってください」

 アドラムはわざとらしく眠っているアンギラを見上げた。

 黒い毛皮は一見夜の闇に溶け込んでいるかのように思えるが、焚火を反射して美しく輝いていた。

「美竜だろ?」

「ええ、美竜ですね。シロは彼女を目標に据えたくらいですから」

 アンギラが起きていたなら胸を張っただろう。

 ミーティアは低く言った。

「ライザー、おまえは戦士だ。いつ戦いの中果てるとも限らん……前にも言ったな?」

 ライザーは居住まいを正しうなずいた。

「シロがおまえを選んだ事はとやかく言わん。だが、シロを悲しませるような事をしてみろ、互いに生きていようがいまいが、私は地獄の底まで追いかけておまえの首を切り飛ばしてくれる」

 ライザーは静かに、はっきりと返した。

「私も、シロを置いて逝きたくありません。彼女と、彼女が大切にしているものを守るためなら骨身を惜しむつもりもありません。ただ、万が一、私が病や戦場に斃れる事があったら、後をお願いします」

 恒星の眼が煌めいた。

「若造が……そんなに死後であっても殺されたいか……」

 まっすぐにライザーに叩きつけられる殺気にアンギラは何事かと目を開けるが、なんだ人間の喧嘩か、と再び目を閉じた。

 ぱきん、と薪が爆ぜた時、一陣の風が吹いた。

 ミーティアの鍔が鳴るとほぼ同時に、ライザーの頬に血が伝った。

「前払いだ、請け負ってやる」

「ありがとうございます」

 再び風が吹き、今度はミーティアの頬に血が伝った。

「慰謝料の前払い、確かにいただきました」

「道連れのつもりか?」

 手の甲で乱暴に血を拭いかけ、差し出されたハンカチに二人は礼を言おうと顔を上げ、凍り付いた。

「こんばんは、楽しそうね」

 彼女の手には一番染みる傷薬があった。


 翌日、休憩の時にシロはエルジアの姿が見えない事に気がついた。

「アドラムさん、エルジアは?」

「ああ、ダイエットのためにガルトフリートまで飛んで帰った」

「お砂糖やバターを少な目にしていたのに何が悪かったんだろう? 最初から牛骨の方が良かったのかな?」

「そりゃエルジアが泣く。あれはただの運動不足だ。三日も泥まみれになれば元通りだよ。代わりが来ているから大丈夫だ」

 アドラムの言う通り、エルジアは魔力を吸い取る泥でできたネズミ車の中で走っていた。

 泥がどうしてネズミ車の形になるのか。もちろん、エルジアの魔力を吸い取っているからこそだ。

「エルジアがんばって! あと三キロだよ」

 銀の髪を揺らし、青い目を楽しげに細めてカンディアは言うが、その単位が体重なのか道のりなのかは不明だ。

 母親にまで情けない姿を見られ、エルジアは泣きながら走り己の運動不足を悔やんだ。

 どうにか走り終え、泥に埋まるとスコップで掘られ、バケツで水をかけられて大雑把に丸洗いだ。

 きつくなった皮を脱ぎ捨てると、兵士の一人が言った。

「エルジア様、この皮をいただいてもよろしいでしょうか?」

「手袋にもならないよ?」

「いえ、二ヶ月程前に娘が生まれまして……飛竜のぬいぐるみでもあげたいな、と」

 それなら、とエルジアは言った。

「ボクの倉庫の中に魔法の綿と糸、緑色の宝石があるから、好きに使っていいよ」

 兵士は毛皮を大切そうに洗って陰干しし、なめすとエルジアの倉庫から持ち出した材料を使い毛皮製のぬいぐるみを作って娘に贈った。

 後に、そのぬいぐるみの価値を知った娘と妻は仰天したという。



 シュロチクまでの道中、シロはエルジアの代わりにやって来たという頭だけが白く見事なグリフォンに既視感を覚えた。

「アドラムさん、頭だけが白いグリフォンって、ガルトフリートにたくさんいるんですか?」

「ん? アダマスとヘロルトのクロだけだな。どうかしたのか」

「昔、私が赤ちゃんだった頃、ミーティアと一緒に保護されたばかりの時です。ミーティアが私を抱えたまま疲れて寝ちゃった時、ぐずっていた私をグリフォンがあやしてくれたらしいのですが……」

 シロは何とも難しい顔で言った。

「私、そのグリフォンの冠羽を抜いちゃったみたいなんです」

 アドラムの口と目が円を描いた。

「マジで?」

「はい。見事な羽だったらしいんですが、私はそれを口に入れてしゃぶったり振ったりと上機嫌だったらしいです。あれ、グリフォンのオスのシンボルでしょう? 悪いことしちゃったなあと」

「その、羽は?」

「ミーティアが不思議がっていましたが、ちゃんとしまっておいたのに消えてしまったと」

 ふうん、とアドラムはアダマスを手招きした。

 見事な体躯を持つオスのグリフォンは優雅ささえ感じさせる足取りで、ゆったりとやってきて、その姿を美丈夫へと変えてみせた。

 白銀の髪に小麦色の健康的な肌、そこには男性美を極めたような男が立っていた。

「どうした、アドラム」

 聞き惚れるような、音楽的にすら聞こえる声で彼は問うが、アドラムは気にも留めず言った。

「昔、冠羽をむしられておしゃぶりにされなかったか?」

「うむ、二度あった。一度はアトラシア戦役以前……赤ん坊だったアルトがやってくれたな。二度目は……二十……四、五年程前か? 名も知らぬ赤ん坊にやられた」

「その名も知らぬ赤ん坊って、彼女じゃないか?」

 アダマスはうなずいた。

「あの時の子だな。元気に逞しく育った」

 シロは申し訳なさでいっぱいになり、頭を下げた。

「シロです。大切な羽を抜いてオモチャにしてしまい、ごめんなさい」

 アダマスは優しい笑みを浮かべて言った。

「構わない。あの時、羽なり爪なり、何かしらあげるつもりだったのだ」

「え?」

「あの時おまえには強い呪いがかけられていて、もう少しで呪い殺されるところだった。だからおまえに近づき、呪いを解いて、抜かれた羽をその後の身代わりとした」

 その後、その羽が消えたということは……。

 アダマスは黄玉の眼を細めた。

「おまえはもう一度、殺されかけたな。用心深い術者よ」

「ちょっと待ってくれ。それはその呪いがガルトフリート本土に入れたということか?」

 鋼を鋭くし、彼は言った。

 二十年以上前の事とはいえ、そうなら一大事だ。

「それはない。シロはあらかじめ何種類もの呪いを重ねがけされていて、その内の二種類が自力ではどうにもできない強い時限型の呪いだったのだ。おまえが呪殺されようとしているというのに、保護者は気づいていない上疲れて寝てしまっていて、見てられなかった」

「呪いをかけた奴は今どこに?」

「あの忌々しいマガルトと、この先のシュロチクだ。シュロチクの方は……なんということだ……黒い翼を持つ女、クロユリだ」

 アドラムの顔が一気に青くなった。


 一方、釣りに飽きたシロクマたちはふて腐れていた。

 それもこれも、物は試しとシュロチクに行ってみれば……。

 家畜の糞は投げられ、泥水や罵声は浴びせられ……散々笑い者にされ時には命の危険すら感じた。

「だからやめておきましょうって言ったんですよ」

 言うアキノは刃物を研いでいる。

「酷い目に遭いました……次は反撃です!」

 ツキシロは痴漢撃退スプレーを魔改造した物を確認し力強く言った。

「アキノ、悪いがオレはやられっぱなしは気に食わないんだ」

 言うシロクマは村の地図を地面に描いてどうやって一泡吹かせるか、ということをノルと議論していた。

「やはり砲撃か……ノル、ロックオンは任せる」

「はい……デルベリウスの衛星を介してロックオンは完了しました。ガルベリアの計算でもこれで大丈夫とのことです」

 デルベリウスが宇宙からの砲撃を行い、肥溜めを吹き飛ばせば糞尿の雨が降り、ゼフィリウスが打った魔道砲をデルベリウスの反射衛星でうまく繋げて村の井戸に繋がる水脈に叩き込めば地下水脈の流れが変わる。

 そして村は臭いまま干上がる。

 後は、シュロチクは傲慢故に神の怒りに触れ、神罰が下されたとあちこちで吹聴してやればいい。

「もうすぐシロたちがシュロチクに着くな」

「ええ。斥候を出すように言っておきます」


 そのころ、シロはエランを最終点検していた。

 服も化粧も準備完了。後は剣の館にいるディアルガが神造騎士を介してサポートしてくれる。

「……うん、これで大丈夫ね。危なくなったら、すぐに逃げてね」

「はい。行ってきます!」

 エランは純白の翼を広げ、シュロチクへと飛んだ。

 村の造りはありふれたものであったが、その第一印象は、経験の少ないエランから見ても不潔で、いつ伝染病が発生してもおかしくはなさそうというものであった。

 汚い、臭い、危険……これを3Kと呼ぶんだっけ、と彼女は考えつつ悪臭漂う村へと足を踏み入れた。

 だれかいないかと周りを見ると、すぐに愛想の良い男が飛んできた。

「これは麗しい方、このように汚い所申し訳ありません。さ、どうぞ私の家に」

「ありがとうございます。ですが、私はすぐに姉の所に戻らねばなりません」

「なんと、姉君が?」

 男が目の色を変えたのを見て、ディアルガは釣れたと確信した。

「はい。この村へはお仕事のために寄るのですが……」

 エランは、果たして、シロたちにこの村を見せて、入れて不快な思いをしないか……ほぼ確実に嫌な思いをするだろう事に顔を曇らせた。

 それはディアルガが意図したものではなかったが、容姿もあり瞬きすれば消えてしまいそうな彼女の様子に男は思わず言った。

「どうかされましたか。お美しいお顔を曇らせるとは」

 彼女は迷いつつ言った。

「姉は、腹違いなのですが……同族ですが生まれついて翼がございません。護衛の方も、種族が違うので当然私のような翼はございません。それでも、この村に立ち寄ることを許していただけますか」

 姉や仲間の無事を思い、たった一人で飛んできた美女が涙すら浮かべている……。

「必ずや、お約束しましょう!」

「ああ……ありがとうございます。姉たちは一時間後こちらに到着する予定です。では、失礼します、親切な方」

 男は彼女が音もなく飛び立つのを夢見心地で見送り、はっと汚れきって異臭を放っている村を振り返った。

 あと一時間以内に、村人総出で掃除をしなければならなくなったのだ。


 一方、空を行くエランは臭いが移っていないかが心配であった。

 目が痛くなり、ゴーレムなのに吐き気を感じさせるほどの悪臭だった。居住空間には絶対に持ち帰りたくない。

「あ、お姉ちゃん!」

 眼下ではシロが気づいて手を振り、エランの悩み事は簡単に吹き飛んでしまった。

「ただいま!」

 エランは村での事を話し、聞いた面々は苦笑したり渋面を作ったりと様々だった。

「一時間以内に綺麗になっている事を願いましょうか」

 そうしてのんびり進んで一時間、シロたちはシュロチクに到着した。

 エランが村に再び入ると、あの男が飛んできて言った。

「ああ、美しいお方。姉君はどちらに?」

 彼女はライザーを連れているシロを示した。

「彼女が私の姉、シロ。その隣の男性が姉の婚約者、ライザーです」

 男はシロの顔を見て凍り付いた。

 シロは優雅に一礼して言った。

「エランの姉、シロです。お久しぶりですね、バーン殿。姉妹でお世話になるとは思いませんでした」

 バーンの全身を冷や汗がじっとりと濡らしていく。

 更に、アドラムがにこやかに追い打ちをかける。

「これはこれは村長殿。お元気そうで何よりです。お変わりが無いようですな」

「お、おまえは……」

「ええ、今は彼女に雇われております。ご主人様、私が万難を排しますので、お仕事を始められてはいかがでしょう?」

 慇懃に一礼して言う彼に彼女はにこやかに応じた。

「ありがとう、頼りにしているわ。それでは……始めようか」

 彼女は令状を手にし、恨み骨髄に達していた役人たちが村中をひっくり返す一方、シロはライザーとエランを連れて村を家探しした。

 シロはふらふらと歩き回り、風に吹かれる木の葉のようにひらりと家に入って中を見た。

「一通り荒らされた後のようだな」

 ライザーが言う通り、家の中はタンスの中から子供のおもちゃ箱まで荒らされた後であった。

「でも、まだあるよ」

 シロはバリバリと音を立てて床板を引っぺがし、小箱を取り出した。

「他には、ベッドの下に隠し宝箱が……ほら!」

 宝箱から出てきたのは大人のオモチャやエロ本だった。

 小箱の方はヘソクリ。

「うーん……隠し財産を発見したけど……報告しなくちゃなあ……」

 ふと、エランは宝箱の中にある、異様に大きく、そして湾曲した物を手にした。

「お姉ちゃん、これ何?」

「え? 背中のツボ押し……じゃあなさそうね。大人のオモチャみたい。私たちには要らないわ。ね、ライザー」

 ライザーは犬の糞以下のゴミを見るような眼でそれを見た。

「ああ、要らんな。汚いし。嫌がらせの道具か投擲武器にしかならん」

 最悪の投擲武器だ。投げる身としても、触りたくもない。

 その最悪を思い、シロとライザーは頭を振ると別の所を探し始めるが、エランはしげしげとそれを手に取り眺めて思った。

 見つけたということは、アドラムお兄ちゃんの所に持って行って、見つけたよって言わなきゃならない。

 ということは、言ったら、見つけたお姉ちゃんが褒めてもらえる?

 お姉ちゃんが褒めてもらえる、お姉ちゃん喜ぶ、私は嬉しい……。

 ぴん、と来た彼女はぱっと身を翻し、ぱたぱたと足取りも軽く駆け出して行ってしまった。

「あ、え、エラン!?」

「どこに……ああ、行ってしまった……」

 手に、オモチャをがっちり持って。

「ん? ……んな!?」

 あまりにも異様な光景にアドラムや兵士たちも驚きを隠せなかった。

「アドラムお兄ちゃん! シロお姉ちゃんがあっちのお家で、大人のオモチャを見つけたの!」

 村が凍った。

 しかし、彼女は満面の笑みで湾曲したブツを聖火のように掲げ、まだまだそういう物が入っているだろう箱を片手に持って走ってくる。

 主人が投げたボールを取って来て、褒めて! と目を輝かせる番竜だ。

 アドラムは引き攣った顔で、どうにかそれを受け取り言った。

「あ、ありがとう。シロに、よく見つけたなって伝えてくれ」

 お姉ちゃんが褒めてもらえた! と嬉しそうに笑顔でシロの所へと駆け戻る彼女に何も言えず、彼は手の中のそれらをどうしようか迷った。

 何かに使った痕跡もあるが、どうも引っかかる。

 すると、倉庫を調べていたミーティアが戻って来た。

「どうだった?」

「地下に気配はあるのだが、床を壊すわけにはいかなくてな……何か、特殊な形状の鍵を使っているらしく私の技術ではどうにもならん」

 壊して済むならいくらでも壊してやるのに、とどこかの鬼神のような事を言う。

 ふと、手の中の物を見た。

 一見大人のオモチャに見えるそれは硬い何かと擦れたような跡がある。

 何より気になるのは、先程からの視線だ。

 子供が粗相を母親から隠すような、何かが露見するのを恐れるような、そんな視線だ。

「ミーティア、鍵穴の大きさは?」

「あなたの手にあるそれと同じくらいだ……まさか……」

「やってみよう」

 行ってみたアドラムはそれを差し込み、捻ってみた……回った。

 回ってしまった。

「悪趣味だな」

「人類史上最低最悪の鍵だな」

 扉を開け、魔法で明かりを灯しながら地下へと下りた二人は絶句した。

 黒以外にも、色とりどりの羽を持った者たちがそこにいたが、中には死亡している者すらいた。

 痛いとも苦しいとも言えず、生きながらにして死んでいる者たちの虚ろな目が二人に向けられた。

 言葉がわからないのか、話せないのか、閉じ込められていた者たちは恐ろしく静かだ。

 ただ、彼らは怯えることすら無く、諦めていることだけがわかった。

 ミーティアの顔から表情が消え、アドラムは憤怒の形相になった。

 アドラムから噴き出す殺意と闘気、怒気に初めて彼らが表情らしきものを浮かべるが、彼には届かない。

「こんな……こんな事が許されてたまるか……」

 ミーティアは凍える殺意を纏いアドラムに問うた。

「アドラム殿、これは、世にいう当たり前なのだろうか」

「そんな事があってたまるか!!」

 声を荒げ、彼は吐き捨てる。

「探せばあるさ。探せば……クソッ……幸い上には誰もいない。天井を吹き飛ばすぞ」

 鋼色の魔法陣が天井に向けて展開された。

「いくぞ」

 魔法陣が力強く発光し、部屋を光が満たし、光の柱を伸ばした。

 光が収まると青空が見え、落ちてくる瓦礫は一つもなく、地下にあった小部屋はクレーターの中心地のようになっていた。

 クソッタレな世界も、こうやって吹き飛ばせたらいいのに。

 医者と青服を呼び寄せ、日の下に曝された彼らの無残な姿を見てアドラムは内心呪った。


   * * *


 倉庫を吹き飛ばし、空まで切り裂き穿つ鋼色の魔力光をクロユリは冷めた目で見つめ、ラリアは驚きの眼差しで見ていた。

「む、ムリよ……あんなの……」

「あら、あなたにならできると思うけど?」

 鋼色の剣を見てなおクロユリは言う。

「あなた、あれを見て言えるの?」

「ええ、言えるわ」

 ラリアがクロユリにムチを振るおうとした時、ラリアの胸から槍の穂先が生えた。

「え?」

 ず、と槍が抜かれラリアが倒れ伏し、トドメが刺された。

 ずるりと槍が抜かれ、その持ち主は黒い服を着た、左頬に傷がある背の高い黒髪の青年だった。

「遅かったのね。それがあなたの本当の姿?」

 アキノは槍を消し、一礼した。

「ええ。本体では初めまして、アキノです」

 二人はシュロチクを見た。

「あそこが最後の現場でした」

「あなたたちに無理だったということは、破壊せずにさらうことができなかったのね?」

「はい。何か人外の仕業のような問題があれば、すべてガルトフリートに矛先が向いてしまうので、うかつに山賊の真似もできませんでした」

 彼女は目を細めた。

「強すぎるというのも厄介ね。それで、あの子たちはどうなるの?」

「エルジア様とアダマス様に連絡したところ、ガルトフリートで面倒を看ることになるとの見方が強いとのことです。ですが……」

 アキノは言い淀んだが彼女は促した。

「エルジア様は、あのまま死なせてやった方が幸せだろうと」

 ガルベリアが建造された当時の施設を利用し、そこに収容したクロユリの被保護者たちは負傷し、病み、発狂している者の方が多く、正気を保っている者は少なかった。

 正気を保っている者も、襲って来る記憶に怯えている。

 それを踏まえた上でエルジアは言っているのだ。

 ぎり、とクロユリの手袋が鳴った。

 風が吹き、彼女の顔の右半分の火傷跡が露わになる。

「クロユリさん、これを」

 差し出された物に彼女は眉根を寄せた。

「何の真似?」

「昔、仕事で顔に傷をこさえて気にしていた奴がいたんですよ。そいつは子供に泣かれないためにと化粧品で傷跡を隠していました」

「醜いから隠せって?」

 彼女は鼻で笑うが、彼は出した化粧下地とファンデーションと口紅、手鏡をひっこめなかった。

「あの子……リリィちゃんが言っていたんですよ。クロユリ様に化粧品を贈りたいからお金を稼ぎたいって。お化粧すればきっともっと綺麗になるって、一生懸命私たちの手伝いをしてくれました……これはその対価です」

 手伝いといってもできることなど少なく、料理や洗濯物を運ぶ手伝いや、部屋の掃除くらいだ。

 本当は全部買い揃えて一式プレゼントしてやりたかったが、それは施しのようで彼女の「愛する者のために何かをしてあげたい」という気持ちを踏みにじってしまう。

「すぐにアイシャドウやチークも揃えてやるとがんばっていました」

 クロユリは寂しそうに笑い、手を伸ばした。

「ありがとう。使わせてもらうわ」

 彼女はその場で簡単に化粧をしたのだが、やり慣れていないのか不器用なのか仕上がりが荒く、ムラができていた。

「ちょっといいですか?」

 アキノは断り軽く彼女の頬をなでて塗られている場所とそうでない場所の境界を指の腹でぼかし、塗りムラをごまかしてやりティッシュを差し出した。

「これを唇に軽く押し当てれば余計な紅が落ちます」

 言われた通りにして、彼女は口紅がついたティッシュを見て苦笑した。

「せっかく、あの子が買ってくれたのに……もったいないわね」

「私の物臭な同僚は、上唇だけに塗って後は唇を擦り合わせて塗り広げて終わりだと言っていましたよ」

「感謝するわ」

 アキノはどこか寂しそうに笑って言った。

「後でリリィちゃんと一緒に服や化粧品を選んでやってください。我々は男所帯で勝手がわかりませんし、あなたと一緒ならきっと喜びます」

「選んであげたいけど……近い内に私はあの子を置いて逝くわ。これ、ありがとう。壊したくないから持っていて」

 彼女はアキノに化粧品を押し付けると、漆黒の翼を広げて羽ばたかせ飛び立った。


 ひらり、ひらりと黒い羽が舞う。


 羽の一枚をつかみ取り、彼は見た。

「黒も良いのにな」

 手の中の羽を風はさらって飛ばし、何気なく彼はそれを目で追う。

 彼女が飛んで行ったということは、間違いなく戦闘になる。


「ほんと、なんでなんだろう」


 死に物狂いで戦い、平和を得たはず……自分はその礎になったはずなのに、叩き起こされて見たのはこんな理不尽が存在する世界だ。

 こんな物を見るために死んだんじゃない、こんな未来を招くために戦ったんじゃないと、どれほどガキみたいに喚きたかったことか。

 しかし彼はいつもの笑みを浮かべ、予め掘っておいた穴にラリアの死体を蹴り落として埋め、隠蔽する。

「アキノさん、お話しは終わったんですか?」

「ああ、終わったよ。悪いけど、この化粧品を入れるポーチを作ってくれないか? オレじゃあ女性の趣味に合う物を作れそうにねえや」

 ツキシロは表情を曇らせた。

「受け取ってもらえなかったんですか?」

「いや、壊したくないから預かっていてくれって」

 彼女の表情が明るくなった。

「それじゃあ、リリィちゃんと一緒に作りますね」

「頼む」

 高機動車には既にシロクマが乗ってエンジンをかけており、退屈そうに待っていた。

 アキノは一度だけ、シュロチクを振り返った。


 ああ、黒い羽が舞っている。

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